ヤクザのせいで結婚できない!

山吹

文字の大きさ
上 下
16 / 111

16. クズ野郎とか特別オーダーとか、

しおりを挟む
 環の震える手を見た瞬間、さあっ、と全身が冷たくなった。
 頭が殴られたみたいにぐらりとする。
 あたし、バカだ。
 環だって、こんな状況で平気なわけがない。怖いに決まってる。ただ、我慢してるだけだ。
 あたしのせいで、こんな怖い目に合ってるのに。
 呆然とするあたしの前で、「あっくん」が不意に笑った。嫌らしく、悪意に満ちた顔で。

「こっちも保証がねえとな」
「……保証?」
「今からお前らを裸に剥いて動画を撮る」

 一瞬、何を言い出したのか分からなかった。
 ドアに寄り掛かった短髪つなぎが口笛を吹く。

「どれだけ意地張ってても、裸にされりゃ泣くだろ。俺はお前みたいな生意気なガキを泣かせるのが好きなんだよ」
「私は……」
「良いから黙って裸で泣けってんだよ、クソ女!!」

 罵声に環の肩が小さく跳ねた。
 その様子を見た「あっくん」がますます嫌らしく笑う。
 冷めていた頭が一気に沸騰するのが分かった。

「……離せ」


 「あっくん」が眉をひそめてこっちを見る。

「あ? なに……」
「その手を離せって言ってんのよ、このクズ野郎!!」

 あたしは立ち上がっていた。
 目の前が真っ赤になるくらい腹が立ってる。
 全身がぐつぐつ煮えたぎってるみたいだ。

「高校生の女の子を泣かせて喜ぶ最低のゴミクズ野郎が、あたしの友達に触るんじゃない!!」
「……なんだと、てめえ」

 「あっくん」の顔が真っ赤に染まった。環を突き飛ばすように離すと、あたしに向き直る。

「誰がゴミクズだと!?」
「あんたのことに決まってんじゃない。女さらって金引っ張ってこようなんて、やることが姑息なんだよ!!」
「この……」
「その上、口止めに裸に剥いて動画撮る!? 散々クソ女だの騒いでたけど、クソはあんたの方でしょ、このゲス!!」

 額に血管を浮き上がらせた「あっくん」がポケットから折り畳みナイフを引き抜いた。きらめく刃があたしの鼻先に突き出される。

「そのツラ切り刻まれたくなかったら今すぐ土下座しろや!!」
「志麻っ……!」

 環の押し殺した声がさらに熱を注ぐ。
 ふつふつと煮えたぎる頭の奥は、不思議と冴えていた。
 あたしは落ち着いて「あっくん」の眼を見返した。

「腕縛られた女子高生相手に、ナイフまで出すんだ。あんた、ホントに小物だね」
「こっ……クソ女が、本気で刺すぞ!」
「刺せるもんならやってみなよ」

 刃はこっちを向いている。相手は理性が飛んで激高している。
 腕は縛られて、ろくに動けない。
 それでも怖さより、怒りが圧倒的に勝っていた。

「あたしはあんたみたいなゲス野郎に土下座なんてしないし、あんたを絶対許さない」

 あたしは突き出されたナイフ越しに「あっくん」の血走った眼と睨みあった。
 朱虎が前に言っていた。
 ケンカは目をそらした方が負ける。だから、睨み合いから絶対に目をそらしちゃ駄目だって。
 そらすもんか。
 あたしの友達を傷つけたやつは、絶対に許さない。

「……う、ううっ」

 「あっくん」の額に汗が浮かんだ。ナイフの切っ先が次第に大きく震え出す。

「ち、畜生……ちくしょう、何だお前……」

 ギリギリと歯がきしむ音がして、「あっくん」の手からナイフが滑り落ちた。
 床にぶつかるキン、という高い音に、思わず一瞬息を吐いてしまう。
 あたしと「あっくん」の間の空気がほんの少しだけ緩んだ。

「う……ああああああクソがッ!」
「きゃあっ!!」

 絶叫とともに、「あっくん」はこぶしを握り締めてあたしの頬を殴り飛ばした。目がチカチカする痛みと衝撃が走り、体が床にたたきつけられる。

「志麻っ!」

 環の声が妙に遠く聞こえて、頭がグラグラした。

「クソ女が! てめえに何が出来るってんだ、ええ!? 何が出来るってんだよ!!」
「あ、ううっ」

 ペンダントをわしづかみにされて引きずり起され、喉の奥からうめき声が漏れた。

「オラ、助けてくださいって言え! 偉そうなことほざいてすみませんでしたって言えよ!!」

 がくがくと揺さぶられて、ペンダントのチェーンが首に食い込んだ。
 ここに朱虎がいたら、こんな奴なんかすぐにやっつけてくれるのに。
 朱虎がいてくれたら。

「う、ぐぅっ……!」

 大きく揺さぶられたとき、ペンダントの黄色い花が目に飛び込んできた。

 ――このペンダントは特別オーダーです。

「どうだ!? 何も出来ねえだろうが!!」

 あたしは揺さぶられる勢いに乗って、一気に体を後ろに反らした。チェーンが首に強く食い込み――「あっくん」の手の中に花を残して、チェーンが外れる。
 とたんにけたたましいサイレンが部屋中に鳴り響いた。音を一番間近でもろに食らった「あっくん」が尻もちをつく。

「なっ、なんだ!? うるせえっ!」

 音の出どころに気付いた「あっくん」が転がった黄色い花を思いっきり踏みつけたが、音は全くやむ気配がない。さすが特別オーダーだ。

「クソッ、なんだこりゃ! おい、止めろ!」
「真ん中の黒い石!! 押したら止まる!!」

 ずりずりと這って距離を取りながら、あたしは叫んだ。「あっくん」が花をつまみ上げ、黒い石を押す。
 次の瞬間、花全体から白い煙が一斉に噴出した。

「なっ……ぐわああああっ!?」

 もろに催涙ガスを食らった「あっくん」が悲鳴を上げて顔を押え、倒れこむ。

「あはははは、ざまーみろ! うえ……ゲホゲホッ」

 なるべく距離をとったけど、催涙ガスの余波で喉と目が痛い。
 朱虎のやつ、どれだけ強力なガスを仕込んだんだろうか。

「このクソガキぃぃっ!!」

 裏返った怒鳴り声に振り替えると、「あっくん」がナイフを握り締めたところだった。こちらに向かってよろよろ歩いてくる。

 あ、ヤバい。完全にキレてる。

 あとじさった背にソファが当たる。その後ろは壁だ。

「殺すっ!」

 涙と鼻水をだらだら流した「あっくん」がナイフを振り上げた時――突然、入り口のドアがものすごい音を立てて軋んだ。
 何か重いものがぶつかったような――思いっきり蹴飛ばされたような音だ。
傍に立っていた短髪つなぎが、慌ててすりガラスの向こうを覗き込んだ。

「何だ、今蹴りやがったのはてめぇか……」

 衝撃とともにドアが内側へ吹っ飛んだ。短髪つなぎがなぎ倒される。

「ぐはっ……!」

 短髪つなぎが押しつぶされたドアを容赦なく踏んで、蹴り破った張本人がのっそりと入ってきた。
白く煙るガスの中で赤い髪が鮮やかに揺れる。

「無事ですか、お嬢」

 声音は飄々として、ムカつくくらいいつものまま。
 ほっとして、全身から一気に力が抜ける。じわりと涙がにじんだ。

「……朱虎、遅い!」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...