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ビールを手渡した後、若葉の隣──岩瀨の対角線上に座る。岩瀨の様子を伺えば、別段気にする様子はなかった。

グツグツと煮え滾る鍋。湿った生温かい空気。いつもとは違う雰囲気に居心地の悪さを感じながら、他愛ない談笑をする二人を尻目に黙々と食事を摂る。


「……へぇ。幹生くんって、S区の派出所に勤務していた事があるんだ」

グラスに注がれたビールをクイと飲んだ若葉が、柔らかな口調で岩瀨にそう言う。

「日本一忙しい所、って聞いた事があるけど。実際はどうだったの?」
「……」

微かに甘えつくような声。
上目遣いの若葉にじっと見られ、困惑した表情を浮かべた岩瀨がチラッと僕に視線を向けた。

「……若葉さんもさくらくんも、できれば足を踏み入れて欲しくない場所ですね。昔と比べて、クリーンになってきたとはいえ……犯罪の絶えない危険な街ですから」
「……」

何処か、苦虫をかみつぶしたような顔で答える。

「実は、学生時代……純喫茶で働いていた事があるんですよ。
一般客は勿論、その筋の人間も客として利用するような店でした。……とは言っても、ご高齢の方ばかりで。一見大人しそうな、普通の年配者にしか見えなかったんですがね」

ビールを片手に若葉をチラッと見た岩瀨が、その目を直ぐに伏せる。

「そこに、新しくバイトが入ってきたんです」


イエロー系の髪色に合った、明るく元気な年下の青年。人懐っこい笑顔に関西弁混じりの言葉遣いがトレードマークの彼は、気配りが出来る上に人の懐に入るのがとても上手かった。そのせいか、彼目当てに通う女性客や会話を楽しみに来る男性客が増え、この店の看板息子となっていた。


「そんなある日──その後輩が、とある若い男性客と親密な関係になっていたんです。
俺も何度か言葉を交わした事はありますが。一般人とは違う:只ならぬ雰囲気(もの)を感じ、店員と客の関係を越えないよう努めました」


その後採用試験に合格し、警察学校を経て警察官となった岩瀨は、日本一忙しいと言われるS区の派出所勤務に任命された。
表と裏の顔があるこの街では、例え警察官であっても容赦の無い危険な場所だった。だからこそ、気を引き締めて任務に取り掛かる先輩達の勇姿を見て、業務にあたっていた岩瀨だったが……


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