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「目まぐるしい毎日の中、睡眠不足と過労が蓄積し、正常な判断力を失い……段々と感覚が麻痺していたんだろうな」


とある深夜。通報を受け、一人現場へと駆け付けた岩瀨は絶句した。
金龍の刺繍が入った赤いスカジャン。明るい髪色。丸いサングラスに咥え煙草。その男性の足下に転がっていたのは、頭から血を流している少年。


「……後輩、だったんだ」


トンッ、
ビールを勢いよく喉に流し込んだ岩瀨が、グラスの底をテーブルに叩き付ける。
グツグツと煮える鍋。その音だけが、静まった部屋に響く。



『……あー、やっぱ先輩や!』

岩瀨に気付いたスカジャンの男性は、人懐っこい笑顔をして見せる。

『懐かしー、元気やったですか?』

足下の少年を気にも留めず、ずかずかと岩瀨の方へと近付く。

『どないしたんですか、先輩。何か悪いモンでも見ちゃいました?』
『……』
『知ってます? ここ、自殺の名所らしいですよ』

可笑しな関西弁を交えながら、後輩がビルを見上げる。天に向けられた煙草の先が赤く灯り、紫煙がふぅと吐き出される。
確かにここは、失恋や借金苦で自殺する女性が後を絶たない。何でも、確実に死ねるから、らしい。

『……先輩、ちょっと相談に乗って貰えませんか?』

つられて見上げた岩瀨に、後輩が神妙な声で呟く。従順そうな瞳を向けて。煙草の煙を吐きながら。


「……俺は、後輩を見逃した。何でそんな事をしたのか……今でも悔やまれる」


『岩瀨。お前、マル暴に知人がいるんだってな』
『……!』
『お前は警察官だ。妙な同情でもして、取り込まれるんじゃねーよ』

苦言を呈した先輩が、岩瀨の肩を叩く。

その先輩は、大抵のヤクザとは顔見知りで、相談を持ちかけられ相手を諭す様子を何度か目にした事があった。
自分もそうありたい──そう思っていた岩瀨だったが、その憧れとは裏腹に、後輩に振り回されていた。一度見逃した傷害事件の後ろめたさと、弱みを握られたような感覚。それらが付き纏っているせいで、後輩からの急な呼び出しにも応じ、いいように使われていた。

その為、先輩から受けたその言葉が、この悪循環を断ち切ってくれるような気がした。その小さな希望の灯火を胸に、後輩との縁を断ち切ろうと決意した。


「……そんなある日、発砲事件が起きた」




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