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本編
30.乙女の秘密【終】
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宰相閣下の部屋をお暇した後、今回の面会は非公式なものではあるけれど、文章として残しておく必要があるとエリアスに言われ、騎士団の詰め所へと連れてこられた。
エリアス自身は団長に報告があるからと退出してしまい、部屋に残されたのはエリアスの部下であるレドとキールと私の三人。二人は、エリアス直属の部下らしく、最初の挨拶の時から好意的に接してくれている。
そのレドの顔が、今は壮絶に歪んで─
「…ちょ、これ、酷いってか、すげぇムカつく。聞いてるだけで、相手半殺しにしたくなるくらい腹立つんだけど?」
「…確かにな。」
テーブルを挟んで向かいあうレド。そのテーブルに置かれたクォーツから再生される音声に、本気で憤ってくれている。キールも、離れた席で聴取?を取りながら、冷静に同意してくれるから、笑ってしまう。
「ステラ?これ、笑いごとじゃないからな?」
「うん、分かってる。けど、ありがとう。…私、友達も居なかったから、こんな風に怒ってくれる人もいなかったんだよね。」
「…」
「だから、今、ちょっと、二人の優しさを嚙みしめてる。」
「やばい、喜びの閾値が低すぎる。」
「うん、そうかも。…その状況に居ると感覚鈍くなっちゃうけど、やっぱり、ちょっと異常な状況だよね、これ。」
「…それに気づけたなら、もう案ずる必要はないかもしれんが。」
「てか、俺らが見張っててやるから。ステラを絶対、二度と、こんな目には会わせない。」
「…ありがとう。」
優しい言葉に甘やかされて、目の前、再生を終えたクォーツを回収する。手に取ったそれを、レドが興味深そうに覗いてきた。
「…これ、このサイズで録音機なんだろ?すげぇもん作るよなー。」
「うん。でも、これ一個成功するまでにすっごい数失敗してるから、量産とかは無理かも。…石の裏にね、細かーい字で術式彫ってるんだ。」
「どれ?」
のぞこうとするレドに見えやすいように、ひっくり返した石を、レドの前に差し出す。確かめようとしたのか、レドが触れた手が、ちょど術式の起動に重なって─
『…お疲れ様。』
「っ!?」
「はっ!?えっ!?何!?今の副長の声!?」
流れ出した音声に冷や汗が流れる。
「っ!駄目!レド!手ぇ放して!」
「いやいや、ちょっと待って、これは、もうちょっと聞かないと!」
「駄目だってば!」
石を取り上げられてしまった。高く掲げられた石に手が届かない。その間にも音声は垂れ流しで、
『…今日一日、よく頑張ったな?…疲れただろう?』
「ぎゃーっ!!マジだ!マジで副長の声!!なのに、別人!!」
「返してー!!」
「…レド、止めてやれ。さっさとステラに返せ。…というか、俺の精神状態に良くない。今すぐ止めろ…」
「いやいや、キールも一緒に聞こうぜ!副長の甘い囁きとか!貴重過ぎる!」
「私のだからー!聞いていいのは私だけー!!」
『…ステラは偉い。よくやってる。』
「はは!本当だ!ステラって言ってる、こりゃ、ステラ専用だな!」
「返して!」
「いや、マジでやべぇ!これ、絶対、他の奴らにも聞かせて、…」
言いかけて動きを止めたレドの手、そこに握られた石を奪い返そうとして気が付いた。
(…あれ?)
「レド、なんで固まってるんだろう?」そう思ったのは一瞬、異変の原因は直ぐに分かった。固まったレドの視線の先、詰め所の扉が開いていて─
「…」
「…」
(…能面。)
能面が居た。能面と目が合った。と思ったら、エリアスだった。イケメンは怖いくらいの無表情でもイケメンなんだなと現実逃避してたら、
「…消せ。」
「っ!?」
地を這う重低音。
「…今すぐ、消せ。」
「だ、駄目!!」
「あ?」
「っ!私の!私のだから!こっそり一人で聞く用だから!」
「…今、この瞬間、レドとキールにも聞かれてるようだが?」
「気を付ける!もう、こんなことにならないようにするから!」
「…いいから、消せ。」
「あー!!ダメ―!!」
素早くレドに近づいたエリアスが、石を奪い取った。それを目の前に差し出され、目線だけで威圧される。「消せ」と─
「…本当に消さなきゃ、駄目?」
「…」
「…だって、これ、私のお守り…」
「…」
「…辛い時とか凹んでる時に、エリアスの声で励ましてもらったら、また頑張ろーって思えるから、…出来れば、消したくない…」
「…」
エリアスの手から回収したクォーツを握り締め、声の主に懇親のお願いをする。冗談ではなく、本当に心の支え、一生のお守りだから。
「…エリアス?」
「…」
エリアスが深い深いため息をついた。呆れたようなエリアスの態度に、「許された?」と気が弛んだ一瞬─
「…そんなものより、本物の方がよっぽどいいだろ?」
「っ!?」
「こんなもの、ステラにはもう必要ない。」
「っ!?!?!?」
耳元まで顔を寄せたエリアスの囁き声。思考が停止する。
「俺の声が聞きたいなら、好きなだけ、…いつでも聞かせてやる。…な?」
「っ!ひと!人前!エリアス!人前だよ!?」
「…なんだ、二人きりの方がいいのか?…レド、キール。」
「はっ!」
「あ!はい!出ます!秒で!」
上官の意をバッチリ汲んだレドとキールが、あっという間に部屋を出て行ってしまった。部屋にエリアスと二人、残されて─
「…さて、二人きり、だな?…お前の望んだ通り。」
「っ!?」
抱きしめられた。
「…ステラ、消す、よな?」
「っ!?」
追い詰められた状況。抱きしめてくれる腕の力強さと耳元で囁かれる声があれば、何でも出来そうな気がする。だけど、自分の体温で温められた石の中、ここに入っているものもまた、この世に二つと無い宝物で─
「ステラ…?」
「っ!!」
結局、エリアスの説得に私が折れたかどうか、私がエリアスの囁きボイスを消去出来たかは、私だけの秘密にしておく。
ただ、これだけははっきりわかっていること。
衝動買いも、たまには悪くない─
(終)
エリアス自身は団長に報告があるからと退出してしまい、部屋に残されたのはエリアスの部下であるレドとキールと私の三人。二人は、エリアス直属の部下らしく、最初の挨拶の時から好意的に接してくれている。
そのレドの顔が、今は壮絶に歪んで─
「…ちょ、これ、酷いってか、すげぇムカつく。聞いてるだけで、相手半殺しにしたくなるくらい腹立つんだけど?」
「…確かにな。」
テーブルを挟んで向かいあうレド。そのテーブルに置かれたクォーツから再生される音声に、本気で憤ってくれている。キールも、離れた席で聴取?を取りながら、冷静に同意してくれるから、笑ってしまう。
「ステラ?これ、笑いごとじゃないからな?」
「うん、分かってる。けど、ありがとう。…私、友達も居なかったから、こんな風に怒ってくれる人もいなかったんだよね。」
「…」
「だから、今、ちょっと、二人の優しさを嚙みしめてる。」
「やばい、喜びの閾値が低すぎる。」
「うん、そうかも。…その状況に居ると感覚鈍くなっちゃうけど、やっぱり、ちょっと異常な状況だよね、これ。」
「…それに気づけたなら、もう案ずる必要はないかもしれんが。」
「てか、俺らが見張っててやるから。ステラを絶対、二度と、こんな目には会わせない。」
「…ありがとう。」
優しい言葉に甘やかされて、目の前、再生を終えたクォーツを回収する。手に取ったそれを、レドが興味深そうに覗いてきた。
「…これ、このサイズで録音機なんだろ?すげぇもん作るよなー。」
「うん。でも、これ一個成功するまでにすっごい数失敗してるから、量産とかは無理かも。…石の裏にね、細かーい字で術式彫ってるんだ。」
「どれ?」
のぞこうとするレドに見えやすいように、ひっくり返した石を、レドの前に差し出す。確かめようとしたのか、レドが触れた手が、ちょど術式の起動に重なって─
『…お疲れ様。』
「っ!?」
「はっ!?えっ!?何!?今の副長の声!?」
流れ出した音声に冷や汗が流れる。
「っ!駄目!レド!手ぇ放して!」
「いやいや、ちょっと待って、これは、もうちょっと聞かないと!」
「駄目だってば!」
石を取り上げられてしまった。高く掲げられた石に手が届かない。その間にも音声は垂れ流しで、
『…今日一日、よく頑張ったな?…疲れただろう?』
「ぎゃーっ!!マジだ!マジで副長の声!!なのに、別人!!」
「返してー!!」
「…レド、止めてやれ。さっさとステラに返せ。…というか、俺の精神状態に良くない。今すぐ止めろ…」
「いやいや、キールも一緒に聞こうぜ!副長の甘い囁きとか!貴重過ぎる!」
「私のだからー!聞いていいのは私だけー!!」
『…ステラは偉い。よくやってる。』
「はは!本当だ!ステラって言ってる、こりゃ、ステラ専用だな!」
「返して!」
「いや、マジでやべぇ!これ、絶対、他の奴らにも聞かせて、…」
言いかけて動きを止めたレドの手、そこに握られた石を奪い返そうとして気が付いた。
(…あれ?)
「レド、なんで固まってるんだろう?」そう思ったのは一瞬、異変の原因は直ぐに分かった。固まったレドの視線の先、詰め所の扉が開いていて─
「…」
「…」
(…能面。)
能面が居た。能面と目が合った。と思ったら、エリアスだった。イケメンは怖いくらいの無表情でもイケメンなんだなと現実逃避してたら、
「…消せ。」
「っ!?」
地を這う重低音。
「…今すぐ、消せ。」
「だ、駄目!!」
「あ?」
「っ!私の!私のだから!こっそり一人で聞く用だから!」
「…今、この瞬間、レドとキールにも聞かれてるようだが?」
「気を付ける!もう、こんなことにならないようにするから!」
「…いいから、消せ。」
「あー!!ダメ―!!」
素早くレドに近づいたエリアスが、石を奪い取った。それを目の前に差し出され、目線だけで威圧される。「消せ」と─
「…本当に消さなきゃ、駄目?」
「…」
「…だって、これ、私のお守り…」
「…」
「…辛い時とか凹んでる時に、エリアスの声で励ましてもらったら、また頑張ろーって思えるから、…出来れば、消したくない…」
「…」
エリアスの手から回収したクォーツを握り締め、声の主に懇親のお願いをする。冗談ではなく、本当に心の支え、一生のお守りだから。
「…エリアス?」
「…」
エリアスが深い深いため息をついた。呆れたようなエリアスの態度に、「許された?」と気が弛んだ一瞬─
「…そんなものより、本物の方がよっぽどいいだろ?」
「っ!?」
「こんなもの、ステラにはもう必要ない。」
「っ!?!?!?」
耳元まで顔を寄せたエリアスの囁き声。思考が停止する。
「俺の声が聞きたいなら、好きなだけ、…いつでも聞かせてやる。…な?」
「っ!ひと!人前!エリアス!人前だよ!?」
「…なんだ、二人きりの方がいいのか?…レド、キール。」
「はっ!」
「あ!はい!出ます!秒で!」
上官の意をバッチリ汲んだレドとキールが、あっという間に部屋を出て行ってしまった。部屋にエリアスと二人、残されて─
「…さて、二人きり、だな?…お前の望んだ通り。」
「っ!?」
抱きしめられた。
「…ステラ、消す、よな?」
「っ!?」
追い詰められた状況。抱きしめてくれる腕の力強さと耳元で囁かれる声があれば、何でも出来そうな気がする。だけど、自分の体温で温められた石の中、ここに入っているものもまた、この世に二つと無い宝物で─
「ステラ…?」
「っ!!」
結局、エリアスの説得に私が折れたかどうか、私がエリアスの囁きボイスを消去出来たかは、私だけの秘密にしておく。
ただ、これだけははっきりわかっていること。
衝動買いも、たまには悪くない─
(終)
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