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第三章
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過ぎていく日々の中、気温の上昇とともに体調を崩しがちになった。前世の文明の利器という恩恵を知っている身には、この世界の暑さはきつ過ぎる。しかも、着ている服がどれだけ暑苦しくても肌着一枚というわけにはいかない。去年までは何とかやり過ごせていたはずの夏を、今年はベッドの上で過ごすことが増えた。
と言っても、「起き上がれないほど体調が悪い」というわけではなく、寝室ならば多少の薄着も問題ないという意味で、だらけ切った生活を送っているだけだったりする。そうして、重たくなったお腹を抱えながらも、かなり自由にやらせてもらっている私の横で、なぜか、ロベルトの方が死にそうにな顔をしていた。
私が熱くて食欲がないと言えば、「何とか少しでも食べれるものを」と果物や菓子類を買い求めて奔走し、足が浮腫むのだといえば、私が寝落ちするまで自らマッサージを施す。夫の鑑だと言っても許されるだろう甲斐甲斐しさを惜しみ無く発揮するロベルト、そのやさしさに触れていると、温かくて、幸せで、
つい、比べてしまうー
(…もし、これがエドワードだったら。)
決して、無下にされることは無かっただろう。公爵家直系の子を孕んでいるのだ。それこそ、最高級の部屋を用意し、手厚く世話をしてくれる侍女がつけられ、望めばなんでも与えられたのではないかと思う。
(…でもきっと、彼は隣にはいてくれない。)
手ずからリンゴの皮を剥いてくれることも、手足に優しく触れてくれることも、ない。
だから、つい、比べてしまう。確信的な、「正解者」の立場から、優越を持って、
(私は、断然、こっちの『夫婦』の方がいい。)
心から、そう、思っていたのに―
「ロベルト!?これはいったい何!?」
仕事の関係で王都に出かけていたロベルトが、馬車に積んで帰って来た大荷物。それを見て悲鳴に近い声を上げてしまった。
「送風機だよ。王都の工場で導入するところが増えているらしい。話を聞いて、一つ譲りうけてきたんだ。」
そう言って、人の寝室にそれを設置し始めてしまったロベルトを唖然と見守る。しかも、
「!?ちょっと待って!それって!?」
ロベルトが、送風機の前に置こうとしている物体に目眩がした。
「送風機だけじゃ、涼しさが足りないだろうから。」
そう言って置かれたのは、器に入った巨大な氷の塊。この季節、これだけの大きさのものを買うとしたら―
「ロベルト!一体、いくらお金使ったの!?」
一番心配してしまうのはそこだ。すっかり貧乏根性がしみついてしまっている気はするが、そうならざるを得なかったのだから仕方ない。氷なんて高級品にはかなり落ち着かない気分にさせられてしまうというのに、
「そこまで心配することはない。『Dr.Jシリーズ』の売れ行きが好調なんだ。」
「そう、なの…?」
「Dr.Jシリーズ」は、ロベルトが提案した子ども用玩具で、いつの間にか『育児百科』の著者であるグレイ・ジョースター博士に渡りをつけたロベルトは、博士の考案した玩具を『知育玩具』シリーズとして、玩具と本のセットで販売を始めた。目新しさからか、玩具の売れ行きは好調、増産しても追いつかないという嬉しい悲鳴状態なのは知っていたけれど。
「君のデザインした香水も、売上がかなり延びていた。」
「…」
(…デザインしたと言っても、ボトルだけなんだけどね。)
こちらは、毎週、報告書が届いているから、売り上げについてある程度は把握している。ただ、中身は競合商品と変わらないし、ボトルのデザインだってオリジナルとは決して言えないものでー
「…だからって氷はいくら何でも…」
「うちは王都から近いから、それほど高額にはならなかった。」
だとしても、だ。そもそも、青の領地で取れる氷を王都に持ち込むまでにかかった輸送費があるのだから、それなりのお値段がするのは間違いない。
「…イリーゼ、怒らないで。」
「別に、怒っているわけじゃない…」
ロベルトが、暑さにへばっている私のためにしてくれていることだというのは、わかっているから。
「氷が高価だと言っても、元々、俺たちの生活には、大して金をかけていないだろう?」
「そう、だけど。」
収入は上向いてきていたが、特に「贅沢」をしたいとも思わなかったため、支出はそれほど増えていない。家の補修や鉱山の設備拡充のために、ある程度、貯蓄する必要はあると思っているが、
「…俺の、我儘。唯一の道楽だと思って、許してくれないか?」
「…」
「俺は、イリーゼに元気でいて欲しい。弱っているイリーゼを見るのは、…俺がつらい。」
その言い方ではまるで、私がか弱い人間のような気がしてくるから困る。
「…ハァー。仕方ない、許す、よ。」
「ありがとう、イリーゼ!」
わざと偉そうに許可してみたのに、本当に嬉しそうに声を上げるロベルトに、
(まぁ。そこまで喜ぶなら…)
なんて、絆されそうになっていたら、
「来週からは、屋敷に直接届けてもらうように手配してある。」
「!?」
「週一で届く。」
「ロベルト!」
流石に本気で怒った。でも結局、「ハハッ!」って声を出して笑う彼を初めて見て、その笑顔に驚いてしまったら、もう、うん、それ以上は怒れなくなってしまった。
と言っても、「起き上がれないほど体調が悪い」というわけではなく、寝室ならば多少の薄着も問題ないという意味で、だらけ切った生活を送っているだけだったりする。そうして、重たくなったお腹を抱えながらも、かなり自由にやらせてもらっている私の横で、なぜか、ロベルトの方が死にそうにな顔をしていた。
私が熱くて食欲がないと言えば、「何とか少しでも食べれるものを」と果物や菓子類を買い求めて奔走し、足が浮腫むのだといえば、私が寝落ちするまで自らマッサージを施す。夫の鑑だと言っても許されるだろう甲斐甲斐しさを惜しみ無く発揮するロベルト、そのやさしさに触れていると、温かくて、幸せで、
つい、比べてしまうー
(…もし、これがエドワードだったら。)
決して、無下にされることは無かっただろう。公爵家直系の子を孕んでいるのだ。それこそ、最高級の部屋を用意し、手厚く世話をしてくれる侍女がつけられ、望めばなんでも与えられたのではないかと思う。
(…でもきっと、彼は隣にはいてくれない。)
手ずからリンゴの皮を剥いてくれることも、手足に優しく触れてくれることも、ない。
だから、つい、比べてしまう。確信的な、「正解者」の立場から、優越を持って、
(私は、断然、こっちの『夫婦』の方がいい。)
心から、そう、思っていたのに―
「ロベルト!?これはいったい何!?」
仕事の関係で王都に出かけていたロベルトが、馬車に積んで帰って来た大荷物。それを見て悲鳴に近い声を上げてしまった。
「送風機だよ。王都の工場で導入するところが増えているらしい。話を聞いて、一つ譲りうけてきたんだ。」
そう言って、人の寝室にそれを設置し始めてしまったロベルトを唖然と見守る。しかも、
「!?ちょっと待って!それって!?」
ロベルトが、送風機の前に置こうとしている物体に目眩がした。
「送風機だけじゃ、涼しさが足りないだろうから。」
そう言って置かれたのは、器に入った巨大な氷の塊。この季節、これだけの大きさのものを買うとしたら―
「ロベルト!一体、いくらお金使ったの!?」
一番心配してしまうのはそこだ。すっかり貧乏根性がしみついてしまっている気はするが、そうならざるを得なかったのだから仕方ない。氷なんて高級品にはかなり落ち着かない気分にさせられてしまうというのに、
「そこまで心配することはない。『Dr.Jシリーズ』の売れ行きが好調なんだ。」
「そう、なの…?」
「Dr.Jシリーズ」は、ロベルトが提案した子ども用玩具で、いつの間にか『育児百科』の著者であるグレイ・ジョースター博士に渡りをつけたロベルトは、博士の考案した玩具を『知育玩具』シリーズとして、玩具と本のセットで販売を始めた。目新しさからか、玩具の売れ行きは好調、増産しても追いつかないという嬉しい悲鳴状態なのは知っていたけれど。
「君のデザインした香水も、売上がかなり延びていた。」
「…」
(…デザインしたと言っても、ボトルだけなんだけどね。)
こちらは、毎週、報告書が届いているから、売り上げについてある程度は把握している。ただ、中身は競合商品と変わらないし、ボトルのデザインだってオリジナルとは決して言えないものでー
「…だからって氷はいくら何でも…」
「うちは王都から近いから、それほど高額にはならなかった。」
だとしても、だ。そもそも、青の領地で取れる氷を王都に持ち込むまでにかかった輸送費があるのだから、それなりのお値段がするのは間違いない。
「…イリーゼ、怒らないで。」
「別に、怒っているわけじゃない…」
ロベルトが、暑さにへばっている私のためにしてくれていることだというのは、わかっているから。
「氷が高価だと言っても、元々、俺たちの生活には、大して金をかけていないだろう?」
「そう、だけど。」
収入は上向いてきていたが、特に「贅沢」をしたいとも思わなかったため、支出はそれほど増えていない。家の補修や鉱山の設備拡充のために、ある程度、貯蓄する必要はあると思っているが、
「…俺の、我儘。唯一の道楽だと思って、許してくれないか?」
「…」
「俺は、イリーゼに元気でいて欲しい。弱っているイリーゼを見るのは、…俺がつらい。」
その言い方ではまるで、私がか弱い人間のような気がしてくるから困る。
「…ハァー。仕方ない、許す、よ。」
「ありがとう、イリーゼ!」
わざと偉そうに許可してみたのに、本当に嬉しそうに声を上げるロベルトに、
(まぁ。そこまで喜ぶなら…)
なんて、絆されそうになっていたら、
「来週からは、屋敷に直接届けてもらうように手配してある。」
「!?」
「週一で届く。」
「ロベルト!」
流石に本気で怒った。でも結局、「ハハッ!」って声を出して笑う彼を初めて見て、その笑顔に驚いてしまったら、もう、うん、それ以上は怒れなくなってしまった。
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