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お泊まりデートはいかがでしょう2
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「それで」
桐山 桜子が深く息をついた。
「胸のドキドキが止まらない、と」
「違うそうじゃない。いやそうだけども」
正しく言えば、別の意味で動揺が止まらんってことなのだが。
「私に恋愛相談してくれるなんてうれしい」
「恋愛相談か? これ」
どちらかというと『お前の幼なじみを何とかしろ』っていう苦情のつもりなんだけれども。
「っていうか。ずっと聞きたかったんですけど」
大きな目がじっとこちらを向いている。
昼休み。偶然みかけた彼女にさりげなく声をかけたら、何かを察した女の顔をしてこの空き教室につれていかれた。
「なんだよ」
「どっちがネコなのかなあって。あ、もしかして先輩の方ですか」
「ね、ネコ?」
猫派犬派の話だろうか。えらく突拍子がないな。
だとすると俺は猫の方が好きだ。犬は昔、ばあちゃんの家で飼ってたやつに噛まれて追いかけ回されたからむしろ苦手なんだ。
俺は彼女が口を開く前に。
「断然、猫だな」
「えええっ!?」
そう答えた途端、桜子は口をあんぐりあけて絶句した。
まさか猫派ってそんなに珍しいか。彼女が犬以外認めない、犬派過激派なのか。
「なんだよそんなに驚いて」
「え、ええっと、かなり大胆なカミングアウトだなあって」
「そうか?」
もしかして俺って犬派だと思われてたのかな。
確かに一緒にいるやつ犬っぽいし。あ、そうそう義幸も犬っぽいよな。俺以外には愛想なんて振りまかない、忠犬タイプ。
でもなんかリア充で友達が多そうなのが解せないな。まさか顔ってワケでもないだろうし。
「あいつは猫好きそうだよな」
「そりゃそうでしょうね……」
なぜか桜子は引きつった笑みを浮かべる。
そこでふとつい最近のことを思い出した。
朝、通学途中のこと。
『おい義幸、猫がいるぞ』
『あ。ほんとですね』
俺が先に猫を見つけたんだ。黒やら茶色やらが混ざった、いかにもな野良猫。
彼はふっと目を細めてそこへ歩み寄る。
『おいで』
低いが優しい声に、こっちがなんか妙な気分になったのを覚えている。
そしてなんの警戒心もなく近づいてきた猫の頭を、これまた優しい手つきで撫でた。
『かわいいですね、この猫』
その表情はもう。
「すごく可愛がって、ベタベタに甘やかしたりしてな」
うん、きっとそうだ。猫飼ってるとは聞いた事ないが、飼ってたらそれはもう一日中撫で回すに違いない。
ああいう無骨なヤツが案外ってこともあるしな。
ちなみに俺は、逆に距離をとって観察する。可愛いからってやたら触りまくるのをグッとこらえて、適度な距離をはかるのが好みなんだ。
でもこれはもう猫の愛で方の違いだな。どちらにも善し悪しはない。
これでまあ確信したよ。
コイツ (あくまで十七年前の)は悪いやつじゃない、ってな。
猫好きに悪いやつはいない、多分だけど。
「一日中、構い倒すかもしれない」
「あー……」
彼女が深くうなずく。だもんで、俺も続けた。
「そのうち相手 (猫)が嫌になって引っ掻くんだ」
「引っ掻くんですか!?」
「でもそんなの気にせず撫で回すんだよ、アイツは」
「そうなんですか」
「玩具 (猫じゃらしとか)を使って遊ぶのもいいかもしれない。飽きるまで付き合ってくれそうだ」
「オモチャ……?」
なんか桜子が少し後ずさりしてる気がするけど気のせいだよな?
俺の方は、なぜか脳内に唐突にとある映像が浮かんだ。
――それは、俺と義幸が二人で暮らしている姿。
そこには俺たち以外に、一匹の黒猫。迷い猫のはずなのに、しなやかな身体と艶やかな毛並み。
そいつを撫でながら、俺はえらく高い場所にある唯一の窓を見上げる。
「先輩!」
「え?」
いかん、ボーッとしてた。なんだっけな。ええっと。
「大丈夫ですか」
桜子が心配そうに覗き込んでいた。気がつけば、俺は床に座り込んでいたらしい。
そして顔が濡れていた。
「あれ……俺、泣いてる?」
「大丈夫ですか」
もう一度彼女が聞く。でも何も答えられなかった。
ただ、目元をぬぐって首を横に振る。
俺だってよく分からん。でも特に悲しいとかそういう感情はないから、単純にドライアイとかだったんじゃないかな。
まあ呑気といわれたらそうだけど。
「で、お泊まりデート。どうするんですか」
「ああそうだ」
本題はこっちだ。って、どこまで話したっけ?
母さんが不在の時、あいつが家に来るって状況。これってもしかして貞操の危機、なんだろうか。
すると彼女は呆れ返った顔で。
「貞操もなにも――いや、乙女心っていつの時でも大事ですよね。ええ、そうね」
と歯切れの悪い反応。さらには。
「でもやっぱり後輩としては、自分を大切にしなよってところなんですけど」
「なんだそれ」
まるで初体験を済ませて、すっかりスレちまった女友達に対するアドバイスみたいだな。
いや俺とあいつは間違ってもそんな関係……そもそも手すらにぎったこともないんだぞ。
「やっぱり私たち高校生じゃないですか」
「それがどうした」
キッと強く見つめられた。
「清く正しく交際っていうのか望ましいと思うんですよ」
「え?」
「そんな淫らな関係、私は反対です!」
「ちょっ、待って」
「お母さん許さないから」
「誰がお母さんだよ!」
真面目な顔で言う微妙な冗談に、思わずツッコミ入れてしまったじゃないか。
「……ってのは気分だけとして」
「気分はそうなのか」
もうこの子もキャラが違いすぎてよく分かんねえ。
高校生の頃はほとんど接点がない。ギャルじゃないけど、クラスカースト上位の美少女とその他大勢のモブって感じだったし。
同窓会で偶然再会したから付き合えて結婚できたけど、よく考えたら俺って彼女の高校時代のことをよく知らない。
まあ、いい年になって他の男に寝盗られて今更って話だけども。
うーん。とはいえやっぱり十七年後の事に引っ張られ過ぎなのかな、俺は。
「男ってヤることしか頭にない所あるじゃないですか」
「い、いや。それは偏見……」
なんなら俺も男なんだけど? でも彼女は難しい顔を崩さない。
「とにかく、お泊まりするなら私も行きますから」
「へ?」
「三人で仲良くゲームでもしましょ♡」
「!!」
俺と桜子とあいつと!? なんか全然想像つかないんだけど。
それは別の意味でドキドキするっていうか。
「そ、そんな。男の家に女の子一人がお泊まりするなんて不純な……っ」
「先輩が言いますか、それ」
今度はジト目された。いやでも俺には言う権利あるだろう。仮にも、未来の嫁さんだぞ。
「とにかくそれはダメだ」
「先輩こそ、彼氏とイチャイチャしたいからって女友達を排除するとかヒドくないですか!」
「いっ……!?」
イチャイチャって、この娘からそんな言葉聞くなんて思ってもみなかったな。
しかも俺たちは女友達だったのか?
「私は先輩の恋愛相談係兼、友達だって思ってますけど」
「えっ。お、おう?」
また自分が覚えのない記憶かよ。でもまあ、この状況は悪くない。このまま、一気に距離つめて未来のNTRを回避できるかもしれない!
「じゃ、じゃあ」
「何してるんですか、葵さん」
「ヒッ!?」
すぐ後ろから地を這うような声が響き、思わず固まる。
ギ、ギ、ギ、と音がしそうなほどにぎこちなくゆっくり振り返った。
「よ、義幸」
「彼氏が女と二人きりになるのを許せるほど、オレの心は広くないです」
「ちがう、違うんだ、別に俺は……」
まずい――そう思った。
特に声を荒らげているわけでも、しかめっ面しているわけでもない。むしろ無表情の顔や抑揚のない声が、怖い。
「行きますよ」
「えっ」
「行きますよ」
「あ、はい」
有無を言わない圧力に、慌ててうなずくと。
「い、痛っ!!」
腕を勢いよく掴まれた。そのまま引きずられるように連れ出される。
「ちょ、痛い、痛いって!!!」
「……」
「義幸!」
「……」
俺が怒鳴ると一瞬だけ足がとまった。でもすぐにまた力まかせに引っ張られる。
必死に腕を振りほどこうとしたけど、なんせ体格差のせいで情けないことに歯が立たない。
「やめろよっ、痛いってば!」
後ろからじゃあいつの表情なんて見えない。怒ってるんだろうけど、なんでそんなに怒られるのかも理解できなかった。
別に浮気してるわけじゃないのに。
「もういい」
「っ、え?」
突然だった。
立ち止まり、手を離される。そして彼はこちらを一切振り向くことなく、足早にその場を立ち去っていった。
「なんなんだ……」
取り残された俺は、人気のない廊下でつぶやいた。
桐山 桜子が深く息をついた。
「胸のドキドキが止まらない、と」
「違うそうじゃない。いやそうだけども」
正しく言えば、別の意味で動揺が止まらんってことなのだが。
「私に恋愛相談してくれるなんてうれしい」
「恋愛相談か? これ」
どちらかというと『お前の幼なじみを何とかしろ』っていう苦情のつもりなんだけれども。
「っていうか。ずっと聞きたかったんですけど」
大きな目がじっとこちらを向いている。
昼休み。偶然みかけた彼女にさりげなく声をかけたら、何かを察した女の顔をしてこの空き教室につれていかれた。
「なんだよ」
「どっちがネコなのかなあって。あ、もしかして先輩の方ですか」
「ね、ネコ?」
猫派犬派の話だろうか。えらく突拍子がないな。
だとすると俺は猫の方が好きだ。犬は昔、ばあちゃんの家で飼ってたやつに噛まれて追いかけ回されたからむしろ苦手なんだ。
俺は彼女が口を開く前に。
「断然、猫だな」
「えええっ!?」
そう答えた途端、桜子は口をあんぐりあけて絶句した。
まさか猫派ってそんなに珍しいか。彼女が犬以外認めない、犬派過激派なのか。
「なんだよそんなに驚いて」
「え、ええっと、かなり大胆なカミングアウトだなあって」
「そうか?」
もしかして俺って犬派だと思われてたのかな。
確かに一緒にいるやつ犬っぽいし。あ、そうそう義幸も犬っぽいよな。俺以外には愛想なんて振りまかない、忠犬タイプ。
でもなんかリア充で友達が多そうなのが解せないな。まさか顔ってワケでもないだろうし。
「あいつは猫好きそうだよな」
「そりゃそうでしょうね……」
なぜか桜子は引きつった笑みを浮かべる。
そこでふとつい最近のことを思い出した。
朝、通学途中のこと。
『おい義幸、猫がいるぞ』
『あ。ほんとですね』
俺が先に猫を見つけたんだ。黒やら茶色やらが混ざった、いかにもな野良猫。
彼はふっと目を細めてそこへ歩み寄る。
『おいで』
低いが優しい声に、こっちがなんか妙な気分になったのを覚えている。
そしてなんの警戒心もなく近づいてきた猫の頭を、これまた優しい手つきで撫でた。
『かわいいですね、この猫』
その表情はもう。
「すごく可愛がって、ベタベタに甘やかしたりしてな」
うん、きっとそうだ。猫飼ってるとは聞いた事ないが、飼ってたらそれはもう一日中撫で回すに違いない。
ああいう無骨なヤツが案外ってこともあるしな。
ちなみに俺は、逆に距離をとって観察する。可愛いからってやたら触りまくるのをグッとこらえて、適度な距離をはかるのが好みなんだ。
でもこれはもう猫の愛で方の違いだな。どちらにも善し悪しはない。
これでまあ確信したよ。
コイツ (あくまで十七年前の)は悪いやつじゃない、ってな。
猫好きに悪いやつはいない、多分だけど。
「一日中、構い倒すかもしれない」
「あー……」
彼女が深くうなずく。だもんで、俺も続けた。
「そのうち相手 (猫)が嫌になって引っ掻くんだ」
「引っ掻くんですか!?」
「でもそんなの気にせず撫で回すんだよ、アイツは」
「そうなんですか」
「玩具 (猫じゃらしとか)を使って遊ぶのもいいかもしれない。飽きるまで付き合ってくれそうだ」
「オモチャ……?」
なんか桜子が少し後ずさりしてる気がするけど気のせいだよな?
俺の方は、なぜか脳内に唐突にとある映像が浮かんだ。
――それは、俺と義幸が二人で暮らしている姿。
そこには俺たち以外に、一匹の黒猫。迷い猫のはずなのに、しなやかな身体と艶やかな毛並み。
そいつを撫でながら、俺はえらく高い場所にある唯一の窓を見上げる。
「先輩!」
「え?」
いかん、ボーッとしてた。なんだっけな。ええっと。
「大丈夫ですか」
桜子が心配そうに覗き込んでいた。気がつけば、俺は床に座り込んでいたらしい。
そして顔が濡れていた。
「あれ……俺、泣いてる?」
「大丈夫ですか」
もう一度彼女が聞く。でも何も答えられなかった。
ただ、目元をぬぐって首を横に振る。
俺だってよく分からん。でも特に悲しいとかそういう感情はないから、単純にドライアイとかだったんじゃないかな。
まあ呑気といわれたらそうだけど。
「で、お泊まりデート。どうするんですか」
「ああそうだ」
本題はこっちだ。って、どこまで話したっけ?
母さんが不在の時、あいつが家に来るって状況。これってもしかして貞操の危機、なんだろうか。
すると彼女は呆れ返った顔で。
「貞操もなにも――いや、乙女心っていつの時でも大事ですよね。ええ、そうね」
と歯切れの悪い反応。さらには。
「でもやっぱり後輩としては、自分を大切にしなよってところなんですけど」
「なんだそれ」
まるで初体験を済ませて、すっかりスレちまった女友達に対するアドバイスみたいだな。
いや俺とあいつは間違ってもそんな関係……そもそも手すらにぎったこともないんだぞ。
「やっぱり私たち高校生じゃないですか」
「それがどうした」
キッと強く見つめられた。
「清く正しく交際っていうのか望ましいと思うんですよ」
「え?」
「そんな淫らな関係、私は反対です!」
「ちょっ、待って」
「お母さん許さないから」
「誰がお母さんだよ!」
真面目な顔で言う微妙な冗談に、思わずツッコミ入れてしまったじゃないか。
「……ってのは気分だけとして」
「気分はそうなのか」
もうこの子もキャラが違いすぎてよく分かんねえ。
高校生の頃はほとんど接点がない。ギャルじゃないけど、クラスカースト上位の美少女とその他大勢のモブって感じだったし。
同窓会で偶然再会したから付き合えて結婚できたけど、よく考えたら俺って彼女の高校時代のことをよく知らない。
まあ、いい年になって他の男に寝盗られて今更って話だけども。
うーん。とはいえやっぱり十七年後の事に引っ張られ過ぎなのかな、俺は。
「男ってヤることしか頭にない所あるじゃないですか」
「い、いや。それは偏見……」
なんなら俺も男なんだけど? でも彼女は難しい顔を崩さない。
「とにかく、お泊まりするなら私も行きますから」
「へ?」
「三人で仲良くゲームでもしましょ♡」
「!!」
俺と桜子とあいつと!? なんか全然想像つかないんだけど。
それは別の意味でドキドキするっていうか。
「そ、そんな。男の家に女の子一人がお泊まりするなんて不純な……っ」
「先輩が言いますか、それ」
今度はジト目された。いやでも俺には言う権利あるだろう。仮にも、未来の嫁さんだぞ。
「とにかくそれはダメだ」
「先輩こそ、彼氏とイチャイチャしたいからって女友達を排除するとかヒドくないですか!」
「いっ……!?」
イチャイチャって、この娘からそんな言葉聞くなんて思ってもみなかったな。
しかも俺たちは女友達だったのか?
「私は先輩の恋愛相談係兼、友達だって思ってますけど」
「えっ。お、おう?」
また自分が覚えのない記憶かよ。でもまあ、この状況は悪くない。このまま、一気に距離つめて未来のNTRを回避できるかもしれない!
「じゃ、じゃあ」
「何してるんですか、葵さん」
「ヒッ!?」
すぐ後ろから地を這うような声が響き、思わず固まる。
ギ、ギ、ギ、と音がしそうなほどにぎこちなくゆっくり振り返った。
「よ、義幸」
「彼氏が女と二人きりになるのを許せるほど、オレの心は広くないです」
「ちがう、違うんだ、別に俺は……」
まずい――そう思った。
特に声を荒らげているわけでも、しかめっ面しているわけでもない。むしろ無表情の顔や抑揚のない声が、怖い。
「行きますよ」
「えっ」
「行きますよ」
「あ、はい」
有無を言わない圧力に、慌ててうなずくと。
「い、痛っ!!」
腕を勢いよく掴まれた。そのまま引きずられるように連れ出される。
「ちょ、痛い、痛いって!!!」
「……」
「義幸!」
「……」
俺が怒鳴ると一瞬だけ足がとまった。でもすぐにまた力まかせに引っ張られる。
必死に腕を振りほどこうとしたけど、なんせ体格差のせいで情けないことに歯が立たない。
「やめろよっ、痛いってば!」
後ろからじゃあいつの表情なんて見えない。怒ってるんだろうけど、なんでそんなに怒られるのかも理解できなかった。
別に浮気してるわけじゃないのに。
「もういい」
「っ、え?」
突然だった。
立ち止まり、手を離される。そして彼はこちらを一切振り向くことなく、足早にその場を立ち去っていった。
「なんなんだ……」
取り残された俺は、人気のない廊下でつぶやいた。
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