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夢幻の住人編
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ミツィーネ公爵家の夜会で、それは起きた。
「アリス様!」
全員がギョッとした。
………
……
…
各々社交を楽しんでいると、遅れて入ってきた人物に、会場の三分の一が倒れ、残った者が、ほう、と溜め息を吐いた。
「これはこれはディレイガルド殿。お待ちしておりましたぞ。ささ、どうぞこちらへ」
義務付けられた夜会やパーティー以外で、あまり見ることのないディレイガルド家。ディレイガルドを誘うことが出来るだけでも称賛に値するのだが、出席までしてもらえるとなると、その家は一目どころか五目くらい置かれる。ディレイガルドに認められた家と見られるということが、社交界のみならず、国内外にも大きく影響を及ぼす。問題のない家として見られるのだ。その信用という恩恵は、どんな恩恵より得難くありがたいものなのだ。
だが、それだけ招待客には並々ならぬ気遣いを見せねばならない。何か事が起こったら、対応によっては信用が得られないばかりか、降格するかもしれない。いや、降格ならまだいい。爵位剥奪どころか国籍抹消の上国外追放なんてことになったら。
故に、ディレイガルドを招待する者は、招待客を熟考する。しているはずなのだが。
全員がギョッとした。
「アリス様!」
横に大きな体を揺らしながら、一人の男がアリスに走り寄って来た。
「アリス様、先日は、本当にありがとうございました」
すかさずエリアストはアリスを背中に隠し、鋭く睨む。
アリスの名を口にするなど、なんという身の程知らずか。会場中が顔色を無くす。しかし、さらに信じ難い光景を見てしまう。
「アリス様、こちら、お礼です。どうか、お受け取りください」
エリアストを無視して、その背に隠したアリスを脇から覗き込むようにプレゼントを差し出す。誰もが戸惑う中、アリスの級友たちはすぐに動く。アリスをエリアストから少し距離をとらせ、左右と後ろを囲むように守る。
エリアストは無言で男の首を掴みあげる。
「ぐぅっ、い、いくら、ご結婚、されていると、言っても、話も、出来ない、なんて、おかしい、でしょう」
エリアストの二回りほど大きな男を片手で持ち上げる膂力に、誰もがエリアストの危険性を、何度目かわからないが改めて認識する。それと同時に、その危険性をまったく理解しない男にも、戦慄した。その状況で言い返す胆力には恐れ入るが、その危険を撥ね除ける何かを持っているのではないなら、勇気ではない。ただの無謀というものだ。
「ぼ、ぼく、は、ただ、たすけて、いただいた、おれい、を」
エリアストが男をぶん投げた。物理的にアリスから距離を離す。男は落ちた先でゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まった。エリアストは護衛に目配せをすると、護衛が男の拘束に向かう。しかし男はヨロヨロと四つん這いになりながら、アリスに叫ぶ。
「アリス様っ、アリス様あっ!覚えておいでですよねっ?!あの時、あの、パーティーで!シャーシル侯のパーティーです!僕を助けてくださったことぉ!」
夜会やパーティーに出席するときは、必ずエリアストと一緒だ。だからこそ、言っている意味がわからない。エリアストは不機嫌に顔を顰める。
遠くから必死になる男に、もちろんアリスも困り果てて級友たちと顔を見合わせる。
「本当に何のことを仰っているのかわからないのです。どなたか、何かお心当たりはございませんか?」
アリスの問いかけに、級友たちもその日のことを思い出そうと頑張ってはいるものの。
「ディレイガルド小公爵夫人様、申し訳ございませんが、わたくしにも何のお話しだかわかりかねますわ」
「わたくしにも、さっぱりですわ」
「あの日、何かございましたかしら」
「そうなると、ディレイガルド小公爵夫人様自身それと気付かず助けていた、と言うことですわよね」
「殿方とかかわることなどございませんでしたし」
「間接的に、となると、最早正解に辿り着ける気がいたしません」
「申し訳ありませんが、そもそもあの方、どちらの?」
「ビゲッシュ伯の次男ではなかったかしら」
級友たちが男の家名まで出してくれたが、やはり何があったのか、まったくわからない。そのビゲッシュ家は、次男の暴挙に動くことすら出来ず、顔面蒼白で立ち竦んでいた。
*つづく*
「アリス様!」
全員がギョッとした。
………
……
…
各々社交を楽しんでいると、遅れて入ってきた人物に、会場の三分の一が倒れ、残った者が、ほう、と溜め息を吐いた。
「これはこれはディレイガルド殿。お待ちしておりましたぞ。ささ、どうぞこちらへ」
義務付けられた夜会やパーティー以外で、あまり見ることのないディレイガルド家。ディレイガルドを誘うことが出来るだけでも称賛に値するのだが、出席までしてもらえるとなると、その家は一目どころか五目くらい置かれる。ディレイガルドに認められた家と見られるということが、社交界のみならず、国内外にも大きく影響を及ぼす。問題のない家として見られるのだ。その信用という恩恵は、どんな恩恵より得難くありがたいものなのだ。
だが、それだけ招待客には並々ならぬ気遣いを見せねばならない。何か事が起こったら、対応によっては信用が得られないばかりか、降格するかもしれない。いや、降格ならまだいい。爵位剥奪どころか国籍抹消の上国外追放なんてことになったら。
故に、ディレイガルドを招待する者は、招待客を熟考する。しているはずなのだが。
全員がギョッとした。
「アリス様!」
横に大きな体を揺らしながら、一人の男がアリスに走り寄って来た。
「アリス様、先日は、本当にありがとうございました」
すかさずエリアストはアリスを背中に隠し、鋭く睨む。
アリスの名を口にするなど、なんという身の程知らずか。会場中が顔色を無くす。しかし、さらに信じ難い光景を見てしまう。
「アリス様、こちら、お礼です。どうか、お受け取りください」
エリアストを無視して、その背に隠したアリスを脇から覗き込むようにプレゼントを差し出す。誰もが戸惑う中、アリスの級友たちはすぐに動く。アリスをエリアストから少し距離をとらせ、左右と後ろを囲むように守る。
エリアストは無言で男の首を掴みあげる。
「ぐぅっ、い、いくら、ご結婚、されていると、言っても、話も、出来ない、なんて、おかしい、でしょう」
エリアストの二回りほど大きな男を片手で持ち上げる膂力に、誰もがエリアストの危険性を、何度目かわからないが改めて認識する。それと同時に、その危険性をまったく理解しない男にも、戦慄した。その状況で言い返す胆力には恐れ入るが、その危険を撥ね除ける何かを持っているのではないなら、勇気ではない。ただの無謀というものだ。
「ぼ、ぼく、は、ただ、たすけて、いただいた、おれい、を」
エリアストが男をぶん投げた。物理的にアリスから距離を離す。男は落ちた先でゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まった。エリアストは護衛に目配せをすると、護衛が男の拘束に向かう。しかし男はヨロヨロと四つん這いになりながら、アリスに叫ぶ。
「アリス様っ、アリス様あっ!覚えておいでですよねっ?!あの時、あの、パーティーで!シャーシル侯のパーティーです!僕を助けてくださったことぉ!」
夜会やパーティーに出席するときは、必ずエリアストと一緒だ。だからこそ、言っている意味がわからない。エリアストは不機嫌に顔を顰める。
遠くから必死になる男に、もちろんアリスも困り果てて級友たちと顔を見合わせる。
「本当に何のことを仰っているのかわからないのです。どなたか、何かお心当たりはございませんか?」
アリスの問いかけに、級友たちもその日のことを思い出そうと頑張ってはいるものの。
「ディレイガルド小公爵夫人様、申し訳ございませんが、わたくしにも何のお話しだかわかりかねますわ」
「わたくしにも、さっぱりですわ」
「あの日、何かございましたかしら」
「そうなると、ディレイガルド小公爵夫人様自身それと気付かず助けていた、と言うことですわよね」
「殿方とかかわることなどございませんでしたし」
「間接的に、となると、最早正解に辿り着ける気がいたしません」
「申し訳ありませんが、そもそもあの方、どちらの?」
「ビゲッシュ伯の次男ではなかったかしら」
級友たちが男の家名まで出してくれたが、やはり何があったのか、まったくわからない。そのビゲッシュ家は、次男の暴挙に動くことすら出来ず、顔面蒼白で立ち竦んでいた。
*つづく*
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