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夢幻の住人編
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主催のミツィーネ公爵は慌てて自分の邸の衛兵を呼び、次男を抑える護衛と代わろうとするが、護衛はディレイガルドに任せるよう首を振った。ミツィーネ公爵家は、表情を硬くしながらアリスの近くに行き、騒動の謝罪を行うが、アリスは首を振る。招待客の不祥事は主催者の落ち度でもあるが、なぜか当事者となっているアリスたちでさえ意味のわからない状況なのだ。主催者側に予測出来るはずもない。
護衛に手袋を交換されたエリアストがアリスの腰を抱く。安心した笑みを浮かべるアリスの頬にくちづける。
「あんなものに悩まされることはない。妄想だ。同じ空間にいたらエルシィが汚れる。帰ろう、エルシィ」
ミツィーネ公爵家は、エリアストにも謝罪をする。
「あれはどこの家だ」
公爵が答える前に、ようやく呪縛から何とか解けたビゲッシュ伯爵家が走り寄り、平伏す勢いで頭を下げて全身を震わせながら謝罪をする。頭を上げることなど出来ない。ボタボタと大量の汗が流れ、床を濡らしている。
しかし。
「逃げましょう!僕があなたを守るから!その悪魔から、今度は僕があなたを守るからっ!」
尚も罪を重ね続ける次男に、ビゲッシュ家は眩暈を起こす。夫人は実際倒れた。
次男は何を考えているかわからない人間だった。自信過剰で自己評価が高く、プライドも高い。上には上がいる、そんなに奢るものではない、そう何度も諫めるが、次男は何か夢を見ているようだった。優秀だと言われている人たちと、比肩していると思っている。家族や周囲からしたら、次男はよく見て下の上。普通に考えて、下の中程度の水準の人間なのだ。その自信がどこから来るものなのかさっぱりわからないが、もしかすると、劣等感の裏返しなのかもしれない、とも感じていた。そんな彼に家族は呆れつつ、その妄想を家族以外、外に向けている様子はなかったため、もう放っておいた。
それこそが、罪。
家族でさえ意味不明な人物を、この場に連れて来た。ディレイガルド家が出席するかどうかは主催者側ではないのでわからない。しかし、招待しているのは公爵家。ディレイガルドが来る可能性のあるこの場に、爆弾を持ち込んだことも罪なのだ。
そして、一番やってはいけないことをした。いや、やろうと思って出来ることではない。何故なら、アリスは女神。慈悲深い女神だから。
そんな女神を怒らせるなんて、普通は出来ない。
アリスの戸惑う顔が、するりと能面のようになった。
「悪魔、とは、何のお話しをされていらっしゃるのでしょう」
「エルシィ」
構わなくていい、と言うようなエリアストを抑え、アリスは扇を広げて口元を隠して続ける。
「やはり、あなたの勘違いです。わたくしはあなたを存じ上げません」
「あり、す、さま?」
知らないと言われ、戸惑う男にアリスはさらに続ける。
「わたくしの側には、悪魔など、そのような恐ろしいモノはおりませんもの。なぜなら」
アリスは扇を閉じてエリアストと向かい合い、その胸にもたれかかった。
「わたくしの愛する方が、すべての脅威を取り除いてくださるから」
「エルシィ」
エリアストは歓喜に心が震えた。
「そのように恐ろしいモノが側にいるような人間でしたら、間違いなく、わたくしではございません。ああ、それから」
再び扇を広げて次男を見る。
「許可もなく名を呼ばないでくださいまし」
不敬ですわよ。
冷たく言い放たれ、次男は呆然とする。
「それではご機嫌よう」
アリスはもう次男を見ることはなかった。
エリアストがしっかりとアリスを引き寄せ歩き出す。
「ううううそだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だっ!」
護衛に押さえつけられながら、男は喚く。
「僕を守ってくれたのに!あんなにも、さりげなく、僕を、僕をぉっ!」
尚も追い縋るようにアリスの背中に叫び続ける。
「行かないで、天使!僕の、僕だけの天使!」
アリスは振り返らない。出て行った扉は、閉ざされた。
*つづく*
護衛に手袋を交換されたエリアストがアリスの腰を抱く。安心した笑みを浮かべるアリスの頬にくちづける。
「あんなものに悩まされることはない。妄想だ。同じ空間にいたらエルシィが汚れる。帰ろう、エルシィ」
ミツィーネ公爵家は、エリアストにも謝罪をする。
「あれはどこの家だ」
公爵が答える前に、ようやく呪縛から何とか解けたビゲッシュ伯爵家が走り寄り、平伏す勢いで頭を下げて全身を震わせながら謝罪をする。頭を上げることなど出来ない。ボタボタと大量の汗が流れ、床を濡らしている。
しかし。
「逃げましょう!僕があなたを守るから!その悪魔から、今度は僕があなたを守るからっ!」
尚も罪を重ね続ける次男に、ビゲッシュ家は眩暈を起こす。夫人は実際倒れた。
次男は何を考えているかわからない人間だった。自信過剰で自己評価が高く、プライドも高い。上には上がいる、そんなに奢るものではない、そう何度も諫めるが、次男は何か夢を見ているようだった。優秀だと言われている人たちと、比肩していると思っている。家族や周囲からしたら、次男はよく見て下の上。普通に考えて、下の中程度の水準の人間なのだ。その自信がどこから来るものなのかさっぱりわからないが、もしかすると、劣等感の裏返しなのかもしれない、とも感じていた。そんな彼に家族は呆れつつ、その妄想を家族以外、外に向けている様子はなかったため、もう放っておいた。
それこそが、罪。
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そして、一番やってはいけないことをした。いや、やろうと思って出来ることではない。何故なら、アリスは女神。慈悲深い女神だから。
そんな女神を怒らせるなんて、普通は出来ない。
アリスの戸惑う顔が、するりと能面のようになった。
「悪魔、とは、何のお話しをされていらっしゃるのでしょう」
「エルシィ」
構わなくていい、と言うようなエリアストを抑え、アリスは扇を広げて口元を隠して続ける。
「やはり、あなたの勘違いです。わたくしはあなたを存じ上げません」
「あり、す、さま?」
知らないと言われ、戸惑う男にアリスはさらに続ける。
「わたくしの側には、悪魔など、そのような恐ろしいモノはおりませんもの。なぜなら」
アリスは扇を閉じてエリアストと向かい合い、その胸にもたれかかった。
「わたくしの愛する方が、すべての脅威を取り除いてくださるから」
「エルシィ」
エリアストは歓喜に心が震えた。
「そのように恐ろしいモノが側にいるような人間でしたら、間違いなく、わたくしではございません。ああ、それから」
再び扇を広げて次男を見る。
「許可もなく名を呼ばないでくださいまし」
不敬ですわよ。
冷たく言い放たれ、次男は呆然とする。
「それではご機嫌よう」
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エリアストがしっかりとアリスを引き寄せ歩き出す。
「ううううそだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だっ!」
護衛に押さえつけられながら、男は喚く。
「僕を守ってくれたのに!あんなにも、さりげなく、僕を、僕をぉっ!」
尚も追い縋るようにアリスの背中に叫び続ける。
「行かないで、天使!僕の、僕だけの天使!」
アリスは振り返らない。出て行った扉は、閉ざされた。
*つづく*
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