19 / 72
夢幻の住人編
3
しおりを挟む
主催のミツィーネ公爵は慌てて自分の邸の衛兵を呼び、次男を抑える護衛と代わろうとするが、護衛はディレイガルドに任せるよう首を振った。ミツィーネ公爵家は、表情を硬くしながらアリスの近くに行き、騒動の謝罪を行うが、アリスは首を振る。招待客の不祥事は主催者の落ち度でもあるが、なぜか当事者となっているアリスたちでさえ意味のわからない状況なのだ。主催者側に予測出来るはずもない。
護衛に手袋を交換されたエリアストがアリスの腰を抱く。安心した笑みを浮かべるアリスの頬にくちづける。
「あんなものに悩まされることはない。妄想だ。同じ空間にいたらエルシィが汚れる。帰ろう、エルシィ」
ミツィーネ公爵家は、エリアストにも謝罪をする。
「あれはどこの家だ」
公爵が答える前に、ようやく呪縛から何とか解けたビゲッシュ伯爵家が走り寄り、平伏す勢いで頭を下げて全身を震わせながら謝罪をする。頭を上げることなど出来ない。ボタボタと大量の汗が流れ、床を濡らしている。
しかし。
「逃げましょう!僕があなたを守るから!その悪魔から、今度は僕があなたを守るからっ!」
尚も罪を重ね続ける次男に、ビゲッシュ家は眩暈を起こす。夫人は実際倒れた。
次男は何を考えているかわからない人間だった。自信過剰で自己評価が高く、プライドも高い。上には上がいる、そんなに奢るものではない、そう何度も諫めるが、次男は何か夢を見ているようだった。優秀だと言われている人たちと、比肩していると思っている。家族や周囲からしたら、次男はよく見て下の上。普通に考えて、下の中程度の水準の人間なのだ。その自信がどこから来るものなのかさっぱりわからないが、もしかすると、劣等感の裏返しなのかもしれない、とも感じていた。そんな彼に家族は呆れつつ、その妄想を家族以外、外に向けている様子はなかったため、もう放っておいた。
それこそが、罪。
家族でさえ意味不明な人物を、この場に連れて来た。ディレイガルド家が出席するかどうかは主催者側ではないのでわからない。しかし、招待しているのは公爵家。ディレイガルドが来る可能性のあるこの場に、爆弾を持ち込んだことも罪なのだ。
そして、一番やってはいけないことをした。いや、やろうと思って出来ることではない。何故なら、アリスは女神。慈悲深い女神だから。
そんな女神を怒らせるなんて、普通は出来ない。
アリスの戸惑う顔が、するりと能面のようになった。
「悪魔、とは、何のお話しをされていらっしゃるのでしょう」
「エルシィ」
構わなくていい、と言うようなエリアストを抑え、アリスは扇を広げて口元を隠して続ける。
「やはり、あなたの勘違いです。わたくしはあなたを存じ上げません」
「あり、す、さま?」
知らないと言われ、戸惑う男にアリスはさらに続ける。
「わたくしの側には、悪魔など、そのような恐ろしいモノはおりませんもの。なぜなら」
アリスは扇を閉じてエリアストと向かい合い、その胸にもたれかかった。
「わたくしの愛する方が、すべての脅威を取り除いてくださるから」
「エルシィ」
エリアストは歓喜に心が震えた。
「そのように恐ろしいモノが側にいるような人間でしたら、間違いなく、わたくしではございません。ああ、それから」
再び扇を広げて次男を見る。
「許可もなく名を呼ばないでくださいまし」
不敬ですわよ。
冷たく言い放たれ、次男は呆然とする。
「それではご機嫌よう」
アリスはもう次男を見ることはなかった。
エリアストがしっかりとアリスを引き寄せ歩き出す。
「ううううそだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だっ!」
護衛に押さえつけられながら、男は喚く。
「僕を守ってくれたのに!あんなにも、さりげなく、僕を、僕をぉっ!」
尚も追い縋るようにアリスの背中に叫び続ける。
「行かないで、天使!僕の、僕だけの天使!」
アリスは振り返らない。出て行った扉は、閉ざされた。
*つづく*
護衛に手袋を交換されたエリアストがアリスの腰を抱く。安心した笑みを浮かべるアリスの頬にくちづける。
「あんなものに悩まされることはない。妄想だ。同じ空間にいたらエルシィが汚れる。帰ろう、エルシィ」
ミツィーネ公爵家は、エリアストにも謝罪をする。
「あれはどこの家だ」
公爵が答える前に、ようやく呪縛から何とか解けたビゲッシュ伯爵家が走り寄り、平伏す勢いで頭を下げて全身を震わせながら謝罪をする。頭を上げることなど出来ない。ボタボタと大量の汗が流れ、床を濡らしている。
しかし。
「逃げましょう!僕があなたを守るから!その悪魔から、今度は僕があなたを守るからっ!」
尚も罪を重ね続ける次男に、ビゲッシュ家は眩暈を起こす。夫人は実際倒れた。
次男は何を考えているかわからない人間だった。自信過剰で自己評価が高く、プライドも高い。上には上がいる、そんなに奢るものではない、そう何度も諫めるが、次男は何か夢を見ているようだった。優秀だと言われている人たちと、比肩していると思っている。家族や周囲からしたら、次男はよく見て下の上。普通に考えて、下の中程度の水準の人間なのだ。その自信がどこから来るものなのかさっぱりわからないが、もしかすると、劣等感の裏返しなのかもしれない、とも感じていた。そんな彼に家族は呆れつつ、その妄想を家族以外、外に向けている様子はなかったため、もう放っておいた。
それこそが、罪。
家族でさえ意味不明な人物を、この場に連れて来た。ディレイガルド家が出席するかどうかは主催者側ではないのでわからない。しかし、招待しているのは公爵家。ディレイガルドが来る可能性のあるこの場に、爆弾を持ち込んだことも罪なのだ。
そして、一番やってはいけないことをした。いや、やろうと思って出来ることではない。何故なら、アリスは女神。慈悲深い女神だから。
そんな女神を怒らせるなんて、普通は出来ない。
アリスの戸惑う顔が、するりと能面のようになった。
「悪魔、とは、何のお話しをされていらっしゃるのでしょう」
「エルシィ」
構わなくていい、と言うようなエリアストを抑え、アリスは扇を広げて口元を隠して続ける。
「やはり、あなたの勘違いです。わたくしはあなたを存じ上げません」
「あり、す、さま?」
知らないと言われ、戸惑う男にアリスはさらに続ける。
「わたくしの側には、悪魔など、そのような恐ろしいモノはおりませんもの。なぜなら」
アリスは扇を閉じてエリアストと向かい合い、その胸にもたれかかった。
「わたくしの愛する方が、すべての脅威を取り除いてくださるから」
「エルシィ」
エリアストは歓喜に心が震えた。
「そのように恐ろしいモノが側にいるような人間でしたら、間違いなく、わたくしではございません。ああ、それから」
再び扇を広げて次男を見る。
「許可もなく名を呼ばないでくださいまし」
不敬ですわよ。
冷たく言い放たれ、次男は呆然とする。
「それではご機嫌よう」
アリスはもう次男を見ることはなかった。
エリアストがしっかりとアリスを引き寄せ歩き出す。
「ううううそだ、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だっ!」
護衛に押さえつけられながら、男は喚く。
「僕を守ってくれたのに!あんなにも、さりげなく、僕を、僕をぉっ!」
尚も追い縋るようにアリスの背中に叫び続ける。
「行かないで、天使!僕の、僕だけの天使!」
アリスは振り返らない。出て行った扉は、閉ざされた。
*つづく*
66
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

氷の公爵と契約結婚したら、いつの間にか溺愛されていました 〜冷徹な夫が“絶対に手放さない”と言って離してくれません〜
ゆる
恋愛
「この結婚に愛は不要だ」
——そう言い放ったのは、王国随一の冷徹な公爵・ヴァレリウス・フォン・アイゼンベルク。
辺境の子爵家の娘アドリアナ・ローランは、家の存続のために彼との政略結婚を強いられる。
冷たく距離を取る夫との結婚生活は、まるで契約のようなもの。
——そう思っていたのに、いつの間にか状況は一変!?
そんな中、アドリアナの実家ローラン子爵領で疫病が発生!
夫に頼るわけにはいかない——そう決意して故郷へ向かうが、そこには陰謀を巡らす貴族たちの罠が待ち受けていた……!
「お前は俺の妻だ。だから、もう一人で背負うな」
冷たかったはずの夫は、まるで別人のように甘くなり、時には公然と独占欲を隠さない!?
愛などない契約結婚だったはずが、いつの間にか溺愛されていました——!
-
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる