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第一部
37、吸血鬼と混乱
しおりを挟む耳がジーンと痛くなるような轟音が部屋に響き渡る。
王太子から逃げるべく限界ギリギリまで体をのけぞらせていた私は、それ以上体制を保つのは無理だった。
背後に倒れ込む自分の体を止めることは出来ず。
あ、これ痛いわ、頭ゴンッていって絶対痛いわ。
などと妙に冷静なまま倒れて行き、衝撃を覚悟して目を閉じた。
「……?」
けれど予感した衝撃はいつまで経っても訪れることはなく。
それどころか、背中に感じる柔らかい温もりに、閉じていた目をそっと開いた。
「ふえ!?」
上から見下ろす赤い瞳が一番に視界に入り、思わず変な声が出てしまった。
次いで、ギュッと背後から抱きしめられる。
「フィー……無事で良かった……もう大丈夫だよ」
「ゼル、様……?」
信じられないとはこのことか。
ここが何処だか私には分からないけれど、そんな簡単に探せるとは思えない。
なのに来てくれた。
もう駄目だ、貞操の危機だ、と不安で悲しくて泣きそうになっていたのに。
今は安心のあまり……
「ふぃ、フィー!?怖かったんだね、ごめんね遅くなって!泣かないで、もう大丈夫だから!」
ポロポロと涙を流す私に、公爵はおたおたと慌てふためいて……そしてクルッと体を回転させられる。
正面に公爵の心配そうな顔。
「ゼル、様……ゼル様ぁ!」
きっと不安だったからだ。
居るはずのない存在が現れたからだ。
け、けして嬉しさのあまり羞恥心を忘れたわけではなく!
……言い訳はいいか。
私はガバッと公爵に抱きついて、ワンワンと子供のように泣いたのだった。
ひとしきり泣いたところで、猛烈に羞恥心が襲ってきた。
未だ私は公爵に抱きついたまま。背中を優しく撫でてくれる彼の手を感じる。
えーっと。
……これ、どうすんべ。
離れるタイミングを逃して固まっていると。
「う~ん、見せつけてくれるねえ」
不意に声がして、体が動いた。
おもっきし公爵を突き飛ばす!
「ふごっ!?」
変な声と共に公爵が壁に後頭部を打ち付けた。あ、痛そう。ゴンッて痛そうな音した。良かった、私の後頭部は無事で!
公爵がぶつけた壁の横は無くなっていた。
そう、公爵がぶっ壊して壁は無くなり、見晴らしの良い景色が広がっていたのだ。
わ~なんもない、荒れ地のど真ん中ですやん。
なんでこんなとこに屋敷立てた。
王族も全てを忘れたい時があるってか、そうですかそうですか、贅沢な悩みで何より。
全てを忘れて現実逃避する事が出来なかった人生送ってた私にとっては、羨ましい限りだわ。
などと思っていたら、視界に短髪黒髪が入った。
と、グイっと引っ張られる。ゼル様だ。頭無事のようで何より。
「フィーに近付くな。殺すぞ」
わ~ひっくい声!そんなドスの効いた声を出せるんですね。
どこか他人事みたいに思ってしまうのは、聞いたことない公爵の殺気バシバシの声のせいだろうか。
「あはは、ひどいなあ、ちょっとした冗談だったのに」
「冗談とは思えなかったが?」
「冗談だよ、冗談。あんたがマジになるなんて信じられなくてね。ちょっと試しただけだよ」
試しただけで、なぜキスされそうになったんだろう。そこんとこ詳しく説明よろしく。
キッと睨みつけても、どこ吹く風。
私と公爵に睨まれてる王太子は、今にも口笛を吹きそうな飄々さだ。
「本当なら殺してやりたい気分だが、今はフィーを連れて帰るのが先だ。後日王家に話をつけにいく。顔を洗って待っていろ」
「へぇ、このまま帰れると思ってるんだ」
吐き捨てるように言って、私を横抱きに(お姫様抱っこぉぉ!)した公爵に、ニヤリと王太子が笑った。
「帰れると思ってるが?」
「帰さないと言ったら?」
「力ずくで帰るまでだ」
一触即発とはこの事だろう。
ピリッとした空気がその場を支配した。
と、その時だった。
ドドドドド……
ん?なんの音だろう?
「う~ん、なんだ?何が起きたんだ?」
今まで寝てたんかい!
レイオンが、頭……と股間を手で押さえながらムクリと起き上がったところで。
ばぁぁぁんっっっ!!!
「ほげらっ!?」
勢いよく開いた扉にしこたま頭をぶつけ、呆気なくまたお眠りになりました。憐れレイオン安らかに。
いやそうじゃない、レイオンなんぞ最早どうでもいい!
開いた扉から姿を現したのは……
「クマーーーーーーーーー!?」
思わず叫んで公爵にまた抱きついてしまったよ!ちゃんと受け止めてくれる公爵かっこいい!
などと言ってる場合じゃなくて!
物凄い勢いで、どでかい茶色の熊が入ってきて!
その熊に跨がるヨシュ!!
その背後にはランちゃんたちフワモフ達までもが!!!
「うわあ……カオスぅ……」
私は呆然と呟きましたよ。
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