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第一章 【殺人鬼】
5、
しおりを挟むそれを見た瞬間、伯爵は眉宇をしかめた。
地面には何も無いが、何も有る。遺体はないが、そこにあったのであろうと一目で分かるように、血がベットリと残されているのだ。
「ここに被害者が横たわっていました」
その説明は必要? とモンドーは思わなくもないが、重い表情で語るカルディロンからすれば必要なのだろう。
モンドーが振り返れば、伯爵は神妙な面持ちで地面に膝をついて血の跡を睨んでいた。
難しい顔をしている伯爵の脳裏には、一体どのような推理が流れているのだろう。
カルディロンは興味津々で伯爵の様子を伺い見る。だがモンドーは知っている、伯爵は何も考えていないことを。
元来伯爵は、推理物を読むのは好きでも考えるのは嫌いなのだ。推理小説の中で事件が起きれば、まず本の最後を見て犯人が誰か確認する。確認してから本文に戻るような、推理小説好きとしては邪道の類に入るのだ。
おそらく今伯爵が考えているのは、『どんな顔をすれば推理しているように思われるだろうか』だろうな、とモンドーは推理する。そしてきっとその推理は当たっている。
ややあって伯爵は立ち上がった。
「おびただしい血の量だね。何度も刺されたのかな?」
「ええ、医者の見立てでは、短刀で何度も腹部を刺されたのだろうと」
「何度も……恨みによる犯行の可能性は?」
「リバリースに限ってそんなことはあり得ません。誠意ある商売してましたし、豪快な性格が皆に好かれてましたから」
「この辺では有名な人物と?」
「有名、というか、まあ住人ならみんな知っているでしょうね。古くから家具屋をやっていましたから」
「そうか」
一体伯爵はどんな推理を見せるのだろう。
ワクワクだかドキドキだかを連想させるような顔のカルディロン。
だが次の瞬間、伯爵が
「よし。モンドー、さっきも言ったが、急ぎ探偵に連絡してくれたまえ」
と言えば、ガクッと力抜けるのだった。
なにも推理しないんですかい! とは彼の心の声だが、伯爵には聞こえない。
「いいですけど……探偵って?」
カルディロンに聞こえないように、コソッと伯爵に耳打ちするモンドー。彼はこれまで探偵なんてものに知り合いは居なかった。なのに突然言われてどう対応して良いのやら困惑し、伯爵に伺いを立てる。
それに対し、伯爵は肩をすくめた。分かるだろう? と言いたいらしい。
対してモンドーも肩をすくめた。分かるわけないだろ! と言いたいようだ。
二人の無言の会話がしばし続き、ようやく伯爵が、
「あいつだよ、あいつ。ほら、私に呪いをかけた……」
と具体的な説明をしたところで、モンドーが「ああ、あの人のことですか」と納得する。
どうやら心当たりのある人物が、脳裏に浮かんだらしい。
「……あの人が、探偵なんですか?」
「適任だろう?」
イケメンが無駄にキラキラなウインクを軽く弾き飛ばす様に、モンドーはハアと溜め息をつくのだった。
彼の脳裏には「面倒なことにならなければいいのだけど」という言葉が浮かんで消える。
その願いはおそらく叶わない。
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