隣のあいつはSTK

どてら

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STKは自己紹介を、社畜は通報を

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 身分証明書と指示されストーカー男が出してきたのは免許証だった。素直に出すんだな。咳払いをしてから男が改まって口を開く。
「浅木陽一、二十八歳独身です」
俺より三つ歳上か。まぁ今更ストーカー如きに敬語なんてつかわないがな。浅木、どこかで聞いたような.......いや見たような。浅木の見た目はストーカーというレッテルを張り付けたとしてもイケメンですまされそうな顔立ちだ。赤みがかった茶髪の前を下ろしたナチュラルヘア。人懐っこそうなたれ目と均等のある身体つき。これが他人ならイケメン禿げろ、なんて一言で終わるんだが。
「そんなジロジロ見ないでよ。恥ずかしい」
人のことは勝手に盗み見といて何ほざいてんだ。呆れつつも見蕩れてしまった事実を誤魔化したくて質問を変える。

「職業は」
「在宅ワークかな。それなりに稼いでるよ、さ、咲也くんが望むなら通帳を君に捧げても.......乱暴にしないでね?」
全く心に響かない浅木の言葉を無視して続けることにした。
「趣味は」
「君のストーキング」
だろうな。悪趣味すぎるだろ。

「俺のことを何処で知ったんだ?」
俺は浅木陽一について何も知らない、はずだ。なら気づかないうちに接触していたか一方的にでも俺をストーキングするきっかけがあったんだろう。
「半年ぐらい前かな~君が居酒屋で酔いつぶれてるのを見かけたことがあるんだ」
あったか、そんな事。思い出そうとしてもぼやけた記憶した片隅に残っていない。
「へぇーそれで?」
「それだけだよ?」
うん?
「えっ何お前それだけで俺のストーカー始めたのかよ」
「一目惚れだったんだ」
照れくさそうに顔を赤らめる男を見て俺は頭を抱えた。別にドラマみたいな出会いは期待してなかったんだがストーキングされるぐらい衝撃的な初対面だと勝手に思い込んでいた。
「.......ちっ」
「今舌打ちした!? 何なら君との出会いを一から熱く語るけどいいの? 今夜は寝かさないよ?」
「ぶさけんな俺は明日も仕事あるんだよ」
「知ってる。七時三十五分に家を出るんだよね」
そこまで知られてるのは気持ち悪い。
「お前のやってる事は犯罪だ、自覚してるのか」
「勿論。けれどたかが法に触れる程度のことで君への愛を抑えられるわけないよね」
同意を求められても困る。たかが法って言ったなこいつ。日本国民は法のもとに平等なんだぞ、つまり俺もお前も法以下だ。
「この際お前がどんな考えを持っていようが関係ない。俺はお前を通報する、そして平和な日常を取り戻すんだ。後悔なら檻の中でやってくれ」
いくら美味い飯が作れるといってもこいつはストーカー、しかも変態だ。今は穏やかに対談しているがいつ襲ってくるか分かったもんじゃない。
「.......君はそれでいいの?」
「は?」
「だって僕がいなくなったら君一人になるんだよ? 断言するけど今の生活だと一ヶ月もたない」
「俺は赤子か」
一人暮し歴三年目だぞ余裕に決まってる。
「食事は?」
「カロリー〇イトという偉大な栄養食品があるだろ、それに野菜ジュースも買い置きしてる」
「洗濯ものは?」
「クリーニングに出せばいい」
「睡眠は?」
「取ってるぞ」
電車の中で。


「君、死ぬよ?」
妙に真面目な顔で俺を見つめる浅木。怒ってるのか? 怒らせるようなことをした覚えはないが。
「俺はそんなヤワじゃない」
「泣いてたくせに」
「泣いてない、涙腺が壊れただけだ」
「それ精神科勧められるやつだよね!!」
病院に行っている暇なんて俺にはない。ただでさえ仕事が出来ないんだもっと人の何倍も頑張らないと。
「今の俺はお前みたいなストーカーに構ってる暇ないんだ」
「なら尚更僕を見逃した方が得策だと思うけど」
浅木の言っている意味が分からず小首を傾げる俺に、あいつは大胆にも笑いながら言ってみせた。









「裁判ってお金と時間がかかるからね」
「それお前が言うなよ」

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