36 / 91
第36回 下品
しおりを挟む「死体クリエイターとは、無から真のアートを生み出す至高の存在。その逆はなんだと思う? 創造主の周りを飛び回って邪魔をする、ハエのようなお前の存在のことだぁ……」
虐殺者――羽田京志郎――の髪やネクタイが立ち上がるやいなや、その体が少しずつ浮き上がっていく。
「あらあら、随分傲慢な方ですこと。むしろ、こうしてわざわざハエが来てくれるだけでも充分ありがたいのではないですか? 見る価値のない芸術品なんて、それこそ虫けら以下ですのに……」
破壊者――鬼木龍奈――の顔が紅潮するとともに、その吊り上がった真っ赤な目から同色の涙が零れる。
「この世で最も醜い死体になれ、鬼木いぃっ――!」
「――っ!?」
最初に動いたのは羽田のほうであり、彼が手を高く掲げてからまもなく、鬼木の体が激しく仰け反る。
「……あっ、あぎっ、あぎぎっ……!」
「フンッ、ハエの割りにいい喘ぎ声だあぁ……」
骨が軋む音を立てながら、鬼木の体が完全に折れ曲がり、終いには団子のような形状に変化した。
「……こひゅー、こひゅー……」
「どうだぁ、苦しいかぁ……?」
「……ひゅー、ひゅー……ぐ、ぐるじぃ……だずげでぇ……」
「…………」
呻き声を上げる鬼木に対し、羽田は忌々し気に口元を歪める。
「もういい。つまらん演技をするな」
「……うぷぷっ……バ、バレましたか……」
丸められた鬼木の体が、見る見る元通りの形状になっていく。
「回復力に極振りするだけでなく、しなやかな上にタフでさらにマゾとは、ちぎって投げても殺せそうにないなぁ」
「……あらあら、乙女に対してマゾだのちぎって投げるだの、わたくしそんな下品な言葉を耳にしたくはありませんことよ……?」
「この化け物め」
「羽田京志郎、あなたは死体クリエイターなのでしょう? それなら、諦めることなくわたくしの死体を是非お作りくださいませ」
「鬼木龍奈……死体に集るお前のようなハエになど、私は興味がない」
「あらあら。我儘なクリエイターさんですこと。さて、今度はわたくしの番ですわ……」
鬼木が杖の先を羽田京志郎のほうに向けた直後だった。
「……がっ……がはあぁっ……!?」
羽田の顔が赤みを帯び始めたかと思うと、まもなく喉を押さえた状態で仰向けに横たわり、血を吐き出したのだ。
「どうされたのです? まさか、ご自身の死体を披露なさるおつもりですか?」
「……ぐっ、ぐふっ……た、確かに暴力的な回復力だ。しかし、私の念力の前には及ばん。むんっ――!」
「――っ!?」
鬼木は微笑んだままだったものの、その口元は僅かに引き攣っていた。
うずくまった羽田京志郎が何度も血を吐き始めたのだ。
「……まさか、念力を内側に向けることで、自分の内臓を傷つけたのですか……」
「……ごっ、ごふぇっ……フフッ、溢れ出る回復力を無駄にしないよう手を打った格好だ。鬼木、お前もヒーラー冥利に尽きるだろう……」
「ご自慢の念力を内臓に向けるなんて、ほんの少しでも間違えば自死しかねないというのに、本当に憎たらしいくらいの化け物ですね……」
「ふぅ……これこそが本当の意味での繊細さ、心の機微というやつだ。芸術家には、それが一番求められるのでなあぁ……」
◆◆◆
「「……」」
コンビニダンジョンの如く、幾重にも連なる音楽室の片隅にて、俺たちは二つの部屋を挟んで異次元の戦いを見せつけられていた。
自分たちのマーカーがほぼ被っていることから、すぐ近くに野球帽がいるのはわかっているというのに、一歩も近付くことができない。それどころか、見付からないように身を潜めているという始末。
そのどうしようもない情けなさ以上に、やつらとの歴然たる力の差を痛感するということが、これほど悔しいとは思わなかった。
虐殺者の羽田京志郎と、破壊者の鬼木龍奈……二人の圧倒的な念力と回復力のぶつかり合いは、それこそ気が狂いそうになるほどに魂を揺さぶられるものだったんだ。
「……さ、佐嶋よぉ、もうそろそろぉ、ここから退散するべきだぁ……」
風間が声をビブラートさせながら囁いてくる。それが羽田の声に若干似ているように感じて、俺の心はさらに燃え滾っていた。
正直、俺はあの戦いをもっと間近で見ていたかった。それでも、あいつらにとって俺たちは、それこそ逃げ回ることしかできない子ネズミかただの石ころか、あるいは数秒後の死体でしかない。
そう考えると、あいつらが関与してくる前にこの学校ダンジョンを攻略するほうが先決だろう。本当は野球帽と合流してからにしたかったが、俺たちの力ではここから退くしか選択肢はないんだ。
畜生……クソクソクソクソッ、クソッタレ……! 嫉妬にも似た妙な激情を抱きつつ、俺はあいつらの戦う姿を目に焼き付けたのち、風間とともにその場をあとにした……。
11
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説

貴族に転生してユニークスキル【迷宮】を獲得した俺は、次の人生こそ誰よりも幸せになることを目指す
名無し
ファンタジー
両親に愛されなかったことの不満を抱えながら交通事故で亡くなった主人公。気が付いたとき、彼は貴族の長男ルーフ・ベルシュタインとして転生しており、家族から愛されて育っていた。ルーフはこの幸せを手放したくなくて、前世で両親を憎んで自堕落な生き方をしてきたことを悔い改め、この異世界では後悔しないように高みを目指して生きようと誓うのだった。

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~
名無し
ファンタジー
主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。
異世界デスゲーム? 優勝は俺で決まりだな……と思ったらクラス単位のチーム戦なのかよ! ぼっちの俺には辛すぎるんですけど!
真名川正志
ファンタジー
高校の入学式当日、烏丸九郎(からすまくろう)はクラス全員の集団異世界転移に巻き込まれてしまった。ザイリック239番と名乗る魔法生命体により、異世界のチームとのデスゲームを強要されてしまう。対戦相手のチームに負けたら、その時点でクラス全員が死亡する。優勝したら、1人につき26億円分の黄金のインゴットがもらえる。そんなルールだった。時間がない中、呑気に自己紹介なんか始めたクラスメート達に、「お前ら正気か。このままだと、俺達全員死ぬぞ」と烏丸は言い放った――。その後、なぜか烏丸は異世界でアイドルのプロデューサーになったり、Sランク冒険者を目指したりすることに……?(旧タイトル『クラス全員が異世界に召喚されてデスゲームに巻き込まれたけど、俺は俺の道を行く』を改題しました)
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。
阿吽
ファンタジー
クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった!
※カクヨムにて先行投稿中

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる