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れるの部屋にて。
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友達の家に遊びに来た際、りらは無断でクーラーの温度を下げる事に躊躇をまったく覚えない人種の女子高校生だった。
「あち~」
ずっと部屋に居た人にとっては快適な温度設定なのだろうが、猛暑の外をここまで自転車を漕いで来たばかりのりらにはまったく冷たく感じない室温だった。テーブルに無雑作に置いてあったリモコンを使って、設定温度を二度ほど下げる。
部屋の主であるれるが居ないのをいいことに、冷房の真ん前を陣取って一人で両手を広げる。冷たい風を浴びて、肌から汗が引いていくのをりらは感じた。
「あぁ……生き返る……」
身体の火照りが一段落すると、今度は喉の渇きを覚えた。キッチンに飲み物を物色しに行っているれるが戻るのを、カーペットの床に座ってしばらく待っていると、部屋のドアが開いてれるが顔を出した。
「お待た~。冷蔵庫にいいものあったよー」
「ん~?」
そちらをりらが見遣ると、れるは頭の上に四角い紙箱を乗せていた。
「なにそれ。ジュースじゃないの?」
「へっへー。ちょっと高級なアイス~」
自慢げに言って、れるがそれをローテーブルに乗せた。
カップアイスクリームのアソートパックだった。れるの言った通り、素材や製法にこだわっていて、他のメーカーから出ているアイスクリームの商品よりも1.5倍くらい値段が高いものだった。
味は、バニラ、チョコレート、ストロベリーがそれぞれ二つずつ、合計六カップ入っている。
りらもそれを見て目を輝かせた。
「おおー、いいねー」
「好きな味を選んでいいよー」
箱の蓋を開けて自分の食べたいアイスクリームのカップを取ろうとする彼女の脇から、待ちきれずにりらも手を入れる。
「じゃあ、あたしは……」
そして、りらとれるはほぼ同時に、付属の白いプラスチックスプーンと一緒にカップアイスを取り出した。
「バニラ!」
「ストロベリー!」
選んだのは、りらがバニラ味。れるはストロベリー味だった。
「……」
「……」
お互いに選んだ味を確認した途端、それまでキャッキャとはしゃいでいた二人の表情が、冷えたものに変わった。
「……え?」
「……え?」
信じられないといった口調でりらが言う。
「なんでストロベリー? せっかく高級なアイスなんだから、繊細なバニラの風味をしっかり味わえるこっちの方がいいに決まってるじゃん」
れるも、彼女から物理的に少し距離を置きながら反論する。
「いやいや絶対にストロベリーでしょ。普通のバニラアイスにいちごのソースとか果肉とかが追加されてるんだから、こっちの方が豪華ってことでしょ。ここでバニラアイスを選ぶのって、カレーライスとカツカレーでカレーライスを選ぶようなものだよ。絶対にストロベリー一択!」
「むむ……」
「むぅ……」
互いに主張を譲らず、睨み合いになる。視線がぶつかり合い、火花が散った。
そして二人の口元に笑みがこぼれた。
同じタイミングでスッと立ち上がる。
「れる。あなたとは親友と思ってたけど、どうやらあたしたち、もうわかり合えないようね……」
「いいえ、わからせてあげるわ、りら。その身体に叩き込んで!」
中腰に構えた二人が、自分の選んだアイスのカップを握り締めてファイティングポーズを取る。
一触即発のピリピリとした空気が、次第に部屋の中を支配していく……。
言葉で解決出来ないのならば、暴力に訴えるしかないのだろうか。そんな哀しい宿命を噛み締めながら、二人の女子高生たちが対峙する。
そして、戦いの火蓋が落とされる……寸前。
「……っ!」
「……っ!」
ここまで意見の食い違っていた二人に、共通の感情が同時に芽生えた。
それは、アイスのカップを握り締めたことによる気付きだった。手のひらから伝わる冷気に、はっとする。
こんな茶番を演じていては……
アイス溶けちゃう。
「……」
「……」
そして、静かにその場に腰を下ろしてテーブルに付く。二人はゆっくりと、カップの丸いフタを取った。
「まあ……腹が減っては戦は出来ぬと言うしね、れる」
「そうだね。食べよ食べよ」
一時休戦協定を結んだ二人は、それぞれにスプーンを使ってアイスを口に運んだ。
舌の上に広がる冷たい甘味に、ふにゃりと表情がとろける。
その顔に、もう先程のぴりぴりした気配は欠片ほども感じられなかった。
もう、バニラかストロベリーかなんて、どうでもいい。
「美味し~い……」
「美味し~い……」
りらとれるはアイスを食べ進め、時々自分の分を相手に一口ずつ交換しながら、仲良く完食したのであった。
あわよくば、世界中のくだらない戦いが、こんなふうにくだらない理由で、無くなればいいのにと感じながら。
「あち~」
ずっと部屋に居た人にとっては快適な温度設定なのだろうが、猛暑の外をここまで自転車を漕いで来たばかりのりらにはまったく冷たく感じない室温だった。テーブルに無雑作に置いてあったリモコンを使って、設定温度を二度ほど下げる。
部屋の主であるれるが居ないのをいいことに、冷房の真ん前を陣取って一人で両手を広げる。冷たい風を浴びて、肌から汗が引いていくのをりらは感じた。
「あぁ……生き返る……」
身体の火照りが一段落すると、今度は喉の渇きを覚えた。キッチンに飲み物を物色しに行っているれるが戻るのを、カーペットの床に座ってしばらく待っていると、部屋のドアが開いてれるが顔を出した。
「お待た~。冷蔵庫にいいものあったよー」
「ん~?」
そちらをりらが見遣ると、れるは頭の上に四角い紙箱を乗せていた。
「なにそれ。ジュースじゃないの?」
「へっへー。ちょっと高級なアイス~」
自慢げに言って、れるがそれをローテーブルに乗せた。
カップアイスクリームのアソートパックだった。れるの言った通り、素材や製法にこだわっていて、他のメーカーから出ているアイスクリームの商品よりも1.5倍くらい値段が高いものだった。
味は、バニラ、チョコレート、ストロベリーがそれぞれ二つずつ、合計六カップ入っている。
りらもそれを見て目を輝かせた。
「おおー、いいねー」
「好きな味を選んでいいよー」
箱の蓋を開けて自分の食べたいアイスクリームのカップを取ろうとする彼女の脇から、待ちきれずにりらも手を入れる。
「じゃあ、あたしは……」
そして、りらとれるはほぼ同時に、付属の白いプラスチックスプーンと一緒にカップアイスを取り出した。
「バニラ!」
「ストロベリー!」
選んだのは、りらがバニラ味。れるはストロベリー味だった。
「……」
「……」
お互いに選んだ味を確認した途端、それまでキャッキャとはしゃいでいた二人の表情が、冷えたものに変わった。
「……え?」
「……え?」
信じられないといった口調でりらが言う。
「なんでストロベリー? せっかく高級なアイスなんだから、繊細なバニラの風味をしっかり味わえるこっちの方がいいに決まってるじゃん」
れるも、彼女から物理的に少し距離を置きながら反論する。
「いやいや絶対にストロベリーでしょ。普通のバニラアイスにいちごのソースとか果肉とかが追加されてるんだから、こっちの方が豪華ってことでしょ。ここでバニラアイスを選ぶのって、カレーライスとカツカレーでカレーライスを選ぶようなものだよ。絶対にストロベリー一択!」
「むむ……」
「むぅ……」
互いに主張を譲らず、睨み合いになる。視線がぶつかり合い、火花が散った。
そして二人の口元に笑みがこぼれた。
同じタイミングでスッと立ち上がる。
「れる。あなたとは親友と思ってたけど、どうやらあたしたち、もうわかり合えないようね……」
「いいえ、わからせてあげるわ、りら。その身体に叩き込んで!」
中腰に構えた二人が、自分の選んだアイスのカップを握り締めてファイティングポーズを取る。
一触即発のピリピリとした空気が、次第に部屋の中を支配していく……。
言葉で解決出来ないのならば、暴力に訴えるしかないのだろうか。そんな哀しい宿命を噛み締めながら、二人の女子高生たちが対峙する。
そして、戦いの火蓋が落とされる……寸前。
「……っ!」
「……っ!」
ここまで意見の食い違っていた二人に、共通の感情が同時に芽生えた。
それは、アイスのカップを握り締めたことによる気付きだった。手のひらから伝わる冷気に、はっとする。
こんな茶番を演じていては……
アイス溶けちゃう。
「……」
「……」
そして、静かにその場に腰を下ろしてテーブルに付く。二人はゆっくりと、カップの丸いフタを取った。
「まあ……腹が減っては戦は出来ぬと言うしね、れる」
「そうだね。食べよ食べよ」
一時休戦協定を結んだ二人は、それぞれにスプーンを使ってアイスを口に運んだ。
舌の上に広がる冷たい甘味に、ふにゃりと表情がとろける。
その顔に、もう先程のぴりぴりした気配は欠片ほども感じられなかった。
もう、バニラかストロベリーかなんて、どうでもいい。
「美味し~い……」
「美味し~い……」
りらとれるはアイスを食べ進め、時々自分の分を相手に一口ずつ交換しながら、仲良く完食したのであった。
あわよくば、世界中のくだらない戦いが、こんなふうにくだらない理由で、無くなればいいのにと感じながら。
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