上 下
190 / 208
第六章

溢れ出す言葉

しおりを挟む
 クルトは留守のようだが、中で待たせてもらうことになり、儂は雑用係を名乗る少年とともに中に入ることとなった。
 ただ、この少年、どうも妙だった。
 いや、見た目は可愛らしいどこにでもいる少年なのだが、しかし、彼が背負っているのは尋常ならざる量の小麦だった。儂はいま少年に案内されているはずなのだが、しかし彼の後ろを歩くと、まるで足が生えた小麦の魔物に先導されているような気分になる。
 普通の人間が持てる量ではないはずなのだが、少年にとってはこれが普通らしい。
 儂は国王でありながらも、平民の生活を理解していると思っていたが、しかし世界は儂が思っているものと大きく異なるのかもしれない。
 しかも、この優れた庭の管理をしているのもこの少年というから驚きだ。

 儂は工房の中に入った。
 外観も素晴らしい建物で、儂の別邸にしたいくらいだったが、中はさらに素晴らしい。エントランス頭上に輝くシャンデリアに惜しげなく使われた魔法晶石もまた凄まじい。
 魔法晶石の数はその家の財力に比例するというから、この工房の資産がいかに潤沢かが伺い知れる。
 本当に国費を無断で流用しているのではないか、あとで監査役に申し付けて財務局の帳簿を調べなければならないと思った。
 だが、工房主のセンスだけは褒めねばなるまい。
 特にこの飾ってある壺。
 儂はこれでも壺には拘りがあるが、ここまで見事な細工の施された壺は見たことがない。
 細工だけではない、この白い色――どうやって出したのだろうか?
 東方で取れる白色粘土を使っている者かと思ったが、どうもそれとは何か違う。
 おそらく、特殊な製法で作られたのだろう。
 金貨一万枚枚払ってでも手に入れたいが、しかしこの壺の価値、有用性を考えると、それでも相手が首を縦に振るかどうかは怪しい。
 儂がそんなことを考えていると、

「すみません! この壺は直ぐに廃棄します!」

 突然、少年がそんなことを言い出し、壺を捨てようとしだした。
 意味がわからない、この壺の価値がわかっておらぬのか?
 使いようによっては、莫大な利益をもたらす壺なのだぞ?

「なぜそうなるっ!? 捨てるくらいなら儂が貰いたいくらいだ」
「え? こんな壺でよかったらいくらでも……」
「本当によいのか? 儂は壺には煩いが、これは国宝になってもおかしくない壺だぞ?」
「はい。陛下――じゃなくて、お客様がお気に召したのなら」

 …………っ!?
 いま、この少年、何と言った?
 儂はいま、己の失態を悟った。

 恐ろしい、この少年、儂の正体をとっくに見抜いておった。
 だが、何も知らないフリをして案内し、そして壺を廃棄すると言い出した。
 儂が廃棄するくらいなら自分が貰いたい、そう言うのを見越して。

 そう、儂は買いたいのではなく、貰いたいと言ってしまったのだ。
 壺を買うとなれば、それは対等な交渉であり、お金を払えば終わる。
 だが、ここまで立派な壺を貰ってしまったとなれば、話しは違う。
 儂は、現在、ここの工房主に大きな借りを作ってしまったことになる。
 一体、工房主は壺を差し出すことで、一体どんな要求をしてくるというのか?

 まさか、これはリーゼロッテを嫁として迎え入れるための結納金代わりだとでもいうのだろうか?
 ここは壺を受け取らない方法を考えなければ。

「いや、しかしこれは白色粘土ではあるまい。いくら立派な壺とはいえ、何から作られているかわからないものを持ちかえるわけには……」

 儂ながら、立派な言い訳だ。
 一度はしてやられたが、しかしこの壺が普通の製法で作られたものではないことを一目で見抜いた儂の勝利だ。
 この壺には価値がある。
 もしも、この壺の製法を自ら編み出していたら、工房主アトリエマイスター の資格を与えられているくらいの価値がある。
 製法を独占できれば、この国の新たな交易品として他国に輸出し、莫大な益を得ることができる。
 そんな製法を、この少年が知っているはずがないし、

「これはミノタウロスの骨灰を使っています」
「あっさり言ったっ!? いや、待て、ミノタウロスの骨灰だとっ!?」
「はい。直ぐに持ってきますね」

 少年はそう言うと、部屋を出ていき直ぐに戻ってきた。
 さっきまで背負っていた小麦が無くなっているのですっきりした印象になる。
 そして、少年は小さな袋の封を開けて、儂に中を見せた。

「これがミノタウロスの骨灰です」
「……この灰色の粉が白い壺の元になると?」
「はい。陶土に混ぜて焼けば、綺麗な乳白色へと変化するんです。」

 なんともあっさり。
 俄かには信じられないが、しかしこうも自信をもって言われると。

「いいのか? そんなあっさりと話しても?」
「はい。僕の村ではミノタウロスはさすがに使えませんでしたが、牛の骨を使って同じ物を作っていました。どこにでもある製法ですよ」
「そんなの聞いたことがないぞ」

 嘘なのか?
 いや、しかしここで嘘を付く理由も見当たらない。

「よかったら実際に焼くところをお見せしましょうか?」
「できるのかっ!?」
「はい、勿論です」

 儂は少年についていった。
 裏庭にある小さな鍛冶場。どうやら、ここでは剣や刀だけでなく壺を――壺を――

「はい、できました」
「早いわっ! いや、速いわっ!」

 いま、何が起きた!?
 少年の手の動きが全く見えなかった。
 粘土とミノタウロスの灰骨を混ぜたかと思うと、いつの間にか壺の形に仕上がっていて、いつの間にか焼かれていた。
 なんだこれは?
 儂は夢でも見ておるのか?
 こんなことができる人間など――待て!?
 儂はひとつ、肝心なことを思い出した。
 クルト・ロックハンスは自分の能力に無自覚で、自分の適性ランクがSSSであることにも気付いていないと。

 もしや、この少年。

「少年、名を何という?」
「あ、名前を言わず失礼しました」

 少年は笑顔で自己紹介をした。

「僕はクルト・ロックハンスと申します。この工房で、雑用係兼工房主代理をさせていただいております」

 この少年が……この少年がリーゼロッテを誑かしたクルトだったのか。
 儂の中に熱い思いがあふれ出す。
 この少年に会えば言わないといけないと思っていた言葉があふれ出る。

 儂は少年――クルトの目を見、本能のままにその言葉を自然と紡ぎ出した。

「……ありがとう」

 それは、儂の愛する娘、リーゼロッテの命を救ってくれた恩人に対し、会ったら必ず言わなければならないと思っていた言葉だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。