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第六章
孫の力
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「いえ、お礼なんて必要ありませんよ」
クルトは笑顔でそう言った。
きっと、彼は儂がなぜ礼を言っているのか気付いていないのであろう。
グリムリッパーからの報告によると、クルトはリーゼロッテが王女であることにもいまだに気付いていないし、非常に鈍感であると聞いている。
きっと、壺を作るところを見せたお礼とでも思っているのであろう。
だが、そうすると妙だ。
何故、少年は儂がこの国の王だと気付いた?
この純粋そうな腹芸ができるとは思えぬが、実はしたたかなのだろうか?
「少年、先ほど儂のことを陛下だと言ったが、それはどういう意味だ?」
「すみません。やっぱり聞こえていましたか。実は――今度叙勲式で陛下の御前に参ることになりまして、緊張していて。お客様のことを陛下だと思って慣れておこうと思ったら、つい陛下と呼んでしまいました」
「なるほど、そういうことか。そうすると、少年は陛下が訪れたときも壺を作るところを見せるわけだな」
「あっ!? そんなのできませんよね……あぁ、やっちゃった」
クルトはしまったという顔をして反省をする。
面白い少年だ。
たとえ才能がなかったとしても、この性格だけで好感が持てる。
だが、娘との結婚となると話は別だ!
たとえ命の恩人であっても、将来有望であっても、そう簡単に娘を嫁にやるわけにはいかない。
「パパ! おかえりなさい」
突然、鍛冶場に一人の幼女が入ってきた。
銀色の髪の少女だ。
「アクリ、鍛冶場は危ないから入ったらダメって言ったでしょ? 僕も初めて金槌を握って包丁を作ったのは五歳になってからなんだから」
平民の家の暮らしはよくわからんが、普通の家だと五歳では包丁を作るどころか、包丁を握らせてももらえないと思う。
この子は――確かアクリとか言う名前の大精霊だったな。
「それと、お客様が来ているときは挨拶をしなさいと言ったでしょ」
「あぅ……ごめんなさいなの」
アクリが申し訳なさそうに儂に頭を下げた。
「うむ、苦しゅうない」
「くるしゅーない?」
不思議そうに首をかしげる。
困った、考えてみれば国王という立場のせいで、あまり子供と接する機会がなかった。
相手は幼女とはいえ、大精霊だ。
あまり怖がらせて、変な力を暴走させては困る。
「こんにちはという意味だ」
「くるしゅーないなの」
アクリは笑顔で挨拶をした。
その笑顔は、幼いころのリーゼロッテを彷彿とさせる。
いやいや、リーゼロッテの幼いころの方が百倍可愛かった。
それに……
「どうしたんですか? 僕の顔をじっと見て」
「いや、この子と其方の顔が似ていると思ってな。この子は精霊なのだろ?」
そうだ。
この子の顔はクルトに似ている。
「え? アクリが精霊だって知っているんですかっ!?」
しまった、つい思ったことを言ってしまった。
クルトの緩んだ雰囲気にのまれたようだ。
「あ……あぁ、知り合いに聞いてな」
「そうなんですか。確かにアクリは精霊です。僕も最初は不思議だなって思ったんです。でも、リーゼさんとユーリシアさんから聞いて納得しました」
「納得?」
「アクリは、僕とリーゼさんとユーリシアさん、三人の髪の毛の情報から生まれたんです。だから、僕たち三人に似ているのです」
「なにっ!? ということは、この子は三人の正真正銘の子供ということか!?」
「たとえ髪の毛の情報から生まれていなくても正真正銘の子供ですけど……はい、そうです」
クルトはそう言って、アクリを持ち上げて抱きかかえた。
な……なんということだ。
つまり、このアクリという幼女は――
儂の初孫ということになるではないか!
そう思うと、この円な瞳、リーゼロッテの子供の頃にそっくりではないか。
いや、それだけではない。眉の形は儂と似ているのではないか?
こ……これは危険だ。
いくら魔族との戦争が終わったと言っても、いくらファントムの護衛があると言っても、いつ何があるかわからぬ。
この天使――いや、儂の孫を直ぐにでも安全な場所に置かなくては。
そうだ、クルトとリーゼロッテを結婚させればいい。
クルトを婿養子として迎え入れようではないか。
貴族のバカ共がとやかく言って来るだろうが、幸いなことに、ヴィトゥキントの件で多数の貴族の弱みを握っておる。
クルトの王族入りを邪魔する者がいるとすれば、この手札を使えばよいだけのこと。
貴族最大派閥の古狸はクルトに縁があるし、宰相もクルトの実力は認めておる。
邪魔する者はおるまい。
「クルト、どうだ? 儂の娘と婚約する気はないか?」
「えぇっ!?」
「父である儂が言うのもなんだが、娘は美人だ! そして、クルトのことを気にかけておる」
「僕のことを!? え、でも僕、その娘さんと会った記憶がないんですけど――」
そうか、そういえば、まだ儂がリーゼロッテの父だと名乗っておらなかったな。
アクリがクルトの顔を見て、「パパ、けっこんするの?」と尋ねている。
そうだ、いまから、其方の父と母が結婚するのだ。
楽しみにしているがいい。
「うむ、実は儂の娘は――」
儂がそう言おうとしたその時だった。
「お客様っ!」
突然、鍛冶場に乱入者が現れた。
見覚えがある。冒険者のユーリシアだ。
元々王家直属の仕事を任せており、何度も困難な依頼を成し遂げている。
もう一人のアクリの母か。
「お客様! 工房主、リクト様がお待ちです! 応接間にお越しください!」
「待て、まだ話が終わって――」
「はいはい、お急ぎください。あ、クルト、これから大事な話があるから応接間には絶対に入ってくるんじゃないぞ」
ユーリシアは儂の話を聞かずに、無理やり応接室に連れ去ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジジ馬鹿全開!
漫画「勘違いの工房主」最新話公開されています。
クルトは笑顔でそう言った。
きっと、彼は儂がなぜ礼を言っているのか気付いていないのであろう。
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きっと、壺を作るところを見せたお礼とでも思っているのであろう。
だが、そうすると妙だ。
何故、少年は儂がこの国の王だと気付いた?
この純粋そうな腹芸ができるとは思えぬが、実はしたたかなのだろうか?
「少年、先ほど儂のことを陛下だと言ったが、それはどういう意味だ?」
「すみません。やっぱり聞こえていましたか。実は――今度叙勲式で陛下の御前に参ることになりまして、緊張していて。お客様のことを陛下だと思って慣れておこうと思ったら、つい陛下と呼んでしまいました」
「なるほど、そういうことか。そうすると、少年は陛下が訪れたときも壺を作るところを見せるわけだな」
「あっ!? そんなのできませんよね……あぁ、やっちゃった」
クルトはしまったという顔をして反省をする。
面白い少年だ。
たとえ才能がなかったとしても、この性格だけで好感が持てる。
だが、娘との結婚となると話は別だ!
たとえ命の恩人であっても、将来有望であっても、そう簡単に娘を嫁にやるわけにはいかない。
「パパ! おかえりなさい」
突然、鍛冶場に一人の幼女が入ってきた。
銀色の髪の少女だ。
「アクリ、鍛冶場は危ないから入ったらダメって言ったでしょ? 僕も初めて金槌を握って包丁を作ったのは五歳になってからなんだから」
平民の家の暮らしはよくわからんが、普通の家だと五歳では包丁を作るどころか、包丁を握らせてももらえないと思う。
この子は――確かアクリとか言う名前の大精霊だったな。
「それと、お客様が来ているときは挨拶をしなさいと言ったでしょ」
「あぅ……ごめんなさいなの」
アクリが申し訳なさそうに儂に頭を下げた。
「うむ、苦しゅうない」
「くるしゅーない?」
不思議そうに首をかしげる。
困った、考えてみれば国王という立場のせいで、あまり子供と接する機会がなかった。
相手は幼女とはいえ、大精霊だ。
あまり怖がらせて、変な力を暴走させては困る。
「こんにちはという意味だ」
「くるしゅーないなの」
アクリは笑顔で挨拶をした。
その笑顔は、幼いころのリーゼロッテを彷彿とさせる。
いやいや、リーゼロッテの幼いころの方が百倍可愛かった。
それに……
「どうしたんですか? 僕の顔をじっと見て」
「いや、この子と其方の顔が似ていると思ってな。この子は精霊なのだろ?」
そうだ。
この子の顔はクルトに似ている。
「え? アクリが精霊だって知っているんですかっ!?」
しまった、つい思ったことを言ってしまった。
クルトの緩んだ雰囲気にのまれたようだ。
「あ……あぁ、知り合いに聞いてな」
「そうなんですか。確かにアクリは精霊です。僕も最初は不思議だなって思ったんです。でも、リーゼさんとユーリシアさんから聞いて納得しました」
「納得?」
「アクリは、僕とリーゼさんとユーリシアさん、三人の髪の毛の情報から生まれたんです。だから、僕たち三人に似ているのです」
「なにっ!? ということは、この子は三人の正真正銘の子供ということか!?」
「たとえ髪の毛の情報から生まれていなくても正真正銘の子供ですけど……はい、そうです」
クルトはそう言って、アクリを持ち上げて抱きかかえた。
な……なんということだ。
つまり、このアクリという幼女は――
儂の初孫ということになるではないか!
そう思うと、この円な瞳、リーゼロッテの子供の頃にそっくりではないか。
いや、それだけではない。眉の形は儂と似ているのではないか?
こ……これは危険だ。
いくら魔族との戦争が終わったと言っても、いくらファントムの護衛があると言っても、いつ何があるかわからぬ。
この天使――いや、儂の孫を直ぐにでも安全な場所に置かなくては。
そうだ、クルトとリーゼロッテを結婚させればいい。
クルトを婿養子として迎え入れようではないか。
貴族のバカ共がとやかく言って来るだろうが、幸いなことに、ヴィトゥキントの件で多数の貴族の弱みを握っておる。
クルトの王族入りを邪魔する者がいるとすれば、この手札を使えばよいだけのこと。
貴族最大派閥の古狸はクルトに縁があるし、宰相もクルトの実力は認めておる。
邪魔する者はおるまい。
「クルト、どうだ? 儂の娘と婚約する気はないか?」
「えぇっ!?」
「父である儂が言うのもなんだが、娘は美人だ! そして、クルトのことを気にかけておる」
「僕のことを!? え、でも僕、その娘さんと会った記憶がないんですけど――」
そうか、そういえば、まだ儂がリーゼロッテの父だと名乗っておらなかったな。
アクリがクルトの顔を見て、「パパ、けっこんするの?」と尋ねている。
そうだ、いまから、其方の父と母が結婚するのだ。
楽しみにしているがいい。
「うむ、実は儂の娘は――」
儂がそう言おうとしたその時だった。
「お客様っ!」
突然、鍛冶場に乱入者が現れた。
見覚えがある。冒険者のユーリシアだ。
元々王家直属の仕事を任せており、何度も困難な依頼を成し遂げている。
もう一人のアクリの母か。
「お客様! 工房主、リクト様がお待ちです! 応接間にお越しください!」
「待て、まだ話が終わって――」
「はいはい、お急ぎください。あ、クルト、これから大事な話があるから応接間には絶対に入ってくるんじゃないぞ」
ユーリシアは儂の話を聞かずに、無理やり応接室に連れ去ったのだった。
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