無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

16 姑息メール送信しました

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「三パターン考えてみました」

 ほとんど自分たち専用と化している執務室の応接セットで、イルホンは向かいのソファに座っているドレイクにプレゼンした。

「パターン一・基地外にある幹部用の高級住宅に入居して送迎車で通勤。パターン二・基地内にある佐官専用マンションに入居。パターン三・基地内にある独身者専用マンションに入居」

 だが、ドレイクはイルホンが用意した資料を見ながら、あっさりこう言った。

「でも、イルホンくんはもう、この中から俺がどれを選ぶかはわかってんでしょ?」
「……パターン三ですか?」
「当たり」

 にやっと笑って、ローテーブルの上に資料を投げる。

「パターン三だけでよかったのに。どうして他の二つも用意したの?」
「一応、選択肢として挙げてみました。パターン一だけは絶対にないと思っていましたが、二はもしかしたらと」
「確かに一は絶対ないねえ。そういや俺の免許、『帝国』でも使えんのかな」
「それは無理でしょう。でも、その手の手続き関係は、殿下がもう全部済ませちゃってると思いますよ」
「え、『連合』じゃ死んでることになってる俺をどうやって?」
「そこは殿下ですから。戸籍も免許もすぐにパパッと」

 ドレイクはうつむいて、ぼそりと呟いた。

「……こええな」
「そんな方に、直接給料の話ができる大佐も怖いです」
「ええ? 当然の権利でしょ? 何しろ俺の上官、殿下一人しかいないんだし」
「そういえばそうでしたね。大佐が〝大佐〟だってこと、うっかり忘れてました」
「イルホンくん。君、俺の副官じゃなかったら、今頃大変なことになってるよ」
「大丈夫です。俺を副官にしようなんて考える〝大佐〟は、大佐しかいませんから」
「それもそうだね」

 ひとしきり笑いあった後、ぴたっと口を閉じる。

「……そろそろ来そうですね」
「ああ、来る。きっと来る。……悪魔からのメール」
「今度は俺たち、どこに配置されるんでしょう。無人突撃艦群の中ですか?」
「そのほうが幸せだ。今、とんでもないこと思い出しちゃった」
「な、何ですか?」
「この前、無人砲撃艦群の中にぶっこまれた後、俺、つい殿下に言っちゃったんだよね。次はダーナ大佐隊があったら入れてくださいって。そしたら殿下は『覚えておこう』って……」

 そのとき、イルホンは相手が自分の上官だということを、本当に忘れた。

「余計なことをっ!」
「ああ、ごめんなさい! ごめんなさい!」

 ドレイクが両手で頭を抱えこんで前屈みになる。

「それなら、今回は間違いなく、ダーナ大佐隊の中に入れられますね……殿下は絶対に忘れませんから」

 ショックのあまり、イルホンは思わず笑った。

「ただでさえ、殿下から難題突きつけられてるのに、何だってそう、自分で自分の首を絞めるような真似を……」
「いや、でも、もしかしたらダーナ大佐隊、なくなってるかもしれないし……」
「なくす理由、ありますか? 前回はうち以外、有人艦は出撃していないのに。成果は上げていませんが、失敗もしていません」
「……そうだな」

 頭を抱えたまま、独り言のようにドレイクは言った。

「理由を作らなきゃ、なくしたくてもなくせない」
「え?」
「何かまた殿下にうまいこと利用されそう。……ところでさ、イルホンくん。『帝国』では数字の『5』に、特別な意味合いでもあるの?」
「『5』ですか?」

 唐突な話題転換にイルホンは面食らったが、ドレイクは余計なことは言っても無意味な質問はしない。真面目に考えて答えた。

「いえ、特には。……なぜですか?」
「いや、うちの砲撃艦もそうだけど、〈フラガ〉のブリッジも乗組員席が五つしかなかったからさ。じゃあ、あれは殿下の好みなのかな」

 そう言いながら、ようやく頭から手を離して腕組みをする。

「へえ。〈フラガ〉も五つしかないんですか」
「ああ。だから今、ふと思ったんだ。〝大佐〟が六人っていうのは、気に入らなかったんじゃないかって」
「気に入らない?」
「一人多い。五人にしたい」

 イルホンは唖然としたが、すぐに苦笑いした。

「そんな……だったら今は七人で、二人も多いですよ?」
「そう。減らすなら、二人だ」

 また笑おうとして、今度は笑えなかった。

「次で、〝大佐〟を二人切ろうとしてるんですか?」
「いや、人数は俺の勝手な想像だけどね。もし、殿下が『5』に強いこだわりを持ってるんだったら、〝大佐〟も五人にしたいと思うかなあって」
「いくら何でも、そんな理由で〝大佐〟を減らしたりはしないでしょう」
「俺もそう思いたい」

 と、二人の執務机から、それぞれメールの着信音がした。

「ついに来たぞ。……イルホンくん、お願いします」
「はいはい」

 イルホンは自分の執務机に向かい、メールをチェックする。

「大佐、俺には二件届いてます。一件は〝艦名をつけて返信しろ〟、もう一件は……いつものあれです」
「やっぱりダーナんとこ? 確か、護衛担当だったか」
「……大佐。ご自分で見たほうが早いと思います。俺には説明できません」
「そんなに思いきり編制変えてきたの?」

 ドレイクはすばやく立ち上がると、イルホンの端末を見た。

「作戦が先だったんだろうなあ……」

 淡々と言い、天井を仰ぐ。

「とりあえず、イルホンくん。艦名は〈ワイバーン〉で、君んとこから返信しておいて」
「あ、はい、了解しました」
「あと、配置図。プリントアウト二枚」
「了解」

 イルホンに指示しながら、自分の執務机に行ったドレイクは、端末を操作して歓声を上げた。

「やった! 今日は悪魔からの招待状はない!」

 ――この人、ほんとに殿下のこと好きなのかな。
 心底嬉しそうなドレイクの声を聞いて、イルホンの最近抱きはじめた疑惑は強まった。

 * * *

 ドレイクは再びソファに戻っていた。プリントアウトした配置図二枚をローテーブルの上に置くと、一枚をイルホンに寄こしてくる。
 しかし、ドレイクの第一声は、その配置図に直接関係することではなかった。

「〝作戦遂行のための一環として〟って殿下は言ったんだ」
「え?」
「〝大佐〟の軍艦ふねに艦名をつけてもいいことになったって言っただろ。あれ、ほんとは俺から殿下に言い出したことなんだ。俺だけ艦名つけてちゃ、いろいろまずいと思ってさ。そしたら、殿下は〝作戦遂行のための一環として〟艦名をつけるように通達を出すって言った。で、そのとおりにしたわけだが……きっとその時点で、もうこれを考えてたんだな」
「……まさか、大佐がそう言い出すことまで計算してはいないですよね?」
「いや、これ見たらわかんなくなってきたね。綺麗なだけの人じゃないとは知ってたけど、こんなことを考えるとは。あの人の頭ん中、いったいどうなってんだろうね」

 ――俺も大佐の頭の中、どうなってるのかなって思うこと、たびたびありますけど。
 配置図を手に、しきりと感心しているドレイクを見ながら、イルホンは心の中で呟いた。

「これってつまり、〝大佐〟を三チームに分けて、ミニ艦隊を作らせてるってことですか?」

 イルホンがそう言うと、ドレイクは冷やかすようににやにやした。

「何だ、イルホンくん。ほんとはわかってたんじゃない」
「いや、今ようやくわかりかけてきたところです。端末で見たときには混乱しました。今までこんな編制、見たことがなかったんで」
「確かに、この艦隊ではありえないよね。ここは特殊だもん。無人艦中心で小規模。これは大艦隊ですることだ」

 イルホンは改めて、自分の手元にある配置図を凝視した。
 旗艦〈フラガラック〉の配置はいつもと同じだ。だが、その周囲には、有人護衛艦ではなく無人護衛艦が配置されている。艦艇が左翼・中央・右翼と三つに分断されていて、それぞれがこの艦隊のいつもの編制をとっており、〈フラガラック〉に該当する軍艦には、大佐名と一緒に艦名が空欄となって記されていた。

「旗艦には名前をつけなくちゃいけない。だから〝作戦遂行のための一環として〟、〝大佐〟の軍艦ふねに艦名をつけてもいいって言ったんだ。あとで艦名追加するぞってわざわざわかるようにしてあるとこが泣かせるよね」
「〝旗艦〟になってる三大佐は、いつも護衛をしてる大佐たちですね」
「コールタン、ダーナ、パラディンね。……ははは、やっぱり俺たち、しっかりダーナんとこに入れられてら。殿下、覚えてたのね」
「忘れるわけないじゃないですか、あのお方が……」
「でも、ミニ艦隊として見たら、ダーナんとこに入ってるけど、砲撃艦群として見たら、ウェーバーんとこに入ってることになるぞ」
「あの幹部会議のときの二人ですね。……わざとでしょうか?」
「殿下のことだから、偶然ってことはないと思うね」
「しかし、殿下はどうしてこんな編制にしたんでしょう? 俺にはまったく意図がつかめないんですが」
「そうだねえ……ビーチ・フラッグでもやらせたいのかねえ……」

 真顔でそう答えられて、イルホンは噴き出した。

「ビーチ・フラッグ?」
「あれ、知らない? 砂浜で走って旗を奪いあう競技」
「それは知っていますが……」
「今回の場合は旗艦の奪いあいかな。どのミニ艦隊が先に〝旗艦フラッグ〟をとってこられるか。あえて言うなら〝スペース・フラッグ〟?」
「なら、旗艦を落としたミニ艦隊の大佐たちが〝大佐〟のままでいられて、後は切られてしまうわけですか?」
「もし、ミニ一個艦隊だけで落としたとしたら、〝大佐〟の数が足りなくなるけどね」
「大佐は、やっぱり殿下が〝大佐〟を五人にしたいと思っていると?」
「根拠はブリッジの座席数くらいしかないけどさ。とにかく俺らはダーナを守り、ウェーバーと協力して、旗艦を落とさないといけないらしい」
「……やる気がしませんね」
「おいおい。俺より先にそれを言うなよ。俺だって〈フラガ〉以外の旗艦は守りたくない」
「今回は大佐同士で作戦会議とかすると思いますか?」
「どうかなあ。前に幹部会議に出たときには、俺だけつまはじきにされてるとばかり思ってたけど、もともとここではあれが普通なのかもしれないな。まあ、俺も人のことは言えないけど、〝団体戦〟なら作戦会議くらい出たぜ」
「確かに。驚くほど大佐同士の横のつながりってありませんよね」

 ドレイクは少し考えこむと、イルホンに右手を差し出した。

「イルホンくん。鉛筆貸してくれる?」
「あ、はい」

 いつも胸ポケットに差しているキャップつきの鉛筆を、キャップを取ってからドレイクに渡す。ドレイクは「ありがと」と短く礼を言ってから、配置図の裏に文章を走り書きし、それを鉛筆と共にイルホンに突き出した。

「イルホンくん。今からその内容のメールを、各大佐の副官あてに送ってくれる?」
「は?」

 イルホンはあっけにとられて、ぎりぎり判読できる文章を読んだ。

「〝大佐〟ではなく、あくまでその副官あてなんですね? あと、この文章、このまま使ってしまっていいんですか?」
「いや、それはまずい。その文章を、新米副官が先輩副官に『せんぱーい、わかんないので教えてくださーい』と可愛らしくかつ不安げに訊ねてるようにうまく変換してくれ」
「また難しいことを……」

 ぼやきながらも、自分の執務机の端末で、ドレイクの要望に添うように文章を作成する。

「大佐、こんなもんでどうですか?」
「うん? ……お、いいねえ」

 文面を見て、ドレイクは満足そうに口元をゆるめた。

「ところで、副官のアドレスってわかるの?」
「たぶん、俺のアドレスの大佐名だけ書き換えれば届くと思います」
「ああ、合理主義だから」
「じゃあ、送信していきます」
「お願いします。もし返信があったら、それをプリントアウトして、返信が早かった順にまとめておいてくれる?」
「了解しました。しかし、本当に俺から副官あてでいいんですか?」
「うん。新米副官ならまだ許されると思うんだ」
「……俺を犠牲にしようとしていませんか」
「大丈夫。何かあったら、俺が全責任を負うから」

 脳天気に笑うドレイクに若干の不安は覚えたが、この上官なら部下を切り捨てるようなことはしないだろうと信じることにして、送信作業を続けた。

「とにかくだ。大佐同士の作戦会議のことはひとまず置いといて、明日から〈ワイバーン〉で訓練しよう。俺たちは俺たちのできることを確実に」
「あれを見たら、基地の人間はどう思うでしょうね……」
「また『連合』の軍人が亡命してきたと思うんじゃない?」
「撃墜されそうで怖いです」
「それならそれでいいや。……逃げる訓練になる」
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