無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

15 二代目もらいました

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 指定されたドックのエントランスに、ドレイクが息を切らせながら駆けこんできたのは、アーウィンとヴォルフが到着してからわずか十分後のことだった。
 それにもかかわらず、アーウィンは眉をひそめてドレイクを睨んだ。

「遅い」
「遅いって……時間も決めてなかったのに、遅いも早いもないでしょうよ」

 ヴォルフはドレイクの言い分をもっともだと思ったが、とばっちりを受けることを恐れて、あえて何も言わなかった。

「まあいい。ついてこい」

 アーウィンは踵を返すと、彼を含むごく少数の人間だけがノーチェックで出入りできる入口からドック内に入った。
 合理主義なアーウィンは、作業員が仕事を中断して自分に敬礼することを禁じている。彼らはアーウィンに気づいても作業は続けたが、控えめに会釈や目礼だけはした。

「今度は何を見せてくれるんですか?」

 そんなアーウィンの後ろを歩きながら、少々ふてくされ気味にドレイクが訊ねてきた。

「もしかして、うちの砲撃艦の量産型?」

 アーウィンはわずかにドレイクを振り返った。

「欲しいのか?」
「え? あるんですか?」
「いや、まだ改良点がありそうなので、量産体制には入っていない」
「殿下。もう充分テストはしてあげたでしょ? うちで要望書出しますから、とりあえずもう一隻、同型の改良型造ってくださいよ」
「あれの改良型でいいのか?」
「うちはもうあれに慣れちゃいましたからね。今さら別の型に乗れと言われても困ります」
「そうか。では結果的にはよかったわけだな。時間的にそうせざるを得なかったのだが」
「はあ?」

 怪訝そうなドレイクに答えず、アーウィンは背筋を伸ばして歩きつづけた。〝元皇太子〟だけあって、ただ歩いているだけでも風格がある。
 初代皇帝のクローンではない自分にはやはり資格はないと、アーウィンが実父である先代皇帝に自らの帝位継承権を剥奪させなければ、彼が今〝皇帝〟のはずだった。
 アーウィンを溺愛していた先代皇帝は、彼を〝元皇太子〟にはした。が、同時に〝レクス公爵〟という一代限りの爵位を与え、まだ幼い現皇帝の後見人になるよう命じた。
 本来、皇帝軍護衛艦隊は、出征した皇帝を護衛するために作られた艦隊であり、その司令官は〝レクス公爵〟が務めることになっている。近年は名誉職化していて、だからこそ先代皇帝はアーウィンを〝レクス公爵〟としたに違いないのだが、その就任後まもなく「連合」が侵攻してくるとは、つくづく不幸の星の下に生まれついているとしか思えない。

「殿下ぁ。いったいどこまで歩くんですかぁ?」

 うんざりしたようにドレイクが言う。

「そんなに奧にあるんなら、カートを使えばよかったのに」
「軍人なら歩け」
「殿下のためを思って言ってるんですよ」
「嘘をつくな」

 ――本当に気に入ってるんだな。
 一般人なら早足になりそうな速度で歩く上官と部下を、ヴォルフは横目で見やった。
 アーウィンが自らの足を使ってドレイクを案内する必要はまったくない。彼はただドレイクの驚く顔が見たいのだ。

「着いたぞ、変態」

 そっけなく言って、ようやくアーウィンは立ち止まった。

「おまえの軍艦ふねだ。大切に使え」
「え……」

 ドレイクはアーウィンの前にある軍艦を見上げて、彼の期待どおりに呆けた顔をした。

「殿下……これ……」
「今おまえたちが乗っている砲撃艦の改良型を改装した。外観はできうるかぎり似させたが、内部はやはり『帝国』仕様だ。不満だったら自分たちで直せ」
「どうやってここまでそっくりに……隠し撮り?」
「みたいなもんだな」

 この一言はヴォルフが言った。

「まあ、とにかく何でもいいや。ちょっと違うところもあるけれど、姿形すがたかたちは〈ワイバーン〉!」

 そう叫ぶやいなや、ドレイクはその軍艦に張りついた。

「どんだけ好きだったんだよ……」

 ヴォルフは苦笑いしたが、アーウィンは満足げに笑っていた。
 〈ワイバーン〉。
 この艦隊の中ではすでに伝説となっている、もうこの世にはない「連合」の砲撃艦。
 機能性を重視した無骨とも言えるデザインは、「帝国」のドックの中で完全に浮き上がっていたが、それだけに異様な迫力があった。
 ヴォルフも忘れられない。この軍艦のオリジナルが矢のようにレーザーを放ち、次々と無人砲撃艦を射落としていったあの勇姿を。もう一度あれを見てみたい。アーウィンはきっとそう思ったのだろう。

「殿下、ほんとにこの軍艦ふね、もらっちゃっていいんですか? 今の砲撃艦は?」

 船体に頬ずりしていたドレイクが、はっと我に返って訊ねてきた。

「もう一隻欲しかったのだろう? そのまま使っていろ」
「これもやっぱり五人で動かせるんですか?」
「ああ。緊急時には最低一人で動かせるのも同じだ。ただし、エネルギー容量は三倍増しになっている」
「つまり、俺らにもっと撃ちまくれってことですね」
「その軍艦ふねに名前をつけてもいいぞ」

 ドレイクは驚いたようにアーウィンを見た。

「いいんですか? この艦隊で名前つけられるの、旗艦だけってことになってるんでしょ?」
「つけたいのだろう?」
「それはまあ。ここまでそっくりにしてもらっちゃあ、この名前をつけるしかないでしょ。――〈ワイバーン(Ⅱ)〉」
「そういうところはまともだな」
「俺、どんだけ変に思われてんの?」

 不満そうにドレイクは呟くと、アーウィンのそばに戻ってきた。

「でも殿下。俺に艦名をつけることを許すんなら、他の大佐にも許してやってもらえませんかね」
「なぜだ?」
老若男女ろうにゃくなんにょを問わず、嫉妬ってやつは恐ろしいですよ。それで命を落としかけたこともあります。もうあんな思いをするのはこりごりなんですよ」

 ――もう手遅れな気もするが。
 ドレイクの説明を聞いてヴォルフは思った。「連合」時代の愛艦にそっくりな軍艦を与えられている時点で、この男がアーウィンにとてつもなく気に入られているのは明白だ。が、しないよりはましでもある。アーウィンもそう考えたのか、冷静にこう答えた。

「わかった。作戦遂行のための一環として、艦名をつけるよう通達を出す」
「ありがとうございます」

 ドレイクはにっこり笑うと、新〈ワイバーン〉を改めて見上げた。

「ああ、嬉しい。俺、今日はここに泊まってっちゃお」
「備品はまだ何も置いていないぞ」
「そうですか。じゃあ、どっかから調達してこないと」
「盗む気か」
「やだなあ。一晩借りるだけですよ」
「盗むな。帰りに担当者に言っておく」
「何から何まですみませんねえ。殿下、今度はこれで何をご覧になりたいんですか?」

 ヴォルフはぎょっとしてドレイクを見たが、彼もアーウィンも〈ワイバーン〉に目を向けていた。

「〈ワイバーン〉の、本当の姿を見てみたい」
「なら、後ろからレーザー砲撃たれないようにしてもらえませんかね。あれからトラウマになっちゃって」
「安心しろ。撃たれる前に私がそいつを撃ち落としてやる」
「そいつはとっても安心だ。では、俺は前にいる敵を撃ち落とすことに専念します。どうぞお好きなだけご覧ください、我が主マイ・ロード

 ――こいつら、やっぱり怖い……
 いくら体は大きくても、自分は常識人だと信じているヴォルフは、自分の主人とその部下の会話に恐怖した。

 * * *

 翌朝、イルホンは隊員全員を連れてあのドックに来るよう、携帯電話でドレイクに指示された。
 教えられた区画に行ってみると、得意げな顔をしたドレイクがイルホンたちを待ち受けていた。

「見ろ、諸君! 殿下から新しい軍艦ふねをもらったぞ! その名も〈ワイバーン〉!」

 彼の八人の部下たちは低くどよめいて、明らかに周りの軍艦とは異質なそれを見上げた。

「あ、でも、その軍艦ふねはなくしたはずじゃ……」
「ああ、なくしたよ。これは俺らが今乗ってる砲撃艦の改良型を、外観を似せて改装させたものだそうだ」

 ドレイクは満面の笑みで船体を叩く。

「もしかして、昨日、大佐がここに呼び出されたのって、これを引き渡すためですか?」
「そうみたい。それならそうと、最初から言ってくれりゃいいのにねえ。でも、あんまり嬉しかったから、昨日はここに泊まってっちゃった。殿下も言ってたけど、さすがに中は『帝国』だったね。ベースは今乗ってる砲撃艦と同じ」
「艦名、勝手につけていいんですか?」
「勝手じゃないよ。殿下に許可もらったよ。他の大佐の軍艦ふねにもつけさせるってさ」
「へええ。これがあの伝説の〈ワイバーン〉」
「確かに、レーザーの砲列が今のと似てる」
「何というか……男くさーい感じですよね」
「いかにも大佐っぽい」
「でも、『連合』の軍艦ふねって、みんなこんな感じじゃないか?」
「このごつさがいいんだろぉ。わかってないなあ、君たち」

 「連合」から亡命してきた男は、子供のように唇をとがらせて、なくした愛艦に酷似した軍艦に抱きついた。

「元祖〈ワイバーン〉とまったく同じなんですか?」
「いや、やっぱりところどころ違うね。最大の違いはこの〝口〟かな。一応目立たないようにはしてあるけど、元祖にはなかった」
「これはあれですか。旗艦落とすときに使ってるやつ」
「うん、それ。殿下はどうしても俺たちに旗艦を落としてもらいたいらしいよ」
「撃つのはいいけど、その後、どうやって離脱するかが……」
「エネルギー容量上がったから、今度はもっと遠距離から撃てる。あそこまで接近しなくてもよくなった」
「おお、そいつはいいですね」

 最近、砲撃担当に固定されつつあるギブスンが嬉しげに笑う。

「そういえば、これに名前つけるとか言ってませんでした?」
「あ、それ、昨日もう決めちゃった」

 ドレイクは頭に手をやると、ばつが悪そうに舌を出した。

「えー、ひそかに考えてたのに」
「ごめんねー。〈ワイバーン〉にくっついてるんなら、これかなあと思って」
「何ですか?」
「〝息吹ブレス〟」
「旗艦を一発で落とす〝息〟ですか。……おっかねえ」
「でも、いいんじゃないですか? 短くて覚えやすくてわかりやすい」
「つーか、大佐が決めちゃったんなら反対できねえや」
「ところで、今乗ってる砲撃艦はどうなるんですか?」
「ああ、あれはそのまま使ってていいって。だから我が隊は二隻使えることになった」

 ドレイクがそう言った、とたんに隊員たちは口々に叫び出した。

「大佐! 俺こっち乗りたいです!」
「俺も! エネルギー容量でかいほうがいい!」
「俺が言うのも何だけど、君たち、『連合』テイストの軍艦ふねに乗ることに抵抗はないのかね?」

 呆れたようにドレイクは隊員たちを見やったが、彼らはまったく悪びれなかった。

「別に。乗ったら自分じゃわからないし」
「……あまり大きな声では言えないけど、『帝国』の軍艦ふねよりかっこいい……」
「それより大佐、まずくないですか? せっかく〝戦死〟して亡命してきたのに、これじゃバレバレ」
「……『帝国』に〈ワイバーン〉のファンがいて、デザインをパクった――とは思ってくれないかな」
「そのファンって、確実に殿下ですよね……殿下の許可がないと造れない……」
「そういや、こっちは何人乗りなんですか?」
「今乗ってるやつと同じ。六人乗り」
「それじゃ人数が足りませんよ」

 以前、追加採用を提言したことがあるので、イルホンは語調を強めた。

「十二人必要だから、あと三人足りません」
「え、大丈夫だよ。今までのは三人で動かせばいいじゃない。俺は一人で動かしたよ」
「そりゃ大佐だから。一般人には無理」

 フォルカスのこの意見には、ドレイク以外全員がうなずいた。

「でも、二隻になったら、今のは〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟って言わなきゃいけなくなりましたね」

 スミスが苦笑いしてドレイクに言う。

「そうだなあ。公式には駄目だけど、非公式に名前つけちゃうか? 何がいい?」
「〈小ワイバーン〉」
「それはちょっと、かっこわるくて言いにくい」
「じゃあシンプルに、〈一号〉」
「シンプルだ。つーか、それ名前?」
「よし、じゃあそっちを隊内で募集します。採用されれば金一封」

 再び、隊員たちはどよめいた。

「大佐が金一封なんて……そいつはマジだ」
「それじゃあ、前置きが長くなりましたが、諸君を〈ワイバーン〉の中にご案内しまーす」

 ドレイクは上機嫌でタラップを上がっていった。その後を八人の部下たちがぞろぞろとついていく。彼らは中に入るとき、そろって同じ言葉を口にした。

「お邪魔しまーす」

 〝大佐化〟はイルホン以外にも確実に進行していた。

 * * *

「あ、ほんとだ。〈一号〉とあんまり変わらない」
「おまえ、ずるいぞ。口に出して定着させようとしてるな」

 艦内に入った隊員たちは、物珍しそうに中を見て回りはじめた。それを見計らったように、ドレイクがイルホンの肩をつつく。

「イルホンくん、ちょっと」
「何ですか?」

 ドレイクはイルホンをブリッジの隅に呼び寄せると、やや真剣な表情になって切り出した。

「実はねえ、イルホンくん。この軍艦ふねをもらったとき、殿下からオーダー入っちゃって。殿下いわく『〈ワイバーン〉の本当の姿を見てみたい』」
「また難しいことを……〝本当の姿〟っていったい何ですか?」
「だよねえ。イルホンくん、君ならどう解釈する?」
「……殿下は、無人艦を撃ち落としつづけた〈ワイバーン〉しか見たことがないんですよね……」

 ためらいながらも、イルホンは自分の考えを言葉にする。

「単純だし、非常に言いにくいんですが……有人艦を撃ち落とす〈ワイバーン〉を見てみたいってことじゃないでしょうか……」
「……そうだな」

 イルホンの回答を聞き終えたドレイクは、複雑な笑みを浮かべた。

「確かに、俺はこっちに飛ばされるまでは、ほとんど有人艦を撃ち落としてきた。今さらもう『連合』の人間は殺したくないなんて思わないが、この軍艦ふねはいくら外観は元祖と似ていても、中身がまったく違う。いちばん違うのが乗組員の経験値だ。〝本当の姿〟っていうのが飛ばされる前のことを指すんなら、あの頃と同じことをするのは無理だ。それでちょっと悩んじゃってねえ。『好きなだけご覧ください』って言っちゃった手前、殿下をがっかりさせるわけにもいかないし」
「でも……やるしかないんですよね。特に大佐は。『連合』から来たっていうハンデがあるし」
「まあね。今、俺が生かされてるのは、今のところ殿下の期待に応えられてるからだろうしね。〝本当の姿〟ねえ。いつも俺たちを悩ませてくれるよね、あの人」
「でも、大佐はそれを楽しんでるように見えますよ」

 イルホンがそう言うと、ドレイクは虚を突かれたような顔をしてからにんまりした。

「イルホンくん。君はほんとにわかってるよねえ。ところで、俺の部屋探し進んでる?」
「候補三つまで絞りこみました。執務室に資料ありますから、あとで見ますか?」
「さすがイルホンくん。でも、借金は無利息でお願い」
「大佐から利息なんてとりませんよ。利息とられるくらいなら、殿下に前借り申しこんでたでしょ?」
「ほんとにわかってるよねえ」

 ドレイクはにやにやしながらイルホンの肩を叩くと、うろうろしている隊員たちに向かって叫んだ。

「おーい。見学会はもうお開きだ。とりあえず〝〈ワイバーン〉じゃないほう〟に戻って整備するぞ」
「イエッサー」

 ――まだ半月しか経ってないのに、よくここまでしつけたな。
 素直に艦外に出ていく同僚たちを眺めているイルホンに、彼らよりも半月ほど長く自分が躾けられているという自覚はまるでなかった。
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