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150「じゃあ何だよ、夜這いか?」
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「…………ん?」
ベッドに入ってうとうとしていたエイダールは、床が軋む音と何かの圧を感じて薄っすらと目を開けた。
「うわああっ」
息がかかるほどの距離で人影に顔を覗き込まれていて、思わず叫ぶ。
「……って、ユランか。びっくりするだろ」
咄嗟に臨戦態勢に入ったが、ベッド脇に膝をついて顔を覗き込んできていたのはユランである。エイダールは大きく息をついて半身を起こし、ランタンの光量を上げる。
「ごめんなさい先生、扉のところから声を掛けたんですけど返事がなくて。生きているかどうか心配になって」
ユランは、へにょっと眉尻を下げる。
「返事がないのは寝てるからだろ」
おやすみと挨拶をしてお互い寝室に入った気がするので、生きているかどうかを心配されるのはおかしい。
「はい、すみません……」
「それでどうした? 怖い夢でも見たのか?」
何故か落ち込んでいる様子のユランの頭を、エイダールは撫でた。
「怖い夢は見てないんですけど」
嫌な想像をしてしまい、エイダールの顔が見たくなったユランである。
「じゃあ何だよ、夜這いか?」
深夜に寝室に忍び込んでくるなど、夜這いか暗殺である。
「えっ、違いますけど、仮にそうだったらどうなるんでしょうか」
そんなつもりで来た訳ではないユランだが、一応今後の参考のために聞いてみた。
「眠らせて無力化するだけだが……」
ユランの場合は無力化するだけだが、他の誰かであれば二度とそんなことを考えない程度の制裁を加える。
「ああそうだ、前に言ったお試しがどうとかって話、あれは無しだ、忘れてくれ」
期待をさせるのも良くないだろうと思って、忘れるように伝えるが。
「も、もしかして、カスペルさんと試してみたとか?」
男とやってみた、良くなかった、ということなのだろうかと、ユランの声が震える。
「何でそこで相手としてカスペルの名前が出るんだよ。まあ、あいつが原因と言えば原因だが」
付き合うかどうかを決める前に肉体関係を持つのは止めろとくぎを刺された。
「や、やっぱりカスペルさんと一昨日の夜に……!」
エイダールの言葉を誤解したユランは倒れそうになる。
「俺とカスペルとで何があるってんだよ。話をしただけだって」
落ち着け、とエイダールはユランの肩を叩く。実際、例の事件の途中経過を聞いただけである。
「でも、先生が僕のベッドで眠ったっていうの、嘘ですよね」
「嘘じゃない」
一昨日の夜、エイダールはカスペルを自分のベッドに苦労して運び、エイダール自身はユランのベッドを借りた。
「嘘ですよ! だって僕のベッドから先生の匂いが全然しないし!」
ぐすっとユランは鼻をすする。エイダールがカスペルと関係を持ったというのも辛いが、嘘をつかれたことも辛い。
「匂い……? お前がよく言う、いい匂いって奴か?」
「そうです」
ユランが潤んだ目で頷く。
「匂いがしなくても、俺がお前のベッドを借りたのは嘘じゃない」
どう説明すれば納得するのだろうと、エイダールは考える。
「その匂い、首筋が一番強いって言ってたよな。嗅いでみろ」
エイダールは着ていたシャツの首元をずらして、首筋を示す。
「え……はい、えっと、じゃあ失礼して」
自分から首筋に鼻を突っ込んだことは何度もあるユランだが、はいどうぞとばかりに差し出されると緊張してしまう。神妙な面持ちでエイダールに触れる。
「え、匂わない? え、何で?」
エイダールを抱き締めるように背中に手を回し、首筋に顔を埋めたユランは、ほんの数秒でぎょっとしたように体を離した。
「はっ、もしかしてあなたは先生の偽者ですか!?」
「そんな訳あるか」
まさかの偽者呼ばわりに、エイダールが苦笑しながら突っ込む。
「じゃあ何で? 先生、何か悪い病気にでもかかって?」
ユランは青褪める。
「いたって健康だよ。心配しなくていい、そういう仕様になってるだけだ」
「仕様? え、仕様ってどういうことですか?」
匂いというのは人為的に調節できる代物だったのだろうかと、ユランは悩む。
「ああ、数日前から匂いの出ない……正確には魔力が洩れない仕様だな。当然ベッドを借りても魔力の匂いは残らないことになる。まあ、匂いが残ってないって理由で俺がユランのベッドを使っていないことにはならない訳だ」
ユランのベッドを借りたという証明までは難しい。
「こんな風に疑われるなら、もっと痕跡を残しておくべきだったな」
エイダールは肩を竦める。
「……じゃあ、僕に嘘をついた訳じゃなく?」
「ついてないって言ってるだろ」
いい加減信じろよ、と言いながらエイダールはふわっと欠伸をする。寝入りばなに起こされたのでとても眠い。
「はい、信じます。でも、もうずっといい匂いのしない仕様なんですか?」
ユランに残念そうに尋ねられてエイダールは首を横に振る。
「いや、いつでも戻せるけど」
「じゃあ今すぐにでも?」
「ああ」
「良かった!」
ユランの顔がぱあっと輝き、ベッドの脇に正座して、背筋を伸ばす。
「今すぐ戻せるが今すぐ戻すとは言ってないぞ」
期待に満ちた瞳に、エイダールは目を逸らす。ユランの情欲を掻き立てると分かっていることを、深夜に寝室でこの距離でというのは、さすがに身の危険を感じる。
「そんな……」
ユランがしょんぼりと肩を落とすのを見ていられなくて。
「ああもう、分かった。『解除』」
エイダールは自らに施した封印を解除した。以前のようにふわりと魔力が洩れ出し始める。
「先生、もう一回抱きついていいですか」
「は? ああ」
今度は嬉しそうに抱きついてくるユランの背中をエイダールはぽんぽんと撫でた。
「俺はもう寝るからな。気が済んだら自分の部屋に戻れよ」
エイダールは、ランタンの光量を落とすと、ユランに抱きつかれたまま無理矢理横になる。眠気が限界である。
「はい、おやすみなさい先生」
ベッドに入ってうとうとしていたエイダールは、床が軋む音と何かの圧を感じて薄っすらと目を開けた。
「うわああっ」
息がかかるほどの距離で人影に顔を覗き込まれていて、思わず叫ぶ。
「……って、ユランか。びっくりするだろ」
咄嗟に臨戦態勢に入ったが、ベッド脇に膝をついて顔を覗き込んできていたのはユランである。エイダールは大きく息をついて半身を起こし、ランタンの光量を上げる。
「ごめんなさい先生、扉のところから声を掛けたんですけど返事がなくて。生きているかどうか心配になって」
ユランは、へにょっと眉尻を下げる。
「返事がないのは寝てるからだろ」
おやすみと挨拶をしてお互い寝室に入った気がするので、生きているかどうかを心配されるのはおかしい。
「はい、すみません……」
「それでどうした? 怖い夢でも見たのか?」
何故か落ち込んでいる様子のユランの頭を、エイダールは撫でた。
「怖い夢は見てないんですけど」
嫌な想像をしてしまい、エイダールの顔が見たくなったユランである。
「じゃあ何だよ、夜這いか?」
深夜に寝室に忍び込んでくるなど、夜這いか暗殺である。
「えっ、違いますけど、仮にそうだったらどうなるんでしょうか」
そんなつもりで来た訳ではないユランだが、一応今後の参考のために聞いてみた。
「眠らせて無力化するだけだが……」
ユランの場合は無力化するだけだが、他の誰かであれば二度とそんなことを考えない程度の制裁を加える。
「ああそうだ、前に言ったお試しがどうとかって話、あれは無しだ、忘れてくれ」
期待をさせるのも良くないだろうと思って、忘れるように伝えるが。
「も、もしかして、カスペルさんと試してみたとか?」
男とやってみた、良くなかった、ということなのだろうかと、ユランの声が震える。
「何でそこで相手としてカスペルの名前が出るんだよ。まあ、あいつが原因と言えば原因だが」
付き合うかどうかを決める前に肉体関係を持つのは止めろとくぎを刺された。
「や、やっぱりカスペルさんと一昨日の夜に……!」
エイダールの言葉を誤解したユランは倒れそうになる。
「俺とカスペルとで何があるってんだよ。話をしただけだって」
落ち着け、とエイダールはユランの肩を叩く。実際、例の事件の途中経過を聞いただけである。
「でも、先生が僕のベッドで眠ったっていうの、嘘ですよね」
「嘘じゃない」
一昨日の夜、エイダールはカスペルを自分のベッドに苦労して運び、エイダール自身はユランのベッドを借りた。
「嘘ですよ! だって僕のベッドから先生の匂いが全然しないし!」
ぐすっとユランは鼻をすする。エイダールがカスペルと関係を持ったというのも辛いが、嘘をつかれたことも辛い。
「匂い……? お前がよく言う、いい匂いって奴か?」
「そうです」
ユランが潤んだ目で頷く。
「匂いがしなくても、俺がお前のベッドを借りたのは嘘じゃない」
どう説明すれば納得するのだろうと、エイダールは考える。
「その匂い、首筋が一番強いって言ってたよな。嗅いでみろ」
エイダールは着ていたシャツの首元をずらして、首筋を示す。
「え……はい、えっと、じゃあ失礼して」
自分から首筋に鼻を突っ込んだことは何度もあるユランだが、はいどうぞとばかりに差し出されると緊張してしまう。神妙な面持ちでエイダールに触れる。
「え、匂わない? え、何で?」
エイダールを抱き締めるように背中に手を回し、首筋に顔を埋めたユランは、ほんの数秒でぎょっとしたように体を離した。
「はっ、もしかしてあなたは先生の偽者ですか!?」
「そんな訳あるか」
まさかの偽者呼ばわりに、エイダールが苦笑しながら突っ込む。
「じゃあ何で? 先生、何か悪い病気にでもかかって?」
ユランは青褪める。
「いたって健康だよ。心配しなくていい、そういう仕様になってるだけだ」
「仕様? え、仕様ってどういうことですか?」
匂いというのは人為的に調節できる代物だったのだろうかと、ユランは悩む。
「ああ、数日前から匂いの出ない……正確には魔力が洩れない仕様だな。当然ベッドを借りても魔力の匂いは残らないことになる。まあ、匂いが残ってないって理由で俺がユランのベッドを使っていないことにはならない訳だ」
ユランのベッドを借りたという証明までは難しい。
「こんな風に疑われるなら、もっと痕跡を残しておくべきだったな」
エイダールは肩を竦める。
「……じゃあ、僕に嘘をついた訳じゃなく?」
「ついてないって言ってるだろ」
いい加減信じろよ、と言いながらエイダールはふわっと欠伸をする。寝入りばなに起こされたのでとても眠い。
「はい、信じます。でも、もうずっといい匂いのしない仕様なんですか?」
ユランに残念そうに尋ねられてエイダールは首を横に振る。
「いや、いつでも戻せるけど」
「じゃあ今すぐにでも?」
「ああ」
「良かった!」
ユランの顔がぱあっと輝き、ベッドの脇に正座して、背筋を伸ばす。
「今すぐ戻せるが今すぐ戻すとは言ってないぞ」
期待に満ちた瞳に、エイダールは目を逸らす。ユランの情欲を掻き立てると分かっていることを、深夜に寝室でこの距離でというのは、さすがに身の危険を感じる。
「そんな……」
ユランがしょんぼりと肩を落とすのを見ていられなくて。
「ああもう、分かった。『解除』」
エイダールは自らに施した封印を解除した。以前のようにふわりと魔力が洩れ出し始める。
「先生、もう一回抱きついていいですか」
「は? ああ」
今度は嬉しそうに抱きついてくるユランの背中をエイダールはぽんぽんと撫でた。
「俺はもう寝るからな。気が済んだら自分の部屋に戻れよ」
エイダールは、ランタンの光量を落とすと、ユランに抱きつかれたまま無理矢理横になる。眠気が限界である。
「はい、おやすみなさい先生」
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