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149「人に言えないような何かが」
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「先生、すぐに夕飯にしますね、朝から肉をたれに漬け込んであるんですよ」
家に入ったユランは、居間のソファに取り込んだ洗濯物をとりあえず置くと、厨房に向かう。食事の支度はエイダールが担当することが多いが、厳密に役割分担を決めている訳ではない。どちらかが休みの日は休んでいる方が引き受ける感じである。
「あとは焼くだけで出来ますから」
朝のうちに下拵えをしておいて良かったと思いつつ、ユランは手を洗う。
「焼き過ぎるなよ」
肉と聞いて、エイダールが口を出す。
「生焼けよりはいいでしょう? 僕は安心安全な食卓を目指してるだけなのに」
ユランは、肉でも魚でも野菜でも、念入りに火を通したい派である。
「美味しさも目指してくれ」
「明日は先生が休みですよね。風が強くなってきたけど、天気悪くなるのかな」
厨房に立って肉を焼いていたユランは、強くなってきた風の音に窓の外を見る。
「あー、休みっつっても明日は冒険者ギルドに呼び出し食らってるんだよな。天気が崩れると面倒なんだが……『感知』」
自室で楽な格好に着替えて居間に戻ってきたエイダールは、目を閉じて集中すると、広範囲を探る。
「水の気配はあんまりしないな」
雨は降らないだろう、と結論付ける。
「呼び出しって、何やらかしたんですか先生」
「どっかに呼び出される度に、『何をやらかした』って聞かれる気がするんだが、どうしてなんだ」
ソファの上に放り出されていた乾いた洗濯物を手に取って畳み始めながら、エイダールは不満げに尋ねる。
「それは、原因があって結果があるからでは……それで何で呼び出されたんですか」
「魔獣の不自然な発生の件で騎士団から人が来るから、俺に参考人として来いってギルドマスターから連絡が来たんだ。強制じゃないが、どうせケニスとブレナンに弓の引き渡しに行く予定だったからついでに顔を出そうかと」
もともと冒険者ギルドには行く予定だった。
「弓使いのケニスさんはともかく、ブレナンさんにも……?」
あの人は斧使いだった気がしますけど、とユランは首を傾げるが。
「渡すのはケニスだけだ。ブレナンは付き添いみたいな? 二人は古馴染で、常時じゃないが組むことも多いようだし、気になるんだろう」
「そっか、パーティーメンバーの戦力は把握しておかないといけないですもんね。それにブレナンさんはちょっと保護者っぽいとこありましたよね」
エイダールとそこだけ少し似ていて、ユランの中では好感度が高い。
「そうだな。で、ギルドマスターに付き合ったあとに、ケニスに弓を最終調整して引き渡しして、冒険者ギルド関連だけで午前中は潰れるだろうな。午後は神殿の中庭の新しい設備に魔導回路を仕込みに行って試運転だ」
神殿の中庭、もともと東屋があった辺りを中心に、新たな休憩所が建てられているのだが、そこに弱い回復魔法を展開する予定である。
「魔弓の方はそれで終わりだし、神殿の方も不具合が出ない限りは向こうに任せられるから、これで一息つける。ここ暫く、いろいろ並行してやってたからな」
仕事も趣味の開発もまとめて来ていた感がある。
「あー、今日はカスペルが一件持ち込んできたし、サフォークさんの方もなんか来そうだからあんまり変わらないかもしれんが」
新たに印章の真贋鑑定の魔導回路を設計することになっている。まだ正式依頼ではないが確実な話である。
「休みの日はなるべく休んでください、働き過ぎです」
ユランは心配そうだ。
「そうだな、明後日は家でだらだら……あ、明後日は博物館の特別展示を見に行くことになってた。幾つか資料を貰う約束もしてるしな」
「何の資料ですか、休みの日まで仕事ですか?」
だらだらすると言い掛けたのに、やっぱり用があったと言われてユランは口を尖らせる。
「いや、まだ仕事の形にはなってない。ちょっとした思いつきというか、趣味でやってみたいことに使いたい資料で……」
いい感じに出来たら出版社を紹介すると言われているので、絶対に仕事にならないとは言い切れないが、現段階では趣味である。
「先生の思いつきって、気がついたら商品になってますよね……」
付き合いの長いユランは、いろいろ察する。
「そうなんだよな、何でだろう」
趣味が仕事に活かされていると言えば聞こえはいい。だが、予想外の部分が注目されて依頼が来ることが多く、最初に思い描いていたものがそのまま形になることは滅多にないので、エイダールとしては複雑である。
「需要があるってことだからいいじゃないですか。肉が焼けたんで食事にしましょう」
休息も大事だが栄養を取るのも大事だと、ユランは大皿に豪快に肉を盛り付けた。
「どうしよう、眠くならない」
寝支度を調えていつもの時間にベッドに入ったユランだが、一時間ほど経っても全然眠くならなくて、ベッドの上をごろごろと転がる。
「昼寝のし過ぎかな……先生のベッドはいい匂いだったなあ」
昼から夕方にかけて、三時間ほどエイダールのベッドで熟睡した至福の時間を思い出してうっとりし、自分の枕に顔を埋めたあと、はっと起き上がった。
「やっぱりおかしい、一晩寝てたのに全然匂わないなんて」
敷布などは交換されているとはいえ、あまりに匂いが無さすぎる。洗剤や石鹸は同じものを使っているので紛れて分からないのかもしれないが、エイダールの魔力の匂いがしないというのはおかしい。
「もしかして、嘘つかれてる……?」
一昨日、ユランが夜勤でいなかった夜、カスペルが泊まったというのは、朝帰りの現場を見ているので間違いない。カスペルにベッドを貸して、自分はユランのベッドを借りたとエイダールは言った。それが嘘だったとしたら。
「でも嘘つく必要なんてないし」
仮にエイダールとカスペルが同衾していたとしても、割と明け透けな物言いをするエイダールがわざわざ嘘をついてまで伏せることだとは思えない。
「人に言えないような何かがあったのかな……」
たとえば酔っぱらいに襲われたとか。
「あああああああっ」
ユランは嫌な想像をしてベッドの上でのたうった。
家に入ったユランは、居間のソファに取り込んだ洗濯物をとりあえず置くと、厨房に向かう。食事の支度はエイダールが担当することが多いが、厳密に役割分担を決めている訳ではない。どちらかが休みの日は休んでいる方が引き受ける感じである。
「あとは焼くだけで出来ますから」
朝のうちに下拵えをしておいて良かったと思いつつ、ユランは手を洗う。
「焼き過ぎるなよ」
肉と聞いて、エイダールが口を出す。
「生焼けよりはいいでしょう? 僕は安心安全な食卓を目指してるだけなのに」
ユランは、肉でも魚でも野菜でも、念入りに火を通したい派である。
「美味しさも目指してくれ」
「明日は先生が休みですよね。風が強くなってきたけど、天気悪くなるのかな」
厨房に立って肉を焼いていたユランは、強くなってきた風の音に窓の外を見る。
「あー、休みっつっても明日は冒険者ギルドに呼び出し食らってるんだよな。天気が崩れると面倒なんだが……『感知』」
自室で楽な格好に着替えて居間に戻ってきたエイダールは、目を閉じて集中すると、広範囲を探る。
「水の気配はあんまりしないな」
雨は降らないだろう、と結論付ける。
「呼び出しって、何やらかしたんですか先生」
「どっかに呼び出される度に、『何をやらかした』って聞かれる気がするんだが、どうしてなんだ」
ソファの上に放り出されていた乾いた洗濯物を手に取って畳み始めながら、エイダールは不満げに尋ねる。
「それは、原因があって結果があるからでは……それで何で呼び出されたんですか」
「魔獣の不自然な発生の件で騎士団から人が来るから、俺に参考人として来いってギルドマスターから連絡が来たんだ。強制じゃないが、どうせケニスとブレナンに弓の引き渡しに行く予定だったからついでに顔を出そうかと」
もともと冒険者ギルドには行く予定だった。
「弓使いのケニスさんはともかく、ブレナンさんにも……?」
あの人は斧使いだった気がしますけど、とユランは首を傾げるが。
「渡すのはケニスだけだ。ブレナンは付き添いみたいな? 二人は古馴染で、常時じゃないが組むことも多いようだし、気になるんだろう」
「そっか、パーティーメンバーの戦力は把握しておかないといけないですもんね。それにブレナンさんはちょっと保護者っぽいとこありましたよね」
エイダールとそこだけ少し似ていて、ユランの中では好感度が高い。
「そうだな。で、ギルドマスターに付き合ったあとに、ケニスに弓を最終調整して引き渡しして、冒険者ギルド関連だけで午前中は潰れるだろうな。午後は神殿の中庭の新しい設備に魔導回路を仕込みに行って試運転だ」
神殿の中庭、もともと東屋があった辺りを中心に、新たな休憩所が建てられているのだが、そこに弱い回復魔法を展開する予定である。
「魔弓の方はそれで終わりだし、神殿の方も不具合が出ない限りは向こうに任せられるから、これで一息つける。ここ暫く、いろいろ並行してやってたからな」
仕事も趣味の開発もまとめて来ていた感がある。
「あー、今日はカスペルが一件持ち込んできたし、サフォークさんの方もなんか来そうだからあんまり変わらないかもしれんが」
新たに印章の真贋鑑定の魔導回路を設計することになっている。まだ正式依頼ではないが確実な話である。
「休みの日はなるべく休んでください、働き過ぎです」
ユランは心配そうだ。
「そうだな、明後日は家でだらだら……あ、明後日は博物館の特別展示を見に行くことになってた。幾つか資料を貰う約束もしてるしな」
「何の資料ですか、休みの日まで仕事ですか?」
だらだらすると言い掛けたのに、やっぱり用があったと言われてユランは口を尖らせる。
「いや、まだ仕事の形にはなってない。ちょっとした思いつきというか、趣味でやってみたいことに使いたい資料で……」
いい感じに出来たら出版社を紹介すると言われているので、絶対に仕事にならないとは言い切れないが、現段階では趣味である。
「先生の思いつきって、気がついたら商品になってますよね……」
付き合いの長いユランは、いろいろ察する。
「そうなんだよな、何でだろう」
趣味が仕事に活かされていると言えば聞こえはいい。だが、予想外の部分が注目されて依頼が来ることが多く、最初に思い描いていたものがそのまま形になることは滅多にないので、エイダールとしては複雑である。
「需要があるってことだからいいじゃないですか。肉が焼けたんで食事にしましょう」
休息も大事だが栄養を取るのも大事だと、ユランは大皿に豪快に肉を盛り付けた。
「どうしよう、眠くならない」
寝支度を調えていつもの時間にベッドに入ったユランだが、一時間ほど経っても全然眠くならなくて、ベッドの上をごろごろと転がる。
「昼寝のし過ぎかな……先生のベッドはいい匂いだったなあ」
昼から夕方にかけて、三時間ほどエイダールのベッドで熟睡した至福の時間を思い出してうっとりし、自分の枕に顔を埋めたあと、はっと起き上がった。
「やっぱりおかしい、一晩寝てたのに全然匂わないなんて」
敷布などは交換されているとはいえ、あまりに匂いが無さすぎる。洗剤や石鹸は同じものを使っているので紛れて分からないのかもしれないが、エイダールの魔力の匂いがしないというのはおかしい。
「もしかして、嘘つかれてる……?」
一昨日、ユランが夜勤でいなかった夜、カスペルが泊まったというのは、朝帰りの現場を見ているので間違いない。カスペルにベッドを貸して、自分はユランのベッドを借りたとエイダールは言った。それが嘘だったとしたら。
「でも嘘つく必要なんてないし」
仮にエイダールとカスペルが同衾していたとしても、割と明け透けな物言いをするエイダールがわざわざ嘘をついてまで伏せることだとは思えない。
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たとえば酔っぱらいに襲われたとか。
「あああああああっ」
ユランは嫌な想像をしてベッドの上でのたうった。
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