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151「老夫婦がこんな心情なんじゃないかと」
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「何でまだいるんだ」
翌朝、エイダールが目を覚ますと、ユランに抱きつかれたままだった。伸し掛かるように抱きつかれていたので起き上がることが出来なくて、気持ち良さそうに眠っているユランの頬をそっと撫でる。
「こんなにでっかく育ったのに寝てると幼く見えるな……寝た振りしてないで起きろよ、当たってるぞ」
密着していた腰の辺りに圧を感じて、エイダールの声が平坦になる。
「お、おはようございます先生。これは男にはよくある朝の生理現象で、決してやましい気持ちからではなくっ」
目を開けたユランは、体を僅かに離しながら弁明する。
「嘘つけ、今さっき大きくなったじゃないか」
睡眠中に大きくなったものが目覚めた時まで継続しているのが、いわゆる男の朝の生理現象である。
「だって、目が覚めたら先生が僕の顔を触ってたんですよ……」
仕方ないですよね? と開き直るユラン。
「ユランがちっちゃい頃のことを思い出して撫でてただけだぞ。深いキスでもしながらあらぬ場所をまさぐっていたとかならともかく」
「なっ」
とんでもないことを言われて、ユランは真っ赤になる。
「そんなことされなくても、僕は先生に触ったり匂いを感じたりするだけでそうなるんです!」
ユランは、自慢なのかどうなのか判断がつかないことを言い出す。
「昨日は鼻血を出してたが、別に触ってもいないし、匂いも出てなかった筈だが」
「妄想だけだと鼻に来るみたいです……」
身体的接触を伴うと下腹部に来るらしい。
「そんな違いがあるのか」
予想外の答えに、エイダールは戸惑う。
「それはともかく、俺は気が済んだら自分の部屋に戻れって言ったと思うんだが」
それなのに何でここにいるんだとエイダールは問い質す。
「まだ気が済まないからです」
抱きついてもいいという許可を貰って、気が済むまでと言われて、すぐにその権利を手放す筈がない。ユランは再度抱きついて、首筋に顔を埋める。
「何か思い出すなあ、俺の兄貴に子供が出来た時のこと」
ぎゅうぎゅうと抱きつかれて、エイダールはふと昔のことを思い出す。
「先生のお兄さんに子供が出来た時? だったら僕が五歳くらいですか?」
エイダールの兄はエイダールとはかなり年が離れていて、ユランが生まれる少し前に結婚して実家を出て独立している。家を出たと言っても、同じ村の住人であり、親しく行き来がある。
「ああ。それで俺が甥っ子を膝に乗せてるのを見たお前が大泣きしてさ」
自分の物だと思っていたエイダールの膝に、他の子どもが乗っていたのが衝撃だったらしい。
「え……」
そんな記憶のないユランが言葉に詰まる。何しろ幼児時代のことである。
「覚えてないのか? それから暫く軽く赤ちゃん返りをおこして、やたらくっつきたがるし、一人で出来てたことも出来ないって言いだすし、要するに甘えまくってきてたぞ」
可愛かったのでエイダールも甘やかしまくったのだが。
「それを今、思い出すというのはどうして……」
子ども扱いされている? とユランは引きつる。
「このぎゅうぎゅう感がその時と似てるなって」
「一緒にしないでくださいよ! 子供が甘えるのと、大人が好きな人に抱きつくのとじゃ、全然違……わないのかな、あれ?」
ユランは混乱した。世間一般的には違うと思うのだが、ユランの場合、昔も今もエイダールが好きなことに変わりはない訳で。
「少なくとも小さい頃のユランは、いい匂いって言いながら興奮したりはしなかったよな」
「大人には子供と違っていろいろ複雑な事情があるんですよ……」
エイダールにからかわれ、ユランは頬をふくらませる。
「俺は今も昔も一貫してるけどな……恋愛的な意味で好きだって言われてからずっと考えてみたが、やっぱり、ユランはユランなんだよな」
ユランの背中をぽんぽんと撫でながら、エイダールは呟く。
「僕は僕、ですか?」
何を言われているのか分からず、ユランは聞き返す。
「そうだ。生まれた時から知ってる近所の子で、弟みたいに思ったり子供みたいに思ったりしてきたけど、どっちにしろずっと家族枠で」
「先生、もしかして今、僕って、振られそうになってます……?」
エイダールに抱きついたままのユランの声が震える。この話の流れだと『家族としか思えない、恋人にはなれない』に続く気がする。
「どうだろうな。家族枠には伴侶も入る訳だし」
「えっ」
絶望からの振り幅が大き過ぎて、ユランの声が裏返る。
「ただ、俺は全然ユランに肉欲を感じないんだよな……誰かさんと違って」
エイダールはふっと笑うと、元気になっているユランのユランを膝でぐいっと押す。
「ちょっ、何するんですかっ」
暴発の危機に焦って跳ねるように体を離したユランが、エイダールのベッドから転がり落ちる。
「だからって、嫌な訳でもないんだよな。実際、家族として大事に思ってるってだけじゃ踏み込まないようなことも平気でしてるし」
ユランに抱きつかれても、大型犬にじゃれつかれているようなもので可愛いか鬱陶しいかの二択だし、性的欲求の対象にされていると知っても、何で俺を? と不思議には思うが、嫌悪感はないし腹も立たない。恋人のような振る舞いをされるのは恥ずかしいのだが。
「最近まではそれを特に疑問にも思ってなかったんだけどな」
ユランに甘いという自覚はあったが、それだけだった。よくよく考えてみれば、他の男であれば迷いなく殴り倒す案件であっても、である。他とは一線を画した存在ということである。
「例えて言えば、五十年くらい連れ添っていい感じに枯れた老夫婦がこんな心情なんじゃないかと思うんだよな……いつまで転がってる気だ」
そこにお互いがいるのがごくごく当たり前な空気感とでも言えばいいのだろうか。エイダールはベッドから起き上がると、床に転がったままのユランに手を差し出した。
翌朝、エイダールが目を覚ますと、ユランに抱きつかれたままだった。伸し掛かるように抱きつかれていたので起き上がることが出来なくて、気持ち良さそうに眠っているユランの頬をそっと撫でる。
「こんなにでっかく育ったのに寝てると幼く見えるな……寝た振りしてないで起きろよ、当たってるぞ」
密着していた腰の辺りに圧を感じて、エイダールの声が平坦になる。
「お、おはようございます先生。これは男にはよくある朝の生理現象で、決してやましい気持ちからではなくっ」
目を開けたユランは、体を僅かに離しながら弁明する。
「嘘つけ、今さっき大きくなったじゃないか」
睡眠中に大きくなったものが目覚めた時まで継続しているのが、いわゆる男の朝の生理現象である。
「だって、目が覚めたら先生が僕の顔を触ってたんですよ……」
仕方ないですよね? と開き直るユラン。
「ユランがちっちゃい頃のことを思い出して撫でてただけだぞ。深いキスでもしながらあらぬ場所をまさぐっていたとかならともかく」
「なっ」
とんでもないことを言われて、ユランは真っ赤になる。
「そんなことされなくても、僕は先生に触ったり匂いを感じたりするだけでそうなるんです!」
ユランは、自慢なのかどうなのか判断がつかないことを言い出す。
「昨日は鼻血を出してたが、別に触ってもいないし、匂いも出てなかった筈だが」
「妄想だけだと鼻に来るみたいです……」
身体的接触を伴うと下腹部に来るらしい。
「そんな違いがあるのか」
予想外の答えに、エイダールは戸惑う。
「それはともかく、俺は気が済んだら自分の部屋に戻れって言ったと思うんだが」
それなのに何でここにいるんだとエイダールは問い質す。
「まだ気が済まないからです」
抱きついてもいいという許可を貰って、気が済むまでと言われて、すぐにその権利を手放す筈がない。ユランは再度抱きついて、首筋に顔を埋める。
「何か思い出すなあ、俺の兄貴に子供が出来た時のこと」
ぎゅうぎゅうと抱きつかれて、エイダールはふと昔のことを思い出す。
「先生のお兄さんに子供が出来た時? だったら僕が五歳くらいですか?」
エイダールの兄はエイダールとはかなり年が離れていて、ユランが生まれる少し前に結婚して実家を出て独立している。家を出たと言っても、同じ村の住人であり、親しく行き来がある。
「ああ。それで俺が甥っ子を膝に乗せてるのを見たお前が大泣きしてさ」
自分の物だと思っていたエイダールの膝に、他の子どもが乗っていたのが衝撃だったらしい。
「え……」
そんな記憶のないユランが言葉に詰まる。何しろ幼児時代のことである。
「覚えてないのか? それから暫く軽く赤ちゃん返りをおこして、やたらくっつきたがるし、一人で出来てたことも出来ないって言いだすし、要するに甘えまくってきてたぞ」
可愛かったのでエイダールも甘やかしまくったのだが。
「それを今、思い出すというのはどうして……」
子ども扱いされている? とユランは引きつる。
「このぎゅうぎゅう感がその時と似てるなって」
「一緒にしないでくださいよ! 子供が甘えるのと、大人が好きな人に抱きつくのとじゃ、全然違……わないのかな、あれ?」
ユランは混乱した。世間一般的には違うと思うのだが、ユランの場合、昔も今もエイダールが好きなことに変わりはない訳で。
「少なくとも小さい頃のユランは、いい匂いって言いながら興奮したりはしなかったよな」
「大人には子供と違っていろいろ複雑な事情があるんですよ……」
エイダールにからかわれ、ユランは頬をふくらませる。
「俺は今も昔も一貫してるけどな……恋愛的な意味で好きだって言われてからずっと考えてみたが、やっぱり、ユランはユランなんだよな」
ユランの背中をぽんぽんと撫でながら、エイダールは呟く。
「僕は僕、ですか?」
何を言われているのか分からず、ユランは聞き返す。
「そうだ。生まれた時から知ってる近所の子で、弟みたいに思ったり子供みたいに思ったりしてきたけど、どっちにしろずっと家族枠で」
「先生、もしかして今、僕って、振られそうになってます……?」
エイダールに抱きついたままのユランの声が震える。この話の流れだと『家族としか思えない、恋人にはなれない』に続く気がする。
「どうだろうな。家族枠には伴侶も入る訳だし」
「えっ」
絶望からの振り幅が大き過ぎて、ユランの声が裏返る。
「ただ、俺は全然ユランに肉欲を感じないんだよな……誰かさんと違って」
エイダールはふっと笑うと、元気になっているユランのユランを膝でぐいっと押す。
「ちょっ、何するんですかっ」
暴発の危機に焦って跳ねるように体を離したユランが、エイダールのベッドから転がり落ちる。
「だからって、嫌な訳でもないんだよな。実際、家族として大事に思ってるってだけじゃ踏み込まないようなことも平気でしてるし」
ユランに抱きつかれても、大型犬にじゃれつかれているようなもので可愛いか鬱陶しいかの二択だし、性的欲求の対象にされていると知っても、何で俺を? と不思議には思うが、嫌悪感はないし腹も立たない。恋人のような振る舞いをされるのは恥ずかしいのだが。
「最近まではそれを特に疑問にも思ってなかったんだけどな」
ユランに甘いという自覚はあったが、それだけだった。よくよく考えてみれば、他の男であれば迷いなく殴り倒す案件であっても、である。他とは一線を画した存在ということである。
「例えて言えば、五十年くらい連れ添っていい感じに枯れた老夫婦がこんな心情なんじゃないかと思うんだよな……いつまで転がってる気だ」
そこにお互いがいるのがごくごく当たり前な空気感とでも言えばいいのだろうか。エイダールはベッドから起き上がると、床に転がったままのユランに手を差し出した。
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