約束へと続くストローク

葛城騰成

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第三章 手紙で揺れるストローク

第十二話 なんでそんなことを言われなくちゃいけないの?

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『紗希ちゃんへ。
 紗希ちゃんから手紙が届くのをずっと待ってたよ。久しぶりに紗希ちゃんの字を見ることができて無性にテンションが上がってます(笑) 忙しかったのかな? なかなか返事がこなかったから心配していたんだ。でも、病気も怪我もなく部活を続けられているようで安心したよ。メドレーリレーに選ばれなかったのは残念だったと思うけど、あまり落ち込まないでね。まだ一年生なんだしチャンスはあるよ。負けん気が強い紗希ちゃんなら絶対に大丈夫。自信を持って泳いでね。これを紗希ちゃんが読んでいる頃は、地区大会の直前かな。余裕で突破できるって信じてる。柊一より』

 彼からの手紙が届いたのは、六月になってすぐの土曜日だった。ウチがメドレーリレーの選手に選ばれなくて悔しい思いをしたことを赤裸々に語ったからか、いつもと違ってウチを慰めるような内容ばかり書かせてしまった。彼の話を聞きたいって気持ちがあったから少し残念だけど、ウチのことを気にかけてくれるのはとっても嬉しい。
 五月の頃のような和気藹々としていた空気は消え、ピリピリとした空気が漂うようになった最近の水泳部では、練習が苛烈を極めていた。
 毎日のように蓄積する疲労と、大会を目前に控えたことで徐々に高まる緊張感。なかなか心を落ち着かせることができない状況が続いていて、彼からの手紙はとても心を落ち着かせてくれるものになっていた。
 あまりにも優しい言葉の数々が綴られているものだから、ついついバッグの中に封筒を入れて持ち歩いてしまう。大会が行われる会場に向かうバスの中ですら、手紙を読んでしまうくらいだ。
 六月中旬。地区大会が行われ、璃子とウチは一位と二位を獲得し、中央大会への切符を手に入れた。中條ちゃんも平泳ぎで好成績を残したけれど、みっちーは残念ながら敗退してしまった。
 六月下旬。今度は中央大会が行われた。地区大会よりも緊迫した空気が漂っているのを感じる。試合に出た経験が少ない人は、ほかの選手たちが発するオーラに気圧されてしまうけれど、立清学園にそんな子は一人もいない。普段、物静かな中條ちゃんですら気合十分といった表情をしている。
 ウチもワクワクしながら泳ぐことができたのもあって、結果は上々。璃子のタイムは越せなかったけれど、終盤でフォームが乱れても立て直すことができたので、成長を感じることができた。

 なんて手紙を書こうか。
 部活を終えて部屋に戻ったウチは、机で頭を悩ませていた。
 頭を両手に乗せて、鼻と口の間にペンを挟みながら、いろいろと考えてみる。
 話すことは大会のことが中心になるとは思うんだけど、どんな内容にしようかな。
 ひとまず近畿大会に出場する旨を伝えようか。それとも、璃子と一緒に練習を行っていることを取り上げるべきだろうか。件の相手である璃子は、ストレッチをして体を伸ばしている。

「う~ん」

 腕を組んで唸ってみるけれど、良い文が閃かない。
 小学生の頃に書かされた読書感想文を思い出す。
 あれを書いている時も、なかなか原稿用紙が埋まらなかった。

「最近、紙と睨めっこしながら悩んでいるみたいだけど、なにをそんなに悩んでいるの?」
「え? って、あわわっ! あ~」

 急に璃子に話しかけられたもんだから、びっくりして書きかけの手紙とペンを落としてしまった。知らない間にウチの近くまできていたらしい。璃子の足元へと飛んでいった紙を急いで拾おうとするけれど、彼女に見られてしまった。

「まだ彼と文通なんてしていたのね……」

 『柊一君へ』と書かれた冒頭の文字を見たのだろう。彼女が察したような表情を浮かべる。

「見てないで、とっとと返してよ!」

 璃子から勢いよく手紙を奪うと、すぐに机の引き出しの中にしまう。焦ったせいか、やたらと心臓がうるさい。恥ずかしくて死にそう。好きな人とのやりとりを知られてしまうなんて最悪だ。

「携帯も使わずに連絡を取り合うなんてことに、彼はよく付き合ってくれているわね」
「う、うん……」
「この様子だと随分と長い年月やりとりをしているんでしょうけど、今どき遠距離恋愛なんて流行はやらないでしょう。もう向こうは貴方のことなんてどうでもいいと思っているんじゃない?」
「そんなことない!」

 思わず大きな声を出してしまっていた。自分自身に驚きながらも、口は止まらず動き続ける。

「柊一君はウチのこと、大切に思ってくれてるもん! お互いに励まし合って水泳を頑張っているんだから!」
「そう。貴方が誰を好いていようと構わないけれど、急に熱くなるのだけは止めてほしいわね。もっと落ち着いて話せないのかしら?」
「ちゃんと話したいって思うなら、なんでも見透かしたような態度をとらないでよ!」
「わかるわよ。どんなに頑張ったって無駄よ。気持ちなんて届くはずがない。こんな離れているんだから、繋ぎとめることなんてできるはずがないわ」
「……」

 なんで璃子にそんなことを言われなくちゃいけないの?
 なんで璃子にウチの未来がわかるの?
 ウチの恋はウチだけのものだ。誰かに決められるものじゃない!

「ウチは手紙を書くので忙しいから! 話しかけてこないで!」

 璃子が口を開こうとしているのがわかって、咄嗟に大声で叫んでいた。
 その後は、目を合わせずに床をじっと見つめて黙っていると、璃子が溜息をついてベッドに移動してくれた。なにを言っても無駄だと思ったのだろう。ウチは落ちていたペンを拾って椅子に戻った。
 結局、手紙を書き終える頃には、夜の十二時を過ぎていた。文章を見直して変なことを書いていないかチェックする。

『柊一君へ。
 ウチも柊一君の字を見ることができると嬉しい気持ちになるよ。今もこうやってお話ができてめっちゃ嬉しいもん。返信が遅くなっちゃったのは、水泳部の練習で疲れて寝ちゃう日が多かったからなんだ。心配させちゃってごめんね。メドレーリレーに選ばれなかったのがショックで落ち込んだりしたけど、今は立ち直れたから大丈夫だよ。励ましてくれてありがとう。やっぱり柊一君は優しいね。来年は絶対に選ばれてみせる。あと、朗報です。地区大会と中央大会も突破できたよ! 今度は近畿大会だ。全国に行けるように頑張る! 柊一君と柊斗君がうまくいくように応援しています。紗希より』
「うん。これで大丈夫そう」

 一人頷いた後、机の灯りを消してベッドに潜る。イライラしているせいか、目を瞑っても全然眠くならない。

『もう向こうは貴方のことなんてどうでもいいと思っているんじゃない?』

 先程の璃子の言葉が延々と脳を過っていて、思い出す度に腹が立ってしまう。
 いつもこうだ。なんで璃子はウチの癇に障ることを言うんだろう。せっかく璃子はすごいなって思い始めたところだったのに。
 寝返りをうって璃子に背中を向け、布団を頭まで被る。
 やっぱりウチは、璃子のことが嫌いだ。
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