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第4部 手負いの獣に蝶と花
第20話 斡旋組織
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紳士はいそいそと戻ってくると、ジルを連れて馬車に乗り込んだ。僕たちはそれを部屋の中から固唾を呑んで見守る。紳士は馬車の運転手に銀貨を渡していたから、馬車は彼の持ち物ではないだろう。この辺は草原なのが幸いした。3人馬に乗り草原から馬車の後をつけた。
「馬車の中で変なことされないだろうな!」
ルークは誰に向けるわけでもない大きな独り言をさっきから喚いている。
「ジルも子どもじゃないんだ。限界を感じたら自力で馬車を降りるだろうよ」
「ルーク、僕の力不足で申し訳ありません」
僕が自分一人でこの問題に立ち向かっていればこんなことにはならなかった。付け加えるならば、ジルでなければこんなとんとん拍子で進まなかったとも思う。僕の謝罪にルークは気まずそうに押し黙る。
「少し見てみたいがな」
「アシュレイ! お前やっぱり……!」
「ルークがなりふり構わずジルを助けるところを」
ルークはやっぱり押し黙って、3人静かに馬車を追いかけた。
馬車は小さな村落の中央付近で止まった。カミルの領地になるのだろう。花の咲き乱れる美しい村だ。ジルは紳士と共に馬車を降り、村の中でも一際質素な建物に吸い込まれていった。
「こういう目立たない建物を選ぶあたり、その道に長けた者たちなんだろうな。ここから先はジルに任せるのか?」
「そうなるな。彼も魔人だ。魔法鍵をかけただろうから建物の近くで中の様子を探ってみるか?」
ソワソワしているルークを宥めるようにバーンスタイン卿が提案をする。ルークはその独特な足音を立てないようにゆっくり歩きだした。
村の中央の街道は騒がしく正面からは中を窺い知ることはできないが、建物は質素なだけあって声は筒抜けだった。地下に連れ込まれたら面倒だと憂慮していたが、杞憂だった。
「健全そうに振る舞いやがって……悪党がみすみす悪事を働いてますなんて言わないってか」
ルークの悪態が全てを物語っていた。こうした白昼堂々行われる買春取引に気持ち悪さを感じたが、彼らはこれを逆手に隠れ蓑にしているのだ。
僕たちは勝手口と思しき戸の横にある僅かな隙間から中の様子を窺う。
「随分と……普通の商店なのだな……」
紳士に連れられてきたジルが、僕たちと同じ感想を述べる。商店の店主と思しき笑い声が響いた。
「やけに期待されてここへ来たのですな。ジルベスタ=ブラウアー。庸人狂いの兄貴は元気にしておりますか?」
店主の問いに、ジルは黙った。
「父上も庸人狂いだと聞き及んだ。そんな家では貴方は肩身が狭いのでは?」
店主の言葉に、僕の隣で耳を側立てていたルークが少し震えた気がした。しかしそれは怯えというより怒りといった方が正しいのかもしれない。
「メルヒャー……卿……?」
ジルが吐露した名前にバーンスタイン卿も体を揺らした。先の謀反で収監中の薬の仲買人に聞き込みに行ったという話は聞き及んでいた。それがバーンスタイン卿を貶めた人物、メルヒャー卿ということも。
「この話は無かったことに。俺がここに来たことも……」
唐突に慌てだしたジルを店主が一喝する。
「もう知らなかったことにはなりませんよ! それに……貴方の欲望を満たすのはここしかありません。貴方の苦悩はわかります。庸人狂いの家族を抱えて、末っ子の弟庸人は貴方を慕っているそうではないですか。しかし体が満たされない、そう思ってここに来たのでしょう?」
店主のこの言葉で、さっきの慌てぶりがジルの演技だと知る。バーンスタイン卿もルークもそれを理解したのか、じっと耐え忍んでいた。
「ラング卿、彼になにを言われてここに連れてきたのだ?」
ラング卿とは紳士の名前だろう。店主はそう問いかけると、椅子から立ち上がる物音が響いた。
「何人からも、何度も突き上げられたい。カミルにするよりも何倍もしてほしいと。ここを」
店主の静かな笑い声が響き、その奥でジルが息を荒げていた。音は聞こえるが窓から中を見ることはできない。
「んっ……!」
「馬車の中で変なことされないだろうな!」
ルークは誰に向けるわけでもない大きな独り言をさっきから喚いている。
「ジルも子どもじゃないんだ。限界を感じたら自力で馬車を降りるだろうよ」
「ルーク、僕の力不足で申し訳ありません」
僕が自分一人でこの問題に立ち向かっていればこんなことにはならなかった。付け加えるならば、ジルでなければこんなとんとん拍子で進まなかったとも思う。僕の謝罪にルークは気まずそうに押し黙る。
「少し見てみたいがな」
「アシュレイ! お前やっぱり……!」
「ルークがなりふり構わずジルを助けるところを」
ルークはやっぱり押し黙って、3人静かに馬車を追いかけた。
馬車は小さな村落の中央付近で止まった。カミルの領地になるのだろう。花の咲き乱れる美しい村だ。ジルは紳士と共に馬車を降り、村の中でも一際質素な建物に吸い込まれていった。
「こういう目立たない建物を選ぶあたり、その道に長けた者たちなんだろうな。ここから先はジルに任せるのか?」
「そうなるな。彼も魔人だ。魔法鍵をかけただろうから建物の近くで中の様子を探ってみるか?」
ソワソワしているルークを宥めるようにバーンスタイン卿が提案をする。ルークはその独特な足音を立てないようにゆっくり歩きだした。
村の中央の街道は騒がしく正面からは中を窺い知ることはできないが、建物は質素なだけあって声は筒抜けだった。地下に連れ込まれたら面倒だと憂慮していたが、杞憂だった。
「健全そうに振る舞いやがって……悪党がみすみす悪事を働いてますなんて言わないってか」
ルークの悪態が全てを物語っていた。こうした白昼堂々行われる買春取引に気持ち悪さを感じたが、彼らはこれを逆手に隠れ蓑にしているのだ。
僕たちは勝手口と思しき戸の横にある僅かな隙間から中の様子を窺う。
「随分と……普通の商店なのだな……」
紳士に連れられてきたジルが、僕たちと同じ感想を述べる。商店の店主と思しき笑い声が響いた。
「やけに期待されてここへ来たのですな。ジルベスタ=ブラウアー。庸人狂いの兄貴は元気にしておりますか?」
店主の問いに、ジルは黙った。
「父上も庸人狂いだと聞き及んだ。そんな家では貴方は肩身が狭いのでは?」
店主の言葉に、僕の隣で耳を側立てていたルークが少し震えた気がした。しかしそれは怯えというより怒りといった方が正しいのかもしれない。
「メルヒャー……卿……?」
ジルが吐露した名前にバーンスタイン卿も体を揺らした。先の謀反で収監中の薬の仲買人に聞き込みに行ったという話は聞き及んでいた。それがバーンスタイン卿を貶めた人物、メルヒャー卿ということも。
「この話は無かったことに。俺がここに来たことも……」
唐突に慌てだしたジルを店主が一喝する。
「もう知らなかったことにはなりませんよ! それに……貴方の欲望を満たすのはここしかありません。貴方の苦悩はわかります。庸人狂いの家族を抱えて、末っ子の弟庸人は貴方を慕っているそうではないですか。しかし体が満たされない、そう思ってここに来たのでしょう?」
店主のこの言葉で、さっきの慌てぶりがジルの演技だと知る。バーンスタイン卿もルークもそれを理解したのか、じっと耐え忍んでいた。
「ラング卿、彼になにを言われてここに連れてきたのだ?」
ラング卿とは紳士の名前だろう。店主はそう問いかけると、椅子から立ち上がる物音が響いた。
「何人からも、何度も突き上げられたい。カミルにするよりも何倍もしてほしいと。ここを」
店主の静かな笑い声が響き、その奥でジルが息を荒げていた。音は聞こえるが窓から中を見ることはできない。
「んっ……!」
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