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3部 王のピアノと風見鶏
第17話 マリーの風見鶏
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バーンスタイン卿率いる馬が草原を駆ける。澄んだ空気が鼻をツンと刺激し、乾いているせいか、やけに風が冷たい。隊列を組まずもろに風を受けるとこんなにも寒いものかと実感する。
バーンスタイン卿とジルは迷いなく馬を走らせる。さっきの口ぶりから豚野郎の行動を把握しているようだった。俺は前を行く3人の背中から目を離し、辺りを見渡す。国境線近くならば、俺がマリーと抜け出し見に行っていた風景なのだろう。しかしほとんど夜に見ていたから、こんな広大な草原が広がっているとは知らなかった。
先を駆けるバーンスタイン卿の先に見えた建物を見て戦慄する。風見鶏のある大きな施設、あの建物は紛れもなくマリーと見に行った風見鶏がある施設だった。
「バーンスタイン卿! あの建物は!?」
「あれは孤児院だ。俺とノアもあそこの出身だ」
その事実に驚愕を隠せない。過酷な人生に助けを求め、願いを込めて名付けた風見鶏が孤児院の屋根だったなんて。驚愕に胸を詰まらせているのも束の間、足の長い草の向こうの人影に俺は目を奪われる。
「バーンスタイン卿!」
「アシュレイ! 馬を止めろ!」
きっと後ろを走っていたルークも気付いて怒鳴り声を上げる。俺とルークが捕捉した人影は3人の女性だった。その中の1人の女性に違和感があってうまく頭で処理できない。
「ルーク、知り合いかもしれない。馬を降りて確認してきてもいいですか」
了承を得るようでいて、その実、既に馬を降りていた。ルークはなにかを叫んでいたが、走り出した俺の耳には届かない。駆け出した先の人影に、心の中で嬉しいとは程遠い警笛が鳴り続けている。
3人の女性が歩いていた場所は草原の草が踏みしめられた一本道だった。だから、丁度目の前に出た時には彼女たちの姿を全て見ることができた。
マリーだった。
「マリー!」
なぜマリーがここに? 隣国にいるはずもないという俺の考えが、頭の処理をおかしくしていた。今も違和感で風景が歪んで見える。
「リアム!?」
マリーは叫ぶと共に、女性たちを連れ立って俺に走り寄ってくる。夢にまで見たその光景に全ての内臓がジンと痺れる感覚で身動きが取れない。そこにバーンスタイン卿の声が響き渡る。
「リアム! 離れろ!」
聞こえているはずなのに、またうまく頭で処理ができない。なぜマリーに会えたのに、離れなければならないのか。そう思っている間に、マリーは俺に抱きつき、そして急に景色が反転した。
「止まれ!」
背中からマリーの声とは思えない大声が響く。俺の視線の先、草が踏みしめられた一本道にバーンスタイン卿、そしてテオが現れた。
「リアム。振り解いてこっちに来い! 相手は女だ、容易いはずだ!」
その言葉でマリーが俺の首に突きつけているナイフの存在と、そのナイフが震えていることに気付いた。
「マリー、あの方はバーンスタイン卿。俺たちを助けてくれるお方だ」
俺の言葉に答えたのは、足元から聞こえるブチンという音だった。なにが起こったのかわからないまま地面に膝をつく。足元に広がる自分の血を眺めて両側の女2人が俺のアキレス腱を切ったのだと知る。
「待ってくれ、待ってくれ! ジル、ルークも来ないでくれ!」
正常な判断ができない。姿の見えない2人に怯えて声を張り上げてしまう。
「リアム、あそこにいる2人がジルとルーク?」
マリーの甘ったるい声が俺の判断力を奪っていく。
「違う、違うんだ。マリー、マリー!」
「うるさい! おいお前ら、私は本気だ! 全員姿を現せ!」
「マリー、俺を覚えていないのか? 迎えに来たんだ!」
マリーは少し息を漏らした。次の瞬間肩に激痛が走る。
「違うんだ! ジル! ルーク!やめてくれぇ!」
マリーは肩口に刺したナイフを指の先まで下ろして、俺の腕を2つに裂いた。
「次は内臓だ! 出てこい!」
「はっ、はっ、マリー、マリー、びっくりさせた、ううん、ん」
あまりの激痛に言葉がうまく出てこない。なのにバーンスタイン卿はやめない。
「リアム、その女たちが孤児を誘拐している。見返りに領主から金銭を受け取っているんだ」
「な、なにを言ってるんだ、なにを……」
「うるさい黙れ」
マリーの冷酷な声とともに、反対の肩口からも激痛を感じる。前に倒れそうになるも、首根っこを掴まれ、それすらも許されない。
「なんの役にも立たないんだから、最後くらい私の役に立ったらどうだ」
「役に、役に、立ちたい、マリー」
その時両側の草むらが動いた気がして思わず叫ぶ!
「やめろーーーー!」
俺の叫びに左右の女が周りを警戒し始めた。
「女! お前は領主から見限られた! ここで逃げ果せたところで、待つのは死だけだぞ!」
「ああ、あぁ、マリー、バーンスタイン卿の言うことは本当だ、本当なんだ、俺と一緒に、罪を償おう、マリー、生きていれば、なんとかなるんだ」
バーンスタイン卿とジルは迷いなく馬を走らせる。さっきの口ぶりから豚野郎の行動を把握しているようだった。俺は前を行く3人の背中から目を離し、辺りを見渡す。国境線近くならば、俺がマリーと抜け出し見に行っていた風景なのだろう。しかしほとんど夜に見ていたから、こんな広大な草原が広がっているとは知らなかった。
先を駆けるバーンスタイン卿の先に見えた建物を見て戦慄する。風見鶏のある大きな施設、あの建物は紛れもなくマリーと見に行った風見鶏がある施設だった。
「バーンスタイン卿! あの建物は!?」
「あれは孤児院だ。俺とノアもあそこの出身だ」
その事実に驚愕を隠せない。過酷な人生に助けを求め、願いを込めて名付けた風見鶏が孤児院の屋根だったなんて。驚愕に胸を詰まらせているのも束の間、足の長い草の向こうの人影に俺は目を奪われる。
「バーンスタイン卿!」
「アシュレイ! 馬を止めろ!」
きっと後ろを走っていたルークも気付いて怒鳴り声を上げる。俺とルークが捕捉した人影は3人の女性だった。その中の1人の女性に違和感があってうまく頭で処理できない。
「ルーク、知り合いかもしれない。馬を降りて確認してきてもいいですか」
了承を得るようでいて、その実、既に馬を降りていた。ルークはなにかを叫んでいたが、走り出した俺の耳には届かない。駆け出した先の人影に、心の中で嬉しいとは程遠い警笛が鳴り続けている。
3人の女性が歩いていた場所は草原の草が踏みしめられた一本道だった。だから、丁度目の前に出た時には彼女たちの姿を全て見ることができた。
マリーだった。
「マリー!」
なぜマリーがここに? 隣国にいるはずもないという俺の考えが、頭の処理をおかしくしていた。今も違和感で風景が歪んで見える。
「リアム!?」
マリーは叫ぶと共に、女性たちを連れ立って俺に走り寄ってくる。夢にまで見たその光景に全ての内臓がジンと痺れる感覚で身動きが取れない。そこにバーンスタイン卿の声が響き渡る。
「リアム! 離れろ!」
聞こえているはずなのに、またうまく頭で処理ができない。なぜマリーに会えたのに、離れなければならないのか。そう思っている間に、マリーは俺に抱きつき、そして急に景色が反転した。
「止まれ!」
背中からマリーの声とは思えない大声が響く。俺の視線の先、草が踏みしめられた一本道にバーンスタイン卿、そしてテオが現れた。
「リアム。振り解いてこっちに来い! 相手は女だ、容易いはずだ!」
その言葉でマリーが俺の首に突きつけているナイフの存在と、そのナイフが震えていることに気付いた。
「マリー、あの方はバーンスタイン卿。俺たちを助けてくれるお方だ」
俺の言葉に答えたのは、足元から聞こえるブチンという音だった。なにが起こったのかわからないまま地面に膝をつく。足元に広がる自分の血を眺めて両側の女2人が俺のアキレス腱を切ったのだと知る。
「待ってくれ、待ってくれ! ジル、ルークも来ないでくれ!」
正常な判断ができない。姿の見えない2人に怯えて声を張り上げてしまう。
「リアム、あそこにいる2人がジルとルーク?」
マリーの甘ったるい声が俺の判断力を奪っていく。
「違う、違うんだ。マリー、マリー!」
「うるさい! おいお前ら、私は本気だ! 全員姿を現せ!」
「マリー、俺を覚えていないのか? 迎えに来たんだ!」
マリーは少し息を漏らした。次の瞬間肩に激痛が走る。
「違うんだ! ジル! ルーク!やめてくれぇ!」
マリーは肩口に刺したナイフを指の先まで下ろして、俺の腕を2つに裂いた。
「次は内臓だ! 出てこい!」
「はっ、はっ、マリー、マリー、びっくりさせた、ううん、ん」
あまりの激痛に言葉がうまく出てこない。なのにバーンスタイン卿はやめない。
「リアム、その女たちが孤児を誘拐している。見返りに領主から金銭を受け取っているんだ」
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「うるさい黙れ」
マリーの冷酷な声とともに、反対の肩口からも激痛を感じる。前に倒れそうになるも、首根っこを掴まれ、それすらも許されない。
「なんの役にも立たないんだから、最後くらい私の役に立ったらどうだ」
「役に、役に、立ちたい、マリー」
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「やめろーーーー!」
俺の叫びに左右の女が周りを警戒し始めた。
「女! お前は領主から見限られた! ここで逃げ果せたところで、待つのは死だけだぞ!」
「ああ、あぁ、マリー、バーンスタイン卿の言うことは本当だ、本当なんだ、俺と一緒に、罪を償おう、マリー、生きていれば、なんとかなるんだ」
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