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1部番外編
ジルの非番(1)
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僕は朝にめっぽう強い。だから今日は使用人が食事の準備を始める前に台所でジルの好物をいっぱい作った。
ジルはこどもの頃から好きなものがあまり変わらない。今日は2人で久しぶりに散歩をしたかったから、バスケットに入る軽食を作りはじめた。パンを厚切りにして切り込みを入れ、バターを塗ったそこに、サーモンムニエルやトマト、オニオンスライスやレタスを詰め込んでいく。ジルの大好物はなんといってもベーコンとウィンナー。スクランブルエッグに特製トマトソースを混ぜ合わせそれらと一緒にパンに挟んでいく。
横で作っておいたスープを飯盒に入れる。最近めっきり秋めいてきた。飯盒に入れて持ち歩けば食べる時に温められる。きっと兄様がすぐに火を出してくれる、そう思うと、胸が温かくなる。
「よし!」
全てのランチをバスケットに詰め込み、洗い物をしたら、僕はジルの部屋の戸をそっと開けて覗き込んだ。
ジルはもう起きていた。半裸でベッドに座り、窓の外をぼんやり見つめている。昨日の夜ジルは帰りが遅く、待ちくたびれて僕は眠ってしまった。起こさないようにとこっそり部屋を覗いていたが、声をかけられない。
ジルの体は綺麗だった。ここからだとジルの背中しか見えなかったが、朝日に照らされるジルの筋肉質な上半身はとても美しい。
「兄様……」
「ルイス? 相変わらず早起きだな」
「兄様は昨日ゆっくり眠れましたか?」
「ああ……昨日は遅くなってしまって……ルイスにおやすみのキスをできなかった……」
ジルは平気で優しい嘘をつく。きっと眠ってしまった僕にキスを落としたに違いない。
「兄様、今日もしよろしければ僕に付き合ってくれませんか? 午前中行きたい場所があるのです」
「ああ、嬉しいな。どこへ行きたいんだ?」
僕は駆け寄ってジルにしがみつく。
「あの川に行きたいです。ジルの大好物も作りました。一緒に行ってくれませんか?」
「ああ、もちろんだ。スープも作ってくれたかい?」
「はい! 兄様に火をかけてもらうように用意しました」
「ああ、ルイス……」
僕を抱き上げたジルは、キスをしようとして一瞬躊躇った。僕はその躊躇いがなんであるかわかっている。ルークがいないからだ。
「兄様たちが大好き」
「そうか……もう一度言っておくれ」
「ルークもジルも大好き」
ジルは嬉しそうに笑い、僕の唇を大きな口で覆った。僕が開けた少しの隙間に舌を滑り込ませて、僕の小さな口をこじ開けていく。
「兄様、今日は動きやすい格好でお願いしますね」
「ああ、ルイスと冒険は久しぶりだ」
ジルに下されたら僕は走って自分の部屋に向かう。扉から出る時に振り返って念を押した。
「兄様、もう冒険に出ますからね!」
「わかった。すぐに着替えて出発だ」
冒険、それはブラウアー家の領土の端にある深い森へ出かけることを兄弟ではそう呼ぶ。なぜならば使用人があの森へ入ることを禁じていたからだ。
よく3人で出掛けては、使用人のハンスに怒られていた。特に兄2人が怒られていた理由が今ならわかる気がする。巨大な森も、野生動物も、魔人にとってみれば他愛のないものだろう。しかし万が一僕だけはぐれてしまったならば、帰ることなんて到底できない。火もおこせなければ、高い木に登ることもできない。こどもの庸人は自然の前では無力だった。
「おじいちゃんによく怒られていましたけど、それでも兄様たちが僕を置いていかなかったことがすごく嬉しかった……」
深い森の匂いが立ち込める獣道で、僕は振り返ってジルを見る。昔と違い、前を歩かせてくれるジルの慈愛に僕は目を細めた。
「そうか」
ジルは家を出てからずっとこの調子で、とても無口だった。僕のこどもじみたデートは気に入らなかったかもしれない。
それに、昨日の帰りが遅かったのは、きっとルークに気を遣ったからだ。2人きりになれば僕とルークへの義理の間で思い悩んだに違いない。
朝露で濡れた木々の葉や草の深緑が、初秋のパリッとした空気の中で輪郭をより鮮明にしている。パリッとした葉のエッジにジルがぼんやり霞んで見えた。
「兄様、ここを下った先ですよね?」
僕では引っかからない高い枝の葉を掻き分けながらジルはニッコリ微笑む。
「そうだ。兄様はもう腹ぺこだ」
「もう少しですからね! 着いたらすぐに火をおこしましょう!」
「それにしてもルイスの荷物はなんだ? 昼飯はこのバスケット以外にあるのか?」
汁物も入った重いバスケットは有無を言わさずジルに取り上げられてしまった。でもそれとは別に僕はカバンを背負っていて、それだけは自分で持つと譲らなかった。
「着いてからのお楽しみ!」
ジルは息を漏らして呆れたように笑う。その優しい笑顔がとても緑に映える。抱きつきたい衝動を抑えながら、ジルの手を引いて下のひらけた平原に降り立った。
ジルはこどもの頃から好きなものがあまり変わらない。今日は2人で久しぶりに散歩をしたかったから、バスケットに入る軽食を作りはじめた。パンを厚切りにして切り込みを入れ、バターを塗ったそこに、サーモンムニエルやトマト、オニオンスライスやレタスを詰め込んでいく。ジルの大好物はなんといってもベーコンとウィンナー。スクランブルエッグに特製トマトソースを混ぜ合わせそれらと一緒にパンに挟んでいく。
横で作っておいたスープを飯盒に入れる。最近めっきり秋めいてきた。飯盒に入れて持ち歩けば食べる時に温められる。きっと兄様がすぐに火を出してくれる、そう思うと、胸が温かくなる。
「よし!」
全てのランチをバスケットに詰め込み、洗い物をしたら、僕はジルの部屋の戸をそっと開けて覗き込んだ。
ジルはもう起きていた。半裸でベッドに座り、窓の外をぼんやり見つめている。昨日の夜ジルは帰りが遅く、待ちくたびれて僕は眠ってしまった。起こさないようにとこっそり部屋を覗いていたが、声をかけられない。
ジルの体は綺麗だった。ここからだとジルの背中しか見えなかったが、朝日に照らされるジルの筋肉質な上半身はとても美しい。
「兄様……」
「ルイス? 相変わらず早起きだな」
「兄様は昨日ゆっくり眠れましたか?」
「ああ……昨日は遅くなってしまって……ルイスにおやすみのキスをできなかった……」
ジルは平気で優しい嘘をつく。きっと眠ってしまった僕にキスを落としたに違いない。
「兄様、今日もしよろしければ僕に付き合ってくれませんか? 午前中行きたい場所があるのです」
「ああ、嬉しいな。どこへ行きたいんだ?」
僕は駆け寄ってジルにしがみつく。
「あの川に行きたいです。ジルの大好物も作りました。一緒に行ってくれませんか?」
「ああ、もちろんだ。スープも作ってくれたかい?」
「はい! 兄様に火をかけてもらうように用意しました」
「ああ、ルイス……」
僕を抱き上げたジルは、キスをしようとして一瞬躊躇った。僕はその躊躇いがなんであるかわかっている。ルークがいないからだ。
「兄様たちが大好き」
「そうか……もう一度言っておくれ」
「ルークもジルも大好き」
ジルは嬉しそうに笑い、僕の唇を大きな口で覆った。僕が開けた少しの隙間に舌を滑り込ませて、僕の小さな口をこじ開けていく。
「兄様、今日は動きやすい格好でお願いしますね」
「ああ、ルイスと冒険は久しぶりだ」
ジルに下されたら僕は走って自分の部屋に向かう。扉から出る時に振り返って念を押した。
「兄様、もう冒険に出ますからね!」
「わかった。すぐに着替えて出発だ」
冒険、それはブラウアー家の領土の端にある深い森へ出かけることを兄弟ではそう呼ぶ。なぜならば使用人があの森へ入ることを禁じていたからだ。
よく3人で出掛けては、使用人のハンスに怒られていた。特に兄2人が怒られていた理由が今ならわかる気がする。巨大な森も、野生動物も、魔人にとってみれば他愛のないものだろう。しかし万が一僕だけはぐれてしまったならば、帰ることなんて到底できない。火もおこせなければ、高い木に登ることもできない。こどもの庸人は自然の前では無力だった。
「おじいちゃんによく怒られていましたけど、それでも兄様たちが僕を置いていかなかったことがすごく嬉しかった……」
深い森の匂いが立ち込める獣道で、僕は振り返ってジルを見る。昔と違い、前を歩かせてくれるジルの慈愛に僕は目を細めた。
「そうか」
ジルは家を出てからずっとこの調子で、とても無口だった。僕のこどもじみたデートは気に入らなかったかもしれない。
それに、昨日の帰りが遅かったのは、きっとルークに気を遣ったからだ。2人きりになれば僕とルークへの義理の間で思い悩んだに違いない。
朝露で濡れた木々の葉や草の深緑が、初秋のパリッとした空気の中で輪郭をより鮮明にしている。パリッとした葉のエッジにジルがぼんやり霞んで見えた。
「兄様、ここを下った先ですよね?」
僕では引っかからない高い枝の葉を掻き分けながらジルはニッコリ微笑む。
「そうだ。兄様はもう腹ぺこだ」
「もう少しですからね! 着いたらすぐに火をおこしましょう!」
「それにしてもルイスの荷物はなんだ? 昼飯はこのバスケット以外にあるのか?」
汁物も入った重いバスケットは有無を言わさずジルに取り上げられてしまった。でもそれとは別に僕はカバンを背負っていて、それだけは自分で持つと譲らなかった。
「着いてからのお楽しみ!」
ジルは息を漏らして呆れたように笑う。その優しい笑顔がとても緑に映える。抱きつきたい衝動を抑えながら、ジルの手を引いて下のひらけた平原に降り立った。
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