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1部番外編
ジルの非番(2)
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「あの木の下で昼食にしましょう!」
草原に足を踏み入れるなり、ジルは僕を抱きあげる。僕は自分で歩くと言いかけたが、寡黙なジルに少し甘えたくて、なされるがまま目的の場所に着いた。
お気に入りの木の下に持ってきたマットを広げる。
「ルイス? その中にマットを入れてきたのか?」
「まだ入ってますよ!」
暖炉からくすねてきた薪を2本置いて、その辺に転がっていた枯れ枝を拾い集める。
「ルイス、大丈夫だ。兄様は火加減くらいできるぞ」
ジルはそう言いながら魔法で火をおこしてくれる。2人で笑いあったら、僕はスープの入った飯盒を火にかけ、マットの上に昼食を並べた。
この場所は春から秋にかけてだけできる小川がせせらぐ平原で、柔らかな草が絨毯になってくれる。今日はやけに無口なジルにパンをわたせば、小川のせせらぎだけが返事をしてくれた。
「ルイス、うまいぞ! 今日は兄様の好物ばかりだな!」
「スープも美味しいですよ?」
蓋を開けた飯盒から匂いが立って、ジルは嬉しそうに鼻を高く上げた。獣のような動作に僕は目を細めて、スープをよそう。
「兄様、アシュレイが推薦してくれたおかげで、僕は官吏の報告に宮殿にまで入れるようになりました。兄様たちが僕の運命を変えてくれたんです。アシュレイにも感謝していますが、兄様……僕は……」
ジルはスープに視線を落とすと、しばらく黙りこんでしまった。僕は知っていた。ルークがいないないことで、我慢している沢山の言葉があるのだ。
ジルが顔を上げ、僕に熱い視線を注ぐ。忍耐強く、それでいて気高い。なのに純朴でまっすぐな視線に、僕はジルが言えない気持ちをしっかり受け止める。
「兄様、こっちはベーコンですよ」
ジルは嬉しそうに笑い、僕から受け取ったパンを頬張る。
「食事が終ったら紅茶も淹れましょう」
「今日はフルコースだな」
ジルは笑って僕の頭を撫でる。僕は嬉しくて肩を竦めて笑った。
食事が終わり、2人で遠くの山を眺める。あの山の麓までがブラウアー家の領地だった。王都を離れれば、どの家の領地もこんな感じだ。その中でもブラウアー家の領地は平地が多く、豊かな農村が広がっている。自然が手付かずなのはこの冒険の地だけなのだ。
ジルが大きなあくびをする。
「兄様、今日は寝転がれるようにマットを持ってきたんですよ。はい」
僕は両手を広げてジルを招く。ジルが躊躇いがちに僕の膝を枕にしたら、カバンの中から最後の道具を広げた。
「これは……?」
「王都で見つけた新しい絵本です。昨日の夜、一緒に読もうと思ったのです。兄様これで見えますか?」
ジルが膝で寝返って僕の爪先の方を見る。僕はそこに絵本を広げて読みはじめた。
ジルが何度も読んで欲しいと頼んだ絵本と同じ作家だった。それで購入を決めたので中身は僕も初めて読む。
物語は怪物に連れ去られた姫を王子が助ける勧善懲悪の物語だった。よくあるお話と違うのは、お姫様を助けたあと、怪物と王子が友達になるという点だけだ。
「友達のいなかった怪物は王子と友達になれて大喜び。今までの悪行を悔い改め、王子と姫と一緒にいつまでも幸せに暮らしました……めでたしめでたし」
初めて読んだにしては滑らかに読めたと思う。てっきり褒めてくれると思っていたのに、ジルは僕が読み終わってもしばらく黙ったままだった。
「……兄様? 寝てしまいましたか……?」
「ルイス……ありがとう……すごくいいお話だった……」
ジルの声色が少し緊張を帯びていて、僕はジルが嬉しくて泣いているのかと思った。
「この怪物はジルみたい! 体が大きくて、とても強い! それで僕がお姫様で……」
「お前の王子様はルークだ」
「なにを言っているのですか、我が家には怪物が2人いるんですよ。王子はアシュレイ……あ、でも、そうしたらお姫様はノアになっちゃう……」
ジルは僕の冗談に相槌を打ってくれなくなってしまった。この時、今日のデートは失敗だったと痛感した。
「兄様……僕もこの絵本に出たかった。ルークもいないし……」
僕は本を畳んで脇に置いた。僕の膝で動かないジルの肩を撫でたその時。ジルはガバッと起き上がり僕をきつく抱きしめた。
「兄様……?」
「ルイス……」
「兄様に……今日……」
ルークと約束した通り、2人きりでも僕はジルに奉仕をしたかった。思いつく限り喜びそうなことを並べてみたけど、でもそれはかえってジルの負担になるだけだったのだ。
「兄様以外を愛さないと……そう誓ってくれ……」
草原に足を踏み入れるなり、ジルは僕を抱きあげる。僕は自分で歩くと言いかけたが、寡黙なジルに少し甘えたくて、なされるがまま目的の場所に着いた。
お気に入りの木の下に持ってきたマットを広げる。
「ルイス? その中にマットを入れてきたのか?」
「まだ入ってますよ!」
暖炉からくすねてきた薪を2本置いて、その辺に転がっていた枯れ枝を拾い集める。
「ルイス、大丈夫だ。兄様は火加減くらいできるぞ」
ジルはそう言いながら魔法で火をおこしてくれる。2人で笑いあったら、僕はスープの入った飯盒を火にかけ、マットの上に昼食を並べた。
この場所は春から秋にかけてだけできる小川がせせらぐ平原で、柔らかな草が絨毯になってくれる。今日はやけに無口なジルにパンをわたせば、小川のせせらぎだけが返事をしてくれた。
「ルイス、うまいぞ! 今日は兄様の好物ばかりだな!」
「スープも美味しいですよ?」
蓋を開けた飯盒から匂いが立って、ジルは嬉しそうに鼻を高く上げた。獣のような動作に僕は目を細めて、スープをよそう。
「兄様、アシュレイが推薦してくれたおかげで、僕は官吏の報告に宮殿にまで入れるようになりました。兄様たちが僕の運命を変えてくれたんです。アシュレイにも感謝していますが、兄様……僕は……」
ジルはスープに視線を落とすと、しばらく黙りこんでしまった。僕は知っていた。ルークがいないないことで、我慢している沢山の言葉があるのだ。
ジルが顔を上げ、僕に熱い視線を注ぐ。忍耐強く、それでいて気高い。なのに純朴でまっすぐな視線に、僕はジルが言えない気持ちをしっかり受け止める。
「兄様、こっちはベーコンですよ」
ジルは嬉しそうに笑い、僕から受け取ったパンを頬張る。
「食事が終ったら紅茶も淹れましょう」
「今日はフルコースだな」
ジルは笑って僕の頭を撫でる。僕は嬉しくて肩を竦めて笑った。
食事が終わり、2人で遠くの山を眺める。あの山の麓までがブラウアー家の領地だった。王都を離れれば、どの家の領地もこんな感じだ。その中でもブラウアー家の領地は平地が多く、豊かな農村が広がっている。自然が手付かずなのはこの冒険の地だけなのだ。
ジルが大きなあくびをする。
「兄様、今日は寝転がれるようにマットを持ってきたんですよ。はい」
僕は両手を広げてジルを招く。ジルが躊躇いがちに僕の膝を枕にしたら、カバンの中から最後の道具を広げた。
「これは……?」
「王都で見つけた新しい絵本です。昨日の夜、一緒に読もうと思ったのです。兄様これで見えますか?」
ジルが膝で寝返って僕の爪先の方を見る。僕はそこに絵本を広げて読みはじめた。
ジルが何度も読んで欲しいと頼んだ絵本と同じ作家だった。それで購入を決めたので中身は僕も初めて読む。
物語は怪物に連れ去られた姫を王子が助ける勧善懲悪の物語だった。よくあるお話と違うのは、お姫様を助けたあと、怪物と王子が友達になるという点だけだ。
「友達のいなかった怪物は王子と友達になれて大喜び。今までの悪行を悔い改め、王子と姫と一緒にいつまでも幸せに暮らしました……めでたしめでたし」
初めて読んだにしては滑らかに読めたと思う。てっきり褒めてくれると思っていたのに、ジルは僕が読み終わってもしばらく黙ったままだった。
「……兄様? 寝てしまいましたか……?」
「ルイス……ありがとう……すごくいいお話だった……」
ジルの声色が少し緊張を帯びていて、僕はジルが嬉しくて泣いているのかと思った。
「この怪物はジルみたい! 体が大きくて、とても強い! それで僕がお姫様で……」
「お前の王子様はルークだ」
「なにを言っているのですか、我が家には怪物が2人いるんですよ。王子はアシュレイ……あ、でも、そうしたらお姫様はノアになっちゃう……」
ジルは僕の冗談に相槌を打ってくれなくなってしまった。この時、今日のデートは失敗だったと痛感した。
「兄様……僕もこの絵本に出たかった。ルークもいないし……」
僕は本を畳んで脇に置いた。僕の膝で動かないジルの肩を撫でたその時。ジルはガバッと起き上がり僕をきつく抱きしめた。
「兄様……?」
「ルイス……」
「兄様に……今日……」
ルークと約束した通り、2人きりでも僕はジルに奉仕をしたかった。思いつく限り喜びそうなことを並べてみたけど、でもそれはかえってジルの負担になるだけだったのだ。
「兄様以外を愛さないと……そう誓ってくれ……」
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