64 / 240
1部 ヤギと奇跡の器
最終話 ヤギの見た夢
しおりを挟む
知った後では知らなかった頃には戻れない。アシュレイが僕を愛してくれる前、アシュレイがなぜ僕を抱えて歩くのかよくわかっていなかった。触れてくれるのは嬉しい。でも僕が今感じているような温い感情を抱いてはいなかった。
アシュレイは僕を膝の上に置いて、王都研究のために広げられた地図にそっと指を這わせる。その地図に昼の暖かな光が差し込んでいた。
「王都研究は果てがないな。人々が日々その歴史を塗り替えているから仕方がないが……」
僕の背中にアシュレイの声が響く。およそ1ヶ月続いた塔の引き継ぎ期間は今日をもって終了し、明日からアシュレイは前任の士官に戻る。だから今日、ルイスは気をつかって1日非番だった。
「お父様のお加減はいかがですか?」
アシュレイは僕の頭に祝福のキスを落とし、そして少し笑って息を漏らした。
「永らく寝たままだったから足腰が弱って歩けはしないが……よく、話すようになった」
「どんなことを話すのです?」
アシュレイは少し黙った。僕はまた出過ぎたことを聞いてしまったかと机に投げ出していた手を引っ込めて膝に置いた。
「父は俺が今何を考えて暮らしているかということを話すととても喜ぶ。ノアの話は父のお気に入りだ」
自分のことを話してくれている驚きで、僕は少し肩を竦めた。そんな僕の胸に腕を回してアシュレイは引き寄せる。
「ノア、このまま塔から連れ出してはやく父に合わせたい。でも父がそれを心待ちにして生きていると思うと……」
僕の耳元でアシュレイが呻くように囁く。僕はあまりの内容に驚き戸惑ってばかりだった。アシュレイの父上に紹介いただくなど、さらに父上がそれを心待ちにしているなんて、まるで夢のようだった。
「僕はこの塔で魔人になって、アシュレイの好みの大きさになります、だから……」
「だから?」
武官になってもたまには顔を出してほしい。叶うのであれば、たまになんていわずに毎日会いにきてもらいたい。僕はそう告げたいのに、それが果たしてアシュレイが望む言葉なのか分からず口を噤んでしまう。
「ノア?」
僕は呼ばれた拍子に振り返って、アシュレイの瞳を見つめる。言葉では難しいが、伝わることを祈って唇を寄せた。アシュレイの唇の端にキスをした時、自分からすることの難しさを感じた。
「もう一度、ノア。もう一度してくれ」
アシュレイは僕の腰を掴んでクルッと反転させた。僕の両足はアシュレイの腰を挟んで投げ出される格好になってしまい、とても恥ずかしい。でもさっきよりはうまくできる気がして、もう一度唇を寄せた。唇同士がくっついた時、アシュレイの胸についた僕の手が大きな手に包まれた。
いつもしてくれるように彼の口を僕で一杯にしたいと、舌を伸ばす。アシュレイはそれを受け入れ僕の舌をなぞってくれる。
「アシュレイ、僕……」
アシュレイは僕の心なんてわかっているかのように、僕の腰を引き寄せて彼もそうなのだと教えてくれる。こんな日が高い時間からこんなことを言い出す羞恥よりも欲望の方が勝ってしまう。
「アシュレイ……僕はここで大きくなって……研究も続けます……だから……また迎えに来てください……お願いです……」
「ノアはなにか勘違いしているようだが、俺は明日からも塔に通うぞ」
「本当ですか!?」
「ノア……」
アシュレイはなにかを言いかけたまま、僕を抱いて立ち上がる。そして僕をベッドにそっと横たわらせた。
「俺がどれだけノアに夢中か、わかっていないようだな」
「そ、そんな! 僕は……」
僕が慌てている間にアシュレイは上の服を脱ぎその辺に投げ捨てた。
「毎日は来れないかもしれない。でも今からそんな調子では、俺のことなどすぐに忘れてしまいそうだ」
「忘れなど……僕はアシュレイを愛しています。本当は毎日来ていただきたいと、さっきも申し上げそうになったのです……」
「なぜ言ってくれないのだ」
アシュレイはなぜだと問いながらも、僕の口を塞ぐ。僕は口の中を満たされながらも、その快感に翻弄されない言葉があることに気づいていた。
アシュレイが唇を離し、言って欲しいと願う目で僕を見つめる。
「約束ではなく……心のままに……」
僕との約束によってアシュレイが苦しむことが、一番恐るべきことだった。
「もうそんなものは捨て去った。俺は生きたいように生きる。お前を一生離さない。ノア、もう一度」
自分にはあまりある言葉に、伸ばす手が震えてしまう。僕の手が触れるとアシュレイは嬉しそうに笑って、僕の顔に近づいてきてくれた。首に回した手で体を起こし、僕はアシュレイにキスをする。
「ここを出るまでに、あまり大きくならなくても……気長に待ってもらえますか?」
僕の憂いにアシュレイはびっくりするほど笑い出す。僕はアシュレイが黙ってしまう時、笑う時がいまいちわからない。
「ノア……ノア……」
僕の確かめたいことなど答えずに、アシュレイは服をめくって、手も唇も這わせていく。
僕はまた湖に落ちて、彼の名を声が枯れるまで呼んで、呼んで、呼び続ける。
奥にある奇跡が何度僕に注がれようとも、僕はアシュレイを呼ぶことを止められない。
そして僕がどんなに涙を流しても、彼は愛することをやめない。彼の体が、彼の湖が、喜びで震える時、僕が涙を流してしまうことを知っているのだ。アシュレイの悦びを一身に浴びることが嬉しい、これが幸福というのだと知った。
「アシュレイ……」
「もう誰にも注がない……ノアも……誰にも注がれない……」
「はい……」
「もう一度……」
「はい……」
僕がアシュレイに祝福を落とした時、窓からの西日が目の端を照らす。
アシュレイの湖に落ちていた間に、すっかり日は傾いて僕の夕日が迎えに来た。
アシュレイの胸に耳を当て僕は夕日が沈む移ろいを眺める。彼の胸に、奇跡の器に太陽が沈むのだ。
僕の夕日が彼に還っていく。この時、この瞬間、僕は永遠の夕日を手に入れた気がした。
<了>
アシュレイは僕を膝の上に置いて、王都研究のために広げられた地図にそっと指を這わせる。その地図に昼の暖かな光が差し込んでいた。
「王都研究は果てがないな。人々が日々その歴史を塗り替えているから仕方がないが……」
僕の背中にアシュレイの声が響く。およそ1ヶ月続いた塔の引き継ぎ期間は今日をもって終了し、明日からアシュレイは前任の士官に戻る。だから今日、ルイスは気をつかって1日非番だった。
「お父様のお加減はいかがですか?」
アシュレイは僕の頭に祝福のキスを落とし、そして少し笑って息を漏らした。
「永らく寝たままだったから足腰が弱って歩けはしないが……よく、話すようになった」
「どんなことを話すのです?」
アシュレイは少し黙った。僕はまた出過ぎたことを聞いてしまったかと机に投げ出していた手を引っ込めて膝に置いた。
「父は俺が今何を考えて暮らしているかということを話すととても喜ぶ。ノアの話は父のお気に入りだ」
自分のことを話してくれている驚きで、僕は少し肩を竦めた。そんな僕の胸に腕を回してアシュレイは引き寄せる。
「ノア、このまま塔から連れ出してはやく父に合わせたい。でも父がそれを心待ちにして生きていると思うと……」
僕の耳元でアシュレイが呻くように囁く。僕はあまりの内容に驚き戸惑ってばかりだった。アシュレイの父上に紹介いただくなど、さらに父上がそれを心待ちにしているなんて、まるで夢のようだった。
「僕はこの塔で魔人になって、アシュレイの好みの大きさになります、だから……」
「だから?」
武官になってもたまには顔を出してほしい。叶うのであれば、たまになんていわずに毎日会いにきてもらいたい。僕はそう告げたいのに、それが果たしてアシュレイが望む言葉なのか分からず口を噤んでしまう。
「ノア?」
僕は呼ばれた拍子に振り返って、アシュレイの瞳を見つめる。言葉では難しいが、伝わることを祈って唇を寄せた。アシュレイの唇の端にキスをした時、自分からすることの難しさを感じた。
「もう一度、ノア。もう一度してくれ」
アシュレイは僕の腰を掴んでクルッと反転させた。僕の両足はアシュレイの腰を挟んで投げ出される格好になってしまい、とても恥ずかしい。でもさっきよりはうまくできる気がして、もう一度唇を寄せた。唇同士がくっついた時、アシュレイの胸についた僕の手が大きな手に包まれた。
いつもしてくれるように彼の口を僕で一杯にしたいと、舌を伸ばす。アシュレイはそれを受け入れ僕の舌をなぞってくれる。
「アシュレイ、僕……」
アシュレイは僕の心なんてわかっているかのように、僕の腰を引き寄せて彼もそうなのだと教えてくれる。こんな日が高い時間からこんなことを言い出す羞恥よりも欲望の方が勝ってしまう。
「アシュレイ……僕はここで大きくなって……研究も続けます……だから……また迎えに来てください……お願いです……」
「ノアはなにか勘違いしているようだが、俺は明日からも塔に通うぞ」
「本当ですか!?」
「ノア……」
アシュレイはなにかを言いかけたまま、僕を抱いて立ち上がる。そして僕をベッドにそっと横たわらせた。
「俺がどれだけノアに夢中か、わかっていないようだな」
「そ、そんな! 僕は……」
僕が慌てている間にアシュレイは上の服を脱ぎその辺に投げ捨てた。
「毎日は来れないかもしれない。でも今からそんな調子では、俺のことなどすぐに忘れてしまいそうだ」
「忘れなど……僕はアシュレイを愛しています。本当は毎日来ていただきたいと、さっきも申し上げそうになったのです……」
「なぜ言ってくれないのだ」
アシュレイはなぜだと問いながらも、僕の口を塞ぐ。僕は口の中を満たされながらも、その快感に翻弄されない言葉があることに気づいていた。
アシュレイが唇を離し、言って欲しいと願う目で僕を見つめる。
「約束ではなく……心のままに……」
僕との約束によってアシュレイが苦しむことが、一番恐るべきことだった。
「もうそんなものは捨て去った。俺は生きたいように生きる。お前を一生離さない。ノア、もう一度」
自分にはあまりある言葉に、伸ばす手が震えてしまう。僕の手が触れるとアシュレイは嬉しそうに笑って、僕の顔に近づいてきてくれた。首に回した手で体を起こし、僕はアシュレイにキスをする。
「ここを出るまでに、あまり大きくならなくても……気長に待ってもらえますか?」
僕の憂いにアシュレイはびっくりするほど笑い出す。僕はアシュレイが黙ってしまう時、笑う時がいまいちわからない。
「ノア……ノア……」
僕の確かめたいことなど答えずに、アシュレイは服をめくって、手も唇も這わせていく。
僕はまた湖に落ちて、彼の名を声が枯れるまで呼んで、呼んで、呼び続ける。
奥にある奇跡が何度僕に注がれようとも、僕はアシュレイを呼ぶことを止められない。
そして僕がどんなに涙を流しても、彼は愛することをやめない。彼の体が、彼の湖が、喜びで震える時、僕が涙を流してしまうことを知っているのだ。アシュレイの悦びを一身に浴びることが嬉しい、これが幸福というのだと知った。
「アシュレイ……」
「もう誰にも注がない……ノアも……誰にも注がれない……」
「はい……」
「もう一度……」
「はい……」
僕がアシュレイに祝福を落とした時、窓からの西日が目の端を照らす。
アシュレイの湖に落ちていた間に、すっかり日は傾いて僕の夕日が迎えに来た。
アシュレイの胸に耳を当て僕は夕日が沈む移ろいを眺める。彼の胸に、奇跡の器に太陽が沈むのだ。
僕の夕日が彼に還っていく。この時、この瞬間、僕は永遠の夕日を手に入れた気がした。
<了>
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる