37 / 240
1部 ヤギと奇跡の器
第35話 対処
しおりを挟む
「ノア、おはよう。昨日の夜は体調大丈夫だったか?」
「はい、昨日は夕食を……一緒に頂けて……嬉しかったです……」
息苦しくて声が出ない。アシュレイは少し間を置いて、僕の前にスープを置いた。この時初めて気が付いたのだ。利き手に血塗れの布を巻いていることを。
左手でスプーンを持つことを考えた。でも昨日も一緒に食事をしたのだ。うまく食べることもできないし不自然すぎてすぐにバレてしまうだろう。
「どうした? ちゃんと食べないと大きくなれんぞ」
アシュレイが僕を追い詰めていく。左手でスプーンに手を伸ばすが、途中でやめた。
「今日は……具合が悪くて……」
アシュレイが僕の顔を覗き込む。その瞳がゆっくり見開いた。
「目が……真っ赤だぞ……どうしたんだ」
アシュレイが首に近い背中を撫でた。それに僕は思った以上に過敏に反応してしまう。
「あ……あぁ……さわ……らなぃ……」
膝に乗せたクッションが動いた気がして、前屈みになってしまう。アシュレイが僕の丸めた背中を無遠慮に撫でる。震えが止まらなかった。
「ノア、お腹が痛いのか? 今ルイスを呼んでくる。熱があるのかだけ確かめさせてくれ」
肩を引っ張られ顎を引かれる。アシュレイの美しい瞳に僕が映った。しかし彼は一瞬目を逸らして、無言のまま僕の額に手を当てた。
「あ……あ……アシュ……」
我慢の蓋が外れて声が漏れる。もっと触ってほしい、そう胸が焦がれて手が勝手に伸びる。
「ノア、手はどうしたんだ?」
アシュレイが僕の手を掴んで布を剥ぎ取ろうとするから僕は慌てて足を踏ん張り手を引いた。でもアシュレイはそれを許さなかった。腕を掴まれ、強引に引っ張られ、あっさりと布を剥ぎ取られた。
「あ……あ、朝……階段で足を滑らせて……」
グイと手を捻られ、傷が少し開く。
「転んでできるよな傷じゃない。そんなことは衛生兵じゃなくたってわかる」
窮地に追い詰められ、逃げ場がなかった。だけどアシュレイが握る手にもっと触れていて欲しくて、僕は意図的に黙る。部屋に僕の荒い息の音だけが響いた。
「どうしたんだ……ノア……とりあえず一旦横になれ……」
腕が僕の脇に突っ込まれ、景色が下に移動する。咄嗟のことでなにも考えられなかった。ただただアシュレイの抱擁で幸福感に包まれ、僕は昂りが抑えられなくなってしまった。
「ぁ……あぁ……」
アシュレイが気がつかないわけがなかった。でも震えは止まらず、知らず知らずの内に僕はアシュレイにしがみついている。
アシュレイはしばらく僕を抱いたまま動かなかった。
「ノア、お前は男に欲情するのか?」
答えられなかった。どう答えたらいいのかがわからなかった。
アシュレイは答えが出ないと踏んだのか、黙って歩き出し、僕をベッドにそっと座らせた。
「ルイスにはしばらく暇を出す」
意味がわからず言葉が出てこない。
「なにかあってからではルークとジルに申し訳が立たない」
「違……」
「なにが違うのだ」
アシュレイは冷酷な目で僕を見下ろしながら立ち上がる。僕は我を忘れアシュレイの袖を掴んだ。でもその時に思い出したのだ。
練習を一緒にしてもらいたい、と思ったことを。
「ぼ……僕は……」
「なんだ」
アシュレイが僕の手を振り払う。また傷口が開いて少し血が飛んだ。アシュレイの高潔な目に、はっきりと僕の卑しさが映っていた。
「卑しい……人間です……」
「そうか」
アシュレイはマントを翻し、迷うことなく部屋を出て行く。階段を降りる規則正しい音を聞いて、いつかの朝のケトルの音を思い出した。
ルイスに暇を出して、アシュレイがこの塔に来るのだろうか。父上は夜しか目を覚まさないと言っていた。でもそんな状態だからこそ父に寄り添いたい、だから今日だって午後には帰るのだろう。
アシュレイの足音が消えた。
僕は下半身の痛みを抑えつけながら立ち上がった。
「はい、昨日は夕食を……一緒に頂けて……嬉しかったです……」
息苦しくて声が出ない。アシュレイは少し間を置いて、僕の前にスープを置いた。この時初めて気が付いたのだ。利き手に血塗れの布を巻いていることを。
左手でスプーンを持つことを考えた。でも昨日も一緒に食事をしたのだ。うまく食べることもできないし不自然すぎてすぐにバレてしまうだろう。
「どうした? ちゃんと食べないと大きくなれんぞ」
アシュレイが僕を追い詰めていく。左手でスプーンに手を伸ばすが、途中でやめた。
「今日は……具合が悪くて……」
アシュレイが僕の顔を覗き込む。その瞳がゆっくり見開いた。
「目が……真っ赤だぞ……どうしたんだ」
アシュレイが首に近い背中を撫でた。それに僕は思った以上に過敏に反応してしまう。
「あ……あぁ……さわ……らなぃ……」
膝に乗せたクッションが動いた気がして、前屈みになってしまう。アシュレイが僕の丸めた背中を無遠慮に撫でる。震えが止まらなかった。
「ノア、お腹が痛いのか? 今ルイスを呼んでくる。熱があるのかだけ確かめさせてくれ」
肩を引っ張られ顎を引かれる。アシュレイの美しい瞳に僕が映った。しかし彼は一瞬目を逸らして、無言のまま僕の額に手を当てた。
「あ……あ……アシュ……」
我慢の蓋が外れて声が漏れる。もっと触ってほしい、そう胸が焦がれて手が勝手に伸びる。
「ノア、手はどうしたんだ?」
アシュレイが僕の手を掴んで布を剥ぎ取ろうとするから僕は慌てて足を踏ん張り手を引いた。でもアシュレイはそれを許さなかった。腕を掴まれ、強引に引っ張られ、あっさりと布を剥ぎ取られた。
「あ……あ、朝……階段で足を滑らせて……」
グイと手を捻られ、傷が少し開く。
「転んでできるよな傷じゃない。そんなことは衛生兵じゃなくたってわかる」
窮地に追い詰められ、逃げ場がなかった。だけどアシュレイが握る手にもっと触れていて欲しくて、僕は意図的に黙る。部屋に僕の荒い息の音だけが響いた。
「どうしたんだ……ノア……とりあえず一旦横になれ……」
腕が僕の脇に突っ込まれ、景色が下に移動する。咄嗟のことでなにも考えられなかった。ただただアシュレイの抱擁で幸福感に包まれ、僕は昂りが抑えられなくなってしまった。
「ぁ……あぁ……」
アシュレイが気がつかないわけがなかった。でも震えは止まらず、知らず知らずの内に僕はアシュレイにしがみついている。
アシュレイはしばらく僕を抱いたまま動かなかった。
「ノア、お前は男に欲情するのか?」
答えられなかった。どう答えたらいいのかがわからなかった。
アシュレイは答えが出ないと踏んだのか、黙って歩き出し、僕をベッドにそっと座らせた。
「ルイスにはしばらく暇を出す」
意味がわからず言葉が出てこない。
「なにかあってからではルークとジルに申し訳が立たない」
「違……」
「なにが違うのだ」
アシュレイは冷酷な目で僕を見下ろしながら立ち上がる。僕は我を忘れアシュレイの袖を掴んだ。でもその時に思い出したのだ。
練習を一緒にしてもらいたい、と思ったことを。
「ぼ……僕は……」
「なんだ」
アシュレイが僕の手を振り払う。また傷口が開いて少し血が飛んだ。アシュレイの高潔な目に、はっきりと僕の卑しさが映っていた。
「卑しい……人間です……」
「そうか」
アシュレイはマントを翻し、迷うことなく部屋を出て行く。階段を降りる規則正しい音を聞いて、いつかの朝のケトルの音を思い出した。
ルイスに暇を出して、アシュレイがこの塔に来るのだろうか。父上は夜しか目を覚まさないと言っていた。でもそんな状態だからこそ父に寄り添いたい、だから今日だって午後には帰るのだろう。
アシュレイの足音が消えた。
僕は下半身の痛みを抑えつけながら立ち上がった。
9
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる