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4 紅音

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「あの娘は、どこから出てきたの! 嫁になるような者はいないと言っていたではないの!」

 怒鳴り散らしながら、紅音は持っていた扇を握りしめる。

 睦火が外に出ていると聞いて急いで探せば、娘を伴い、二人一緒に庭園を歩いていた。
 今までの睦火は、宗主の願いを聞く気はないと、選ばれた花嫁候補を端から追い返していたのに。突然現れた娘を結婚相手などと言い始めた。

「お兄様に顔向けできないわ。尉家を出し抜いて、わたくしが嫁になるはずだったのに」

 尉家は燐家におもねる家ではないが、灰家とは対立関係にあった。灰家が睦火の相手として紅音を出したため、それに対抗して尉家は娘を出してきたに違いない。

 灰家は一度燐家の跡取りを選び間違い、その影響で急激に力を減らしていた。しかも、灰家は睦火との関係が薄い。婚約に失敗すれば、灰家は終わるだろう。周囲の家々は弱り始めた灰家の土地を狙っている。失敗するわけにはいかなかった。

 紅音は灰家の当主である兄から、必ず睦火の相手になるよう、強く言い渡されてきたのだ。

「なんとかしなくちゃならないわ……」
「しかし、あの娘は源蔵の血を引いています。源蔵のような力を持っているやもしれません。そうであれば、睦火様があの娘を手に入れるのは道理かと」
「何を言っているのよ! あのような、陰気な娘。所詮は人間でしょう!? 尉家の娘より簡単だわ。そうよ、たかが人間ではないの」

 そう口にして、紅音は大きく頷く。人間に、何ができるというのか。

 源蔵は特別だった。普通の人間にはあんな力は備わってはいない。

 紅音は無意識に爪を噛む。

(最初から睦火様を選んでいれば、こんなことにならなかったのに)

 灰家は燐家に関わるために、跡目争いに加担した。睦火の一番上の兄が継ぎ、その後ろ盾に灰家がなるはずだったのに、結果的に睦火が当主となった。灰家は跡取りを選び間違えたのである。

 当時の灰家は伯父が当主を勤めており、次期当主になる睦火の一番上の兄の後ろ盾となるべく、力を注いでいた。一番上の兄は二番目の兄と家督争いをしており、三男の睦火は年が離れていたため、蚊帳の外だった。
 だから、一番可能性のある長男を贔屓したのだ。それが失敗だった。

 紅音が睦火に初めて会ったのは幼い頃。その時に紅音は睦火に一目惚れをした。
 荒くれ者の多い灰家で育った紅音から見れば、燐家の睦火は驚くほど静かで穏やかな男だった。それが珍しかったせいか、なぜか目が離せなかった。

 燐家に訪れる機会が多かったため、会うたびに話し掛けていた。睦火は物静かだったため、紅音が一方的に話していたが、幼馴染と言えるほどには会っていた。尉家の娘もたまに訪れていたが。

(それでも、わたくしが一番仲良くしていただいていたわ)

 それなのに、睦火は何者かに拐かされ、姿を消してしまった。

 犯人は明らかになっていないが、その後、睦火は源蔵と一緒に戻ってきたのである。そして睦火は、兄たちが亡くなったため、当主に立った。

 源蔵に助けられ、睦火は燐家に戻ることができた。だからと言って、源蔵のひ孫が突然現れて、睦火の結婚相手になるなどと言われても、納得などできない。

(人間なのだから、源蔵のようにあちらに戻るはずよ。睦火様の花嫁候補などあり得ないわ)

「なんとしても、睦火様がわたくしを選ぶよう仕向けなければ!」

 紅音の言葉に、灰家のモノたちは大きく頷いた。
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