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記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。

疲労困憊です。

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「奥様、何かあったのですか。時間より早いお帰りで」
「第二王子が狙われたのよ。アルバート、屋敷内を改めて警戒を強めてちょうだい。オスカー、今日は念の為泊まって行きなさい。夫人には知らせを送りましょう。お母様と一緒にいるのよね?」
「警備は万全だ。泊まらせてもらうよ」

 この慌ただしい中で急いで帰って事故にあったら困るからね。とオスカーは冗談混じりに口にするが、その顔は真剣で眉間に皺が寄っていた。

(お父様が殺されたのならば、オスカーにも何かあっておかしくないわ)

 オスカーの屋敷は警備も増やしている。泊まっていった方が安全だ。
 部屋に入り落ち着くと、私たちは先ほどの騒ぎを思い出していた。

「建国記念日で何かあると身構えていれば、カルメル子爵が王を狙うなどと……」

 どさりとソファーに座り込むオスカーは、気が張っていたのか俯いて大きく息をついた。

 カルメル子爵が第二王子を狙う理由はない。王妃も王太子殿下も王を守る姿勢を見せ、第二王子が狙われるとは考えもしなかった。
 そして、今日の一番の功績は、犯人に体当たりをした第二夫人である。

「テーブルナイフで第二王子を狙うとか、あまりにも稚拙すぎるわ。発狂していたところを見ると、薬を含んでいたのではないかしら」
「麻薬、ですか……」
「ユーグ、あなたは何を見ていたの?」

 ユーグはガラスが割れる音がする前に、何かを見ていた。すぐに身を乗り出し、私たちの周囲を警戒した。

「変に、ふらついている者が目に入りました。カルメル子爵でしたが。ガラスの割れた音を聞いてすぐ、テーブルのナイフを手に取ったんです」

 そのままカルメル子爵は第二王子の元に一直線に走った。王など目にもせず、ぶつかった人も気にしないで、一気に向かったのである。

 まるで、私を襲った男のように————。

「あのような、テーブルナイフで誰かを殺すことは不可能に近いですし、あまりに堂々とした犯行でした」
「そうね。王族を殺そうとする割には、ひねりも何もない襲い方だったわね」
「ですが、薬で人を操り、殺人を行えるなんて」
「先ほどの急襲では、そんなことは問題ではないのよ。問題は、王妃派の貴族が、第二王子に向かってテーブルナイフを向け、それを第二夫人が止めたことよ」
「それは……」

 オスカーは言葉を失ったように口をつぐんだ。

「あんな適当な暗殺の仕方、明らかにおかしいと皆が思うでしょう。でも、もし、カルメル子爵が誰かに命令を受けて王暗殺を自暴自棄で行った。そんな証拠が出たらどうする?」
「ま、まさか……、王妃や王太子殿下が計画したと思わせる気ですか?」
「その可能性もあるわ。現に第二夫人がそれを止めた。第二王子を狙ったのではなく、王妃や王太子殿下を陥れるための一つの手段だとしたら……」
「第二王子を狙う犯人を、命懸けで守る母親の図ができていましたね」

 ユーグが鼻の上に皺を寄せた。

「ばかばかしい。そんな、見えすいた演技を……」
 子供ができたばかりのオスカーは信じられないと否定しながら、血の気が引いている。

「自分の息子を襲わせて、王妃や王太子殿下を陥れるなんて、思ってたってやらないだろう……?」
 だが、それができるのが第二夫人なのかもしれない。

 薬を含み正気を失っていれば、言質は取れない。ならば状況証拠が必要だ。
 第二王子を襲おうとしたのは皆が見ている。そこに指示をした証拠など出れば……。

 その不安は、時間も掛からぬ間に的中することになった。





 次の日になって、カルメル子爵の屋敷で王妃からの指示となる証拠が出たのだ。
 情緒不安定になっていたカルメル子爵の執務室の引き出しに、王妃の侍女から届いた指示が残っていた。
 ラファエウは疲れた顔をして、オスカーが帰った後、その日の夜遅くに帰宅した。

「王妃様はどうなったのですか?」
「濡れ衣が晴れるまで、宮からの外出を許されない。謹慎のようなものだ」
「そうですか……。第二夫人の怪我は?」
「至って軽傷だ。傷が残るかもしれないというが、大したことはないだろう。大袈裟に伝えているだけだ」

 テーブルナイフで無防備の中突き刺されたら、刺しどころが悪くて死亡することはあっても、振り下ろされたテーブルナイフでどれだけ深手が負えるかというところだ。
 ラファエウはうんざりしたようにため息をつく。

「王がどこまで本気にされているか分からない。王妃が第二王子を狙うと思っていなくとも、第二夫人が企てたことだとは思っていない。王は、病になられてから判断力が鈍っておられるように思う」
 その言葉を聞いて、私は寒気を感じる気がする。

「そもそも、本当に病気なのでしょうか?」
「……、王太子殿下も、その疑いを持たれていた。もしかしたら、何か毒でも含まれているのではと」

 王の側近には第二夫人を推すゴドルフィン侯爵がいる。その辺りが何かしていてもおかしくないと、ラファエウも思っているようだ。

 すぐに医師や救護の者たち、侍女などを調べるようにさせたが、王妃が謹慎になった今、王太子殿下が強く指示するのは難しい。
 第二王子が狙われたのだから、当然王太子殿下にも疑いが掛かっている。

 しかも、パーティ会場は王弟のバラデュール公爵がおさめていた。ここにきて王弟が存在感を増やしたのだから、王妃と王太子殿下への目は厳しいものへとなるだろう。

 バラデュール公爵は穏やかな気質で政治には無縁な人だと思われていた。
 第二夫人の色香に騙されたのか、何も知らずただあの場をおさめようとしたのか。

「パーティで、違和感がありました。第二夫人はダンスを踊りながらどこかを見ていたように思います。ラファも気付いていたでしょうが」
「ああ。見ていた方向は、瓶を割った辺りと、壁際の柱の方だった。カルメル子爵が第二王子を襲うようにさせる合図だったのかもしれない。瓶を割る音で、カルメル子爵が動くように催眠でも掛けたのか」

 そうだとして、証拠を集めることができるのか。ラファエウはソファーに座り込むとため息混じりにこめかみを抑える。

「カルメル子爵の家から出た王妃の手紙は王妃が使用している専用の便箋で、封筒には入っていなかったが筆跡は王妃の字に似ていた。王妃の手を真似されたらどうにもならない。便箋の出どころを探すが、盗まれていたら偽の証拠だと証明するのは難しい」
「侍女を抱き込み王妃の便箋を奪われたら、どうしようもないですものね……」

 私はラファエウの隣で、こめかみを抑えたまま俯く彼の頭をそっとさすってやる。
 疲れているだろうに。せっかくお揃いの衣装で乗り込んだパーティが、このような事件になるとは。

 警備が十分あっても、招待された貴族が会場にあったものを使用して事件を起こしては、それを事前に抑えるなどさすがに無理があった。

「……、ラファ。もうお休みください。疲れていらっしゃるのだから」

 ふわふわの金髪に指を絡ませて、私は隣に座るとラファエウの肩にもたれる。
 ラファエウも眉間を寄せながら、私の頭に自らの頭をそっと寄せた。

 のんびりゆっくりしながら、二人の時間を持つ余裕もない。夜に少しでも会話ができるようになっただけマシだろうか。

 そう思っていると、ラファエウはもたれかかる私をほんのり赤く頬を染めながら見つめた。
 湖のようなエメラルドグリーンの瞳に吸い込まれるように、私はそっと瞼を閉じたのだ。
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