上 下
75 / 117
5章

73 愁蓮視点

しおりを挟む
「申し訳ありません父上……先程、私達は嘘を申し上げました」

 今にも泣き出しそうな、龍連をなだめ、兄の横ですでに涙を大きな瞳にためている悠月を膝に座らせて、落ち着かせると、少し落ち着きを取り戻した龍連が、ゆっくりと話しをし始めた。

 「嘘?」
 首を傾けて、先を促すように問えば、一度唇を噛み締めた龍連が自身の手を固く握ったのがわかった。

「私達が、紅凛様の元へ通っている事を、貴妃様方が気づいてはいないと……先程申し上げましたが、実はもしかしたら気づかれているかもしれないと、思うことがありまして……」

龍連の言葉に、膝の中の悠月が、とうとうグスグスと鼻をすすりだす気配を感じる。

それだけで、彼らが何か大きな事を抱えて、はち切れそうになっていた事がわかり、胸が締付けられる。

「ゆっくりでいい、話してくれ」
 頷いて先を促してやれば、龍連も頷いて、再び口を開く。

「実は、先週、貴妃様から稽古の終わりに、二人で菓子を頂きました。それじたいはよくある事なのですが、その日は量も多く、菓子を食べきり、腹が膨れたところで、一つ余ってしまったから、だれか世話になっている侍従にでもあげなさい。都でも滅多に食べられない、珍しいものだから……と一つだけ、菓子の包を手渡されたのです」

「あの、桜貴妃が、か……」

 意外に思って陵瑜が呟けば、龍連もしっかり頷く。

 皇子たちが幼少の頃から桜貴妃と桃妃が彼らの食事にうるさく口出ししていることは、愁連も知っている。特に菓子類については、子どもたちに愁連自身が差し入れる際にも、品質と量にはかなり気を使う。

 一度お忍びで、市井に降り、屋台で買った色とりどりの飴を土産にと渡したところ、「そんな何でできているかも分からないものをこんなに大量に!夕餉に差し障ったらどうするのだ」と影で捨てられたらしく、代わりに息子達には後宮が懇意にしている老舗の菓子屋から小さな包み紙の高級な飴をもってこさせ「父上からのお土産ですよ」と渡されたことがあるくらいだ。

 そんな彼女達が、腹いっぱいになるまで菓子を食べさせたということが、どうやら息子たちにも何か引っかかったのかもしれない。

 挙げ句、いつも量を制限する彼女たちが、余ったから……と自身の監視が離れる状況で息子たちに手渡すことも信じられない。
 
「それで、誰か側の者にやったのか?」

 不可解なことばかりの話に、先を促すと、龍連は激しく首を振って意を決したように、震える声を抑えるように話し始める。

「その日、その後の時間は、師の授業の予定がありませんでしたから、実は紅凛様のところに行くつもりだったのです。ですからそれをお土産にと思って悠月に持たせて向かっていたのです。ですが、その道中、躓いた悠月がそれを落としてしまって、茂みに隠れていた猫にかすめ取られてしまったのです。時々見かけていた、南香宮にお住まいの芳嬪ほうひん様の猫で、それで……その猫が……翌日その近くの宮の庭で死んでいるのが見つかりました」

「猫か……」

 龍連の言葉に、悠月の嗚咽がひどくなる。

「はじめは偶然だろうと、思ったのです。しかし数日後、なにやらピリピリなさった貴妃様に呼ばれて問われたのです。あの菓子を誰にわたしたの?って悠月も桃妃様から問われたそうです。それで、素直に猫に取られた……とお話しましたそれが、3日前のお話です」

「なるほど、そういう事か……もういい、辛いことを話させたな」

 まだ先を気丈に話そうとする、龍連を留める。幼いながらに、理路整然と話す我が子の成長を頼もしく思う一方で、こんな思いをさせてしまった事を申し訳なく思う。迅速に動いているつもりでも、結局は愁連の対応が遅かったということなのだ。

 自己嫌悪で、胃の腑から苦いものが登ってくるような気さえした。

 実は一昨日、芳嬪の庭でちょっとした騒動があったことを陵瑜は聞き及んでいるのだ。芳嬪の部屋から望める庭の片隅にひっそりと作った猫の墓が、何者かに荒らされて亡骸が消えたというのだ。

 芳賓もまた愁連の一族、姜家に深く関わる家の出の娘だが、生まれつき口がきけず外に出たがらず、書物に埋もれて生活をして家族を悩ませていたため、数合わせとして後宮に引き取り、今では書庫の本に埋もれながら、本人なりには後宮生活を謳歌している変わった嬪だ。

 猫はそんな彼女の話し相手として、後宮に入る時から連れていた猫だと、愁連は記憶している。

 大切な片割れの死、そして弔ったものが掘り返され、躯すらなくなった惨状に参ってしまって書庫にも通えず臥せっていると、報告は受けていた。あまりにも塞ぎ込むようならば、様子を伺いに行こうかと思っていたところだったのだが、色々なことが繋がった。

 恐らく皇子たちにも、猫の墓が荒らされたことは耳に入っただろう。
 他の動物が餌欲しさに漁って持ち去ったのだろうと、片付けられているが、状況を知っている彼らには、その躯を持ち去ったものが誰の息がかかっている者であるのか、分かったに違いない。

「貴妃様達は……紅凛様に食べさせようと、私達に運ばせようとしたのでしょうか」

 震えた声で絞り出すように問うたそ龍連の頬にはすでに涙が伝っていて……愁連は拳を固く握りしめた。
  
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

離縁希望の側室と王の寵愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:222

貴方のために涙は流しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:41,898pt お気に入り:2,892

義兄皇子に囚われて溺愛されてます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:600

リオ・プレンダーガストはラスボスである

BL / 連載中 24h.ポイント:33,197pt お気に入り:1,743

悪魔に祈るとき

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,352pt お気に入り:1,629

【R18】 無垢な花嫁と六人の夫 終わらない夜伽、そして復讐

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:19

処理中です...