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023 魚の下処理ブレイドクロス

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 あっという間にホタテの下処理が終わった。
 といっても、塩分濃度の低い水に浸けるところまでだが。

「綺麗な水で洗い流すのは魚の下処理が終わってからでいいだろう」

 次はスズキとカンパチの下処理だ。

「種類は違えどやることは変わらない。このサイズの魚の場合、基本的には〈活き締め〉からの〈血抜き〉を経て、最後に〈神経締め〉で完了だ」

「活き締めに神経締め? 二度も締めるの!?」と驚く沙耶。

「そういうことだ」

 俺はバケツに手を突っ込み、スズキを取り出した。

「まずは活き締めだ。脳みそを壊して脳死状態にさせる。魚はストレスを感じると味が落ちていくから、脳死させてストレスを感じないようにするんだ。神経締めも同じ考え方に基づいて行われている」

 説明しつつ、スズキの脳天にデコピンをお見舞いする。
 シュッと風を切る音からの、ベチッと小さい炸裂音が響いた。

「はい、これでスズキの脳みそが壊れました」

「だからいきなり丁寧語になるのはなんでだし!? というかそんなデコピンで脳みそ壊れちゃうの!?」

「いや、普通は壊れないよ。俺のデコピンは特別なんだ」

「珍しく刹那が自分の異常さを認めた」

 凛がクールな表情で言うと、陽葵がクスクスと笑った。

「俺の締め方は独特だからな。普通は額の辺りから何かを刺すことで破壊する。俺たちの場合だと竹串が最適だろう」

「なるほどね」

「では次に血抜きを――」

「待って、質問していいかな?」

 陽葵が手を挙げる。
 俺が「どうぞ」と受け入れた。

「魚にデコピンする方法自体はあるよね? 昔、釣り番組でそういうシーンがあった気がする!」

「よく知っているな」

 陽葵が「えへへ」と嬉しそうに笑う。

「デコピンによって魚を失神させる方法は、主に渓流魚に対して用いられている。スズキやカンパチといった海の魚にはあまり使われないかな」

「そうなんだ! あっ、作業の邪魔をしてごめんね」

「気にしなくていいさ」

 活き締めが終わったので血抜きだ。

「血抜きも簡単だ。頭部の両側にあるエラ蓋を手で開き、中のエラを切って水に浸けておくだけでいい。見ての通りエラは何枚かついているけど、切るのは2枚目がいいとされている」

「なんで2枚目? イケメンだから?」

 沙耶が意味不明なことを言い出す。

「2枚目がいいのは動脈が――」

「いや、ツッコミは!? スルーされたら寂しいんだけど!?」

「ツッコミって?」

「分かるっしょ!? エラの2枚目とイケメンの二枚目を掛けたんだよ! 普通、そのことに触れるもんじゃない!?」

「あ、あぁ、そうだったのか」

「もしかして滑ってた!?」

 沙耶が不安そうな顔で凛と陽葵を見る。
 凛は無表情で、陽葵は「私は面白かったよ」と微笑む。

「いやぁ、実に高度なギャグだから、俺みたいなザコがツッコミをいれていいものか悩んだものでな……」

「もういいもん! 刹那なんかブーだ!」

 沙耶が頬を膨らませて顔を逸らす。
 やれやれ、女ってのは難しい生き物だ。

「そんなわけだからエラの2枚目がいい理由は動脈があるからで――」

 俺が説明を再開すると、沙耶はチラチラとこちらを見始めた。

「エラは左右にあるけど、切るのはどっちでもかまわない。で、切ったらこうして血抜き用のバケツに放り込む」

 スズキを放り込んだ瞬間、バケツ内の水が真っ赤に染まった。
 エラの切れ目からドバドバと血が溢れてきているのだ。

「さっき脳死させたけど、心臓はまだ生きている。素早く血抜きを行うのは、血を送る心臓の働きを利用したものなんだ。1箇所しか切らないのもそのためさ」

「なるほどね」

「刹那君は詳しいなぁ」

「これで私のフリを拾えたら最強なのにな!」

 俺は「ふっ」と笑う。

「言い忘れていたけど、血抜きは何か鋭利なものを使ってやるといいよ。俺みたいに手刀でやるのはオススメしない。これも特別な方法だ」

「「「分かってるよ!」」」

 この説明は不要だったらしい。

「で、血抜きが終わるまでには数分かかる。だから、その間に同じ要領でカンパチの活き締めと血抜きを済ませておく」

 今度の作業は説明しないので高速だ。
 バケツからカンパチを取り出すまで1秒。
 デコピンをかまして脳死させるのに1秒。
 エラを切ってからバケツに放り込むまで2秒。
 計4秒で終わった。

「なに今のスピード!? やばすぎでしょ!」

「私、デコピンくらいから見えなかったんだけど!?」

「気づいた頃には血抜き用のバケツにカンパチが放り込まれていた……」

「魚の下処理はスピードが大切だからな」

 俺はしたり顔で言った。

 ◇

「さて、そろそろだな」

 数分が経って血抜きが終わった。
 俺はスズキを取り出し、最後の作業である神経締めの説明を始める。

「これは活き締めと同じ方法で行う。ただ、活き締めが脳みそを破壊したのに対し、神経締めでは脊髄を破壊する。よって、一般的には、活き締めで作った穴にワイヤーを突っ込んでグリグリする方法が採られるわけだ」

「想像しただけで痛いよぉ」

 陽葵の顔が歪む。

「やられるのは魚で、やるのは俺たちだ。痛いわけない」

「リアリストか!」

 沙耶が手の甲で俺の胸を叩く。
 ツッコミをかましているらしい。
 それに気づいたのは数秒後だ。

「いいツッコミだった」

「なんだよ今の間は!」

「沙耶、刹那にお笑いは無理だよ」

「凛の言う通りだ。諦めろ」

「日本に戻ったら漫才を観て学べよなぁ!」

「覚えておこう」

 ということで神経締めの時間だ。

「俺の場合はデコピンで脊髄を破壊する」

 目を凝らしてスズキを見つめる。
 皮の内側に潜む脊髄を狙ってデコピンを放った。
 指に走る感触から脊髄の破壊を確認。

「これで終了だ」

「さすがの手際だね」

 凛が拍手する。
 沙耶と陽葵もそれに続いた。

「あとはこれを三枚に下ろすだけだ」

 三枚下ろしは俺の得意分野だ。
 俺は「見てな」と言ってスズキを放り投げた。

「これがアニメや漫画に憧れて身に着けた必殺技だ!」

 両手の手刀でスズキを切り裂く。
 かつて〈ブレイドクロス〉と呼んでいた究極奥義だ。
 中二病認定されることが目に見えているので内緒にしておく。

「ふっ、こんな感じだ」

 俺は両手の掌でお皿を作る。
 そこへ着地した瞬間、スズキがバラバラになった。
 綺麗な三枚下ろしの完成だ。

「どうだ? すごいだろ?」

「いや、たしかに凄いけど……」

 えらく冷めた様子の凛。

「刹那君ならそのくらいできてもおかしくないっていうか……」

 陽葵も苦笑いを浮かべている。

「必殺技とか言うから期待しすぎたじゃんか!」

 沙耶がフィニッシュブローを放つ。

「期待値を上げすぎたか……!」

 痛恨のミスだ。
 皆から「おー!」と感心する機会を奪ってしまった。
 おかげでスゴ技を披露したのに残念な奴みたいな扱いだ。

「ま、まぁ、こんな調子でカンパチも三枚に下ろしていくわけだ」

 と、カンパチに手を伸ばす俺。

「待って!」

 沙耶が止めてきた。

「あたしもやりたい!」

「やりたいって、ブレイドクロス……じゃないや、手刀の三枚下ろし?」

「違う! やりたいのは普通の三枚下ろし!」

「別にいいけど、なかなか難しいぞ」

「だからやってみたいの! こう見えて料理好きなんだよね、あたし!」

「それは知ってるよ」

「知ってるんかい!」

「そらイワナに打製石器で隠し包丁を入れていたくらいだからな」

 よほどの料理好きでなければやろうと思わない小技だ。

「それよりどうやって捌くの? 流石に打製石器で三枚下ろしは無理でしょ」

 凛の指摘はもっともだ。
 沙耶は「そこなんだよなー!」と頷いた。

「刹那、どうにかならない!? あたしも捌きたいけど包丁がないよ!」

「刹那だって魔法使いじゃないんだから、流石にどうにもならないでしょ」

「いや、大丈夫だよ」

「「「えっ」」」

 俺はいたって真面目な顔で言った。

「包丁がないなら作ればいいんだよ」
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