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045 ドーム型の寝床

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 休憩を終えた後、俺達は移動を再開した。

「マムシ、美味しかったですねー! また食べたいです!」

「コニーも、また食べたい、です」

「同じく」

 マムシの肉は女性陣に好評だった。
 いつもの如く焼いて塩を掛けただけだが、それが美味い。

「でも、ヘビとキノコだと代わり映えしないよなぁ」

「前もシマヘビとキノコばかりでしたもんね」

 雑談しながら直線ルートで〈ナラ〉を目指す。
 悩んだ結果、山は登らないことにした。
 おそらく登ってもよく分からないだろう、と結論づけたからだ。

 この世界は大半が緑に覆われている。
 山頂から眺めたとしても、集落を発見するのは一苦労だ。
 〈オオサカ〉のように伐採が進んでいるならまだしも。

「たしか日本とこの世界って似ているんですよね?」

 アリシアが尋ねてくる。
 俺が「そうだ」と返すと、彼女は更に続けた。

「日本もこれだけ緑が多いのですか?」

「いや、日本だとアスファルトが多いよ」

「アスファルト?」

 首を傾げるアリシア。
 コニーとミーシャも「なんぞそれ」と言いたげ。

「要するに緑が全然ないってことだ」

 アスファルトが何かという説明は省いた。

「今日はこの辺で休むか」

 体感時間で15時頃、俺は移動終了を決定する。
 場所は緩やかな丘の頂上。
 辺りには大した木が生えておらず、視界は良好。
 丘陵地帯のようで、遠目に丘がちらほら。
 どの丘も登るのに1時間とかからないであろう低さだ。

「まだ日暮れまで時間ありますよ!?」

 もう少し移動出来るぞ、と訴えてくるアリシア。

「余裕のある内に休む。これが鉄則だ。また前みたいに悪天候に見舞われるかもしれないからな。念を入れていこう」

 サバイバルで大変なのはここからだ。

「まずは寝床作りだが、前と同じ寝床は作れないよな」

「そうなんですか?」

「狭いから4人も入らない。かといって人数分の寝床を作るのも手間だ」

「じゃあどうするのですか?」

「別のタイプの寝床を作る」

 というわけで、今回作る寝床は、前回とは違うものだ。
 その寝床を作る為にも、俺はこの場所を休憩地点に定めた。
 使える材料を発見したからだ。

「俺は材料を調達してくる。アリシアは2人と共に紐を作ってくれ」

「了解です!」

 アリシアの存在は助かる。
 彼女は一通りの作業を出来るから、基本的に丸投げでいい。

「紐はね、こうやって植物の繊維をり合わせて作るの」

 アリシアがミーシャとコニーに紐の作り方を教える。
 かつて俺がやったように、イラクサをうりうりと撚っていく。
 そうやって出来上がった強固な紐を見て、コニー達が感嘆する。

「凄いです、アリシアさん」

「アリシア、カッコイイ」

「えっへっへ! 2人もやってみて!」

「「うん!」」

 アリシアの方は任せておいて問題ないだろう。
 俺は様子見を終えて、近くにあった材料へ手を伸ばす。

 オコティーヨという植物だ。
 地面から放射状に伸びる細長のしなやかな茎が特徴的。
 茎には棘があるものの、気をつけていれば怪我をすることはない。

「それが今回のお家になる木ですか?」

 アリシアがオコティーヨを見ながら目を輝かせている。

「そうだ。こいつがあれば手軽に大きな寝床を作ることが出来るぞ」

 オコティーヨを使った寝床の作り方は簡単だ。

 まず、紐を使ってオコティーヨの茎を2本ほど連結させる。
 2人用の寝床を作るなら、この作業は必要ない。1本で十分だから。

 次に、恐ろしくしなるこの茎の両端を地面に突き刺す。
 1本だとアーチ状にグイッと反り返るわけだが、それでも折れない。
 今回は2本を連結させて使う為、尚更に余裕だった。

 そして、地面に刺さった茎が戻らないよう、外側に石を置いて固定。
 石は軽すぎると力負けするから、両手で持たないと辛いくらいの物が良い。

 この方法で、様々な角度からオコティーヨを重ねてドームを作る。
 これにて骨格が完成するので、後は前の寝床と同じ作業だ。
 適当な葉っぱなどを重ねて屋根を作っていく。
 屋根の密度が高ければ高いほど、保温性能が高くなる。

「これでよし」

「完成ですね!」

「立派なお家です」

「シュウヤ、凄い」

 家は1時間足らずで完成した。
 4人で作業したおかげで、効率がとても良い。

「前とは比べものにならないほどよく出来ていますね!」

「見栄えが段違いだなぁ」

 大きなドーム型の寝床は、我ながら惚れ惚れする完成度だ。
 中腰でなら立てる高さがあり、4人で並んで寝るのも余裕である。
 持ち物を置くスペースもあるから、突風に飛ばされる心配もない。

(自らの意志で同行してきただけあって素質があるな)

 コニーとミーシャの仕事ぶりは想定以上に良い感じ。
 特にコニーは、工房で働く職人なだけあって手先が器用だ。

「メシは最悪キノコでいいとして、あとは水場の確保だな」

 皆で水筒の水を飲んで空にする。
 移動と寝床作りの作業によって渇いた喉を潤した。

「水場は丘を登る前にあった川で良くないですか?」

「まぁそれが無難だろうな」

 俺がこの丘を拠点に選んだ理由の一つが今から行く川の存在だ。
 実際に見ていないので状況は不明だが、水があることは間違いない。
 せせらぎが聞こえたし、なにより、多くの動物の足跡があったからだ。

「俺はコニーと水を汲んでくる。アリシアとミーシャは――」

「夕食の準備ですね!?」

「そうだ。頼むぞ」

「あいあいさー!」「ん、分かった」

 その場をアリシアに任せ、俺とコニーは丘を下っていく。

「この辺りは大型の動物がいないようだな」

「どうしてわかるですか?」

「足跡さ」

「足跡?」

「種によって足跡が異なる。だから足跡を見ればどんな動物が近くを通ったか分かるのさ。幸いにもこの辺りには熊の形跡が見られない。安心して過ごせるというわけだ」

 何よりも怖いのは熊だ。
 熊の活動範囲は往々にして広く、唐突に現れる。
 しかも狂暴で、人間すら平然と食らうから恐ろしい。

「さて、そろそろだ」

 丘を下り終えると、直ちに脇道に侵入していく。
 川のせせらぎがする方向へ、一歩、また一歩、近づいた。
 そして川が見えた時、俺達はハッと息を呑む。

「伏せろ、コニー」

「――!」

 俺達は素早く茂みに身を伏せる。
 そして草むらの影からそーっと川を覗き込む。

「何かいますです」

 コニーが呟く。
 言葉通り、川には何かが居た。
 その何かとは――。

「カバだ……!」

 ――大量のカバだった。
 100頭を超すカバが川を占領している。
 川の水は薄らとしか見えない。

「他にも動物が居るようだな」

 カバの群れが臨戦態勢に入っている。
 何と戦っているのだろう。
 そう思って視線をずらすと――。

「なんという大きさだ、おい」

 ――巨大なワニが居た。
 全長6メートルはあると推定される特大サイズだ。
 ワニは1頭で、完全にカバの群れと対峙している。
 両者は今にも戦闘を始めそうな雰囲気だ。

「シュウヤ様、どうしますですか?」

「これでは迂闊に近寄れないな」

 川に近づいたら間違いなくやられる。
 おそらくカバの軍勢が襲い掛かってくるはずだ。
 野生のカバは縄張り意識が強く、人間相手でも容赦ない。
 あのカバ達が居る限り、川で水を汲むのは不可能だ。

「では場所を変えますか?」

「いや、これ以上は離れたくない。水はどうにでもなるから、今は観戦させてくれ。巨大ワニ対カバの群れなんてそうお目にかかれる対戦じゃないからな」

 俺は興奮していた。
 ワニとカバのどちらが勝つか分からないから。

 地球でも、ワニとカバが戦うことは稀にある。
 主に小さなワニがカバの縄張りに入ってしまったが故の争いだ。
 その時はカバの圧勝で、ワニはあえなく惨殺されてしまう。

 しかし、今回のワニはギネス級のウルトラサイズだ。
 小さなワニの時と同じようなワンサイドゲームにはならないだろう。

「「「グォオオオオオオオオ!」」」

 カバの軍勢が咆哮と共に突っ込む。
 巨大ワニは大きく口を開けて迎え撃つ。
 戦闘開始だ。
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