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046 野生の戦争

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 最初に仕掛けたのはワニだ。
 カバよりも遥かに大きく開いた口で、先頭のカバに噛みつく。
 噛まれたカバは首から血しぶきをまき散らしながら抵抗する。

「来るぞ! ワニの必殺技!」

 ワニの本領は噛みついてからだ。
 噛みついた状態で身体を高速回転させる必殺技。
 通称「デスロール」を繰り出す。

「凄いです! あの大きなワニがくるりと回っているです!」

「あれがワニの力だ」

 全長6メートル、体重1トンを超えるであろうワニが回転。
 回転! 回転! 回転!
 恐ろしい高速回転をもってカバの巨体をひっくり返した。

「ここまでは予想通りの展開。だが問題はここからだ」

 最初に食われたカバは言うなれば人柱だ。
 ワニの方が体格に勝っている以上、サシでは勝ち目がない。
 しかしカバには100を超える仲間がいる。

「「「グァアアォオオオオ!」」」

 圧倒的な物量がワニを遅う。
 口を開き、俺の腕よりも厚みのある牙をちらつかせての突進。

「グァ、グァァァ」

 ワニは滅多打ちだ。
 カバの突進連打を受けて、1トン超えの巨体が押し返される。

 しかしまだ終わらない。
 普通のワニならここで終了だが、このワニは違う。
 ギネス級の大きさを誇る化け物だ。

「ガアアアアアアアアッ!」

 ワニが新たな攻撃を繰り出した。
 牙に次ぐ武器――尻尾による薙ぎ払いだ。

 ワニの尻尾が持つ破壊力は尋常ではない。
 そんじょそこらの大型でさえ、人間を一撃でKOする力がある。
 前方で戦っているような巨体ともなれば、KOどころかではない。
 生身の状態で受ければ即死することは必至だ。
 それが今、カバを襲った。

 バシャーン!

 激しい水しぶきが起こる。
 カバが数頭単位でまとめて飛ばされたのだ。
 あまりにも軽々と、単体でも数百キロはあるだろうカバが吹き飛ぶ。
 なんと凄まじい迫力だ。

「流石にあのクラスのワニは一筋縄じゃやられないな」

 孤軍奮闘する巨大ワニの姿にうっとりする。
 だが――。

「そろそろ限界だな」

 形勢は次第にカバへ傾きつつあった。
 次から次に迫るカバのプレッシャーがワニを上回っている。

「ここまでか」

 いよいよワニが包囲された。
 全長6メートルを超えるその姿が、完全にカバで埋もれる。
 あとは四方八方から噛みつかれて息絶えるだけだ。

「あ、あれは!? シュウヤ様! 見てくださいです!」

「おいおいおい! まじかよ!」

 ここで予想外の事態が起きた。
 ワニの増援が現れたのだ。
 大小様々なワニが凄まじい勢いで突っ込んでくる。
 ギネス級の巨体はいないものの、数はそれなりに多い。
 その数、なんと数十頭。

「襲った!」

 ワニの増援は孤軍奮闘していた仲間を助けるべく乱入する。
 巨大ワニを囲むカバ……を囲む形で展開し、カバの尻に噛みついていく。
 噛みつけば即座にデスロールをおみまいだ。

「分からなくなってきたぞ!」

 ワニ軍の増援により形勢が戻る。
 やられかけていた巨大ワニもどうにか助かった。

「まさに戦争だな……」

 体勢を立て直したワニ軍がカバ軍に襲い掛かる。
 そこら中で咆哮が轟き、川が両軍の血で染まっていく。

「わわっ!」

「――! 避けろ!」

 コニーを抱えて横の茂みに飛び込む。
 先ほどまで俺達が居た所に、ワニが飛んできたのだ。
 ドスンッと派手な音を立てて転がる。
 全長3メートル程のそれなりに大きいやつだ。

「やべっ」

 慌てて槍を構える。
 ここでワニが起きたら俺達と目が合う。
 そうなると戦闘は避けられない。
 ……と思ったのだが。

「あれ?」

 ワニはピクリとも動かなかった。
 どうやら吹き飛ばされた衝撃で気を失っているようだ。
 それとも死んでいるのか。

「どどどど、どうしますですか、シュウヤ様」

「流石にこれ以上の観戦は危険だな――離脱しよう」

 俺はその場からの離脱を決めた。
 ワニ軍とカバ軍の対決を見届けたかったが、何よりも命が大事だ。

「とはいえ、このご馳走を放置して逃げるのもどうかって話だよな」

「えっ、シュウヤ様、まさか」

「ああ」

 ニヤリと笑う。

「今日のディナーはワニの肉だ」

 目の前で動かなくなっているワニを持って帰ることにした。

「……って、さすがに重すぎるな」

 しかし、ワニは重すぎてそのままだと運べない。
 全長3メートルともなれば、その重さは100キロを超える。

「食える部分だけ持って帰るとしよう」

 仕方がないので、その場で捌くことにした。
 コニーの背負っている竹の籠から石包丁を取り出す。
 まずは急所に刃を突き立て、確実に締めておく。

「やっぱり死んでいたようだな」

 締める際、ワニは抵抗することがなかった。
 こちらへ飛んできていた時点で死んでいたようだ。

「あまり時間をかけるとまずいから……これでいいか」

 石包丁をノコギリのように使い、ワニの尻尾を切断。
 ワニの皮は固くて分厚いが、魔法で研いだ包丁なのでどうにか切れた。
 しかし、その代償として、結構な刃こぼれを起こしてしまう。

「よし、逃げるぞ」

「えっ、尻尾しか持って帰らないのですか?」

「尻尾だけで4人分あるし、何より尻尾が一番美味い」

 前に食べたオオトカゲもそうだが、この手の生き物は尻尾が美味い。
 良質な脂がのっており、焼いて食うだけでもその味を楽しめるのだ。
 癖が弱くて食べやすいのもこの部位である。

「籠に入れるぞ、いいか?」

「大丈夫です――ぐぐっ、お、重いです」

 尻尾が籠に入るなり、コニーの膝がガクッと折れた。
 尻尾しかないと思って侮っていたようだ。

「その状態では移動に苦労しそうだな、尻尾は俺が持つよ」

「ごめんなさいです」

「かまわないさ。さっ、逃げるぜ」

 俺はワニの尻尾を腋に挟んで走った。
 そそくさとその場を離脱して、次に向かったのは――。

「あったあった。ここだ」

 ――これまた丘のふもとに位置するとある木だ。

「あそこに実が成っているだろ?」

 頭よりも遥かに高い位置に成った実を指す。

「あれを取るぞ」

「あれが水なのですか?」

「そうだ。あの実に水が入っている。しかも煮沸不要の水だ」

 俺達の前にあるのはココヤシの木だ。
 その実であるココナッツには、大量の水が含まれている。
 しかし、木が高いので取るのは困難だ。

「サクッと取るから待ってな」

「分かりましたです。質問ですが、そこらに落ちている実では駄目ですか?」

 コニーが周辺に転がっているココナッツを指す。
 俺は「駄目だね」と首を横に振った。

「落ちている実には水が入っていないんだ」

 試しに適当な実を踏み潰す。
 中はカラカラに乾燥しており、1滴の水すらなかった。

「ほらな」

「たしかにです。でも、どうやって取るのですか? 登るのですか?」

「登らないさ。知恵を使ってもっと賢く行く」

 ココヤシのような背が高くて細い木は雑魚も同然だ。
 実を取ることも、木をへし折ることも、容易に行うことが出来る。

「すぐに終わるから見てな」

 まずは適当な植物の茎を回収。
 程よい長さになるまで、茎と茎を連結させる。
 連結にあたっては適当な蔓を使う。
 大した強度を求めないので、あえて紐を作る必要はない。

 こうして作った竿の先端に、蔓の罠結びを付ける。
 罠結びというのは、輪っかを作る結び方のことだ。
 引っ張ることで輪がキュッと引き締まる。
 シカ等の動物を吊り上げる罠にも使われる結び方だ。

「あとはこの輪っかを……それ!」

 竿を振って輪っかをココヤシの木に引っかける。
 引っかける場所は出来る限り高い位置であることが望ましい。

「仕上げだ」

 引っかけ終わったら後は引っ張っていくだけ。
 ココヤシの木がメキメキと傾き続け、そして、ポキッと折れる。
 木に成っていた大量の実が地面に転がった。

「さぁて、収穫の時間だ」

「凄いです! あんな高い木をあっさりとポキッ! です!」

「サバイバルの基礎技術だからな」

 俺達は楽々と実を回収して、寝床まで戻るのだった。
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