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044 マムシ

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 〈ナラ〉を目指す移動はかなり過酷だ。
 理由は色々とあるのだが、最たるものは距離が不明瞭なこと。
 もうすぐで着くのか、まだ道半ばなのか、見当が付かないのだ。
 これは痛い。

「そんなわけで、とりあえずゴールまでの距離を把握したいのだが……」

 〈オオサカ〉を発って数時間。
 一列になってひたすら森を歩き続けてきた。
 そろそろ昼休憩にしたい頃合いで、俺は言う。

「あそこの山に登れば〈ナラ〉が見えるかな?」

 直線ルートから少し逸れた場所に山がある。
 それほど険しくない、数時間で登れそうな小さな山だ。

「えっ、シュウヤ君、これからあの山に登るのですか?」

 最後尾を歩くアリシアが訊いてくる。
 彼女の前に居るミーシャとコニーも唖然とした様子。

「登るにしても休憩後だが、正直、悩ましいところだな」

 サバイバルにおいて、山はあまり関わりたくない場所だ。
 斜面を動き回るのは骨が折れるし、水場を探すのにも苦労する。
 それに何より、山は天候が変わりやすいのだ。

「とりあえず休憩だな」

 女性陣の口から「ホッ」と安堵の息が漏れる。
 強行軍を提案していたらどうなっていたかな、などと思う俺。

「休憩場所をどこにするかだが……」

 周囲を見渡す。
 木、木、木、木、木。
 前後左右、どこを見ても草木が目に付く。

「近くの川はどうですか?」

 提案したのはアリシア。
 川は此処から左に逸れるとあるはずだ。
 水の流れる音がそちらから聞こえてくるから。

「水分補給もしたいし、川に向かうか」

 ということで、俺達は進路を変更。
 今居る場所に目印を付け、川へ向かった。

「ここにしよう」

 川が遠目に見え始めた所でストップ。
 アリシアは「わっかりました!」と二つ返事で承諾。
 しかし残りの2人は疑問符を浮かべている。

「あの、シュウヤ様」

 質問したのはコニーだ。

「どうしてもっと近づかないですか?」

 コニーの横で何度も頷くミーシャ。

「川には猛獣が出る可能性が高いからな」

 人間のみならず、大半の生物が水を必要とする。
 だから、数多の動物は水分補給に川を利用するのだ。
 そんなところで長居しているのは危険である。

「なるほど、です」

「俺が水を汲んでこよう。アリシアは2人と共に食事の準備を。火を熾して、道中で拾ったキノコを焼いておいてくれ」

「了解です!」

「待って、シュウヤ。ミーシャも一緒に行く」

 ミーシャが手を挙げる。

「川に来るのか? 危険だぞ?」

「でも、一人だと、武器と水筒、同時に持てない」

「まぁ、それもそうだな。よし、じゃあ、ミーシャはついてこい」

「分かった」

 ミーシャに竹の水筒を渡して川に向かう。
 俺は両手で槍を持ち、野獣の奇襲に即応できる態勢を維持する。

「シュウヤ、そんなに警戒しなくても、何も居ないよ」

 後ろを歩くミーシャが、俺の横へ移動しようとする。
 だが、俺はそれを許さず、左手を伸ばして止めた。

「油断するな」

 立ち止まる俺。

「何も居ないって」

 ムスッとするミーシャ。

「居るだろ、よく見ろ」

 俺は地面を指した。

「あっ」

 ミーシャも気づく。

「蛇だ。しかも毒蛇だ。知らずに踏んでいたら噛まれていたぞ」

 地面を這っていたのはマムシだ。
 正確にはニホンマムシと呼ばれるもので、名の通り日本に棲息している。
 全長は70センチ程と、一般的なマムシのサイズだ。
 毒を持っているので侮れない。
 やぶ蛇の典型たる蛇である。

「ごめん、シュウヤ」

 ペコリと頭を下げるミーシャ。
 やはりこの子は素直だな、と思った。

「気にするな。同じミスをしなければいいだけのことだ。今後は地面にも警戒するといい。――それより、このマムシ、美味そうだな」

 ジュルリと舌を舐めずる。
 ミーシャは「えっ」と言葉を詰まらせて驚く。

「もしかして食べるの? 毒蛇なのに?」

「もちろん。毒蛇だろうが貴重なタンパク源だ。食うぜ」

 毒蛇だろうと内臓を取り除けば問題なく食べられる。
 味も悪くない。シマヘビには劣るが、それでも中々の絶品だ。

「マムシの捕らえ方を教えてやる。見てな」

 俺は地面に落ちていた石を拾う。
 ソフトボールの球と同程度の大きさをした石だ。
 それを右手で持つ。

「マムシのみならず蛇全般に言えることだが、こいつらは目が悪い。だから戦う時は遠距離から攻撃して弱らせるんだ」

 左手に持った槍でマムシをすくい上げ、前方に飛ばす。
 茂みに潜ろうとしていたマムシが獣道に放り出される。
 奇襲によって驚き固まっているので、そこへ追撃を行う。

「おらぁ!」

 右手に持っていた石をマムシの顔面に投げつけた。
 上手くいけばこの一撃で倒すことが出来る。
 しかし、今回は石が逸れて胴体に当たったことで仕留めきれない。
 マムシは目に見えて弱りながらも、必死に逃げようとしている。

「あとは首を押さえて確実に殺せばいい」

 槍の石突き――後端部、穂先の反対側――でマムシの首を押さえる。
 その状態をしばらく維持して、マムシが動かなくなるまで待つ。
 無事に窒息したのを確認すると、念の為に首を一突き。

「これで完了だ」

「凄い、あっさりと毒蛇を倒した」

「この程度ならアリシアでも出来るさ」

 遠くから「呼びましたかぁ?」とアリシアが言ってくる。
 その目はギランギランに輝いていた。
 俺の動きを見て、何かしらの食材をゲットしたと気づいたのだろう。
 相変わらずだ。

「蛇の捌き方は分かるか?」

「シマヘビだけ分かる。ロービィに教わった」

「コイツもシマヘビと同じ捌き方でいけるよ。分かるなら詳細は省いていいな。サクッと水を補給して戻るとしよう」

 マムシを首に巻きながら川へ向かう。
 猛獣と遭遇することなく水筒に水を補給して、アリシア達の所へ戻った。

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