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辻本 陽太

探し人

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俺は即座に止めようとしたが遅かった。
静の後ろ姿に向かって必死に叫ぶが、彼女は止まらなかった。

走り続ける静を俺はすぐに追いかけた。
後ろ姿がギリギリ見えていてなんとか追いかけられていたが、街に出た時に人混みに紛れて見失ってしまった。

この辺りにはネットカフェやらがある。
静はそこへ逃げ込んだのかもしれない。
俺は一旦家に帰り、静の部屋に入った。
少し物色させてもらうと、財布を始めとする私物が見つかった。
つまり…静は殆ど何も持たずに家を出て行ってしまったのだ。
気が狂いそうなのを抑えてあくまでも冷静を保つ事を念頭に、俺は静の行きそうな所を巡る事にした。

まず先に来たのは静の実家。
着いた頃には夕方になっていたが俺は即座にインターホンを押した。

静の母「はーい」
陽太「俺です、陽太です」
静の母「あら、陽太くん?上がっていいわよー」
陽太「ありがとうございます」

玄関には靴がたくさん並んでいて、どれが静の靴かは分からなかった。
リビングに通され、俺は椅子に座った。

静の母「こんな夕方に一人でうちに来るなんて珍しいじゃない、どうしたの?」
陽太「あぁ…えっと、静ってここに帰ってきませんでしたか?」
静の母「静なら帰ってきてないけど…静がどうかしたの?」
陽太「…いや、特に大したことじゃ…」

警察を呼んで本格的に探す事も考えた。
しかし、インフルエンサーである静が行方不明になった。
そんなニュースが流れたら、静に悪意がある奴も探し始めるかもしれない。

その悪意ある奴が最初に静を見つけたら…
想像もしたくない。だからこそあえて物事を大きくせず、選んだ人にだけ協力してほしいんだ。
まずは…

「次のニュースです。先日、民家で男性の遺体が見つかり、その場にいた容疑者が現行犯逮捕されました。」

静の母「あーやだやだ、怖い怖い。嫌な事件よ。」

「現場にいた杉崎 累容疑者は警察の取り調べに対し、「もう我慢が出来なくなった」と容疑を認めており…」

点いていたテレビから聞こえてきたその内容は信じ難いものだった。
今、最も頼ろうとしていた累さんが逮捕された…?
つい最近会ったばかりなのに。
あの人はそんな事をする人じゃ…。

俺は静の母にお礼をすると家に帰った。
陰鬱な雰囲気が立ち込め、いつにも増して空気が重く感じる。

家のドアを開けると寂寥たる雰囲気がする。
早く静を見つけないと…でも俺一人でなんとかなるのか…?

考えてみれば、俺は常に累さんを頼っていたかもしれない。
相談もよくしたし、その都度乗ってくれた。
最悪な未来が脳裏をよぎり、夢に出てくる事が嫌で寝る事すら怖かった。
ただ、寝ないと捜索活動に支障が出るだろう。
最低限睡眠した後、俺は静を探し始めた。

静のバイト先、俺の実家、デートで行ったとこにだって行った。
もはや虱潰しだった。でもどこに行ったって影すら見えない。
そして最後の候補、美優さんの家に辿り着いた。
着いた頃には夕方になっていて、俺は重いインターホンを押した。

「はい…あれ、陽太くんじゃん」
陽太「こんな時間に、前触れもなくすみません…」
「どうしたの?」
陽太「静…静ってここに来ましたか?」
「あぁ…うん、昨日のこんくらいの時間に来たけど、今日の昼に帰って行ったよ」
陽太「…本当ですか…?」

もう少し来るのが早ければ…会えたのに…。
ただ、静がここに来たって事は、ここには静の行方に関する手がかりがあるかもしれない。
家に上がらせてもらって、静がどこにいたのかを聞いた。

「この寝室だけど、どうかしたの?」
陽太「…実は、静がどこかに行っちゃったんです。」
「えっ、それは大変だ。俺に何か出来る事があったら言ってくれ。」
陽太「…ありがとうございます。」

俺と旦那さんは寝室に何かないかを探した。
結局、何も無かった。
成果を得られずに、落胆しながら俺は帰ろうとした。
帰路の途中、旦那さんから連絡があった。

「ごめん、急に呼んじゃって。」
陽太「それで…見つけた物って…?」
「これなんだけど…紙?かな。」

何も書かれていない紙。
一応、俺はそれを受け取りお礼をしてから家に帰った。

家に着く頃には夜になってしまった。
荷物を下ろしたらすぐにその紙を取り出してみた。
よく触ってみると、どうやらこの紙は折り畳まれていて、開くようになっているらしい。
恐る恐るその紙を開けてみる。

"もうつかれちゃいました。みんな、今までありがとう、そして苦労ばかりかけてごめんなさい。"

そう弱々しい字で書かれていた。

俺は家を飛び出し、ネットニュースを見ながら走った。
外は雨が降っていて、酷く寒いように思えた。
傘も差していられずに走っていたら、とある話題が目に入った。

「ビルから飛び降り発生、女性一人が死亡確認」

現場は、よく二人で行ってたあの街。
全速力で走った。
人集りを見つけると俺は一目散にそこへ飛び込んで、人を掻き分け中心へ向かう。

しかし俺は警察に捕まってしまった。
「待て」「危ないから」と警察に叫ばれる。
取り押さえられる最中、規制テープの向こう側には沢山の警察が集まっていた。

俺は抵抗も虚しくなり、代わりに泣き叫ぶ事しか出来なかった。

あの後はよく覚えていない。
警察に精神錯乱状態だと判断されて、保護室に入れられた。
保護室にいる間、俺は静の事だけを考えていた。
結局、静は俺のせいで自殺してしまった。
俺があんな事さえ言わなければ。
俺がすぐあの家へ行っていれば。
俺がもっと早く見つけていれば。
なんで俺は最愛の人を殺してまでここにいるんだろうか。
警察は俺の事を気遣ってくれ、何も言わなかった。

葬式は家族だけで行われたらしい。
葬式が終わった後、静の両親がわざわざ家に来てくれて、自分を責め続ける俺に対して優しく声をかけてくれたのが尚、俺の心を深く抉った。

無茶苦茶な状況。
静はもうこの家に二度帰ってこない。
仏壇を買って、遺影と共にお供え物を置いておいた。
りんを鳴らし目を瞑り手を合わせる。
それが毎日の日課となった。

SNSを通じて、静のことをファンの方々に伝えた。
自殺した、とは書かなかった。
ただ亡くなってしまったという事だけを事務所やTwitterに投稿しただけ。
ファンは皆、悲しんだだろう。
SNSのアカウントは残しておく事になった。
例え精神的に辛くなっても、静がインフルエンサーとして精一杯頑張った証として。

静が居なくなってからというものの、俺は何にも手がつかなくなってしまった。
医者に鬱病として診断された。辛くて仕方なかった。仕事も辞めてしまった。

俺が働かなくても静が投稿した動画等の収益があるので、一応は生きていけるのだが…
俺はその収益を使う気になれなかった。
残っていた自分の貯金を切り崩して生活しているが、いつ限界が来るか分からない。
そんな不安定な状況が続いた。
日雇いとして働いているが環境は決して良くなく、給料もまずまず。
こんな環境でも静と一緒にいるだけで俺は幸せになれて、生きていこうという希望があったんだ。

でも今はそんな希望も無く、憂鬱な気分が精神を支配している。
あぁ…俺はこれからどうすればいいんだ…?

静がいなくなってから、俺は日付の数えかたを忘れた。
静がいないどころか、俺が静を、最愛の人を殺した。そんな人生なんて、数える価値すらないと思って。

起きたらやることとしてずっとやってきた、静の遺影に向かって手を合わせる。
目を閉じると、静との思い出と静を探してた記憶が入り交じるように見える。
それは生きる気力を確実に蝕んでいく。

「陽太くん、なにしてるの?」

…?
この家には俺以外に誰もいないはずだが…
それに今の声…

「今日は晴れてるから外に行こうよ、風もあって気持ちよさそうだよ」

…やっぱり

陽太「静、生きてたんだな」
「もう、なに言ってるの?私はずっとここにいるよ」

今までのは夢だったのか。
目の前に静が不思議そうな顔をして立っている。
俺はそんな静に少しずつ歩み寄って行く。

「そんな事言わなくたって、私はずっと陽太くんのそばにいるよ…」

静…
俺は静に優しくハグをした。

…あぁ…
目の前には何もない。
壁しかない。
腕は空振り、空気を掴もうとしていた。
静なんて、いるはずもないのに…

静…

震える頬には涙が伝っていた。

…ある日の昼、俺は仕事もなく家で寝ていた。
寝ていたと言っても、静の事への後悔と苦しさで全く寝れない。
そんな生活が嫌になってきたんだ。
俺は起き上がるとおもむろに物置倉庫へと足を運んだ。

目的の物を取ってきたら、いつもの日課てある仏壇へのお参りを済ませる。
適当に寄せ集めた昼食を摂り、食後の薬を飲む。

そもそも、静が居なくなって俺がこんなになっているのも、
静というインフルエンサーが居なくなって悲しんでいる人が生まれたのも、
あれだけ後悔して苦しんで鬱になってしまったのも、

全部俺があんな事をしたせいだからだ。

あんな事を言わずに、憂鬱とした雰囲気でもずっと一緒に過ごしていたらいずれ静の精神も安定して幸せになれただろうに。

たった一言。されど一言。俺が余計な事を考えて口にしたせいで。
静にとって限界だった精神が壊れてしまったんだ。
最後の一滴だったんだ。

絶対に守ると決めていたのに。
ずっと一緒にいると思ってたのに。
彼氏として、人として最低な俺がいるせいなんだ。

もうすぐ新しい就職先への勤務となるが、もう俺は限界だ。
待てそうにない。どうせ鬱で仕事もろくに出来ない俺は馬鹿にされまくる。
信頼していた累さんも今は犯罪者として刑務所にいる。
周りには誰もいない。
完全な孤独だ。

孤独か…
きっと、俺にあんな事を言われて、累さんは逮捕されて、美優さんは寝たきり。

あの後の静も、こんな感じだったんだろうか?

俺は座っていた椅子に立ち、天井にとある物を括り付ける。
静が飛び立ったあの日と同じく、雨が降ってきた。
電気を点けていない部屋は暗く、あまり視界が良くない。

でもこれでいい。こっちの方が都合がいい。
静は俺が殺したようなものだ。
俺は一生を共にする愛人としか体の関係を持たないと決めて、その行為に及んだんだ。

ずっと一緒にいると二人で約束したんだ。
その言葉に嘘は無い。

この家に静はいないが、もうすぐ会いに行ける。
さっき物置倉庫から取ってきたのは頑丈なロープだ。
人がぶら下がっても千切れる事はない、頑丈なロープ。

そのロープを天井に括り付けた。
両手でそのロープを持ち、ゆっくりと首を穴に通していく。
目を瞑り、立っていた椅子を蹴って足場を無くそうとした。

何回か聞いた事のある音が聞こえてきた。
携帯の着信音だ。
俺は首を戻して、スマホを手に取って電話に出た。

「もしもし、陽太くん?」
陽太「はい。」
美優の旦那「あのね…美優が目を覚ましたよ。」
陽太「…本当ですか。」
美優の旦那「本当だとも。出来ればでいい。来てほしいんだ。」
陽太「…分かりました。」

俺はすぐに身支度を整えて、財布とスマホをポケットに入れて家を出た。
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