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辻本 陽太

罪と罰

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美優さんが入院している病院に着いた。
俺は美優さんのいる病室に入ると、旦那さんと話している美優さんが見えた。
旦那さんは静があの後どうなったのかを知らない。
俺に気づいたのか、二人が話しかけてくる。

美優の旦那「あぁ、こんにちは」
美優「あっ、陽太君!こんにちは~」
陽太「あぁ、どうも」
美優「あれ、静は?」

静の事をどう伝えればいいだろうか。
この口で伝えるか?
手紙が何かで伝えるか?
結局、起きた直後にいう話ではないだろう。
なんとか話をはぐらかしつつ雑談をする。

陽太「いや~回復して本当に良かったです。」
陽太「そういえば、名前を聞いた事が無かったですね。旦那さんのお名前はなんていうんですか?」
綾人「綾人、といいます。凄い今更ですけどね」

どんな話をしていても、結局伝えようか伝えないかで頭がいっぱいだ。
どうしようか…なんて思ってた。

美優「ねぇ陽太君、今日静は来ないの?」

そう話しかけられた時、はぐらかし続けるよりも正直に伝えた方が良いんじゃないか。
と思った。このまま無視し続けても怪しまれる一方で進展しないだろう。
俺は正直に言う事にした。

陽太「静…」
美優「どうかしたの?」
綾人「そういえば、あれからどうなったんですか?」
美優「あれって?」
綾人「美優が寝てる間に、一回だけ静さんがうちに来た事があるんだよ」
綾人「結局すぐ帰っちゃったけど、あの後どうしたんですかね?」

陽太「…静はな…」
陽太「…静は…亡くなったんだ…。」

俺がそう言った瞬間、二人から表情が消えた。
そりゃそうだろう。
美優さんにとって、大の親友だった静が起きたら亡くなってるなんて、ショックを受けるどころの騒ぎじゃないだろう。

綾人さんにとっても、自分の家に泊まりに来て帰ったと思えばその後亡くなっている。そう告げられたら驚くに決まってる。
残酷だが揺るぎない事実である事。
それを全員が理解していた。
それでも尚…

美優「………嘘…」

そう言葉が漏れてしまうのは、現実から逃げたい意識からの最後の抵抗なのだろう。
美優さんの頬には涙が伝っていた。

綾人「…それ…本当ですか…?」

俺は静かに頷いた。
手に水が滴る感触がした。
頬を触ってみると、少し濡れている部分があった。
どうやら、そう告げる俺も涙を流していたらしい。

美優「…あり得ない…」
美優「…嫌だ…嫌だ!」

静の訃報を聞いて、美優さんは慟哭し始めた。
起きたばかりで、意識がない時に治癒しているとはいえ重傷だ。
それでも暴れるに近い動きをしながら嘆き悲しんでいる。
綾人さんはすぐに美優さんに抱きつき、何も言わずに暴れる美優さんをただ落ち着かせていた。

陽太「…ごめん」

俺はそう言葉を漏らして病室を出た。
何もしてあげられない自分の無力さを痛感する。
どれだけ残酷で、知らせたくない事でも伝えなければいけない時がある。
結局、その話を伝える側も聞く側も良い事は無い。
そんな惨憺たる義務を恨み、憎しみながら俺は帰路に着いた。

しばらくの間、俺は美優さん達と口が聞けなかった。
いや、正確に言うのであれば、俺が美優さん達に話しかける事をしたくなくなったんだ。

あの日の俺は、起きたばかりの人に残酷な訃報を話して帰っただけの人だ。
そんなクズが話をする権利など何処にもないだろう。
綾人さんは陽太さんは悪くない、と慰めてくれるのが更に俺の罪悪感を深めた。

俺が綾人さんに呼ばれ美優さんの家にこっそり行って、静の残した物を回収しに行った時は酷かった。

俺が回収している最中に、美優が自殺しようとした。
運良く綾人さんがすぐに気づいて俺と二人で止めたから美優さんは助かったが、

美優さんはただ謝罪と静への思いを泣きながら呟くだけだった。
そんな光景を目にして、俺は元からあった罪悪感が更に酷くなったんだ。

あの日、結局俺は首を吊れなかったが、今となっては綾人さんに

「陽太君には悪いけど…静さんと同じ事をするのだけは絶対にやめてくださいね」

と言われている始末。俺は大人として、いや人として情けない。

「美優は陽太君の事を悪く思ってないから、落ち込まないで」

とも言われた。
綾人さんは俺の事をずっと気にかけているらしい。
だからこそ、俺も申し訳ない気持ちが強くなりつつ、死んではいけないと思える。

周りに誰もいなく、一人寂しく過ごしていたら一通の手紙が届いた。
送り主は…累さんだった。

俺は累さんがいる刑務所に向かった。
累さんは何故、人殺しとなってしまったのか。
一体いつ、誰を殺したのか。
累さんは殺人をする様な人じゃない。
そう思っていた。
しかし、実際は違った。
送られてきた手紙は事件の詳細を書き記したものではなく、ただ面会に来てほしいというだけの内容。
何故俺を呼んだのか。
俺でなければならない、重大な理由があるのだろうか?
静の彼氏であるから?
それなら静に関する事で累さんは人を殺したのか?
いくら考えても答えは浮かばないままで、でも真相を知りたくて俺はずっと考えていた。

刑務所に着くと、受付なのにも関わらず外より空気が重い気がした。
今この椅子に座って待っている人達は皆、犯罪者と接するのだからか当然か?

面会手続きを終わらせて、後は待つだけとなった。
携帯は持ち込めないという事で、今は手ぶらになっている。

時間になるまでずっと椅子に座っていると、自然と考えが巡る。
累さんは何の為に、俺をここに呼んだんだ?

微かな雑音を耳に通しながら考え事をしていると時間が来た。
今から俺は、犯罪者となった累さんに会いに行く。

薄暗くて細長い通路を歩き続ける。
自分の足音以外は何も聞こえない。
面会室が近づくにつれ、帰りたい気持ちが強くなっていく。
ただそれと同時に、累さんに会いたい気持ちもある。
今、累さんはどうなっているのか。

やがて面会室に着き、重い扉を開けると、狭く窓のない部屋の中央に向こう側とこちら側を隔てるガラスと、椅子が置いてあった。

俺は目の前にある椅子に座って累さんが来るのを待っていた。
思ったよりも綺麗で、ここにいる事に対しての不快感は無い。

向こう側から微かに足音がしてきて、扉が開くと刑務官と累さんが入ってきた。
刑務官は累さんの座る斜め後ろにある椅子に座ると、腕時計を確認しペンを持ち何かを描き始めた。

累さんが椅子に座った。
最初、彼の顔は俯いていたがやがて顔を上げると口を開けた。

累「久しぶりですね。」
累「少し見ない間に、随分とやつれたように見えます。」
陽太「…まあ、こんな事になった以上は、な」
累「そうですよね…わざわざ来てくれてありがとうございます。」

最後に見た時となんら変わってない累さん。
顔も、表情も、声も、俺がずっと知っている累さんと同じだ。
累さんは少し黙った後、こう続けた。

累「…静さんは元気ですか?」
陽太「…いいや。」
累「やはり、私が言った様になってしまったんですね…」
陽太「それどころか…死んでしまったよ。」
累「……何故ですか?」
陽太「…自殺だ。」

俺がそう言うと累さんは少し悲しそうな表情をして、そのまま話を続けてきた。

累「…私がこんなになってしまったからでしょうか…」
陽太「いや…俺のせいだ…」
陽太「俺があんな事を言わなければ…」

二人でしばらく黙ってしまった。
お互い、ショックが大きい。
だから言葉を続けられないんだ。
彼女の事が脳裏に浮かぶ度に、涙が溢れてくる。
俺は泣き声を噛み殺して、治った後に累さんに質問を始めた。

陽太「俺は累さんの裁判にも出ず、静の葬儀には出れなかった。」
陽太「…累さんはなんで…なんで人を殺してしまったんですか…?」
累「…」
累「…最初は静を救おうと思って…でもうっかり捕まってしまいました…。」
陽太「…静を救う…?…一体、誰を殺したんだ…?」

俺がそう言うと、累さんは殺した人の名前、そして日付や手順を話し始めた。

その話を聞いた俺は唖然としていた。
衝撃的で、信じられない…信じたくなかったから。
何も表情を変えず、ただ淡々と、あの頃いつも交わしていた雑談のように犯行内容を連ねていく。

吐き気が喉まで登ってきたが、俺はそれをなんとか抑える。
そして全てを話終わった時、累さんは何か別の事を話始めた。

陽太「…なんだ」
累「今、世間で陽太さんはどのように言われていますか…?」
陽太「…そりゃ、俺が静を殺した!やら言われているよ。」
陽太「累さん…あんたがこんな事をしたせいで…」

累「…すみません。」
累「…二つ、お願いがあります。」

累「私が話した、事件の真相を世間に公開してほしいんです。」

陽太「それに何の意味がある?」

累「…陽太さんではなく、私が全てやったという事に出来るでしょう。」

累「おそらく、静さんの自殺動機は精神的に参ってる時に聞いた私の逮捕によるものでしょう…」

累「だから…この事を陽太さんが公開すれば、陽太さんから私に非難の矛先が移るはず…。」

陽太「………」

こうして面会は終わった。
この面会で分かった事がある。
累という人物…。
彼は俺の想像を遥かに超えた…
残忍な人であったという事。
でも…それでも俺はあの人に恩がある。

累さんとの面会が終わった後、俺はすぐに家へ帰った。
累さんから聞いた最後のお願いを叶える為…
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