王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の物語 プロローグ

盤上戦 2

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 キーヨは足で目の前を平す。
「おお、すまんな。うむ、丁度良い長さだ」
 兵から棒切れを受け取ると、横に長い四角を描く。両端に線を引くと、手前に引いた線に外側に向かって斜線を何本か付け足す。これにより、キーヨの手前が山側となる西、奥が河だと兵達は理解する。
「敵はこの辺に簡易的な陣地を敷いた」
 キーヨは左上に丸を書く。
「奴等はそこから、綺麗に横一列に並んで行軍し始めてな、近くにいたレーゼンとライマルは敵の練度の高さを褒めておった」
「あれは敵ながら見事でした。流動的に人を敷く我々との違いに驚かされたと共に、この戦いは難しいものになると身が震えました。陣の展開途中であれを見せられたならば、兵達は気後れしていたかもしれません」
 リュートの言葉に兵達は、その時のことを思い出しながら頷く。
「それが気になって部隊長に確認をさせたのだが、『やることが決められていたから、他に気を取られずに済んだ』と、兵達は言っていたそうだ。この様に優しさに溢れているから、この男が好きなのだ」
 キーヨが手放しでファトストを褒める為、リュートはそれが気に入らないのか鼻を親指で弾く。
「そうだ、ファトスト。お前に勝った者には、賞品として干し肉をやるというのはどうだ?」
 ファトストは顔を顰めて難色を示す。
「お前が酔った振りをして手を抜かないように、干し肉を人質に取る。どうだ?」
 リュートは片方の口角を上げてファトストを軽く挑発した後に、兵達に体を向け「これは美味いぞー」と、干し肉を兵達に見せびらかす。
「イノの干し肉はこいつの大好物でな。いつもはコソコソと一人でこれを楽しんでいる陰気なやつだが、知っての通り頭は切れる。お前達も手を抜かれたくないだろ?」
 兵達が力を込めて頷いているのを見ると、ファトストは卓の上に置かれている包み紙をそそくさと畳んで懐に仕舞う。
 それを見たキーヨは「それ程までか」と、笑いながら残りの干し肉を口に入れる。それから酒を口に含むと、幸せそうな顔をしてゆっくりと味わう。
 兵達が生唾を飲むのを感じると、ファトストはリュートに注文を付ける。
「良いが、一つだけ条件がある。この様なことは今回限りだ。それが例え、王からの願いであってもこれは出さない。この案が飲めないなら盤上戦はやらない」
 キーヨとリュートは顔を見合わせる。
 キーヨが「やられたな」と片眉を上げると、リュートは軽く頷いた後に両手を肩の位置まで挙げる。
「この状況なら最終的にお前が条件を飲むしかない。先ずはお前の負けだな、リュート」
「次を断る理由まで与えてしまいました。頭が切れるってのは、便利なものですね」
 リュートはファトストの顔を見ながら器に口をつける。それから「あーーー、美味い」と、その言葉通りに実に美味そうな顔で膝を叩く。
「どうだ? お前達もこれを味わいたいだろ?」
 オーセンが酒瓶を差し出す。
「どうせ遊びだ、思いついたことを言えば良い。ラッキーパンチも勝ちは勝ちだ」
 リュートはオーセンの酌を受ける。
「あの顔を見てみろ、あいつは本気で干し肉を渡すつもりはないらしい。どうだ? 腕が鳴るだろ?」
 不敵な笑みを浮かべて、リュートはゆっくりと酒を飲む。
 キーヨは楽しそうに、前掛かりになった兵達を見渡す。
「交渉成立だな」
 キーヨは、畑の入り口に当たる箇所で棒先をくるりと回す。
「帝国兵はこちらの弓が届く手前で密集し始めた。こちらの様子を窺うため、隊を一旦止めるかと思ったが、隊列が整い次第前進してきた」
 キーヨはファトストに視線を投げる。
「領土を広げたので、帝国は潤っているようですね。偵察により、敵の歩兵も重装備となっているとの報告がありました。こちらの後軍が近付いているとの情報は、相手も把握していたでしょう」
「こちらは軽装の歩兵と弓兵しか畑にいない。密集陣形を取る帝国兵も重装歩兵並みの装備をしている。指揮官どうこうなく、どこにも堀や塀が無いのだから、短期決戦を望む帝国側からしたら当然の行動だろうな」
 ファトストの補足にリュートが持論を付け足す。
「横幅も山と河で決められている。歩兵を縦に厚く出来るから、敵の指令官は内心小躍りしていたかもしれんな」
 キーヨが言い終わるのと同時に、スタットが手を挙げる。
「帝国側はこちらの動きに対して、何かしらの策があるとは思わなかったのですか?」
「思っただろうな」リュートは笑う。「帝国とすれば待つことも策の内だか、攻めてきた。それらを無視出来るほど、自信があったんじゃないか」
「リュートの言う通りだ。戦では怪しいと思っていても動かなければならない時がある。しかし、奴等の動きから察するにその様には思えなかったな」
「なるほど。ファトスト様は、敵が攻めてくることは、粗方予想がついたということですね」
 スタットの言葉にファトストは頷く。
「全ての帝国兵が重装備だったのは予想外でした。兵の重装備化をするなど、新型の新形として認識を改めます」
「取り逃した指揮官は皇族だったんだろ?」
「継承権はあるが、帝都が滅ぶほど侵略を受けてやっと芽が出るほどに低いけどね」
「重装備なのは、そいつの私兵的な奴らだったんじゃないか?」
「だとしても、低い地位の皇族ですら部隊を整えられるのは、こちらとしては都合が悪い。今後はそれらを元に、対応を考えなければいけなくなるね」
「重装備で戦うには鍛錬が必要だ。そいつを逃すために多くの優秀な兵と有能な将校を失ったのだから、さらに低くなりそうだな」
 リュートの言葉にオーセンは杯に視線を落とす。
 別格の将と、指揮官を逃すために本陣に残った将を討ったのはリュートだ。将にのみ手渡される杯で酒を飲む度に、誇らしさがオーセンの体を満たしていく。
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