王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の物語 プロローグ

盤上戦 3

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「良ければ続けるぞ」
 キーヨは兵達を見渡した後に話を続ける。
「盾に隠れて進軍されると、距離の離れた短弓では歯が立たん。早々に畑に積み上げられた枯草に火をつけて、兵達は引いた。勢い良く燃え上がった火により、敵兵は進軍を一旦止める」
「止まったり進んだり、あの様に窮屈だと大変だろうな」
「火の強さに比例して直ぐに収まったが、後の煙が凄くてな。あれは狙ってやったのか?」
「はい。それと、効果はあるか分かりませんが、汁で痒くなる木の枝を枯草に混ぜておきました」
「こちらの突撃を警戒したのか、距離を保って止まってしまったから、それは失敗に終わったな」
「はい。この時期の風は追い風らしく期待しましたが、吹いたのがそよ風では相手まで煙が届きませんでした」
 話に夢中になっているファトストに、リュートは器を見せる。杯を合わせる素振りをしながら目で訴えるが、ファトストは首を横に振る。
「余談かもしれないが、ファトスト殿の悪戯は、敵兵に踏み潰されていたぞ」
 ものともせずに進む敵兵の姿に悔しがるレンゼストを思い出してしまったファトストは、小さく吹き出す。それを見たリュートは、すかさずファトストと目を合わせて、器を目の前に掲げる。ファトストが諦めた顔をすると、兵達も二人と同じ様に掲げた後に、一斉に酒を飲む。
 キーヨは一人楽しく、それを見ながらゆっくりと酒を味わう。
「さて、敵騎馬の動きは分かっていると思うが、お前達がいつでも突撃できる素振りを見せてくれていたお陰で、中央には入らずお前達との騎馬戦となった」
 キーヨは両端にばつ印を書く。
「敵は煙が収まるまで待ち、ある程度視界が良くなってこちらの動きが確認できる様になると、再び進軍を開始した」
 キーヨは、棒を地面と水平にして持ち上げる。
「そこに長弓の矢がズドンだ」
 棒を矢に見立て、激しく敵を撃ち抜くかの様に素早く振った後にぴたりと止める。
「それが一本や二本ではない。進軍を妨げるために再び射られた山なりの軌道を描く短弓の矢に混じって、空気を切り裂く音と共に黒く塗られた矢が一直線に飛んできて鎧に突き刺さっていく。敵に動揺が走ったのが、遠くからでもはっきりと分かったな」
「見たことのない弓の威力に、帝国では不吉とされている黒で塗られた矢。お前は本当に人を脅すのが上手いな」
「リュートの言う通りだ。胴に直撃した者は立ち上がれず、その場に横たわったままだ。新たに列の先頭になった者は黒い矢がいつ飛んでくるか分からないため、警戒から自然と盾は下がる。よほど恐ろしかったのだろうな」
 キーヨは何度か頷いた後、話を続ける。
「ファトストの予想通り、こちらが拒馬を据え付けているが分かっても、敵は進軍を速めることはなかった。妨害にきた敵の軽装歩兵の足は、黒い矢の恐怖で完全に鈍っておったな。こちらの歩兵や短弓兵からの攻撃により、軽装歩兵での妨害や除去を諦めた帝国は、構わず兵を進めてきた」
 キーヨは話すのを一旦止めて、兵達を見る。スタットが目を合わせる。
「後ろに控えている重装歩兵は矢に強いですが、拒馬の除去程度に投入できない為、他に策は立てようがありません」
 言い終わるとスタットは、横に座るファトストの顔を感心して見つめる。
「距離が縮まるにつれて弓は威力を増す。致命傷は与えられなくても、短弓でも敵兵を削れる様になってきたところで、敵の進軍が遅れる」
「山なりの弓を防ぎたくとも、盾を上には向けられない。鎧の隙間など弱いところに矢が刺さっていったわけですね」
「そうだな」
 キーヨは中央よりやや王国軍側に、ばつを重ねたものを何個か書く。
「敵兵は、拒馬を取り除こうにも根枷が邪魔をして動かすことができない。根枷を掘り起こそうと拒馬のこちら側にくれば、長弓がズドンだ。しばらくそれが続いたが、軽装歩兵の足が完全に止まったため、敵は拒馬を壊すことを選んだ。再びの進軍だ」
 キーヨは重ねられたばつの横に、縦長の楕円を書く。
「列を乱すことができないため、壊している横に待機している敵兵へは矢を降らせた。盾に身を隠せば矢は防げるが、チクチクと、かなり相手を苛立たせたと思うぞ」
 兵達は、何の対抗策を打ち出せずに頷くしか出来ない。
「帝国は狩りにきたつもりかもしれないが、そういう奴を罠に嵌めるのがこいつの趣味だ。変わったやつだろ?」
 リュートはファトストに向かって顎を振る。ファトストが何も答えないのが分かると、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「それよりもお前達、何をボーっと聞いているのだ? このままでは戦が終わってしまうぞ?」
「この時、我々の反対側に位置する西側はいかほどですか?」
「おっ! いいぞ」
 何やら考えた様子で質問したスタットを、リュートは楽しそに眺めながら器に口を付ける。
「敵騎馬をこちらが崩し始めた頃だったと思うぞ。敵に焦りが見え始めたから、傭兵との戦闘が始まっていたかもしれん。ただ、相手の重装歩兵は動いていないのは確かだ」
 スタットは、しばらく黙った後に首を横に振る。
「重要な施設を死守するためではなく、退却ありきの作戦ではそれほど兵の士気は高くありません。ましてや、指揮官の経験のためと思われても仕方ない戦い。命を賭してまで拒馬を除去しようとはしないでしょう。中央はこのまま着実に拒馬を壊すことしか、私には思い付きません」
 頭を下げるスタットを、リュートはつまらなそうに見る。
「何だ、それは。それでは、こいつの思い通りに動いてるだけだぞ」
「我が隊のように、自由に戦場を行き来出来ればまだ戦いようはあるのですが、これだけ固まっていると他に考えようが浮かびません」
「騎馬はこちらの方に分がある。この戦で帝国は、騎馬は中央を崩すまで持ち堪えれば良いものとして考えている。時間は重要だぞ、どうする?」
「それでもです。帝国は歯痒かったでしょう」
 スタットは悔しそうに腕を組む。
「これらを今後も使おうと考えているのか?」
 キーヨがファトストに尋ねる。
「いえ。これはこちらも退くことが出来るので、試しに用いた策です。今回の戦で、堀や塀を築ぐ必要性を感じました。古から、何度も鎬を削った仲ならではの策も、こちらには受け継がれています。今後はそちらを参考にします」
「そんなことを言いながら短弓の張りをいつもより弱め、長弓の恐ろしさと共に短弓の性能を相手に見誤らせたのは何のためだ?」
「他意は無く」
「無いわけはないだろう。憎たらしいと思わんか?」
 キーヨの言葉に兵達は賛成も否定もせず、感心しきりで頷く。
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