王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の物語 プロローグ

盤上戦 1

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 リュートからの返答は、「口を切ったくらいでとやかく言う様なやつは、ここには誰もいない」だった。
「確かに」
 ファトストは納得する。二人を囲む兵達の体には、無数の傷が刻まれている。
「他の隊とは鍛え方が違う」
 自慢げに語るリュートの言葉に、兵達は胸を張って頷いてみせる。その表情から察するに、鍛錬の場においても口を切る程度らなば日常茶飯事なのだろう。
 すると、そこに一人の男が近付いてくる。
「それは聞き捨てならんな」
 兵達は後ろから聞こえてきた言葉の主を確認すると、直ちに立ち上がり胸へと拳を付ける。
「よいよい」
 山をも思わせる大男は、兵達に手を振ってみせる。
「これはキーヨ様、珍しいですね」
 リュートとファトストは共に立ち上がり、座っていた丸太を転がしただけの席を勧める。
「なーに」
 リュートの問いかけに、キーヨは顎を振ってみせる。
「なるほど」
 リュートの視線の先には、レンゼストが上半身裸となって兵と徒手で組み合っている。レンゼストが兵を投げ飛ばすと歓声が上がり、「次は誰だ?」との問いかけに、力自慢が名乗りを上げる。
「あれならば仕方ないですね」
 ファトストは笑う。
「煩くて敵わん」
 キーヨは丸太に腰を掛ける。その両側に兵が用意した即席の椅子に、二人は腰掛ける。
「それより、レンゼスト殿が先ほどの言葉を聞いたらどう思うかな?」
「お戯を」
 リュートは笑いながら、キーヨに酒を注ぐ。
 猛獣ですらキーヨに睨まれたら竦み上がると言われているが、優しく笑いながら酌を受ける姿にそれは感じられない。
「この場にいてよろしいのですか?」
 キーヨは先代の近衛兵だったこともあり、ファトストとは古くからの顔見知りだ。キーヨの方が幾分と年嵩だが、幼き頃の王に手を焼いた間柄でもある。
「何、レンゼスト殿が近くにおれば心配要らぬだろう」
 レンゼストが王の剣ならば、キーヨは王の盾である。王の傍には、常にキーヨの姿がある。
「それに、ここに居れば何かと便利だからな」
 キーヨはリュートに視線を送る。
「酒も取り組みも、こいつに押し付けられますからね」
 ファトストの言葉にリュートは苦笑いを浮かべ、それを見た二人は笑う。そして、三人が杯を軽く合わせると、その場にいた全員が杯を乾かす。
「何だそれは? 美味そうなものを食べているな」
 キーヨは卓の上に置かれている干し肉を指差す。
「これですか? 美味いですよ。こいつの自信作みたいです」
「宜しかったらどうぞ」
 ファトストは包み紙から干し肉を取り出し、キーヨに手渡す。キーヨは受け取った干し肉を適当な大きさに引きちぎると、口に放り込む。
「おぉ! 確かに美味い」
 ファトストは頭を下げる。
「酒にも合いますよ」
「何?」
 キーヨの「おお!」と驚く顔を見て、ファトストは笑顔を浮かべる。
「香草を使ったタレに漬け込んだイノ肉を、東方より取り寄せたオウカという木を使って燻したものです」
 自分が作ったかの様に、リュートは説明する。
「おい」
 ファトストはリュートを睨む。しかし、それを無視してリュートは話を続ける。
「もう少し日を置いたほうが旨味が増します」
「そうなのか?」
 キーヨは肉をまじまじと見つめる。
「数はありますので、宜しければ、是非」
「本当か? それは楽しみだな」
「はい」
 リュートはキーヨと同じく干し肉を口に入れ、二人とも酒を楽しむ。
「おい」
 ファトストは先ほどより語気を強めて、リュートを睨め付ける。
「何だ?」
「いい加減にしろよ」
「誘い下手のお前に代わって、キーヨ様をお誘いしてやってるだけだろ」
「何だと?」
「よせよせ」
 キーヨは呆れながら、今にも立ち上がりそうな二人を止める。
「騒がしいのを嫌ってこの場に酒を飲みにきたというのに、これではあそこと変わらぬではないか」
「失礼しました」
 頭を下げたファトストを、鼻で笑う様にリュートは見つめる。
「お前……」
 言葉を途中で止めたファトストは、眉間に皺を寄せる。
 キーヨは再び始められた二人の遣り取りを、くだらないものを見る目でため息を吐く。
「リュートよ、先ほどは楽しそうにしていたが、何の話をしていたのだ?」
 キーヨは、頬の左側を赤く腫らした二人の兵を見る。
「話といいますか……、酒に酔った兵が名を告げる告げないで口論をし始めたもので、それに対してといいますか……」
 口ごもるリュートに対して、当て付ける様に今度はファトストが鼻で笑った顔を向ける。
「ほぉー、口論か」
 キーヨは意味有り気な顔をしつつ、酒を飲みながらリュートを見つめる。
「いや、お恥ずかしい」
 リュートは俯きながら、器に口を付ける。
「そうだ」リュートは顔を上げる。「今後のため、中央の戦いについて話しておりました。その場で戦われたキーヨ様からお話を聞けるとありがたいのですが、いかがですか?」
「あからさまだな」
 ファトストは外方を向いて杯に口を付ける。
「よせよせ」キーヨは笑う。「お前は誠に、リュートとリュゼーが近くにいると人が変わるな」
「いや、……。失礼しました」
 兵達は下を向いて、顔を隠す様に酒を飲む。リュートとファトストからの視線は感じるが、誰一人として二人と目を合わせる者はいない。
 キーヨは微笑ましくその様子を眺める。
「俺が来たら場がつまらなくなったと兵達に思われたら敵わんから、リュートの申し出を受けるとするか」
「ありがとうございます」
 リュートは差し出された杯に酒を注ぐ。
「それではどうやって話をしようか。戦場での出来事を淡々と話したところで面白くもないだろ?」
 キーヨは酒瓶をリュートに向かって差し出す。
「確かにそうですね」
 リュートは器の酒を飲み干すと、ありがとうございますと、キーヨに酒を注いでもらう。
「こういうのはどうだ?」
 キーヨはファトストに顔を向ける。
「幸いなことに、ここに策を考えた者がいる。戦の顛末を話す途中で、思い付いたことをこやつにぶつけてみる。それで白旗が上がったら、そいつの勝ちということにする。どうだ? 面白いと思わんか?」
 ファトストの「キーヨ様」という言葉の続きをかき消す様に、兵達から「おお!」や「是非!」との賛同の声が上がる。
「良き思い付きです」
「そうだろう」
 キーヨは満足そうにして、杯に口を付ける。
「キーヨ様。正直、私は酒が回ってきています。ですので……」
「おい」
 リュートは、ファトストが話し終える前に声を掛ける。
「お前なら、それぐらいはものともしないだろ?」
「おい、リュート。貴様」
「よし、決定だ」
 キーヨも同じ様に途中で言葉を被せる。
「キーヨ様」
 キーヨは再び話の途中で、「頼むぞ」と、ファトストの肩に手を置く。
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