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三章
19話 じょうろ
しおりを挟む──豹獣人たちを仲間にした次の日。
俺は早朝から、本気モードのアルティの背中に乗って、豹獣人の縄張りだった花畑の上空を飛んでいた。花畑は昨日よりも広がっており、もうすぐ狼獣人の縄張りを侵食しようとしている。
巨大化している花々に隠れているのか、サカスゾウの姿は見当たらないが、全て燃やしてしまえば何処に隠れていようと問題はないだろう。
「見たことがない花ばっかり咲いてるから、燃やすのが勿体ない気もするな」
「主様っ、欲を掻かない方が良いのだ……! このにおいが大草原を埋め尽くしたら、夜も眠れなくなるのだぞ……!?」
俺のふとした呟きに、アルティが慌てて忠告してきた。
花畑からは強烈な香りが風に舞って、上空まで届いている。俺でも結構不快になるような香りの濃度なので、俺よりも嗅覚が優れているアルティは、この場所でも涙目になって鼻水を垂らした状態だ。
「仕方ない、燃やすか……。一応言っておくけど、サカスゾウだけは燃やし尽くすなよ。素材が手に入らなくなるからな」
「う、ううむ……。それは難しい注文なのだ……」
サカスゾウは珍しい魔物なので、その因子は是非とも欲しい。アルティもそれが分かっているので、口をすぼめて宙に何度も炎を吹き、頑張って火力の調整を行った。
──そして、数分後。いよいよ花畑に向かって、アルティが放火を始める。
花畑全体が抵抗するように、弾丸のような種や刃物のような花弁を飛ばしてくるが、アルティの身体には掠り傷一つ付かない。
「これはアルティが居なかったら、大分手古摺ったかもなぁ……」
俺たちは上空にいるので、花畑から届く攻撃は限られているが、地上に降りれば更に苛烈な攻撃に晒されたはずだ。アルティに頼らなかった場合、軍鶏たちを総動員しても、サカスゾウを討伐するのは難しかったと思う。
「報告。マスター、これは当機体でも容易く対処出来る問題でした。当機体は嗅覚を刺激されても、ダメージを負うことはありません。また、眼下の花畑に入った際に予想される攻撃でも、ダメージを負うことはないでしょう」
いきなり背後から声を掛けられたので、驚いた俺が肩をビクッと跳ねさせて振り返ると、そこにはクルミが何食わぬ顔で立っていた。
連れてきた覚えはないのだが……こいつ、いつの間にか近くに居ることが多いな。寂しがり屋か?
「否定。当機体は『寂しい』という惰弱な感情とは無縁です。即刻、認識を改めてください」
「いや、口に出してないのに突っ掛かってくるなよ……」
クルミは人形なので、確かに花の香りでどうこうなる訳ではないのだが、戦闘力の程は未だに確認出来ていない。そのため、荒事でクルミを頼ろうとは考えていなかった。
そもそも、クルミの肩書は『全自動胡桃割り人形』なのに、どうして戦闘面でこんなに自信満々なんだろうか……? と、俺が疑問に思っていると、アルティが尻尾を振りながら声を弾ませた。
「主様っ! サカスゾウを倒したのだ!! 我の絶妙な火加減で、こんがり焼けておるのだぞ!! 褒めてたも! 褒めてたも!!」
「おお、早かったな。良くやってくれた。偉いぞ。花畑を隅々まで燃やしたら、サカスゾウのところに降りよう」
サカスゾウは花を咲かせる能力が厄介なだけで、本体は然して強くなかったようだ。見事にサカスゾウを倒したアルティは、残りの花畑を焼き払ってから地上に下り立ち、省エネモードの人型になる。
「ふぅ……。百年分の働きをしてしまったのだ……! そう、百年分っ! 百年分も!!」
一仕事終えたと言わんばかりに額の汗を拭うアルティが、俺をチラチラと見遣りながら、これは百年分の働きなのだと頻りに主張した。
まさか百年も仕事を免除する訳にはいかないので、俺は百年分の働きをおやつに換算してアルティを納得させる。今回の働きは、蜂蜜が入った小瓶十本分だ。文句はあるまい。
皆のおやつは減らせないので、当然のように俺のおやつを減らすことになる。悲しいが、背に腹は代えられない。
「──さて、サカスゾウは解体したら、何が出るんだ?」
俺は気を取り直して、こんがりと焼けているサカスゾウを第三の牧場魔法で解体した。すると、出てきたのは生に戻った肉の塊が四つと、薄っすらと緑がかった象牙が二本、それからデフォルメされたサカスゾウの形をしているじょうろが一つだ。
懐から取り出した物品鑑定用の眼鏡を掛けて、それらを鑑定してみると、肉は普通の食材で、象牙は美術品としての価値しかないことが分かった。
しかし、じょうろは正真正銘のマジックアイテムである。これで水遣りをすると植物が急成長して、更にはそれが花を付けない植物なら、花を付けるように変異させるらしい。
この鑑定結果をアルティとクルミに伝えると、アルティは微妙そうな表情で首を捻った。
「うーむ……。植物の成長なら、今でも十分に早いと思うのだが……。あっ、ハッチーが喜びそうなアイテムであろうか?」
「そうだな、確かにハッチーは喜びそうだ。だから、今後はアルティがハッチーの飼育区画を見回りするときに、このじょうろを使って適当に水を撒いてくれ。そうすれば、雑草だって野花に早変わりだ」
「あぅっ……う、迂闊だったのだ……!! 我の仕事が増えたのだぞ……!?」
アルティは頭を抱えて自分の発言を後悔したが、空を飛んで適当に撒いてくれれば十分なので、別に大した手間ではないだろう。
畑の方は緑の手とミミズの沃土で事足りているので、じょうろまで使うのは過剰かもしれない。そのため、ハッチーの飼育区画以外で使う機会はなさそうだ。……と、俺がそう思ったところで、クルミが口を開く。
「提案。そのじょうろを使って、世界樹の成長を更に促進させるのは如何でしょうか?」
「あー、その手もあるのか……。でも、世界樹って花が咲くようになっても大丈夫なのか?」
「不明。世界樹は元々、花を咲かせる植物ではありませんので、花を咲かせた結果どうなるのかは、当機体にも分かりません」
世界樹が花を咲かせた結果、香りが強烈で獣人たちが辛い思いをする可能性もある。
ただ、すぐ近くでサカスゾウという凶悪な魔物が生まれたことを考えると、魔素を吸収してくれる世界樹には早急に成長して貰いたい。
「……まあ、いざとなったら枝を切れば良いし、世界樹にもサカスゾウのじょうろで水遣りしてみるか」
俺はそう決めた後、第八の牧場魔法を使って、サカスゾウの肉と象牙から因子を抽出した。肉の味は気になったし、象牙も良い値段で売れそうだったが、やはり希少な因子は見過ごせない。
ただ、全部で注射器一本分の因子しか得られなかったので、これだけだと変異進化する確率は低い。希少な因子だから、以前に入手した『一摘みの幸運』というアイテムと併用しても良いのだが……仮に、花を咲かせるコケッコー系統の魔物が生まれたとして、それは一摘みの幸運を使う程の価値がある魔物なのだろうか?
俺たちはサカスゾウのじょうろを手に入れたので、花を咲かせる魔物の存在が重要になるとは思えない。
うーん……。これは要相談だな。
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