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三章

18話 鬼ごっこ ③

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 ──俺は無事に、ミーコ以外の豹獣人を全員捕まえることが出来た。所要時間は凡そ五分だったので、俺に残された時間はあと二分だけだ。

「はにゃっ! やっとみゃーとの勝負、再会かにゃあ!?」

 ミーコは俺が他の豹獣人たちを追い掛けている間、逃げも隠れもせずに俺の近くを走って、早く相手をして欲しいと言わんばかりの眼差しを向けてきていた。明らかに舐めたプレイ、所謂『舐めプ』というやつで、無性に腹が立つ。

 こういう迂闊なことをやっているから、マックに捕まったんだろうなと察したが、俺はそんな隙に付け込まず、真っ向勝負でミーコを捕まえたい。

 だから──、

「行くぞ!! ここからが本番だッ!!」

 敢えて堂々と宣戦布告してから、俺は全速力でミーコを追い掛け始める。

 当然のように逃げるミーコだが、二百人分の豹獣人の能力値が加算された今の俺の方が、僅かに速い。

「にゃにゃっ!? 速くにゃってる!? まさかっ、さっきまでは本気じゃにゃかったの!?」

 ミーコは軽く振り返って、俺が着実に距離を詰めていることに気が付いた。だから、もう自分が不利なアルティの背中の上には戻らず、人がいなくなって動きやすくなった牧草地の上を走る。
 
 アルティの巨躯がど真ん中にあるので、円を描くように走らなければならないが、例の如くミーコは全く減速していない。しかし、それは俺も同じことだ。

 ミーコのように滑らかな曲線を描いて走れる訳ではないが、俺にはルゥから見て学んだ『衝撃波によって身体を移動させる技』がある。これを細かく多用することで、幾度となく走る軌道を修正して──遂に、彼我の距離が一メートルを切り、俺の手がミーコの背中に届きそうになった。

「うおおおおおおおおおおっ!! 捕まえ──っ」

「にゃあああああああああっ!! 負けてぇ──ッ、たまるかああああああああああああッ!!」

 ルゥですら追い付けない程に足が速いミーコは、純粋な速さを競う勝負において、全身全霊の力を振り絞った例がなかった。

 搦め手を使われて負けることはあっても、基本的にはいつも余裕で勝ててしまうので、『自分の方が遅いかもしれない』と追い詰められた経験なんて、本当に皆無である。

 つまり、これ以上の速さは必要がないから、天職の成長も頭打ちだった。

 ──しかし、今この瞬間。ミーコの脳裏には、初めて『敗北』の二文字が鮮明に浮かび上がり、更なる速さを心の底から求めることになった。

 俺が伸ばした手を弾くように、ミーコの身体から紫電のようなオーラが迸り、その背中が目の前から一瞬で遠ざかる。……この現象は十中八九、天職の覚醒だろう。

 ミーコが真っ直ぐに駆け抜けた場所は、プラズマでも発生しているかのような軌跡が出来ていた。余りの速さに唖然としてしまった俺だが……、立ち止まって冷静に状況を把握してから、一つ頷く。

「──よし、俺の勝ちだな」

 ミーコは加速し過ぎた自分の身体を制御出来ずに、そのまま場外へと飛び出したので、当たり前だが反則負けだ。

 純粋な足の速さで俺が勝った訳ではないので、ミーコは絶対に納得しないだろうが、現状だと俺があの速さに追い付くことは不可能なので、何とか言い包めるしかない。






 ──鬼ごっこ勝負をしてから、程々に時間が経過して、夕食時になった。

 俺たちは満天の星空の下、肉や野菜を沢山焼いて、盛大なバーベキューを行っている。豹獣人と彼らの家畜である牛獣人、羊獣人を俺たちの牧場に取り込んだので、今夜は記念日のパーティーだ。

 しかし、住人が一気に増えて準備が間に合わなかったので、今回は唐揚げを用意していない。

 ルゥを筆頭に、恒例の唐揚げパーティーを楽しみにしていた面々はしょんぼりしたが、牧場は益々賑やかになったので、物悲しい雰囲気はすぐに霧散した。

「……むぅ。ルゥ、唐揚げ……食べたかった……」

 まあ、ルゥだけは未だに不満げだが……。

「あんたね、こんな日くらい我慢しなさいよ。それに、このピーマンの肉詰めだって、とっても美味しいわよ?」

 ルゥが頬を膨らませながら、パクパクと肉ばっかり食べている横で、モモコが新作料理のピーマンの肉詰めをルゥに勧めていた。ルゥは素直に、差し出されたピーマンの肉詰めに齧り付き、満足げに尻尾を振る。

 これは、クルミがデータベースにあるレシピを参考にして作ってくれた料理で、半分に切ったピーマンに詰め込んでいるのは、コケッコーのもも肉とむね肉を混ぜ合わせた合挽き肉だ。

 牧場の畑で採れたピーマンを使っているので、これもやはり巨大であり、ルゥとアルティ以外は丸々一個を一人で食べ切ることが出来ない。そのため、皆で切り分けて食べている。

 これなら肉詰めに拘る必要は無かったように思えるが……まあ、偶にはこんな料理も悪くないだろう。ちなみに、美味しさに関しては百点満点だった。

 ふと、アルティの方を見遣ると、こいつはピーマンをお皿か何かと勘違いしているのか、中の肉だけをガツガツと食べていた。

「警告。アルティ、ピーマンから肉だけを取り出して食べるのは、止めてください。それは当機体が手塩に掛けて作ったピーマンの肉詰めです。肉とピーマンを一緒に食べるのが作法だと、肝に銘じてください」

「うっ、うむぅ……。その、我……ピーマンは苦手で……」

 クルミがアルティの偏食を注意すると、アルティはアホ毛をへなへなと萎れさせた。既に省エネモードの人型に戻っているアルティは、本気モードだった時の威厳を完全に失っている。

「アルティ、好き嫌いは駄目ッピよ? ピーマンも食べないと、大きくなれないッピ」

 アルティの隣に座っているピーナが、お手本を見せるようにピーマンに齧り付いた。こちらもピーマンの苦みは好きではないようだが、目をギュッと閉じながら、しっかりと咀嚼して飲み込んでいる。

「いや、あの……我、もう身体は、十二分に大きいのだが……」

 アルティはぶつくさと文句を言いながらも、子供のピーナにこれ以上諭されては沽券に関わると思ったのか、少しずつピーマンを食べ始めた。品質は頗る良いのだが、ピーマンとはどうあっても苦い食べ物なので、口をへろへろにしながら噛む回数を減らして、何とか飲み込んでいる。

「アルティ、沢山食べて今日は英気を養っておけよ。明日は大仕事があるからな」

 今日はもう第十の牧場魔法を使ってしまったので、俺たちがサカスゾウと花畑を燃やしに行くのは明日だ。……とは言っても、俺は不測の事態に備えて同行するだけで、基本的にはアルティに働いて貰うことになる。

「主様……。我のピーマン、代わりに食べてたも……。そうすれば、明日はいっぱい頑張れる気がするのだ……!」

 アルティが小癪な交渉を持ち掛けてきたので、俺は仕方なく、肉が入っていない巨大ピーマンの半身を受け取った。そして、ピーマンに齧り付きながら、これからのことを考える。

 ──新たに増えた牧場の住人は、豹獣人が約二百人、牛獣人が約百人、羊獣人も約百人で、合計四百人ほど。前々から牧場に人を増やしたいと思っていたので、住居となるゲルなら着々と集め続けていたが、流石に全然数が足りていない。

 ゲルの生産量を考えれば、狼獣人のところから一気に仕入れることは出来ないので、普通の家を建てられる大工を街から呼ぶべきだ。幸い、林檎の木は幾らでも生やせるようになったので、木材に困ることはない。

 食事に関しては、しばらく街に卸す肉を無くして、コケッコーの数を増やそう。

 新しい住人たちの居住区画と、新しいコケッコーの飼育区画を作るために、牧草地も広げなければならない。豹獣人は戦える種族なので、居住区画は大草原側に作るとして、戦えない牛獣人と羊獣人の居住区画は、牧場の内側が良いだろう。

 こうして、俺が頭の中でやるべきことを整理していると、すぐ近くからミーコの叫び声が聞こえてきた。

「嫌にゃあああああああっ!! 負けてにゃい!! みゃーは負けてにゃいのぉ!!」

 ミーコは先程から地面を転がって、ジタバタと暴れている。やはりと言うべきか、あの負け方では納得していないらしい。そんなミーコのもとに、メルが取り皿に乗せた料理を運んできて、厳しい言葉を送った。

「ミーコさん。どんな形であれ、負けは負けなのです。真剣勝負の世界には、『待った』も『たられば』も無いのですよ」

「そうそう、メルの言う通りだ。それに、なにも二度と勝負しないなんて言ってないんだから、今回は潔く負けを認めてくれよ。そうしたら、また鬼ごっこで勝負してやっても良いからさ」

 俺がそう提案すると、ミーコは勢い良く立ち上がって、俺に詰め寄ってくる。

「ほっ、本当かにゃ!? 本当にまた勝負してくれるって、約束するんだにゃ!? 勝ち逃げは許さにゃいんだよ!?」

「ああ、ミーコが今回の負けを認めて、俺に従うって誓ってくれるならな」

「にゃ、にゃあ……っ、分かったのにゃ!! アスルは今日からボスにゃ!! だからっ、みゃーとまた鬼ごっこ勝負っ! 絶対にするのにゃあ!!」

 俺はにやりと不敵な笑みを浮かべて、ミーコと再戦の約束を交わした。

 この時点で、ミーコは俺の家畜という扱いになったので、今後は天と地が引っ繰り返っても、俺の勝利は揺るがない。今の俺が第十の牧場魔法を使えば、ミーコの能力値も俺に加算されるのだ。
 
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