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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
40. 海賊退治
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5000m級戦艦二隻の増援を得て、海賊船団との砲撃戦の決着はほぼ一瞬で終わった。
「レジーナホールアウト。カーリー、インドラホールアウト確認。最優先目標巡洋艦5隻ターゲッティング。」
レジーナの声と共に、視野にA~Eの五つの赤いマーキングが現れた。
「カーリー、インドラ、ホールショット。五連二斉射。着弾まで5秒。3、2、1、着弾。巡洋艦隊撃破。」
状況をレジーナが読み上げ続ける。
カーリーとインドラのマーカーの脇に、レールガンを発射した表示が浮かぶ。その下にホールショットを利用した事が表示される。
レジーナの読み上げと同時に、前方の宇宙空間に白い火球が五つ次々と生まれて膨れ上がり、大量のデブリを残渣として雲のように残しながら薄れて消える。
もちろん、今のレジーナの位置からそれを肉眼で見ることは出来ない。そもそも光がまだここまで届いていない。
ブラソンの作成したシステムは、レジーナから見た画像情報に、プローブから送られてくる画像情報をうまく織り込みながら表示する。
ゲーム好きなブラソンらしい。「プレイヤー」が何をどの様に見たいか、どの様に演出すれば的確に情報が伝わり、そして「プレイヤー」が満足するかが良く分かっている。
カーリー達はホールショットに反応弾頭を用いていたようだ。着弾と同時に軽巡洋艦が内部から膨れ上がるように一撃で爆散したのがリードプローブからの映像で確認できた。
これらのステーションX外を遊弋する艦船に、囚われたエイフェが積み込まれている可能性も検討した。
まず第一に、船に商品を積み放しにする意味が無い。より安全で安定したステーションXという保管場所が近くにあるにも関わらず、船に商品を積んでおく意味が無い。
そんなことをするくらいなら、船に積んだままフドブシュステーションに停泊している方がましだ。こんなところまでやってくる必要はない。
また、ステーションXから船に商品を移載したのであれば、ステーションXの近くに居る意味が無い。
船に積載した理由は、注文が入ったからだろう。ならばさっさと届ければ良い。納品が遅れれば、客の機嫌を損ねる。
故に、ステーションX周辺宙域を遊弋する艦船の中にエイフェが居る可能性はまず無いと思われた。
「カーリー、改造リードプローブC、D、E射出。プローブホールイン。Cホールアウト。D、Eホールアウト。」
マーキングが付いた肉眼では見えるはずのないリードプローブが、カーリーの前面に開いた三つの小さなホールに突入していくのが見える。
ホールショットはマスドライバ弾頭をホールドライヴで転移させ、目標の至近もしくは内部に転移させて直撃させる攻撃法だ。
射撃の正確性よりも、ホールの精密なコントロールが必要であり、またレーザー砲のような線制圧兵器ではないために敵の位置を正確に知る必要がある。
数百万kmという遠距離からの観測で射撃を行っていたのでは、いかに光よりも速く弾頭が到達するホールショットでも、敵位置が変わってしまって命中させることは出来ない。
そのため、敵の至近で敵位置をリアルタイムに観測する観測機が必要となる。
カーリーは、俺が提案した改造リードプローブを大量に製造し、着弾観測機代わりにホールショットで敵の近くに送り込んでいる。
「敵艦AからTをマーキング。カーリー、インドラ、五連四斉射。着弾観測中。」
前方の空間にマーキングが次々と表示される。
そしてホールショットは、着弾観測機さえ敵の近傍に放り込んでしまえば、射撃する側は射程距離を気にせずほとんど移動することなく射撃を続けることが出来る。
とは言え、レールガンで射出する砲弾をそれほど高速まで加速することなど出来ず、例えば一光年も離れれば着弾まで数分かかるようになり、その間に敵位置が変わって命中率は下がる。
今、レジーナとステーションXとの距離は約五百万km程度であり、ホールショットはものの数秒で着弾する。
量子通信でデータを送ってくるため、観測から発射までの時間はゼロに近く、タイムラグの原因は、標的からプローブまでの距離と、発射から弾着までの時間だけだ。
しかしそのほんの数秒のタイムラグでも、標的がランダム機動をすれば命中率は極端に下がる。
だから、自分たちが攻撃を受けていることを敵が認識できるまでの間に極力多数の敵に攻撃を加える必要があった。
敵は百万km程の範囲に広がっていた。
攻撃され、巡洋艦が爆散したことが伝わるまでに数秒。情報に反応し、機動するまでに早くとも数秒。
「目標、A、C、F回避しました。他は全弾命中。プローブ追跡します。兵器変更。カーリー、インドラ共にミサイル二十発三斉射。ミサイル順次ホールイン。」
ホールショットを回避した敵艦のマーキングがじわりと動き始める。実際には最大加速をかけているのだろうが、数百万km先であるので動きは小さく見える。
発射直後ではあまり速度の乗らないミサイルでホールショットを行うのは、レールガンに対して不利だ。ホールイン時の速度が遅いので、ホールアウトまでの時間が長くなる。
しかし、ホールアウトした先で敵を追尾できるのはミサイルだけだ。
「ミサイルホールアウト。追尾中。目標A直撃多数。シールド崩壊しました。目標A撃沈。目標F撃沈。目標C撃沈。空間クリア。」
遙か彼方でホールアウトしたミサイルが小さな青色のマーカーとなって表示される。
意識を向けると、逃げまどう海賊船がズームアップされ、追いすがるミサイルがそれに群がるのが見えるようになった。
ミサイルは次々と海賊船に着弾してシールドを激しく叩き続ける。
明らかに負荷が掛かりすぎていると判る鈍い赤色に着色したシールドは、次の瞬間はじけるように消滅した。
船体に直接着弾し始めたミサイルに海賊船は翻弄され弾き飛ばされ、そして最後は白い火球となって消滅した。
レジーナの様に分解フィールドでも備えていれば別だが、三百m級の船のシールドが、戦艦から放たれた反応弾頭のミサイル多数を受けて保つはずも無い。
また通常、重力シールドはデブリが衝突する前面に向けて展開している。後方から追いすがるミサイルには対応出来ない。
これもまた、レジーナであれば有り余るリアクタパワーとジェネレータによって、全周をカバーする重力シールドを常時展開している。
高機動力、高加速性能を持たせた上でさらに安全を求めた結果、実はレジーナの防御能力は軍艦並とまでは行かないまでも、それにかなり近い性能を誇っていたのだ。
分解フィールドによるシールドを手に入れた今、物理的な打撃に対する防御力は軍艦のそれを上回っていると言って良い。
「カーリー、インドラ、量子端末内蔵特殊弾頭を用意。ホールショット目標ステーションX。二連三斉射。着弾は、ステーションX表面熱分布の高い区域を中心に散布。5秒前、3、2、1、着弾。信号干渉開始。12基中7基で接続を確立。ノバグ、侵入開始願います。」
「諒解しました。侵入開始。ノバグR001から010を展開。ネットワークアクセス突破。ネットワーク構造解析中。完了。攻撃開始・・・完了しました。ステーションXネットワーク掌握致しました。非常に単純な構造のネットワークです。
「ステーションX武装非アクティブ、シールド非アクティブ、ジェネレータは稼働数三基。リアクタ稼働数一基です。ステーションは極めて限定的にしか使用されていません。センサー類ブラックアウト。通信ブラックアウト。ステーションXハードウェアの無力化終了致しました。
「ステーションX駐留人員は84名。全員ジャキョセクション関係者です。格納コンテナ数は244。内容物不明です。内122個のコンテナでパワー消費が認められます。コンテナへのパワー供給を継続します。
「HAS48機確認。LASを33機確認しました。その他武装については不明です。HAS及びLASの機種及び稼働状況不明です。」
「レジーナ、ステーションXの表面温度が高い部分で、距離500mに着けてくれ。」
「諒解。短距離ホールジャンプします。ホールイン5秒前、3、2、1、ゼロ。ホールアウト8秒前、5秒前、3、2、1、ゼロ。ステーションXまで距離十万km。カーリー、インドラ、密集編隊解除。任意航路で周辺を遊弋願います。
「レジーナ、ステーションXに接近します。指定位置到着まで32秒。」
さて、上陸の再確認だ。
「最終確認だ。上陸部隊は、アデール、ニュクス、ルナ、ブラソンと俺、で良いな? ブラソン、本当に良いのか?」
いつも白兵戦になるとインドア派を主張して愚痴るブラソンが、今回は自分から挙手して確実に白兵戦を伴う上陸に参加表明した。
エイフェを見つけられるのは自分しかいない、と言って。
「ああ、問題ない。こればっかりは現場に行かなければ処置できない。今回は自宅の警備はお預けだ。」
「アデール、問題ない。」
「ルナ、問題ありません。」
「ニュクス、問題なしじゃ。」
「OK。ノバグ、可能なら敵位置の特定と誘導を頼む。レジーナ、いつも通りサポートを頼む。」
「ノバグ、諒解致しました。」
「レジーナ、諒解です。」
突入戦や白兵戦時の役割分担が固まりつつある。基本的に実体を持っている者が実行部隊、ノバグがシステム攻撃担当で、レジーナが統括サポートだ。後は突入先によって、AI生義体のルナとニュクスが実行部隊に入るかどうかの選択、というところだ。
もっとも、本来貨物船の乗組員であるこの面子が、突入白兵戦の役割分担を持っているのがそもそもおかしいことであることは自覚している。
こういう事をしているから、「荒事専門の運び屋」などと呼ばれて、まっとうな儲け話が来なくなっていくのだが。
「ステーションXの高温エリア近傍五百mに到達しました。ステーションXからの攻撃的行動はありません。」
「五分後に貨物室に集合だ。」
そう言って俺は船長席を立った。コクピットのそれぞれのシートに座っていた他の三人もほぼ同時に席を立つ。
ステーションXから一光年の距離まで近づいた時点で、突入を予定していた全員にAEXSSの着用を指示してある。ニュクスを除いた三人ともがAEXSSを着用している。
もっとも、ルナはその上にさらに色々と着込んでいるのだが。
俺たち四人がコクピットの隔壁を開けて主通路に出ると、アデールが自室から出てきて部屋の前に立って俺達を待っていた。
アデールが合流し、五人で通路脇のリフトを使って貨物室に降りる。
ミスラは自室となった一般客室Aで大人しくしている筈だ。
本来ならこういう物々しい雰囲気の時には誰かが一緒に付いて居てやるのが一番良いのだろうが、状況がそれを許さない。
ミスラもレジーナに乗ってもう十日にもなる。そろそろ船での生活にも慣れてきているようだ。大丈夫だろう。
俺達五人は、貨物室の一角に向かう。
アデールの持ち込んだ小型コンテナを中心にして、その両側に幾つかの棚が並んでいる。
そこは、貨物室というよりも、武器庫、もしくは武器の展示場といった雰囲気がある。
アデールのコンテナがあるので、その付近にAEXSSの装備や白兵戦用の武器を集めてみたのだ。
棚においてあるショルダホルスタを身体に巻く。
壁に掛かっているSMGを手に取る。パワーを入れ、AARで視野の端に表示される自己診断プログラムで動作を確認し、装弾状況を確認する。
両脇に下がったショルダホルスタにそれぞれ一丁ずつSMGを、そしてその横に高周波ナイフを差す。
棚から飛翔用ジェネレータユニットを取り、アデールに頼んで背中に装着してもらう。
ジェネレータユニットにパワーを通し、自己診断プログラムが視野の端に「異常なし」のサインを表示することを確認する。
グレネードとフラッシュバンを取り上げ、腰のマガジンに流し込む。
個別のグレネードがAEXSSに承認され、視野の隅に残弾数が表示される。
詰み上がっているチョコバー(ブレットタブ)を取り、外腿にあるマガジンポケットに差し込む。
各装備を軽く上から叩き、ちゃんと固定されていることを確認する。
そして最後に再び壁に近づき、設けられたラックの上に掛かる重アサルトライフルを手に取る。
パワーを入れ、ID認証、自己診断、異常なし。装弾OK。
そして振り返る。
そこには俺と似たような格好をした四人が立ち並ぶ。
「諸君。準備は良いか?」
全員が肯く。ブラソンが不適に嗤う。
「ようし。では、海賊退治だ。古来、海賊退治では遠距離砲撃戦の後、直接乗り込んで殺し合いと相場は決まっている。エアロックに移動だ。」
貨物室に設えられた大型エアロックに全員で移動する。
エアロック内壁が閉まり、明かりが減圧中を示す黄色に変わる。
明かりが減圧完了の赤に変わると同時に、外壁が開く。
小さなクレーターだらけの鈍く艶消しの灰色の壁のような物が、五百m向こう、レジーナからの投光器の光の中に浮かび上がる。
直径数百kmもあれば、その表面の見え方はすでに星の地表と同じだ。
俺達はその陰鬱な色をした人工の小天体の表面に向けて、エアロックの床を蹴った。
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