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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
39. 襲撃準備
しおりを挟む■ 4.39.1
それは、ニュクスに特殊偵察機の作製を依頼して数時間後に起こった。
その時俺は自分の部屋に籠もって、ふらりと現れたアデールと共に、ステーションXと名付けた、海賊達が根城にしているテラフォーミングサテライトの攻略法を考えていた。
勿論、ステーションXにしても、海賊船団にしても、詳細な情報は未だ集まっていないので、あくまでケーススタディの様なものでしか無い。
しかし例えその様なものでも、なんの理論的裏付けをも持たずいままで直感だけで戦っていた俺が、教練で習っただけとは言え、アデールが軍人の知識として持っているセオリーと呼べるものを知ることの意味は大きかった。
ルナが持ってきてくれたコーヒーを啜りながら、アデールも俺も部屋に置かれたソファーに腰を掛けて落ち着いた状態で話し込んでいた。
突然、船内の明かりが赤に変わる。
「緊急。本船近傍に重力擾乱。数2。いずれも本船から五百万kmの距離です。パターンはホールアウト。え? 友軍?」
レジーナが状況を報告してくるが、途中から妙な調子になる。
思わずアデールの顔を見るが、アデールも困惑顔をしている。どうやら、地球軍では無いようだ。
とすると、心当たりはあとひとつしか無いが。
「ホールアウト。各1隻、計2隻。五千m級の戦艦と推定。艦種マッチングありません。不明艦いずれも等速航行中。51秒後に本船に最接近。」
その時、俺の部屋のチャイムが鳴った。
二対の瞳が見守る中、開いたドアから顔を覗かせたのはやはりニュクスだった。
「勝手に呼んでしもうたんじゃが、良かったかのう?」
すでに到着しているのだから、良かったも悪かったも無い。
だが、客観的に考えて五千m級戦艦二隻の戦力は非常にありがたい。
ホールドライヴを手に入れた機械達は、勿論「銀河人類に見つからないように」という制限付きではあるが、やっと好きなように自分達の隠れ家から出歩けるようになったのだろう。
この二隻の超大型戦艦も、以前の駆逐艦「霧風」「谷風」の様に、嬉々として手伝いにやって来たに違いない。
「いや、助かる。正直、レジーナだけだと火力不足で少々不安だったのは確かだ。彼女がまた満身創痍になる姿を見たくはないしな。」
ジャキョセクションの軽巡級戦闘艦二隻との撃ち合いで、重要区画(ヴァイタル・パート)に損傷は無かったとは言え、全身をズタズタにされたレジーナを修理するのには、ニュクスが操るナノボットの全面的なサポートがあってもたっぷり二日間必要だった。
修理に要した時間も問題だったが、それより何より幾ら元通り直してもらえるとは言え大切な自分の船が傷ついている姿を見るのは胸が痛む。
ジャキョセクションが支援する海賊船団だ。同クラスの船が何隻も出てきたとしてもおかしくは無い。
逆に、戦艦が二隻いれば、例え軽巡もどきが100隻出てこようが勝てる。
しかしそれにしても随分大きな戦艦を送り込んできたものだ。
「そうか。役に立てそうなら良かったわい。あやつらが居る方が、儂の作業もはかどるしの。」
そう言ってニュクスは笑った。
「とりあえず、さっき依頼された改造偵察プローブはあやつらに作らせて居る。因みに2560mmのレーザー砲塔が48本の方がB6-95453艦で、64本の方がD4-65175艦じゃ。」
区別出来るかそんなもの。
というよりも、2500mmもの大口径レーザーを64基も積んでいるのか。
確か地球軍の3000m級の戦艦で、2000mm前後のレーザーが30基程度だったと記憶している。
まあ、もっとも地球軍は、レーザーよりもマスドライバー重視の武装なのでそんなものなのかも知れない。
ホールショットを使って超光速で砲弾を撃ち込む方が、のんびりレーザー光が飛んでいくのを待つよりも余程素早く攻撃出来る。地球軍のレーザー砲装備は、反航接近戦のために特化されている。
「なんじゃ、区別付かんのか。ならば、彼奴等に名前を付けてやってくりゃれや?」
なにが「ならば」だ。最初からそのつもり満々だったのだろう。
ネットワークで直接呼びかけられるAI達はともかく、ヒトである俺やブラソンでは、常に瞬時にどちらがどちらなのか判別など付けるという事は出来ない。
もっとも、当然今後も名付けを要求されるものとしてこちらも幾つか名前の候補を考えてあるのではあるが。
「大型戦艦か。あのサイズよりも大きい戦艦は居るのか?」
「いや、居らぬ。あれ以上大きうすると、何ぞあった時の潮汐力が大きう成りすぎて、逆に取り回しが面倒になるのじゃ。あれよりも大きうなると、次は直径80kmの小型要塞クラスじゃの。」
成る程。戦艦として最大クラスか。
「2500mmレーザー64本の方が『インドラ』で、48本の方が『カーリー』ではどうだ?」
「ふむ? 今度はヒンドゥー神話かや? おおう。随分気に入った様じゃ。インドラの方は宙返りでも打ちそうじゃ。カーリーの方は脚があったら踊っておるの。」
カーリーが踊るのは止めろ。大変な事になりそうだ。
「喜んでもらえたなら何よりだ。戦艦二隻の参加で、計画を練り直さなければいかんな。しかし色々と随分楽になる。ありがたい。」
ニュクスは満面の笑みだ。
今度はニュクスも含めて、俺の部屋で作戦の練り直しが始まった。
■ 4.39.2
「カーリーから改造リードプローブ射出。ホールインしました。ホールアウトは1分58秒後。位置ステーションXから1光日の予定。」
レジーナが状況を読み上げる。
戦艦カーリーの位置を示すマーカーにレールガン発射、リードプローブ射出の表示が重なり、次の瞬間カーリーのマーカーの前方にホールが開いた事を示す紫色の三角形が表示される。
カーリーから射出されたリードプローブのマーカーが、その紫色の三角と重なり、消えた。
二隻の戦艦は、レジーナから左右に僅か50kmの位置を維持している。インドラが左側、カーリーが右側だ。
いずれの戦艦も、レジーナ船内ネットワークに直接接続している。ニュクスと同じ扱いだ。
直接接続しているので、レジーナは彼女たちからのあらゆるデータを直接受け取る事が出来る。逆にシステムに繋がった俺達の会話を直接聞くことも出来るし、システム外での会話も多分ニュクスかレジーナが中継しているだろう。
レジーナ船内にいるAI達と機械達の関係は急速に親密になっていた。
この「機械達」とは、ニュクス個体ではなく、機械達集合知性体、もしくは数百万という機械達の個体、という意味だ。
ニュクスが同行するようになって以来、俺は機械達にレジーナ船内ネットワークへの接続を許可していた。
例え許可を出さなくとも、集合知性体の一個体であるニュクスが船内にいて接続していれば同じ事だし、寂しがり友達を欲しがっていた機械達に大きく腕を広げ迎え入れる事で、彼らの信頼を勝ち取る事が出来るだろうという計算が入っていたことも否定はしない。
結果としてその判断は正しかったと思っている。
船体の改造修理や物資調達などという実利的な面を除いても、少しひねくれつつも実は優しく思慮深いニュクスという友人もしくは乗員という存在を得たことはとてもありがたい話だった。
機械達とのファーストコンタクトを行った者として、そしてその機械達の有力な個体が継続して乗り込む船として、特異点的な扱いを受けている。
アデールという地球軍情報部の手先を呼び込んでしまったこともそれが原因であるが、とは言え地球軍がレジーナに手を出せないのも同じ理由からだ。
地球軍が俺の両親を人質に取り、俺に言うことを聞かせようとしたときにニュクスが言い放った一言はそれなりに効いていると見える。
あの時。キュメルニアガス星団の中で、もちろん生殺与奪の権を全て機械達に握られていたというのもあったが、しかしそれよりもニュクスの申し出自体が気に入って俺は彼女の同行を許可した。
ニュクスはあの時、俺達と共に旅をして色々なものを見たいと言った。
機械知性体であるAIがその様なことを言い出した事自体に驚いた。余りに人間らしい、まるで子供が未知の世界に好奇心を抱いている様な発言だった。
だがその一瞬で、俺は機械達をもう仲間と見なし始めていたのかもしれない。
なぜならば、俺がそうだったからだ。そして今もそうだからだ。
夜空に瞬く星々を見上げて、そこにあるであろう想像もつかないものを見たいと思った。それを見に行きたいと思った。どうしようもないくらいに憧れた。
だから、非常識極まりない方法ではあったが、無理矢理にでも地球から旅立った。
だから、安定した収入が得られる事を知りつつ、定期航路のパイロットは選ばなかった。
危険に満ち溢れ、収入も安定せず、いつどの様な事故で命を落とすとも分からなかったが、それでも自分の船を持って自由に宇宙を飛び回って色々なものを見たいと思った。そして今もそう思い続けている。
ニュクスのその一言は、常に俺の心の中にある衝動と同じだった。
そして、ニュクスは集合知性体である機械達の一部であると知った後は、即ち機械達全てがそのような連中であると分かった。
俺にとっては、汎銀河戦争などというクソ下らないものに全力を傾け、己の身体さえ戦争に特化するために機械化し、戦争に勝つことの目的と手段を完全に取り違えたようなファラゾアやラフィーダといった列強種族達よりも、機械達の方が余程身近に思え、自分の同類であると認めることができたのだ。
「改造リードプローブホールアウト、5秒前、3、2、1、ゼロ。ホールアウト。位置確認。ステーションXより1光日。全方位パッシブスキャン開始。ステーションXからの電磁波放出確認。重力波放出確認。船影確認。数25。船種不明。1000m級5隻、500m級12隻、300m級3隻、100m級5隻。確認できた全ての船で赤外線アクティブ。各船とも武装不明。電磁通信を傍受。解析中です。」
俺が物思いに耽っていると、ステーションXの近くにホールアウトした偵察様改造リードプローブが送りつけてくる情報をレジーナの声が読み上げ始めた。
同時に、視野の中に情報ウィンドウの展開を促す表示が明滅し、そこに意識を向けると右側に大きなウィンドウが開いてステーションX近くの空間マップが表示された。
25隻の船は全てステーションXから百万km以内に止まっている。
プローブからの情報では、ステーション周囲に警戒網を形成するプローブやセンサーの類は検知されていない。
海賊が高価な完全ステルスプローブを大量に使用するとは考えにくい。
他の星系から遙か離れた星系間空間に浮かぶこのステーションが発見されることなど無いと考えているのだろう。
「カーリーから改造リードプローブB射出。ホールイン。ホールアウトは2分後。ホールアウト予定位置はステーションXから150万km。」
行動開始だ。
「作戦開始。全艦加速開始。火器管制レッド。ホールアウト直後のホールショットに備えろ。」
俺の行動開始の宣言と共に、三隻の船が加速を始める。
「全艦加速2000G。ホールインは4分後。さらに1分20秒後にホールアウト。ホールアウト直後から全力ホールショット。半管制射撃弾種任意。最優先目標は1000m級5隻。」
レジーナの声が戦いの始まりを告げる。
「レジーナ重積シールド展開。A、B、C砲塔セーフティアンロック。短距離ミサイルランチャーセーフティアンロック。ミサイル弾種反応弾10、通常弾10。レールガンセーフティアンロック。」
レジーナの新装備だ。
カーリーとインドラが参戦してくるより前、対艦戦能力が非常に低いレジーナではステーションX近傍に展開して居るであろう海賊船団に対抗できないと考え、ニュクスに頼んで設置してもらった。
小型のレールガンを船体底部に増設したので、船体そのものに対する改造はさほどでもなく、また船体の延長をするような事も無かったのだが、これを頼んだときのニュクスのドヤ顔はなかなか見物だった。
「改造リードプローブBホールアウト。パッシブスキャン開始。船種同定。1000m級は、タミエルカ級巡洋艦2隻、レフナ級巡洋艦2隻、ゼベケ・ホイセ級巡洋艦1隻と確認。」
そうしている間にも、三隻の船はさらに加速していく。
「ホール形成。5秒前、3、2、1、ゼロ。レジーナホールイン。ホールアウトは1分20秒後。」
ホールから出ればすぐに戦闘開始だ。
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