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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
7. レジーナ、ブチ切れる
しおりを挟む■ 4.7.1
ゼセリゼイエまでの航海はなかなかに波瀾万丈だった。
デピシャノからゼセリゼイエまでは、二回の長距離ジャンプと一回の短距離ジャンプ、そしてそれを繋ぐそれぞれ数日間ずつの通常空間航行が必要であり、地球時間にして合計で約二十日間ほどの航海になる。その僅か二十日間の航海の間に十八回もの襲撃とそれに類するトラブルを経験した。
明確な襲撃は、出発直後のものを入れて八回あった。
何れの襲撃も、通常の貨物船ではあり得ないほどの大きな総出力を持つレジーナの脚を使って逃げ切った。
レジーナの足の速さはまだそれほど有名になっていないらしく、どのグループも貨物船に追加艤装しただけの襲撃船を投入してきたため、軽巡洋艦隊を投入してきた最初の一回を除いた残り総ての襲撃に対して、余裕を持って逃げ切ることができた。
高品質のデピシャナイトを大量に積んでいるとは言え、所詮一介の貨物船にしか過ぎないレジーナを襲撃するために軍艦を持ち出してくるという発想は常識的ではないのだろう。どこの誰かは知らないが、連中が常識的に行動してくれたお陰であまり深刻な事態に陥らなくて済んだことは感謝するべきなのだろう。
航海も後半になると、前半の襲撃で失敗したグループが情報のフィードバックを行ったのか、鈍足な貨物船による襲撃は徐々に減少し、事故に見せかけたトラブルの占める割合が増えた。
例えば、ジャンプポイントからジャンプアウトし通常空間に戻った直後のレジーナに対して、ジャンプアウト宙域近傍に停泊していた小型宇宙船が、操縦士の操作ミスによって「偶然」急加速し激突するという事故があった。
不幸な小型宇宙船は、操縦士が操作ミスをしてしまった言い訳を声高らかに通信しつつ、レジーナの展開する分解フィールドに突入して消滅した。
別の時には、ジャンプインしようとするレジーナに対して、「たまたま」よそ見をしていた操縦士がレジーナに気付かず、自分の船の順番だと思いこんでフル加速し、ジャンプゲートへのタクシーウェイ進路上にあるレジーナに、鉱石を満載した五千m級の大型貨物船が後方から激突するという「事故」が発生した。
不幸な貨物船操縦士と、一緒にコクピットに詰めていたであろうクルー達は、レジーナの分解フィールドによってコクピットと共に消滅させられた。
コントロールを失った大型貨物船はレジーナと一緒にジャンプインしたものの、事故が発生したことに気付いたジャンプゲート係員によってジャンプゲートは強制シャットダウンされ、船尾から三千mほどはジャンプ空間に突入できずに通常空間に残されてしまった。
レジーナと共にジャンプインした船首部分も、コントロールを失った状態であった為に、ジャンプ空間の中でどことも知れない次元の果てに向けて漂流していき、そのうち検知できなくなってしまった。
補給と言うよりもどちらかというと、長期間船内に閉じこめられてしまうクルーと乗客の気分転換のために立ち寄ったミデジ星系のユタタバ・ステーションでは、接岸シーケンスに入っているレジーナに対して、「原因不明」ながらもステーションの対大型デブリ防衛機構が反応し、反応弾頭の短距離迎撃ミサイルが発射された。
接岸シーケンスに入っていたため、レジーナが搭載する殆どのジェネレータがアイドリング状態で出力に余裕があった。
一方、度重なる「不運な」事故によって相当フラストレーションを溜めていたレジーナの堪忍袋の尾が、このミサイル攻撃によってとうとう強度的限界を超えてしまった。
ブチ切れたレジーナが発生させた重力斥点に横っ面を殴られたミサイルは、正確に発射地点に向けて叩き返され、ステーションに突き刺さった時点で反応弾頭が爆発した。
運の悪いことに、その短距離ミサイルは「味方」による誤射を防ぐために敵味方識別信号(IFF)を発生していたため、ステーションの迎撃システムによって撃墜することができなかった。
直径四万kmの環状ステーションにとってみれば、反応弾の爆発で破壊されたたかだか数十km部分など大きな影響を受ける被害ではなかったのだろうが、丁度ステーションのその部分に居合わせた推定二千名の旅客達にとっては深刻な問題となった。
彼らの一部は二度と帰らぬ人となり、一部は長期間医療調整漕から出ることが出来ない程の損傷を身体に受け、残りの大部分はかなり深刻な放射線被曝を受けた。
なおレジーナと俺たちは、接岸シーケンス中とはいえステーションからまだ三百kmほど離れていたことと、ミサイルを打ち返したレジーナが電磁シールドを張った為、放射線被爆するようなことはなかった。
多数の被害者と、軌道ステーションの一部が破壊されたことで、船長の俺は丸一日容疑者として拘束されることになった。
結局、そもそも民間の貨物船に反応弾頭のミサイルを誤射したステーション側に問題があること、レジーナは緊急回避行動を行っただけであり、飛んできたミサイルを故意にこれほど正確に発射地点に向けて弾き返せるはずなど無い事、等の理由から俺は不起訴処分となって解放された。
「証拠物件」の一つであるレジーナには、ステーションの警備兵と調査官が調査の為立ち入ったが、警備兵達が腹の中に居る間中、レジーナは単なる「ちょっと賢いシステム」の振りをしていた。
調査官達は、機械知性体と大袈裟に名付けられている割には大した機能を持たない管制システムだと薄笑いを浮かべながら、乗組員がこのシステムを使用して高速で飛翔するミサイルを正確に打ち返せる筈は無い、と結論して下船していった。
彼らは、ブラソンとノバグと共謀したレジーナが見せかけだけの為に展開したサブストラクチャの向こう側で、機械知性体の機能を笑う彼らをあざ笑っている事に気付かなかった。
結局ミサイル誤射については、そのミサイルの爆発で参考物件がごっそり消滅した為、証拠不十分により原因不明。レジーナが故意にステーションに向けてミサイルを弾き返した疑いについても、証拠不十分で不起訴となった。
勿論それはあくまで一般人の目に付くニュースでしかない。
運送業界での俺とレジーナの名前は、デピシャナイトを狙った組織による襲撃をことごとく跳ね返した地球人船長とその船という形で有名になってしまい、また一方では執拗な襲撃に対してブチ切れてミサイルを投げ返し、民間人千人を巻き込む事を厭わずステーションの一部ごと襲撃者を吹き飛ばした、ものの限度というものを知らない奴という不名誉なラベルを貼られてしまった。
結果、運送業界において俺の名前は「荒事専門の運び屋」として燦然と輝くようになってしまい、今後の仕事への影響を考えると頭の痛い思いをすることとなった。
様々な障害を乗り越え、イベジュラハイとデピシャナイトは、無事ゼセリゼイエに到着することができた。勿論イベジュラハイが使役している奴隷二人も同様に、何の問題もなく船を降りていった。
取引先に近いからという理由と、やはり安全上の理由から、イベジュラハイは惑星ゼセリゼイエ地上港に下船することを希望した。
二十日、二万光年という旅程をこなしてきた後に僅か数万kmなどは誤差でしかない。俺はその要求を快諾し、レジーナは濃密な大気渦巻く重力井戸の中に降下していった。惑星ゼセリゼイエの首都であるデゼボア近くのその港は夜の時間帯だった。
「ブラソンさん、マサシさん、何か困ったことがあれば何でも相談に乗ります。いつでもご連絡ください。」
デピシャナイトが格納された小型コンテナ二つの後を追って貨物用のタラップを降りきったイベジュラハイは、迎えの貨物運搬用ビークルのヘッドライトの明かりの中、こちらを振り向いて言った。彼がバディオイの依頼のことを言っているのは明らかだった。
「ありがとう。あんたもしっかり稼ぐんだぜ。何か運びたくなったときには直接連絡してくれても良い。ただし今度貴重品を運ぶときには、相応の護衛を雇える分の金くらいは残しておいてくれ。」
「その点については面目無い話です。色々とご迷惑をおかけしました。しかしあなた方だったからこそ、私は今生きてここに立っていられる。私の知る限り、最高の船です。ありがとうございました。」
「俺たちは自分たちの仕事をしただけだ。礼なんて要らんよ。じゃあ、達者でな。」
そう言って俺たちはイベジュラハイに背を向けて、貨物用の斜路を登り始めた。
「ブラソンさん、機会があればまたバディオイと話をしてやってください。彼も喜ぶでしょう。」
ブラソンは一瞬立ち止まると、片手を挙げてまた斜路を登り始めた。
バディオイの娘のエイフェを上手く助け出せたら、バディオイに教えてやってくれと言っているのだった。奴隷に対してまで、つくづく義理堅く情の深い男だった。
バディオイの刑期は150年だった。いくら地球人よりも長命なことが多い銀河種族とはいえ、平均寿命は150歳に届くかどうかと云ったところだ。刑期が終わる頃には、バディオイの人生が終わっている。
バディオイが娘に会うことは、もう二度と無いだろう。そして奴隷であり続ける限り、思考制御されたバディオイには娘を心配することさえも叶わない。
それでも娘のことを教えてやってくれと言っていた。例え今際の際にさえ娘を思い出すことさえ叶わなくとも。
それはイベジュラハイの優しさと言うよりも、監視者として、法に従う者として、同様に法に従い司る国家という存在がしでかした看過できない失態を少しでも埋め合わせようとする努力の様にも見えた。
■ 4.7.2
ゼセリゼイエを飛び立った後、レジーナは一路パイニエへと向かっていた。
とにかく状況がまるで分からなかった。
俺達には、エイフェがスペゼ市にあるアノドラ・ファデゴ矯正孤児院というところに収容されたらしい、という情報しかなかった。しかも実際にそこに収容されたかどうかさえ分かっていない。
まずはエイフェの足取りを追う必要があった。そのためには、例え時間がかかって面倒なやり方だとしても、一度パイニエに降りるのがもっとも確実な方法だった。
「指名手配されているわけじゃない。それは確認してある。」
パイニエで行動するためにはブラソンの同行と案内が不可欠だった。しかしそのブラソンは、パイニエに居た頃の仕事の関係で、お尋ね者同然となって星を飛び出してきていた。
「しかし、尾行は付くだろうな。ネットワーク上で下手な動きをすれば、一発で逮捕という話になるかも知れん。」
そんな事になってもらってはこちらも困る。
「儂等のネットワークを使うかや?」
柄の長いスプーンを咥えたまま、口の端にチョコレートを付けてニュクスが言う。
ダイニングルームにはこの船の乗員全員が集まっていた。アデールもテーブルに着いてコーヒーを啜っている。どこから出てきたのか、ニュクスはテーブルの下で脚をバタつかせながらチョコレートパフェを食っている。ルナが俺の前にコーヒーカップを置いてキッチンに戻っていく。
姿は見えずとも、ノバグもレジーナも部屋の中にいる。
「申し出はありがたいが、無理だろうな。途中は速くても、最後のパイニエのネットワークに繋がるところがボトルネックになりそうだ。ハッキングは回線速度が命だ。」
機械達のネットワークは量子通信ネットワークであるので、宇宙のどこにでもリアルタイムで繋ぐことができる。
しかし彼女たちは機械であるため、パイニエの人間生活圏に大容量で有効な中継ポイントを設置する事が難しい。パイニエのネットワークの手前、最後のところで回線が細くなってしまい、通信速度が大きく低下する。
「私も出よう。パイニエなら、土地勘もある。スペゼなら一度訪れた事もある。スペゼで合法なのと非合法なのと、幾つか携帯端末を買ってくれば、そこを踏み台にしてここからネットワークにも入れるだろう。」
アデールがコーヒーから顔を上げてブラソンを見る。
腕組みをして深く背もたれにもたれ掛かっていたブラソンが頷く。
「ありがたい。俺がそっち方面に近付くと、警戒度が上がる。非合法の端末なんざ、買った瞬間に後ろから肩を叩かれるだろう。」
携帯端末を調達する役は俺には無理だった。どの端末がどの程度の性能なのか、全く分からない。その点、アデールはその辺りについての知識もあった。
携帯端末の調達は、その後に続くブラソンの調査のために必要かつ重要な案件だった。
「では、パイニエでは三人で上陸する。俺とブラソンは孤児院訪問。アデールはダウンタウンで端末の調達と調査。あとの四人はレジーナに残ってバックアップだ。緊急時以外は艦から出ない様にな。あと、緊急時は俺の指示を待たず離脱して良い。特に、攻撃された時には行動制限は全て解除する。全て判断は任せる。」
レジーナはAIが制御する船だ。俺が下船したとたん、船長不在を良い事に難癖付けられて行動制限を掛けられたり、下手すると問答無用で攻撃される可能性もある。いちいち俺に行動許可を求めていれば手遅れになることもあるだろう。あらかじめ緊急時の行動制限を解除しておくのが良いだろう。
惑星ゼセリゼイエを飛び立ったレジーナは、もう襲撃も、不幸な事故に遭う事も無く、四日でジャンプポイントに到達した。
パイニエの首都星である惑星パイニエ。その惑星パイニエのあるパイニヨ太陽系までは、一万光年弱、二回のジャンプで到着する予定だった。
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