夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

42. 殺人の定義

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■ 1.42.1 
 
 
「メンテナンスルーム正面AOCS四機はドアロックのコード解析中。サブストラクチャを展開して欺瞞中。パスコードをアクティブに変更し対抗中。」
 
 ブラソンのプログラムから現在状況の情報が流れる。
 何をやっているのか俺に理解できるはずもないが、システム的に対抗手段をとっているのだという事くらいは分かる。
 ブラソンの事だ、システム的に競り負ける事はないのだろうが、敵が物理的にドアを吹き飛ばそうとしたなら話は別だ。一瞬で片が付く。
 かなり焦りながらメンテルームの正面に突っ込む。
 銃が無いが、どのみちメンテルームの扉に向けて撃つ訳にはいかないので余り関係ない。
 
 果たして扉の前には、赤くまだらに染まっているAOCSが四機いて、一機が扉のロック機構に向き、残り三機が銃を構えて辺りを警戒していた。
 そこに真っ直ぐ突っ込む。
 辺りを警戒しているAOCSの一機が俺に気付いて銃をこちらに向けて構え、連射する。
 胸から肩に掛けて着弾するが、その辺りは最も装甲が厚い所だ。
 こちらの光学Optical 迷彩Camouflageはまだ効いている。
 そのまま突っ込んでいって、手前のスーツを体当たりで吹き飛ばすと同時に、両手のナイフを胸に突き入れ、頭に向けて切り上げる。
 肩口から抜けたナイフをもう一度胸に突き入れる。
 ナイフの刃は背中まで貫通した。
 HASに比べて薄いとは言え、それでもライフル弾を弾く事もできるAOCSの装甲をまるでチーズの様に高周波ナイフは切り裂く。
 パワーユニットを破壊したらしく、敵スーツの光学迷彩が失われる。
 ナイフを抜き、動かなくなった身体を蹴り飛ばす。
 ドアに貼り付き、こちらを撃とうと窺っている別のAOCSに躍り掛かる。
 左腕を切りとばし、右手のナイフをヘルメットに突き入れる。
 赤色の人型は力なく崩れ折れた。
 背中に衝撃。
 また背中を狙われているのか。クソッタレめ。
 振り向きざまに、こちらに向いている銃の銃身を右のナイフで切り飛ばす。
 左のナイフでスーツの右腕を切り飛ばす。
 そのまま突進して体当たりし、腹に両方のナイフを突き刺して壁に打ち付ける。
 一本を上に、一本を横に抜くとスーツが大きく裂けて中から血しぶきが溢れ出す。
 敵のスーツは壁に貼り付いたままガクガクと痙攣し、ナイフが抜けると同時に床に落ちた。
 左脇から、実弾体が着弾している激しい音が響いている。
 ナイフを持って振り向く。
 最後の一体のスーツは明らかに恐慌状態で引き金を引いていた。
 銃口が定まらず、出来損ないのアンドロイドのようにぎこちなく後ずさっている。
 ナイフを突き出して突進すると、スーツがジャンプした。
 右のナイフで引っかけると、ナイフはスーツの右腿に突き刺さった。
 飛び上がろうとするスーツを力任せに引きずり降ろし、そのままの勢いで床に叩き付ける。
 床の上で後ろ向きに這いずって逃げようとするスーツの腹を踏み、左のナイフを頭に、右のナイフを胸に深々と突き立てる。
 ナイフを突き入れた破断口から血が溢れてきて、高周波ナイフの振動がそれをまるで霧の様に煙らせる。
 パワーユニットが損傷したのだろう。スーツの光学迷彩が切れ、赤くまだらに染まった白銀色のスーツが床の上に姿を現した。
 
 軽く息を吐いて立ち上がると、目の前にミリとビルハヤートと三人の兵士がいた。
 もちろん姿は見えない。空中にタグが浮いているように見える。
 
「大丈夫だ。メンテルーム前の四体とも排除した。侵入は阻止した。あと何人残ってる?」
 
 俺の問いにしばらく答えは返って来なかった。
 最初に口を開いたのはビルハヤートだった。
 
「・・・ただの船乗りがこれかよ。俺はテランとだけは絶対に格闘しねえぞ。」
 
 言われて辺りを見回すと、メンテルームの入り口の前には機能停止したスーツと、切り落とされた銃やその腕が転がり、一面血の海になっていた。
 なかなか凄惨な状態だが、ナイフで殺し合いをしたらこんなもんだろう?
 
 
■ 1.42.2 
 
 
《システムメンテナンスルーム08正面のAOCS四機は排除されました。》
 
 ノバグの声が冷たく状況を報告する。
 ベレエヘメミナネットワークの陥落をほぼ完全にノバグコピーに任せているブラソンは、その時最大の脅威であったメンテナンスルーム前の格闘劇の全てをモニタカメラ画像で追っていた。
 
 マサシのスーツは光学迷彩が効いていてはっきり捕らえることはできなかったが、四機の赤いまだらの人型の間を蜃気楼のような光学迷彩の揺らぎが動き回ったことは認識できていた。
 最初のスーツが体当たりで吹き飛ばされてから、ものの10秒の間に四機全てが斬り伏せられていた。
 四機のAOCSは次々とマサシに襲いかかられ、ライフルを切り飛ばされ、腕を切り飛ばされ、胴体を切り刻まれて次々と沈黙していった。
 テランの本気の格闘戦を初めて見たが、噂の戦闘種族の闘いとはこれ程までのものかと、半ば呆れ驚愕していた。
 海賊や他の船乗り達との荒事はそれなりに経験があるとは言っていたが、それでもマサシは所詮民間人なのだ。
 本格的に戦闘訓練を受けた兵士の戦闘能力はいかばかりのものかと、宗主族の支配を力で打ち破ったテランという種族の恐ろしさの片鱗を見た気がした。
 
《緊急。緊急。ベレエヘメミナ付近を遊弋中の戦艦群が攻撃態勢に移行中。》
 
 メンテナンスルーム外部モニタ画像を見ながら半ば放心状態のブラソンの意識を、ノバグが発した鋭い緊急通知が急激に現実に引き戻す。
 
(攻撃態勢? どういうことだ?)
 
《付近を遊弋中の戦艦が全て艦首をベレエヘメミナに向け始めています。》
 
 ノバグに宇宙空間での戦闘の経験は乏しいが、確かにこれは明確な主砲斉射準備行動だ。
 こちらがこのメンテルーム08に居ることが分かっているので、戦艦の主砲でこの辺り一帯を吹き飛ばそうとしているのだろう。
 ベレエヘメミナを傷つけるのは勿論極力避けたいが、このまま占領されてベレエヘメミナ全てを占拠されるようなことは断固回避する、という判断なのだろう。
 
(ノバグ。システムメンテナンスルーム08を含むフラグメントの空間断層シールドを再起動。)
 
《諒解。空間断層シールド管制システムの掌握に2分25秒かかります。》
 
 それでは遅い。間に合わないだろう。
 
(ノバグ。ベレエヘメミナの固定レーザー砲を動かせるか。)
 
《可能です。固定レーザー砲を制御している火器管制システムは、基幹システム陥落とともに掌握完了しています。》
 
(固定レーザー砲台でベレエヘメミナ近傍の戦闘艦を攻撃しろ。ここに近い奴らだけで良い。目標選択は任せる。)
 
《諒解。固定レーザー砲でベレエヘメミナフラグメント01近傍の戦闘艦艇を攻撃します。》
 
(フラグメント01近傍空間のセンサー映像をホロモニタに投影しろ。)
 
《諒解。フラグメント01近傍空間の状況をホロモニタに投影します。固定レーザー砲台起動中。攻撃開始まで7秒。》
 
 メンテナンスルーム中央に設けられたホロモニタに、ブラソンのいるシステムメンテナンスルーム08を含むベレエヘメミナのフラグメントと、その周囲の空間の映像が投影される。
 ブラソンが予想していたよりも艦艇数が多い。
 
(ノバグ。1000km以内の艦艇数は?)
 
《システムメンテナンスルーム08から1000km以内の敵性艦艇数は48隻。全て戦艦クラスです。レーザー砲台攻撃開始。》
 
(ノバグ。取り敢えず1000km以内の戦艦を行動不能にしろ。そこで知らせろ。)
 
《諒解。1000km以内の敵性戦闘艦艇を撃沈します。攻撃開始・・・残25隻・・・完了しました。》
 
 相手は戦艦クラスだというのに、その早さにブラソンは呆れた。
 そう言えば、ラシェーダ港でのクーデター対策本部内輪の会議の時に、確か口径1300mm程度のレーザーが百万門とか言っていたような気がする。
 一回り200万kmあるベレエヘメミナ表面に平均すれば、2kmに1門。1000kmなら五百門。
 500門の大口径レーザーを使って攻撃すれば、例え戦艦と言えど五十隻を撃破するなどそれはあっという間だろう、とブラソンは納得する。
 改めて、反乱軍がベレエヘメミナを拠点にして蜂起した理由が良く分かった気がした。
 
《フラグメント03陥落。フラグメント09陥落まであと5秒・・・・完了。フラグメント04と08の攻略を開始しました。ベレエヘメミナネットワーク攻略完了までの予想時間あと15分32秒。現在までのところ、こちらの攻撃に対して学習したと思われる対抗手段は確認できません。》
 
(ベレエヘメミナネットワークの占領作業はそのまま継続。空間断層シールドの展開状況は?)
 
《空間断層シールド管制システムの掌握まで残り14秒。》
 
(敵艦隊の現状は?)
 
《接近してきていた艦船は全て離れていきました。周囲10万km以内に敵艦は存在しません。ハフォン太陽系基準面にて方位050、距離300万付近に第一、第二基幹艦隊が集結中。》
 
 固定砲台の射程外の宙域に艦隊を集結中と云うことは、陣形が整った後にベレエヘメミナへの攻撃を実施すると云うことだろうとブラソンは推測した。
 好きにさせておけば良い。進軍を開始しようと思う頃には空間断層シールドが復活している。
 
《空間断層シールド管制システム掌握しました。シールド展開します。展開完了まで6秒。》
 
(シールドの外の状況を把握可能か?)
 
《駆逐艦「キリタニ」によって作られた空間断層シールド消失部分からの索敵にて可能です。》
 
 そうだった。2万5000kmほど先に、空間断層シールドの内側に潜り込むために作った穴があるのだった。
 おかげでシールドの外の状況を観察することができるが、同時に防御の穴ともなりうる。
 もっとも、ここから2万kmも離れたシールド消失部分に砲撃を加えたところで何の意味もないが。
 それでも一応は対策を採っておくべきだと思い、ブラソンは防衛をノバグに指示した。
 
(諒解した。艦隊が空間断層シールド消失部分に攻撃を加えるようであれば、任意での反撃を実行。実行報告のみ。)
 

《諒解しました。空間断層シールド展開完了しました。》
 
 空間断層シールドを展開してからは、外の艦隊の動きはおとなしいものだった。
 シールドを展開したベレエヘメミナに対して攻撃を加える事がいかに無意味であるか、他でもない彼らが一番よく知っている。
 
 結局、特務駆逐艦隊の中で空間断層シールドに穴を開けることに成功したのは、駆逐艦キリタニだけだった。
 そしてそのキリタニが開けたシールドの穴は、遙か2万5000kmの彼方にある。
 たとえそこを砲撃して破壊したところで、現在ブラソンが実施しているベレエヘメミナネットワークのハッキング作業には何の影響もない。
 かといって2万5000km彼方に陸戦隊強襲突入部隊を展開したところで、ハッキングが完了するまでにブラソンの元に到達できるわけでもない。
 マサシがやってのけた駆逐艦での曲芸飛行は、マサシだからできたのであって、敵性の固定砲台に狙われる中2万kmもの曲芸飛行ができる戦闘機や駆逐艦が他にあるとも思えなかった。
 ベレエヘメミナ内部に配置されている陸戦隊の部隊は、メンテナンスルーム近傍500km以内の全ての気密隔壁を落としたことで移動を著しく阻害されている。
 大型の移動砲台を持ち出して気密隔壁を破ろうとしているようだが、それでもここまで到達するのに何時間もかかるだろう。
 他に脅威となりそうなのは、ピア近くに配備されていることが多い駐留戦闘機隊だが、射出口のゲートをノバグが管理下に置いていることと、たとえ外に出られたとしても固定砲台に狙われて曲芸飛行をせねばならないことから、実質的な脅威として考える必要はなかった。
 
《報告。1000kmほど西方で駐留陸戦隊一個大隊が手動エアロックを通じて外部に出ようとしています。》
 
 その手があったか。ブラソンは苦笑いした。
 よくもまあ、次から次へと考えつくものだ。
 
(ノバグ。固定砲台は俯角ゼロ以下は狙えないのか?)
 
《可能です。火器管制システムのリミッタを強制消去する必要があります。》
 
(やってくれ。そして任意の固定砲台でステーション外部空間を移動中の陸戦隊を排除しろ。)
 
《諒解しました。システムリミッタ解除します。解除完了。近傍の固定砲台を利用して陸戦大隊を排除します。完了。クリア。》
 
 今の一瞬で陸戦大隊二百人の兵士が命を落とした。
 マサシは高周波ナイフを使って辺りを血の海に変えて四人の兵士を殺した。
 今自分の命令で殺された兵士達は、大口径レーザーの集中砲火を浴びて一瞬で爆散し、ガス化しただろう。
 自分はただ一言、やれとノバグに命じただけだ。人を殺したという実感さえない。
 マサシの殺し方と、自分の殺し方。惨たらしいのは一体どっちなのだろうな。
 しかしブラソンの思考を中断してノバグが報告する。
 
《ブラソン。フラグメント04および08掌握しました。フラグメント05及び07の攻略を開始しました。フラグメント05でユーザによるものと推察される抵抗を受けています。》
 
 ノバグによるベレエヘメミナネットワークへの大規模攻勢を始めてから、初めての本格的な抵抗の報告だった。
 ユーザによる抵抗と云うことは、システムが大規模にハッキングされていることに気付いたフラグメント05のオペレータが対抗手段をとってきているということだろう。
 人間の反応速度と処理速度で、次々に攻撃手段や攻撃ポイントを高速で変化させるノバグの攻撃をしのげるとはとても思えないが。
 
(排除できるか?)
 
《排除可能です。全体の処理時間への13秒の遅れが見込まれます。》
 
(問題ない。排除し、攻略を継続しろ。)
 
《諒解しました。》
 
 五十隻もの戦艦を排除しようと、二百人もの兵士の命を奪おうと、システム上での抵抗を排除しようと、当然のことながらいっさいの感情がこもっていない声でノバグは返答し、もてる最大の処理速度でベレエヘメミナのネットワークを浸食し続ける。
 そういえば、人を殺せとノバグに命令したのは初めてだったな、とブラソンは思い返した。
 命令は、障害を排除せよ、であったにしても、そこで人の命が奪われたことには変わりはなかった。
 先ほどからの短時間で数百人、事によると戦艦の乗員を含めて千人以上もの殺人を犯したのだが、案外実感のないものだな、とブラソンは思った。
 
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