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第一章 危険に見合った報酬
41. システムメンテナンスルーム08攻防戦
しおりを挟む■ 1.41.1
メンテナンスルームの中にまで突き抜けてくる、腹から全身に抜けるような大口径砲弾の衝撃波が収まった。
《残敵数推定、正面五十六機、他通路に約四十機。敵散開しました。250km西方の陸戦隊詰め所で出撃の動きがあります。アクティブ化銃器数から推定、HAS六十機。》
随分減ったな、とブラソンは思った。
多分、移動砲台が死んでいると思いこんで油断したのだろう。真っ正面から突っ込んできて、徹甲散弾六斉射の餌食になったのだろう。
砲台による実弾体の発射初速は馬鹿にならない。その初速は100km/sec近くに達する事さえある。
20mm程度のライフル実弾体が30km/secという高速で弾着しても弾く事が出来るHASの外部装甲だが、数百mmもの直径を持つ徹甲弾が100km/secにもなる速度で着弾すれば、さしもの強固なHASの外部装甲もひとたまりもない。
とは言え、移動式とは言え所詮大型砲。小回りが利く訳でも無く、HASを個別に撃破するには少々大柄に過ぎるだろう。
さらに、増援の部隊が起動準備中だという。
(きりがない。ノバグ、この部屋から30km以内を除いて、500km以内の機密隔壁を全て落とせ。)
《諒解。緊急遮断システム解析中。完了。システムメンテナンスルーム08から30km以内を除いて、周囲500km以内の全ての機密隔壁を閉じました。》
そこにビルハヤートの声が飛び込んでくる。
「てめえ、オタク野郎! 敵の状況を教えやがれ! あとどんだけ残ってんだ!」
「正面五十六機、他の通路に四十機残。モニタに出てないのか?」
《敵推定機体数を表示していませんでした。小集団推定位置と共に表示します。》
と、ノバグ。
ブラソンの視野の端に追いやられているマッピング上で、敵の推定位置を表している紫色のエリアが小さく分かれ、それぞれに数字が表示された。
「よっしゃ! 減ったじゃねえか。砲台斉射用意。オタク野郎から送られてくる画像で敵が正面に来たら、各個判断で構わねえぶっ放せ。砲台要員以外、間隔を取れ。回り込みに注意だ。」
ビルハヤートが次々に命令を発しているのが聞こえる。
こちらは二十三機、敵は九十六機。
普通なら、諦めても良いくらいに相当に分が悪い戦いの筈だが、ビルハヤートの声はそんな不安をまったく感じさせない。
まあ、シールドジェネレータもあることだしな。
(ノバグ。陸戦隊戦闘情報と、リアルでの敵情報はビルハヤート隊とマサシとミリに直接通達しろ。)
《諒解。陸戦隊戦闘情報、リアル敵情報を直接通達します。》
「ビルハヤート、プログラムを繋いだ。次からプログラムが戦況を連絡する。」
「諒解。教えてくれるんなら何でも構わねえぞ。」
細かいことを気にしない脳筋野郎で助かった、とブラソンは笑った。
メンテナンスルームの外からは、断続的に砲撃を行う重い振動が伝わってくる。
《ブラソン。フラグメント01占領完了。第二段階、ノバグ101~200を形成。完了。第三段階、フラグメント02とフラグメント10を攻撃開始。ベレエヘメミナ占領完了まで推定時間26分47秒。》
ホロモニタの上では、さらに増殖した青白い輝点が、大きく二手に分かれてベレエヘメミナのネットワークを攻撃していた。
今彼らがいるフラグメント01はすでにノバグのコントロール下にあり、サーバなどのネットワーク根幹を形成するユニットが青色表示に変わっている。
フラグメント01と言っても、20万kmの長さがある。
駆逐艦キリタニが激突した場所を含め、この周囲のシステムと機械群はブラソンが好きにコントロールできるという事だ。
《ブラソン。3156陸戦小隊に敵が接触。交戦状態に入りました。》
ノバグの抑揚のない声が告げた。
■ 1.41.2
「正面クリア。右通路の援護に入る。」
「諒解。ヴェイダーテリは左通路だ。レイハンシャール、現位置を維持。西正面を警戒。」
レシーバから、思いの外冷静な声で指示を出すビルハヤートの声が聞こえる。
「ヴェイダーテリ、左通路。諒解。」
「レイハンシャール、現位置を維持。西正面を警戒。諒解。」
レイハンシャールの落ち着いた声が指示に応答するのが聞こえた。
俺はといえば、アサルトライフルを単発モードにして左通路を通って攻め込んでくる敵を狙撃していた。
光学迷彩とセンサーリダクションを全開にして突撃してくる敵は、ごく近くになるまで見えない。
たったの数百m先でも、光学迷彩による揺らぎが僅かに見える程度だった。
ところが今俺達が相手にしている敵は、重力ジェネレータを使って空中を数百km/hという速度で接近してくる。
10km先で撃ち漏らしてしまうと、すぐに目の前までやってくる。
「ズームをかけた画像に一瞬前のディレイ画像を重ねると見やすい。やって見ろ。時々ズームを解除して回りを警戒するのを忘れるな。接近されると視野から外れて、視野の外から一発食らって死ぬぞ。」
と、ミリが俺にコツを教える。
さすが徒名持ち、と言ったところか。
こういう情報は戦闘経験を積まなければ得られないだろう。いくら俺が地球人で戦闘能力が高くても、目に見えない敵と戦うのは無理だ。
弾種徹甲、最大径、最高速度、単発でライフルを撃つ。
パワーアシストに連動した照準補正があるので狙うのが楽だ。
要するにスーツ側に組み込まれた手ぶれ防止機能なのだが、これがあればニーリングしなくても立ったままで相当に精密な狙撃が出来る。
一発撃ったら、すぐに横に大きく移動する。こちらも光学迷彩にセンサーリダクションをかけているが、真っ白い光跡を引きながら飛ぶ弾丸は目立つ。
撃てば、大体のこちらの発射位置はばれるので、その辺り一帯に反撃され弾をバラ撒かれるとやばいことになる。この移動のことを考えると、立ち姿勢のまま精密射撃できるのは大きい。
何体目かの光学迷彩されたHASを狙い、トリガーを引く。
ん?
撃った弾がズーム視野の中に入らなかった。つまり、手前で何かに当たった?
あわててズームを下げる。
光学迷彩特有の背景のゆらぎは見えない。
ふと、それが眼に入った。
数km先の通路上に転がる一本の腕。
HASの腕部分にしては、随分と細い腕だった。
ヤバイ。
重力センサーを視野に投影するが、20km先のHASの集団以外、手前には何の反応もない。
「ビルハヤート! 警戒! 例の高度光学迷彩のスーツ(AOCS: Advanced Optical Camouflage Suit)が混ざっているぞ! ジェネレータを使わず、地上を移動して接近中だ!」
叫んで、ライフルをフルオートに切り替え、地上1m程度を掃射する。ミリと、同じくこの通路の掃討を担当していたダミラルカ班の3人も状況に気付いて同じように掃射に加わった。
果たして、10kmよりも手前で弾が幾つもの異物にぶち当たり消えるか跳弾する。
思ったより数が多い。相当数が突っ込んできている。
高度光学迷彩とセンサーリダクションをかけ、ジェネレータを使わずに地上を移動されるとこちらには探知する手段が全く無い。
「クソッタレ。おいオタク野郎! 救援要請! この付近10kmのリペアゾルをありったけぶちまけろ! 急げ! ヤバイ!」
ビルハヤートが喚く。姿を隠しているくらいだ、正面から来るとは限らない。脇の通路から浸透されて、後ろから襲撃される可能性は高いだろう。
「ちょっと待ってろ。全部だな? 酷い事になるぞ?」
とブラソン。
「うるせえ! 四の五の言わずにとっととやれ! ヤバいんだ!」
「諒解。全リペアゾル放出。今。」
ブラソンの声と共に、目の前の通路が真っ赤に染まる。
数kmおきに設置してあるらしいリペアゾル噴出口から、まるで血飛沫のように真っ赤なゾルが大量に放出される。
辺りの全てが赤く染まっていく。
その中で、通路上に蠢く赤い人型。ざっと見て正面に20近く。
ここまで姿を隠すために全く発砲していなかったが、自分達の姿が見え始めた事を悟ってライフルを構え掃射を始めた。
こうなれば、フィールド型の光学迷彩を纏っている俺たちの方が有利だ。しかし敵は数が居る。20km先を急接近してくるHASも掃討しきれていない。
中腰になり、腰だめでライフルを構えてトリガーを握りっぱなしでフルオート掃射する。
すぐ横で同じ体勢でミリが弾をばらまく。
ダミラルカ達三人も加えて、五人分のフルオート射撃の弾丸の光条が交錯する。
重力加速を使用し反動がないアサルトライフルなので、本来は腰だめで撃つ必要は無いのだが、立ったままオフハンドでフルオート連射すると弾体の引く強烈な光で前が見にくくなる。ので、射線を少し目線から離して腰だめで撃つ方が楽だという事が分かった。
どのみち銃の照準はAARで表示された四角いレティクルで分かる。無理に射線と視線を一致させる必要は無い。
「南西方向通路GR21987からAOCS二十五機接近中。距離2500m。」
ブラソンが使っている監視プログラムの声がレシーバに響く。
着色されたおかげで光学カメラ画像が使えるようになったのだろう。敵の場所を教えてもらえるのはありがたい。早く目の前の敵を片付けてそちらに行かねば。
赤色の人型が蠢く中に鋭く光るライフル弾が無数に撃ち込まれ、スーツに包まれた腕やスーツの部品が吹き飛ばされて転がる。
AOCSの装甲はHASのものよりも遥かに薄い。
立って動いている赤い人型が見えなくなり、トリガーを離す。
しかし、通路上に転がる機能停止したAOCSの数は、明らかに少ない。フルオート掃射が始まってすぐに脇道にでも逃げ込んだようだ。
「北東方向通路GR219685からAOCS三十二体接近中。距離3300m。」
「ダミラルカ班、通路GR219685に回れ。マサシとネフシュリは現在位置維持。」
ビルハヤートの指示が飛ぶ。俺たちの後ろをダミラルカ班の三人が駆けていく。
ライフルを脇に抱えて光学ズーム、再びHASの狙撃に入る。
リペアゾルでAOCSが見えるようになった今、見えにくく硬いHASの方が遥かに脅威だ。
「南方向上階層通路GR218883からAOCS十二機接近中。距離3800。」
「ゴレザー班、メンテルーム南に回れ。上から来るぞ。」
AOCSは、その名に反して光学的に確認可能になった事で、ブラソンが提供する戦術マップに個体マーカーが反映される。
それに対応してビルハヤートが矢継ぎ早に指示を出す。
「南方向下階層通路GR220862からAOCS十二機接近中。距離3000。」
「クソッタレ! 手が足りねえぞ。ゴレザー、砲台でもミサイルでも何でも使って構わん。そのクソ野郎どもを止めろ!」
さらにプログラムの報告が入り、押し寄せる敵の多さにビルハヤートが悪態を垂れ流す。
多くないか?
「まずい。こちらの手が足りないところに付け込まれている。」
ミリが呟いた。
反乱軍側がこちらの人数をどれだけ正確に掴んでいるのかは分からないが、所詮は駆逐艦一隻に搭乗していた陸戦突入隊だ。多人数で無い事は簡単に想像が付くだろう。
「時間を稼ぐ。5km以遠の気密隔壁を落とす。」
「おうさ。」
ブラソンの声にビルハヤートが応える。
AOCS部隊とHAS部隊を分離するのが目的なのだろう。
あの赤く染まったAOCSだけでも、まだ残り五十機以上居るはずだ。
少し離れたところで、赤く染まった通路に白銀色のシャッターが落ちるのが見える。
「マサシ、そっちに十機ほど行った。射撃中止。引きつけて全部見えてからやれ。」
ダミラルカからの通信が入る。どうやらあの赤い人型は、撃たれては脇道に逃げ込み、他の通路を使ってメンテルームに接近する、という動きを繰り返しているようだ。
壁際に寄り、ニーリング姿勢で動きを止める。
完全に静止していれば、フィールド型の光学迷彩特有の揺らぎが見えなくなる筈だ。
脇を見るとミリも静止している。それで合っているらしい。
右側の壁から、赤く汚れた人型が吐き出される。近い。2km離れていない。
先頭から数える。
九機出てきたところで列が途切れた。
ミリが射撃を開始する。合わせて俺も撃ち始める。
赤く着色されて透明性が失われたところで、重力ジェネレータを使い始めたらしい。撃たれたらすぐに空中に飛び上がる。
ミリと二人で六機叩き落としたが、三機がさらに南側の通路に逃げ込んだ。
「三機漏らした。南に逃げた。追撃殲滅する。」
重力センサを投影。反応無し。
面倒な奴らだ。ジェネレータを使っているのは、撃たれたときの一瞬だけのようだ。どうやらあくまで隠遁にこだわるらしい。
先回りして行き違いになるのを恐れ、三機が入り込んだ通路まで一気に加速して追撃する。
通路を覗き込む。なにも居ない。脇道に入ったか?
スピードを絞り、通路に入り込む。
脇道がある。停止。
連中の武装に高周波ナイフが含まれている事は確認済みだ。
連中の持っているライフルは、こっちのより少し火力に劣るようだった。
ならば、接近戦でナイフで片を付けようとしてくるはずだ。あれでやられると、HASご自慢の装甲も多分サックリと切り刻まれてしまうのだろう。
脇道の両側を確認。クリア。
加速。
ガンガンと背中に着弾の衝撃。
クソ。どこにいやがった。というより、背中はまずい。
スライディング姿勢で後ろに倒れる。
さっきの交差点天井付近から射撃。仰向けの体勢のまま撃ち返す。しかし敵がどこに居るのか見えない。
隠れているAOCSの表面はリペアゾルで赤色に着色されているので、同じくリペアゾルの色が付いている壁に張り付いた上で光学迷彩を掛けられると、まるで保護色の様になって見えなくなるらしい。
クソッタレ。とことん面倒な奴らだ。
交差点の天井から白くなったスーツが一体落ちる。
正面アラート。
天井から一機降ってくる。
撃っていないという事はナイフか?
ライフルを向けるのが間に合わない。
脇に転がり、ジェネレータで空中に飛び上がる。
さらに正面アラート。
上にもう一機。クソ。
まるで天井から剥がれたかのように、まだらに赤く染まった人型がナイフを構えて天井を蹴り、落下してくる。
なんとか向きを変えた銃を撃ちまくる。
こちらに厚い正面装甲を向けている為、思った様に銃弾がスーツを貫通しない。
着弾しているが、慣性制御で人型の落下は変わらない。
ナイフを持った手を銃で払いのけ、蹴り飛ばす。
横に飛び、フルオートで弾を叩き込む。
機能停止し、赤白のまだらに変色したスーツが着弾の衝撃で吹き飛ぶ。
さらに脇に飛ぶと通路の壁面に激突した。
下からもう一機。
近い。
銃で殴りつける。
銃身を切り落とされた。
銃を捨て、ナイフを持った腕を掴み、壁に叩き付ける。
頭を踏みつけ、腕をひねる。
敵はもがいているが、パワーはこっちが遙かに上だ。
効果があるのか分からないが、腕を力任せにねじり上げる。
さらに力を込めると、腕が肩口からちぎれて大量の血が噴き出した。
腕がちぎれると同時に、腕の迷彩が消えて赤白のまだらになり、ナイフの振動も収まった。
まだしっかりとナイフを掴んでいる千切れた手からナイフをもぎ取ると、俺が握ったとたんにナイフが振動を始める。
壁面に踏みつけているAOCSの胸にナイフを振り下ろす。
AOCSの身体が一瞬震え、動かなくなった。
壁から離れる。押さえつけている俺の脚が離れると、すでにパワーが切れているAOCSは壁面を滑るようにして落下していった。
地上に降りる。
他の二機のどちらかが持っていたナイフが床に転がっているのを回収する。
通路を出て、ミリの元に戻った。
「損傷は?」
ミリが尋ねる。
「三体とも始末した。銃をやられた。他に損傷はない。」
「銃を手に入れてIDを書き換えないと。」
「すぐに出来るのか?」
「数分かかる。向こうに戻る。」
メンテルームの周りには、放棄されたライフルが幾らでも転がっている。
銃を手に入れるためにミリと移動を始めたとたん。
「緊急。緊急。システムメンテナンスルーム正面にAOCS四機接近。至急排除を願う。」
ブラソンが使うプログラムの、支援を求める声が聞こえた。
くそったれめ。どこから来やがった。
メンテルームに入られたら終わりだ。ブラソンに戦闘能力は無い。
空中に浮き上がると、通路の壁に激突しそうな勢いでメンテルームを目指した。
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