夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

43. ベレエヘメミナネットワーク攻略

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■ 1.43.1 
 
 
 手動ハッチからベレエヘメミナ外部を伝って突入しようとした陸戦大隊を排除したあとは、目立った攻撃は見られなかった。
 艦隊から攻撃しようにもベレエヘメミナはすでに空間断層シールドに包まれており、すでに手も足も出ない状態になっている。2万5000km先にシールドの破断部分はあるが、マサシ同様の曲芸飛行をできるパイロットはそうそう居ないだろう。
 マサシ並みの腕のパイロットが居たとしても、ブラソンは高度150m以下を飛ぶその船への攻撃をためらうつもりは全く無かった。
 例えベレエヘメミナ本体を撃ち抜くことになろうとも、安全リミッターを全解除した砲台でそのような船に集中砲火を浴びせるつもりだった。
 
 ベレエヘメミナ構造体内部については、メンテナンスルームから500km圏内は敵部隊の侵攻を妨害する目的で全ての気密隔壁が落としてあるため、隔壁脇の小さな非常扉を抜けるにしろ、大口径のレーザー移動砲台等で隔壁を焼き切って進むにしろ、メンテナンスルームに到達するには相当な時間を必要とするだろう。数百km/hでメンテナンスルームに向かって空中を迅速に移動、という訳にはいかないのだ。
 どんな小部隊でも、そのような動きを見せた途端ノバグに見つかり、相応の対抗手段を取られてしまうのは間違いなかった。
 
 とは言え、占拠されたメンテナンスルームを取り戻す試みが全く行われなかったという訳では無い。小規模の反乱軍部隊による突破の試みはいくつも行われた。
 人の移動に使用される通路とは隔壁で隔たれた、ミサイルや物資を運送するための高速輸送ラインを使用した侵入は、輸送用シャトルを呼ぼうとしたことでノバグに気づかれ阻止された。
 エアダクトを通路代わりに使用した侵攻も、エアダクトの機能異常を検知するメンテナンス用センサの異常反応を見つけたノバグが、有害ガス緊急遮断処置を行うことでエアダクト内に多数の遮断用ゲートバルブを落としたことで阻止された。
 細く入り組んだ施設整備用通路を繋いで乗り込んでこようとした涙ぐましい努力も、部外者侵入防止用センサの異常値を検知したノバグに部外者排除措置をとられて隔壁で整備用通路を分断されて阻止された。
 果敢にもネットワーク上でノバグに対抗しようとし、ハッキングを試みた何人ものオペレータは、意味のないパスワードロックを何十層分も解除させられた上に、最後には全くのガラクタ情報でしかない偽物のIDアクセスログを掴まされ、さらにノバグからの集中攻撃を受けて強制ログアウトでネットワークから叩き出されていた。
 
 ノバグからそれらの報告を聞きつつ、ブラソンは戦いの終結が近いこと、そして自分達には最後にもう一戦大きな戦いがあることを意識していた。
 
《フラグメント07掌握しました。フラグメント05掌握まで8秒・・・・フラグメント05掌握しました。全ノバグコピーにてフラグメント06を攻略します。予想終了時間3分27秒。》
 
(ノバグ。水色に着色してある独立ネットワークを認識できるか?)
 
 部屋の中央のホロモニタには、現在着々と攻略が侵攻しているベレエヘメミナネットワークと、その奥に紛れて隠れるように存在する水色のネットワークが投影されている。
 水色のネットワークは、ベレエヘメミナ全体に広がっており、ハフォンの場合と同じくやはり独立しつつも正規のネットワークハードウェアを共用している。
 
《はい。認識しています。》
 
(この独立ネットワークを反乱軍ネットワークと呼ぶ。ノバグ、反乱軍ネットワーク上の通信量を監視しろ。)
 
《はい。反乱軍ネットワークと命名。反乱軍ネットワーク上の通信量を監視します。》
 
 そのままフラグメント05が陥落するのを待つ。数分後、ノバグの声でそれが告げられた。
 
《ブラソン、フラグメント05掌握しました。ベレエヘメミナネットワーク全体の掌握を完了しました。ノバグコピー01から200は待機状態に入ります。》
 
(ノバグ、ベレエヘメミナネットワーク上の全ユーザIDを強制ログアウト。IDリストのコピーを取った後に、全IDサーバ上のIDリストを消去。)
 
《ベレエヘメミナネットワーク上の全ユーザIDを強制ログアウトしました。IDリストコピー作成完了。全IDサーバ上のIDリストを消去しました。》
 
(ノバグ、反乱軍ネットワーク上の通信量トレンドグラフを一分間遡及して投影。)
 
 ブラソンの命令と同時に、ホロモニタにウィンドウが開き、刻々と更新され続ける折れ線グラフが表示された。
 30秒ほど前、折れ線が徐々に増加し、そして急激に上昇した事が示される。つまり、全IDがベレエヘメミナネットワークから閉め出されたとたん、反乱軍ネットワークの通信量が急激に上昇したという事を示している。
 思った通りだった。あの青色の独立ネットワークは、クーデターを計画していた組織、つまり今現在反乱軍と呼ばれている勢力が作り上げて、利用していたものだ。
 
(全ノバグコピー、反乱軍ネットワークへの侵入開始。隠遁偽装不要。追跡防御不要。証拠隠滅は全作業終了後。)
 
《全ノバグコピー反乱軍ネットワークへの侵入攻撃開始しました。予想完了時間不明。》
 
 そのまましばらく待ち、ノバグからのハッキング進捗報告を受けるが、あまり芳しくない。
 
(ノバグ、キー辞書変更。キー辞書をフィコンレイド語辞書に変更。)
 
 フィコンレイド語を使うことに具体的な根拠があったわけではない。
 しかしこの依頼を受けたとき、ハバ・ダマナンのマジェスティック・ホテルでハナラワンサが語ったとおり、クーデターが成功して得するのはフィコンレイドであり、たとえ失敗したとしてもハフォンの国力が落ちて得をするのもやはりフィコンレイドだった。
 フィコンレイドのスパイがどうやって誰にも気付かれず、これほどごく自然かつ大規模にハフォンに浸透できたのかは分からないが、今回のクーデターの大元のところで糸を引いているのはフィコンレイドだろう、とブラソンは半ば確信めいた予想をしていた。
 あまりに大規模すぎて、革命の志に燃えた
 
 果たして。
 
《ブラソン、反乱軍ネットワーク突破しました。ログインパスワードはフィコンレイド語辞書にてヒット。現在システムの解析中。》
 
(よし。解析継続。)
 
《主要ネットワーク構造解析完了。システム解析には主要サーバ群の掌握が必要です。攻撃を実施しますか?》
 
(許可する。全力でいけ。隠遁不要。攻撃を受けたら遠慮なく叩き潰せ。)
 
《諒解。全ノバグコピーにてメインフラグメント攻撃中。ゲートサーバ掌握。IDサーバ掌握。システム管理サーバ掌握。システムコアコード解析。解析完了。システム管理サーバのサブストラクチャ解析・・・完了。全システム掌握しました。明確な反撃は検知されていません。コアコードは銀河標準準拠構造を持っています。記述言語が未知。フィコンレイド言語辞書とマッチング。記述言語の92%がフィコンレイド言語辞書にヒット。全システム検索完了。コマンドリストを発見しました。反乱軍ネットワークストラクチャ展開可能です。》
 
 二百ものノバグコピーから同時攻撃を受けたとはいえ、ずいぶんあっさりと陥落した印象を受ける。
 ベレエヘメミナネットワークという本来の大規模システムの脇に潜り込む形で、細々と活動していたいわば寄生ネットワークのようなものなので、強力な防衛機能を備えた本格的なシステムを構築することができなかったのだろうとブラソンは推測した。
 
(ユーザ通信内容を読めるか?)
 
《メインストリーム情報をサンプリングします。通信量の73%がコミュニケーション系単純情報。スクランブルありません。残り18/27%がデータ交換。形式不明。残9%のほとんどがシステム管理通信です。》
 
 ブラソンはノバグからの報告を聞き、通話とメッセージのやりとりが中心のネットワークで、多少のデータ交換がある非常に単純なシステムだと理解した。
 スパイ活動を行うには単純すぎるネットワークではないだろうか。これでは設計データやシステムデータといった巨大なデータを送受信することができない。
 露見しないように地下でクーデターを画策していた組織のコミュニケーションネットワークとしては納得できるが、フィコンレイドという有力なスポンサーがいる割には稚拙すぎる印象を受ける。防衛機能さえ設けられていない。
 やはりこのネットワークは変だ。規模と用途と機能がちぐはぐすぎる。
 大きく機能限定された端末を利用していたのだろうか。地下活動組織としてはあり得るが・・・。
 
(ノバグ。ログインプロトコルを解析。端末形式を特定しろ。)
 
《ログインプロトコルを解析中。パターン化不能。既知の形式とマッチング。銀河標準プロトコルと51%の一致性。端末形式は83%の確率で銀河標準仕様バイオチップです。》
 
 全く感情のこもらないノバグの声で行われたとんでもない内容の報告にブラソンは驚愕する。
 バイオチップ用のプロトコルなら100%の一致性にならなければおかしい。たとえ模造品のいわゆる「野良チップ」が対象としても、だ。
 パターン化不能という事は、厳密に統一された規格が存在しないことを示している。
 つまり、銀河標準仕様に似せて作ったてんでバラバラな仕様の手製バイオチップの為に、フィコンレイド言語で記述されたシステムを持つネットワークがハフォン星系内に寄生している、ということだった。
 意味が分からない。
 
 そこでブラソンはふと現実に戻った。
 ベレエヘメミナ掌握完了の通信を出さなければ。ハフォンのクーデター対策本部の連中はじれて待っているだろうし、メンテナンスルームの外で緊張を強いられているマサシ達も早く安心させてやりたい。
 もちろん、今得られたばかりの奇妙な情報は重要だ。だが、ハフォンに戻るまでの時間を使って考えればいい。
 
「小隊に連絡。ベレエヘメミナネットワークを完全に掌握した。」
 
 二十数名の歓喜の声が上がるのが聞こえた。
 
(ノバグ、量子通信回線を開け。対象は、惑星ハフォン、首都イスアナ第三宙港ラシェーダ。)
 
《諒解。量子通信回線確保。対象特定。回線オープン。》
 
「こちら特務駆逐艦隊所属駆逐艦「キリタニ」陸戦突入小隊。ブラソンだ。ベレエヘメミナネットワークを掌握した。クーデター対策本部のサベス連隊長に連絡願う。作戦完了。ベレエヘメミナネットワークを掌握した。」
 
「しょ、少々お待ちください!」
 
 驚き喜んだ声色の若い男の声が応答した。オペレータだろう。
 ベレエヘメミナに超高速で激突した駆逐艦からその後の連絡が一切無く、たぶん彼らは半ば諦めていたに違いない。
 
「サベスだ。」
 
 久しぶりに聞くような気がするサベスの重い声が聞こえた。
 情報軍の将校らしく、その声には感情の高ぶりなどは感じられなかった。
 
「作戦の成功を嬉しく思う。ご苦労だった。失敗したのではないかと思っていた。進捗連絡くらいしろ。私の部下なら懲罰ものだ。」
 
「無茶言うな。傍受されて作戦の進行を知られたらどうする。敵地のど真ん中からの通信を期待する方が悪い。今だってまだ敵の陸戦隊の突入を食い止めている最中だ。」
 
「損失は?」
 
「駆逐艦キリタニは大破した。人的損害は無い筈だ。少なくとも俺は聞いていない。」
 
「さすがだ。反乱軍鎮圧フェーズに入る。現状を維持して待機しろ。なに、いきなり本丸を落とされたんだ。長くはかからんだろう。」
 
 サベスとの接続が切れた。
 ブラソンは深く息をつき、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
 重装甲スーツを着て、背中にバックパックを装着している状態なので、大きくもたれかかって力を抜く、という訳にもいかなかったが。
 それでも緊張の連続だったこの作戦ももうすぐ終わる。
 
(ノバグ。ベレエヘメミナネットワークへの侵入を引き続き警戒。システムメンテナンスルーム08に接近する物理的脅威を警戒。)
 
《諒解しました。警戒継続します。》
 
(反乱軍ネットワークのサービスをシャットダウン。簡単に再起動できないようにコア抜いとけ。それから、この部屋のドアロック解除だ。)
 
《反乱軍ネットワークサービスのコアプログラム名を変更。プログラムを新規のサブレイヤに移動。システムメンテナンスルーム08のドアロック解除しました。》
 
(何かあったら知らせてくれ。)
 
《諒解しました。》
 
「待たせたな。ドアのロックを解除した。入ってきて良いぞ。」
 
 スーツのキャノピーに投影されている画像、AAR画像、視覚に割り込んで投影させている画像を全て通常のものに戻す。
 部屋の中央に投影されているシステムマッピングと、システムメンテナンスルーム周辺の現実の構造を表示する戦術マッピングは、緊急の事態に備えるためにそのまま残す。
 
 開け放たれたドアのすぐ外にマサシのスーツのタグが見える。スーツそのものは光学迷彩によって視認する事が出来ない。
 銃砲を使用して組織的に敵部隊に対処していたビルハヤートの小隊に対して、個人技に優るマサシとミリは、二人でメンテナンスルーム前の空間を守っていたのだ。
 
「やるじゃねえか、オタク野郎。周囲に敵はいるか?」
 
 ビルハヤートの明るい声が響く。
 常に剛胆な闘いと部隊指揮を見せていたこの男だが、それでもやはり難易度の高い作戦から来る重圧は相当に感じていたはずだった。それが無くなった今、声色の明るさと少々粗野な言葉遣いが、本来の開けっぴろげな性格を思わせる。
 「オタク野郎」というかなり失礼な呼び名は変わらないようだ。尤もブラソンとしても否定できるものでは無いのだが。
 
「センサーやカメラで検知される敵は居ない。浮遊ナノボットの類いも無しだ。大丈夫と思う。」
 
「おっしゃ。小隊、クソ鬱陶しい光学迷彩解除。センサーリダクションは維持。キャノピーオープン許可。」
 
 光学迷彩解除の指示と共に、ドアの前にマサシのスーツが現れた。その向こうにも数機のスーツが見えるようになった。
 スーツの一機が部屋の中に入ってくる。部屋に入りながら、胸部装甲板の上部キャノピーが開いて、中にビルハヤートの上機嫌な顔が見える。
 
「正直、最初命令を受けたときは、とうとう俺達も年貢の納め時かと思ったんだがな。やってくれるじゃねえか、オメエ等。俺の隊に来ないか?」
 
 満面に笑みを浮かべるビルハヤートがブラソンに近づき、拳で肩の装甲を殴りながら言う。
 
「お誘いはありがたいが、酒も飲めねぇ軍隊に興味は無いな。」
 
 ブラソンの軽口にビルハヤートはニヤリと笑った。
 どうやらこの男は冗談がいけるクチらしい。
 
「ふふん。堕落した無神論者どもめが。
「よし、後は俺達に任せろ。オメエ等民間人は部屋の中でゆっくりしてろ。運転手、オメエもだ。曲芸飛行のあともずっと残業させて悪かったな。中でゆっくりしててくれ。後は俺達兵隊の仕事だ。」
 
 ビルハヤートの言葉に、マサシが部屋の中に入ってきた。
 マサシのスーツのキャノピーが上がって、不敵な笑いを浮かべたマサシの顔が現れた。
 
「やったな。流石だ。」
 
「お前も、な。」
 
 近づいてくるマサシが、スーツの右手の拳を突き出す。
 テラン流の挨拶か? と思いつつ、どうすれば良いかはすぐに分かる。
 ブラソンも拳を握った右手を突き出した。
 スーツの拳と拳がぶつかり、ガツンと硬い音が部屋の中に響いた。
 
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