夜空に瞬く星に向かって

松由 実行

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第一章 危険に見合った報酬

34. カウントダウン

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 Section new 1: 危険に見合った報酬
 第三十四話
 title: カウントダウン
 
 
■ 1.34.1
 
 
 「前方ランデブー地点まで距離5000。」
 
 ブラソンの声が頭の中に響く。
 声が聞こえていると思っているが、実は聞こえていないのかも知れない。
 ブラソンの作ったI/Fに接続すると、肉体からの情報と、チップを経由して伝えられるネットワークからの情報の境界があやふやになる。
 情報がチップを介して、視覚や聴覚にダイレクトにインプットされる為だ。
 最初の内は違和感を覚えたものだが、もう慣れた。
 空気の振動として聞こえようが、ネットワーク信号として聞こえようが、ブラソンの声はブラソンの声なのだ。
 
 ランデブー地点というのは、情報収集用センサープローブ群との合流地点だ。
 センサープローブを20機ほどまとめて、船外に重力アンカーで固定する。そのままベレエヘンム北極側の作戦開始地点まで飛ぶ。作戦開始地点で全てのセンサープローブをベレエヘンム周辺の空間にばらまく。
 こうすることで、明らかに特殊任務を帯びているっぽい駆逐艦が5隻ずつベレエヘンム極方向に移動するのを誤魔化す狙いがある。
 
 重力ジェネレータを使用すれば、そこから重力波が発生し、また空間構造にも歪みが出来るため、これを離れたところから重力センサーで検知することは容易い。
 発生した加速用重力の強度と波形、その移動速度を精密に計測してやれば、そこにどれくらいの質量のものが存在するのかを算出できる。
 どれほど光学的、電磁気的にステルス機能を持たせようとも、重力による推進方式を用いている限り、重力波の伝播と空間構造の歪曲の問題から逃げる事は出来ない。
 
 これを誤魔化すために、実に原始的な方法を採った。
 重力ジェネレータで質量を大幅カットしてあるセンサープローブを連れて作戦開始地点まで移動する。
 作戦開始地点で、センサープローブは質量カットを停止する。その後、20機のセンサープローブは通常の重力推進方式でベレエヘンム周辺空間に散らばっていく。
 センサープローブの質量カット停止後は、各駆逐艦は作戦開始までの間フルサイレントモードに入り、あらゆる電磁波や重力を発生させない。
 こうすることで、20機ずつ組になっていたセンサープローブが10グループ、反乱軍占領宙域周辺に展開されただけのように見える。
 戦闘に向けて、敵周辺宙域にセンサープローブをばら撒くのはごく当たり前の行動なので、それほど注視されることはない。
 
「ランデブーポイントに到達。センサープローブ群を発見。ID確認。承認。マサシ、近づいて止めてくれ。」
 
「諒解。」
 
 センサープローブ群は視野の中で緑色のマーカーが付与さえている。デブリシールドを落とし、500m位まで接近して、停止する。恒星系内とはいえ、真っ黒く塗られた上にステルス機能もあるセンサープローブは、光学画像で判別するのは難しかった。
 もちろん船のセンサーにはちゃんと引っかかっているので、全てのプローブにマーカーと番号タグが付いている。
 
「後はこっちでやる。」
 
 ブラソンが言うと、すぐにプローブがこちらに向かって動き始めた。
 20個のプローブを艦を上下に取り巻く円環状に配置し、その位置でアンカーを打って固定する。
 プローブの牽引と固定作業を行っている間に、俺たちと同時に突入する予定の他の駆逐艦もやってきて、同様にプローブの固定作業を開始する。
 
【駆逐艦「ゴーツァレ」から移動開始。所定の位置にてプローブを放出し、ゼロ時までフルサイレント状態で待機。現時刻ゼロマイナス4時間23分】
 
 視野の中央に黄色い文字が流れる。
 プローブを円環状にまとったまま、駆逐艦霧谷はゆっくりと動き出した。
 
 今回の作戦で、ベレエヘンムの北極方向から突入する駆逐艦隊がアルファ、南極方向がベータと命名されている。駆逐艦霧谷は北極方向の突入隊の五番艦であり、表示される戦域図の中では「A5」の表示が駆逐艦霧谷だ。
 突入を行う駆逐艦隊の旗艦が、駆逐艦「ゴーツァレ」。
 ゴーツァレはアルファ隊の1番艦も兼務している。もちろん、本来は数字で表されていた艦名が、この特殊作戦の旗艦に任命されたことで固有名称を貰ったものだ。10隻いる突入駆逐艦隊の全てが固有名称を与えられたようだった。
 
 プローブの集団散布だと誤認されるよう、ゴーツァレに遅れることなく待機地点を目指す。待機地点はベレエヘンム北極側で2光分の位置と決まっている。
 速すぎず、遅すぎずといった加速度でアルファ隊の10隻が一固まりになって移動する。
 ハフォンから約3時間かけて待機地点まで移動し、一旦加速を停止する。すぐに全てのセンサープローブを打ち出すと同時に、駆逐艦本体は艦内の重力制御さえも切って、完全なパッシブ状態に入る。
 
 現時刻は、ゼロマイナス70分。
 
「さて、言っておくべき事がある。今まで誰にも言えなかった。」
 
 待機状態に入ってすぐ、ブラソンが口を開いた。もちろん、リンク仮想空間の中で、だ。
 
「第一から第三基幹艦隊には、俺がちょいと仕掛けをしてある。突入開始の時点で仕掛けを起動する。ベレエヘメミナまで、殆ど砲撃は無いと思って良い。」
 
「は?」
 
 ブラソンが何を言っているか分からない、という声色でミリが声を上げる。
 
「時間が無くて、第四基幹艦隊までしか細工できなかった。第四はクーデターに加わっていない。だから実質第三までだ。すまんな。艦隊のシステムはさすがになかなか強固でね。
「連中は必ず、旗艦を中心とした管制射撃を行ってくる。旗艦が動作不良になったら、艦隊全てがそれに引きずられる。だから、第一から第三基幹艦隊は、少なくとも数分、動作不良を起こす。たったの数分だが、ベレエヘメミナに到達するには十分な時間だ。」
 
「基幹艦隊に細工をしたって言うの?」
 
 眉をひそめたミリの顔が思い浮かぶ様な、そんな彼女の声がした。
 
「悪いな、黙ってて。」
 
 ブラソンの全く悪びれない声がそれに応えた。
 
「やっぱりね。王宮のネットワークを知らないうちに落としていたのだから、軍関係のネットワークも似たような事をしているでしょうね。」
 
 ミリの声は、怒りでは無く呆れを多分に含んでいた。
 
 王宮や軍のネットワークを陥落させた、という情報に対するミリの反応は思いの外薄くて冷静だった。外国人ハッカーが自国の最重要なシステムに細工をしたと聞けば、軍関係者であれば激高してもおかしくない。
 ハフォン人にしては珍しく、国とか、宗教とかにこだわりの少ない性格をしているのだろう。だから、宗教に対する姿勢もかなり冷めたものになり、だからハフォン人であるにもかかわらずバイオチップ埋め込みや医療用ボットの注入に抵抗がないのだろう。
 宗教の方はともかくとして、国に対する帰属意識が薄い割には、諜報部隊の腕利きのエージェントとして仕事をこなしていることに少し違和感を覚えたが、ハフォンでは成人した男女の就職先は殆どが軍であることから、そういうものなのだろう、と納得する。
 熱狂的な愛国心など無くとも、真面目なハフォン人の仕事に対する真摯な態度があれば充分務まるのだろう。
 
【ゼロマイナス70分。陽動艦隊がエデナッム宙域から移動開始。突入駆逐艦隊は現状を維持】
 
 視野の中に3Dエリアマップが表示される。
 青色で表示された陽動艦隊が、太陽に対して3時の位置にあるエデナッム宙域に表示されている。星系内の航行速度で1時間半もあればベレエヘメミナ外縁を囲む反乱軍艦隊に接触する。
 もちろん陽動であるので、実際に戦闘を行う必要も無ければ、その予定も無い。
 太陽黄道面から反乱軍艦隊に接近し注意をそちらに向け、可能であれば反乱軍艦隊の布陣を呼び寄せることで、ベレエヘンム両極に展開する突入駆逐艦隊の突入の成功率を少しでも向上させる事が目的だ。
 
「マサシ、寝ておけ。10分前に起こしてやる。見張ってるだけだ。俺に任せろ。」
 
 ブラソンが言った。
 
「分かった。頼む。」
 
「おう。」
 
 ゼロ時になったら、高機動の連続で長時間の緊張を強いられる。それを見越してブラソンが気を遣ってくれたのだろう。案外細かいところに気の付く奴だった。遠慮なく仮眠を取らせて貰う。
 ブラソンの返事が聞こえると同時に、ネットワークから外れた。自分の眼で見る視界を取り戻した。作戦行動中なので、艦橋の照明は落ちており殆ど真っ暗に近い。モニタ類や動作確認用の小さな明かりだけが灯っている。
 辺りを見回すと、宇宙空間を投影する艦橋の壁と、コンソールからの淡い光を受けるHASを着用したブラソンとミリの姿が見えた。
 せっかくブラソンが気を遣ってくれた時間だ、有効に使わせて貰おう。俺はシートをリクライニングにして、ゼロになっている艦内重力の中、身体が浮き上がらない様にシートの固定具の調子を確認してから、眼を閉じた。
 
 
■ 1.34.2
 
 
 マサシをログアウトさせ、ブラソンは周囲の監視を始めた。
 死にたくなければフルサイレントを維持しなければならないので、全てのセンサーはパッシブモードで動いている。重力ジェネレータも通常は使用しない質量減少モードで運転している。
 船の質量を軽くすればするほど、船体から発生する重力を小さくすることが出来、センサーに引っかかる可能性を低くしてくれる。もちろん電磁シールドは張ってあるし、赤外線以上の帯域でのステルスモードも動作している。
 
 ブラソンは視野の中にコマンドコンソールを開いた。
 自信の脳内に展開するバイオチップのOSをダイレクトにいじるには、これが一番早い。
 使い慣れた、しかし当分使っていなかったコマンドを入力していく。
 チップの記録野に大切に保管されている特別製のプログラムに触れる。
 バイオチップとブラソン自身の大脳の細胞を複合的に利用するこの記録野の大半を喰い潰している巨大なプログラムだ。
 そして、ブラソンがパイニエを追い出される直接の原因となったプログラムでもある。
 
 ハフォンでネットワーク情報の調査を行っているとき、余りに成果が上がらないため、何度もこのプログラムを起動する誘惑に駆られた。
 それでも、起動しなかった。しかし、今が使い時だ。
 ベレエヘメミナを速やかに陥落させて奪還する、という最高にお誂え向きの状況が用意されている。
 ブラソンはどこか愛おしそうにプログラムを展開するためのコマンドを打ち込み、その時がくれば最短時間でそれを展開できる様に準備した。
 
 
■ 1.34.3
 
 
「マサシ。起きろ。もうすぐゼロ時だ。」
 
 肩を揺すられ、急速に意識を取り戻す。
 目を開けると、薄暗い中にこちらを見下ろしているブラソンの顔が見えた。
 一瞬、ここがどこで自分がどういう状況にあるか思い出せず混乱するが、頭がはっきりするに従って思い出す。
 駆逐艦霧谷。ベレエヘメミナへの強襲突入ゼロ時に向けて待機中。
 
「ああ、ありがとう。よく寝た。」
 
「すぐに接続するぞ。戦闘薬入れとけよ。」
 
「諒解した。接続頼む。」
 
 ブラソンは隣の航海士席に戻っていった。
 乗艦前のブリーフィング時にコクパタスから渡された戦闘薬の圧入シリンダを首筋に当て押しつける。プシュ、と空気が漏れるような音がして薬剤が注入される。
 
 眩暈にも似た感覚があり、視野が切り替わる。宇宙空間が視野全面に広がる。宇宙空間に自分の身一つでぽつんと浮かんでいるような感覚。
 宇宙空間に優しく包み込まれ、自分の意志通りに自由にそこを飛び回れるような気がする。
 船乗りなら、いや、宇宙を駆けることを望む者であれば誰でもが夢見るような開放感と充足感。
 少しハイになっているのは、戦闘薬が効き始めたからか? 戦闘薬は恐怖心を消し、気分を高揚させて、集中力を高めて反応速度を向上させる。
 
【突入開始まであと 00時15分00秒00】
 
 目の前にコマンドが浮かび、カウントダウンを始める。秒以下の数字が目で追えないほどの速度で流れるように変化する。
 
「マサシ、接続問題ないか?」
 
 ブラソンからの問い合わせ。
 フルサイレント状態での待機であるため、実際に船を動作させるわけにはいかないが、ベレエヘメミナをズームアップして動作を確認する。2光分の距離からでは肉眼では絶対に見えるはずのないベレエヘメミナが問題なくズームアップされ、強調表示されてはっきり見えるようになる。問題ないようだ。
 
「動作確認完了。問題ないようだ。」
 
「諒解。じゃ、よろしく頼んだぜ、艦長。」
 
 言葉とともに、ブラソンがニヤリと笑う感覚が伝わってくる。
 システム担当のブラソンが全て完璧に調整していると分かってはいるが、パワーユニットやジェネレータの動作状況を確認する。
 カウントダウンが五分になったところで、突入ポッド内で待機状態にある陸戦隊を含め、艦内にアナウンスする。
 
「こちら艦長のマサシだ。本艦は五分後に予定通りベレエヘメミナに向けて強襲突入を開始する。状況は常時リアルタイムで提供される。本艦に搭乗する全員の幸運を祈り、そして作戦の成功を祈念する。」
 
「こちら3156陸戦小隊ビルハヤート。いつでも良いぜ。しっかり狙ってぶち込んでくれ。」
 
 ビルハヤートの大笑いが聞こえる。俺もニヤリと笑う。
 
 カウントダウンが一秒ずつ減っていき、そしてついには表示がゼロになる。
 
【強襲駆逐艦隊全艦突入開始。目標ベレエヘメミナ。第一段階;ベレエヘメミナ内縁への肉薄】
 
「駆逐艦霧谷、発進。」
 
 景色が動くわけでもない。加速度を感じるわけでもない。
 しかし、駆逐艦霧谷はフルサイレント状態を解除し、パワーユニット出力全開、ジェネレータ出力全開で空間を切り裂くかのように加速を始めた。

 
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