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第一章 危険に見合った報酬
33. 駆逐艦「霧谷」
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21865B型駆逐艦251328番艦に乗り込む。
慣れているので手際よく重装甲スーツに着替えた陸戦隊の連中は、俺達より先に乗り込んでいる。
連中は、突入ポッド射出管の脇にある小さなスペースを占領して、全員そこでくつろいでいるそうだ。
元々強襲突撃型の21865B型の駆逐艦は、敵艦隊のど真ん中で特定の標的に向けて集中攻撃を加える様な設計コンセプトになっているため、ミサイル発射管を前方、側舷、後方に持っている。これは、標的に対して突入中に大量にミサイルをぶっ放し、横を通過するときに側舷から追い打ちし、さらに通過した後に反対側からもミサイルを打ち込む、という徹底的な集中飽和攻撃の思想によるものだ、とコクパタスが言っていた。
この側舷ミサイル発射管とミサイル弾倉の一部を取り払って、そこに突入ポッド射出管を取り付けたのが、この251328番艦だ。同様の改造を施された同型艦が500隻ほど建造されたらしい。
すでに何割かは戦闘で失われているそうだが、この251328番艦は建造されてからまだ一度も出撃したことのない新品なのだそうだ。
最初、わざわざ新品の船を用意してくれたのかと思っていたが、要するに使用された同型艦達は被弾していたりどこか破損していたりするので、それをわざわざ修理するより、新品を使わせた方が手間がかからなくて良い、という理由らしかった。
特殊用途すぎて使う当てがないので、不良在庫を消化したいという思惑もあったようだった。
艦載戦闘機と似たような扱いとは言え、駆逐艦はれっきとした艦船だ。搭乗するためには、戦闘機のようにキャノピーを開けて操縦席に直接乗り込むのではなく、港のボーディングゲートから船体側面のハッチに接続されたボーディングブリッジを使って乗り込む。
どこの国のものでも、軍艦などというものに乗り込むのは初めての経験だったが、第一印象はとにかく狭くてごちゃごちゃしている、だった。
高さ2m、幅1m程度の通路は確保されているが、その通路の天井や壁は旅客船の様にパネルなど貼られておらず、配管類がむき出しになっている。床だけは金属製のグレーチングを敷き詰めた通路が確保されている。
消耗の激しい駆逐艦を低コスト且つ短期間で建造するためにあらゆる無駄を省いているのだろうが、この通路でよろめいたりして転倒すると酷い事になりそうだった。
通路は船体中央より僅かに右舷側を前後に走っており、船首側に艦橋、船尾側に突入ポッドのユニット群に突き当たって船体内通路は終了する。
船内を通っている人間用通路はこの一本だけだ。もちろん、機関部を始め船体内各所に行く為のメンテナンス用通路や、本来通路として設計はされていないが、構造の隙間を縫って通路として使用できる空間など、他にもあるのだがいずれも狭く曲がりくねっており、そもそも床板などの人が通行するための配慮が全くなされていないらしい。隙間が残ったので人が通る事も出来るようにしてみた、程度の空間との事だった。
俺達は通路を通って艦橋に向かう。
艦橋は船体中央部より少し前辺りにあり、エアロックハッチからほんの20m程だ。
徹底的なコストダウンの結果、古式ゆかしい手動扉が採用された通路の突き当たりのドアを開け、艦橋に入った。
駆逐艦の艦橋など初めて入ったが、広さは小型民間船の操縦室と大差なかった。
旧式でゴチャゴチャと追加改造のモニタやスイッチが所狭しと並ぶか、最新式でほとんど何のモニタもスイッチも無いのっぺりとしたデザインか、のどちらかに振れる傾向がある民間船に比べて、適度にモニタがあり、適度にスイッチもありと、ある意味落ち着く空間を醸し出していた。
平面的な壁は少し歪な形をした八角形で環境を囲っており、天井と共に明らかに全周モニタとして用いる形になっている。
座席は四つ。前列二席が操縦士席と航海士席、後列二席が機関士席と砲術士席だ。艦長席というのはない。というのは、運航人員削減のため艦長は前述の四人の内の誰かが兼任するからだ。
ちなみに駆逐艦「霧谷」の艦長は、俺という事になっている。
それどころか、そもそもハフォンの駆逐艦は基本的に三人で動かせるような設計になっている。さすがに操縦士か航海士を抜く訳にはいかないが、砲術も機関も他の三人で割り振って分担する事が可能だ。
俺が操縦士、ブラソンが航海士、そして驚いた事にミリが砲術士という事になった。
一つには、良く分からん外国の民間人なんぞが操縦する駆逐艦にそもそも誰も乗りたがらなかった事、ミリが妙に責任感を発揮して自分が乗ると言い張った事、そして情報軍の基礎訓練の記録でミリが案外砲術に良いスコアを出していた事に依る。
どうもこの女は、何かを攻撃する、仕留める、という事に妙な才能があるらしい。「銀ネフシュリ」などというあだ名を付けられるわけだ。
そもそもこの作戦での俺たちの仕事は敵を攻撃する事ではなく、曲芸飛行でベレエヘメミナに潜り込む事だ。
ベレエヘメミナから飛び出してくる戦闘機に追跡された場合や、ミサイルで飽和攻撃された場合など、牽制したり突破口を開いたりするために砲撃の必要は発生するかも知れないが、絶対ではない。砲撃はそれほど重要じゃない。
機関士はブラソンが兼務できる。だから、砲術席にミリが座っていても問題は無い。
むしろ俺としては、ベレエヘメミナに突入した後のミリの白兵戦能力に期待する。ブラソンを守る最後の砦、もしくは敵を攪乱するための遊撃戦力として活躍を期待出来るだろう。
俺達は艦橋のそれぞれの席に着いた。
艦橋とは言っても、今朝曲芸飛行をキメたシャトルのキャビンよりも狭い。席が四つと、その間に狭い通路があるだけだ。
駆逐艦霧谷の起動シーケンスを走らせ始める。
俺の席のコンソール画面にコマンドが流れ始めた。同じ内容が、ブラソンやミリの前のモニタにも流れている。
乗務員認証。チップから船の基幹システムにアクセスしてIDを飛ばす。承認終了。艦長として登録。
他の乗務員の承認要求。ブラソンとミリを乗務員として承認。ブラソンを航海士として承認。ミリを砲術士として承認。機関士として三人全員を登録。
基幹システム起動開始。機関制御システム起動開始。生命維持システム起動開始。航法管制システム起動開始。兵装管制システム起動開始。索敵解析システム起動開始。オプションシステム起動。突入ポッド射出管制システム起動開始。全システムセルフチェック開始。
オプション積載として、第3156陸戦小隊の搭乗を確認、承認。艦内コードネームを「陸戦隊」に設定。
さて。
「ブラソン。インターフェースの展開を頼む。ミリの分もできるか?」
「諒解。ミリ、艦内のネットワークからプログラムをダウンロードすることは出来るか?」
「出来ると思う。やってみる。」
ミリが少し訝しげな表情でブラソンに答える。
「そろそろネットワークが立ち上がる。ユーティリティエリアに俺がプログラムを一つ放り込む。そいつをダウンロードしてチップ上で展開してくれ。そこまで出来たら教えてくれ。」
実は前回の航海がブラソンと初対面だったのだが、いきなり意気投合した理由の一つがこれだ。
ブラソンの航海士としての経歴は長いものではないが、さすが一流のハッカーと言うべきか、船が変わっても同一の操作性を利用できるインターフェースを開発していた。インターフェースと言っても、俺達のバイオチップと船の既存のI/Fを繋ぐプログラムであって、コンソールなどの類ではない。
乗務員の思考をバイオチップを通じて直接船のI/Fに流し込む為、スイッチだのレバーだのといった操作をすることなく、何をしたいか考えただけでそれがそのまま船に伝わる。
逆に船からの情報を直接乗務員のチップに送信する事が出来、まるで自分が船そのものになったかの様な視覚情報を展開して視野に投影して、完全な全周モニタを実現している。さらに同時に、コンソール情報もウィンドウの形でそこに投影され、常に船の状態を確認する事が可能だ。
さらにブラソンは、船のネットワークを通じて各乗務員のチップを連携させた。
つまり、俺が頭で考えた事がそのままブラソンに伝達されるため、会話というタイムラグを省ける。思考伝達インターフェース(CLI)とブラソンは呼んでいた。
凄まじく便利なI/Fプログラムなのだが、ブラソンに言わせると艦船のユーザインターフェースも、バイオチップの外部I/Fも、標準規格化されているのでその間を繋いだだけの簡単な仕事なのだそうだ。勿論その言葉をそのまま信じてはいないが。
ともすると思考ダダ漏れの大混乱となりがちなこの手の情報伝達だが、プラソンの閾値設定が絶妙に巧いのか、このプログラムは本当に伝えたいと思ったものだけが正しく伝わる。
世間一般のこの手のプログラムは肉眼映像上に追加情報をAARで重ね投影するのに対して、ブラソンのプログラムは視覚に完全に割り込むため、全周スクリーン表示や脅威度の可視化など、いくらでも好きな表示方法を選べる。
描画も応答も相当に早いのも良い。
航海を始めてしばらくして定常航行に移ってから、良かったら使ってみてくれないかと、おずおずとブラソンが差し出したこのプログラムを使ってみて、俺は腰を抜かす程驚いた。
少々大げさな表現かも知れないが、俺自身「こんな風に船を操れたらいいな」と思い描いている理想のインターフェースにかなり近いものをいきなり見せられたのだ。
驚き、そして年甲斐もなく大はしゃぎする俺を見て、ブラソンも悪い気はしなかったらしい。色々と俺のアドバイスを聞き入れてくれ、さらに使いやすいI/Fに変更してくれた。
軍艦を操縦するなど初めての筈の俺が、曲芸飛行は俺に任せろ、などと大口を叩けたのは、ブラソンがまたこのI/Fを開いてくれる事が分かっていたからだ。
このI/Fなら、軍艦でも大型の貨物船でも基本的なところは同じように動かせる。枝葉の機能の差異があろうと、基本的なところが同じというのは非常に大きい。
「開いたわ。」
後ろからミリの声が聞こえる。
「よし。じゃあ、兵装管制システムとのアライメントを始める。なに、すぐだ。」
しばらく沈黙の時間が流れる。
ブラソンは言葉を発する事も無く、ミリのチップ内のプログラムと艦のI/Fの接続作業を行っている。
俺の前のコンソールには、この艦の起動シーケンスが終わりつつあることを告げるメッセージが表示されている。
「できた。さすが量産型の船は兵装管制もいろいろ規格化されていて楽で良いな。データ行くぞ。ビビるなよ。」
俺の時に比べて、ブラソンがノリノリでやっているのが分かる。
「!!!」
後ろでミリが息を呑むのが聞こえた。
どんな風に表示されているのかは知らないが、多分いきなり全周表示の中に放り出されたのだろうと思う。いきなり宇宙空間に身一つで浮かんでいる状態になれば、誰だって相当驚く。
「基本的な機能は、意識するだけで動く。特に強く思考すれば、視野の端にウィンドウが開く。表示はどうとでもカスタマイズできる。現時点での設定は・・・」
ブラソンがミリにU/Iの説明を始める。
しばらくして、艦の起動シーケンスが終了した旨のメッセージが開いた。
「ブラソン、起動シーケンス終了。定常状態に入った。俺を繋いでもらえるか?」
「了解。I/Fアライメント開始。終了。接続開始。接続完了。」
いきなり艦橋の映像が全て消え、目の前に宇宙空間が広がった。視野の右下に小さなウィンドウで、操縦士席コンソールの表示内容を全て表示させる。
目の前に小振りなウィンドウが突然開く。艦隊本部からダウンロードを指示されている作戦フローを格納することを艦長権限で承認しろと言っている。
そうだった。俺が艦長だった。
もちろん承認する。
この作戦は、もちろん俺とブラソンで考えた計画を元に立案されている。
骨子は、駆逐艦でベレエヘンム極方向から最大加速でベレエヘメミナに接近、ベレエヘメミナの環の内側近傍に取り付く。ベレエヘメミナ内部に重力焦点を発生させて、空間断層シールドのジェネレータを破壊する。そのまま重力焦点を発生させたままベレエヘメミナに沿って約一万kmほど飛行して、ジェネレータを連続的に破壊する。
ジェネレータが破壊されたことで空間断層シールドが保てなくなり、穴が開いたシールドの開口部からシールド内部に駆逐艦霧谷は侵入。空間断層シールド内部をそのままベレエヘメミナ外殻に沿って飛行し、最近接のシステムメンテナンスルーム近傍に陸戦隊とブラソンの乗った突入用ポッド二基を射出し突入させる。
ベレエヘメミナに突入した陸戦隊は、ブラソンを護衛しつつ、システムメンテナンスルームを確保。
ブラソンがシステムメンテナンスルームからベレエヘメミナの基幹システムに侵入して制御を奪う。戦闘不能なレベルまでベレエヘメミナの制御を奪った時点で、惑星ハフォンの軍司令部から反乱軍部隊に投降を勧告。反乱軍部隊が投降するまでベレエヘメミナのシステム奪取をさらに継続。
反乱を起こした全ての部隊が帰順を表明した時点で作戦終了、だ。
もちろん実際に実行される計画は、俺達が考えたものを中心にさらにいろいろと現実的な枝葉が追加されている。
まずは、ベレエヘメミナに突入するのは駆逐艦霧谷一隻ではなく、他に九隻が両極方向から同時に突入する。もちろん、それらの駆逐艦では全て陸戦隊と情報軍から派遣されたシステムエンジニアが突入ポッドの中に乗り込んでいる。
俺達だけ突入させるのではなく、駒の数を増やして少しでも成功の確率を上げようと云う考えだ。
さらに、第四、第六基幹艦隊を中心として、ハフォンとエデナッム周辺に駐留している行動可能である全ての戦闘艦が、作戦開始に先んじて陽動のためベレエヘメミナ周辺宙域に展開して戦闘配置を取る。これも俺達駆逐戦隊の突入を容易にする為の陽動だ。
さらに、内容を教えて貰ってはいないのだが、ブラソンは何か隠し玉を持っているようだった。
「マサシ、聞こえる?」
突然、ミリからネットワーク越しの音声通信が入る。
システムに繋がっている間は、乗員間のコミュニケーションは主としてネットワーク越しの音声通話となる。
戦闘に突入するなどして、音声言語コミュニケーションでは遅すぎる時に、思考伝達I/F(CLI)が主に用いられる。
「よく聞こえる。さすが、近くだと繋がりが良いな。」
「今からブラソンがCLIの接続を行うと言っている。良い?」
さすが、スパイバージョンミリだ。ジョークは華麗にスルーされた。
「ああ、やってくれ。」
突然、すぐ左にブラソンを、真後ろにミリを感じ始める。
相変わらず俺の視界は駆逐艦霧谷から見える宇宙空間の映像で埋められており、すぐ足元にはハフォンの重力を感じる。
それとは別に、確かにブラソンとミリがすぐ近く、殆ど身体を密着したような距離にいることを感じる。
もちろん、二人の身体が見えるわけではないし、本当にそんな距離に二人がいる訳でも無い。ただ、雰囲気としてそこに存在する、という事が分かる。
ミリが驚き、珍しがり、面白がっている。スパイミリでも本当はこんなに感情が豊かなのだな。
ブラソンがそんなミリの反応を、得意になりながら面白がっている。
その様な漠然とした感情や思考が、CLIを通じて流れ込んでくる。
目の前にまた小さなウィンドウが開く。
【デコイ用偵察ドローン群準備完了。出航し、指定地点にてランデブーの事】
出航の指示が出た。
俺は離岸シーケンスを走らせ始めた。
さあ、船出だ。
命を懸けた華麗なダンスを踊りにいこう。
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