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第一章 危険に見合った報酬
32. ハフォン軍制式21865B型駆逐艦 第251328番艦
しおりを挟む■ 1.32.1
ハフォン軍制式21865B型駆逐艦の大まかな仕様は以下である。
全長 269m x 最大幅 38m
(推定排水量25,000 t)
ドリテリア熱核融合パワーコア (20TW) x 1基
ラヒヤニラ重力ジェネレータ (250GW) x 8基
ンヴェルゾンⅢ式空間解砕ジャンプドライヴユニット x 1基
ヘバス巡廻式電磁シールドジェネレータ(2.5TW) x 2基
1370 mm レーザー (200GW) x 1 基
270 mm レーザー (25GW) x 12基
ミサイル発射管 x 70基
内訳 前方 20基
側方 20基 x2
後方 10基
300 mm ミサイル x 800発
(10連マガジン x 80個)
形状は、ほぼ長径270mx短径35mの長径方向を軸とした回転楕円体で、最大径部分が少し後方に寄った形が基本船殻となっており、各種センサーやレーザー砲塔などの突起物が全体に附随している。
ジャンプドライヴユニットを装備しているため、自力でのジャンプ航法が可能となっている。
ハフォン軍では、ジャンプドライヴを備えて自力での艦隊行動が可能な船を戦闘艦、ジャンプドライヴを備えないものを戦闘艇としている。21865B型駆逐艦はジャンプドライヴを備えているため、戦闘艦に分類される。
21865B型駆逐艦は、艦隊戦突撃用、特に敵正面に対して斜め方向から敵艦隊内部を高速通過する強襲突撃に特化して開発された単目的型の特務駆逐艦であったが、その運動性の高さと、ミサイル格納庫および発射機構を取り払って他の用途のモジュールを取り付ける事が出来る改造性の高さから、当初の見込みよりも汎用性の高い設計として重宝される事になり、最終的に50万隻近くが建造された。これは、通常一つの設計につき1万~10万隻程度の建造計画で設計される特務駆逐艦としては異例の建造数である。
駆逐艦は戦闘艦に分類されるが、会戦時の用法は艦載戦闘機と類似しており、20隻程度の駆逐艦で駆逐戦隊を形成し、駆逐戦隊ごとに敵艦隊に肉薄、大量のミサイルを一斉放出してミサイルによる飽和攻撃を行う。
艦載戦闘機と駆逐艦の用法の異なるところは、戦闘継続能力である。
一回の出撃でほぼミサイルを撃ち尽くしてしまうため、攻撃の度にミサイルの補給に戻らねばならない艦載戦闘機に対して、駆逐艦は船体内にミサイルを多数格納しているため、発射管にリロードする事で何度でも繰り返し反復攻撃が可能である。
また21865B型は主砲としての1370mmレーザーを1門だけであるが備えているため、戦艦や巡洋艦と並んでの砲撃戦に参加する事も可能である。21865B型単艦の砲撃能力は高くは無いが、1戦隊20艦分の主砲がまとまれば、巡洋艦1隻分の攻撃力にも匹敵する。
21865B型は、多目的柔軟運用を目的とした21864型、突撃戦を重視した21865型からの改装型となる。
大量のミサイルを搭載するための21864型構造、突撃戦用の21865型兵装システムを統合し、戦闘に不要な投擲用マスドライバーや、精密射撃用のレールガンなどを取り払っており、突撃戦用に開発された21865型からさらに突撃戦闘に特化した仕様となっている。
突撃戦闘仕様としては異色の大口径主砲1370mmレーザーであるが、実はこれは戦艦に肩を並べての砲撃戦を目的としたものではない。肉薄突撃時にごく至近距離からの砲撃を目的としたものである。突撃時に駆逐戦隊全艦での集中斉射を行う事で、敵一隻に対する多方向からの飽和砲撃を行う事を目的とする。
21865B型の開発目的が敵艦隊内通過突撃であるため、運用によっては例えば敵旗艦単艦をスポット的に集中攻撃する事が可能である。高速接近中の標的に対して至近距離からの大口径レーザーと多数の搭載ミサイルとで複合的な飽和攻撃を行う事による。
一般敵に、駆逐艦の最も特筆すべき点は、その船体の大きさ、質量に対して大きく取られているパワーコアおよびジェネレータ出力である。船体出力比は戦闘機に匹敵する。このため、小型戦闘艦でありながらも戦闘機並みの機動能力を持つ。
同じく、搭載されている武装の総攻撃力が船体に対して大きいのも駆逐艦の特徴となっている。船体重量武装比は、戦艦の10倍にも達する。これは、兵員輸送、艦載機輸送や司令機能といった多目的な用法を求められる戦艦に対して、純粋に突撃攻撃に用途を特化した駆逐艦の特性である。
各種色々な種類のある戦闘艦の中で、船体武装比、船体出力比が最も突出して高いのが駆逐艦であり、そういう意味で駆逐艦は純粋に戦闘に特化した戦闘艦であると言える。
艦隊による会戦となれば、得てして戦艦による大口径砲の華々しい撃ち合いが注目されがちになってしまうが、遠距離射撃であるために命中率の低い大口径砲の戦果というのは思った程高くない。
それに対して、小型艦であり、武装も一つずつを取ってみれば破壊力が小さい駆逐艦は、船の性能の数字だけを比較するならば、随分目立たない存在となってしまう。しかしながら、駆逐戦隊の集団による肉薄飽和攻撃の戦果は看過できないものがある。
艦隊戦時には、正面に布陣した敵戦艦との華々しい殴り合いにうつつを抜かす巨大戦艦の横っ面を張り飛ばす恐ろしい存在として認識されている。
その分駆逐艦の損耗率は高く、一回の肉薄突撃で平均して駆逐戦隊の約10%が損耗する。損耗率が50%に達する事も珍しくない。一度の会戦の間に何度も突撃を繰り返して消耗していく駆逐戦隊は、戦闘中何度も統合されて新たな駆逐戦隊を形成して再突撃する、という用法となる。
船の個体数で見れば、駆逐戦隊の消耗が最も激しく、突出している。しかし、被破壊質量、もしくは死亡兵士数としてみれば、一隻の質量が巨大で搭乗員数も多い戦艦の損耗と比べてほとんど差は無い。
小さな船体ながら突出した武装度、生き残るためではなく敵を確実に仕留めるために与えられた高い機動力、巨大で圧倒的な敵戦艦群に肉薄する戦闘方法、衝突さえ恐れず敵艦隊の中を圧倒的な速度で駆け抜けるその華々しさ。
世間一般には、巨大な艦体と武装で威容を誇る戦艦による砲撃戦がもてはやされるが、艦隊戦を良く知る従軍経験者達をして、駆逐戦隊こそが艦隊戦の華、と言わしめる所以である。
■ 1.32.2
俺たちはハフォネミナの埠頭で、乗り込む予定の駆逐艦の到着を待っていた。
その船は特殊用途艦であるため、軍事惑星化している第三惑星エデナッムに普段は格納されており、今回再整備して使用するとの事だった。
再整備とエデナッムからの回航に少し時間がかかり、俺たちはハフォネミナの117番ピア脇のブリーフィングルームでしばらく待たされる事になった。
船が到着するまでの間、コクパタス中隊長という艦隊士官が俺たちに状況説明を行ってくれていた。
俺たちの乗る船は21865B型駆逐艦第251328番艦とのことだった。
汎銀河戦争を戦っている銀河種族達は、船に固有名称を付けない事が多い。
勿論、艦隊旗艦となるような巨大戦艦などであれば固有名称がついているものも多いが、巡洋艦、駆逐艦クラスの、一度の会戦で数万隻単位で失われ、数万隻単位で補充されていく船にいちいち固有名称など付けていられない、ということらしい。
理屈としては良く分かるのだが、船を家として生活し、あらゆる苦楽を船と共にする民間の船乗りとしては、自分の船がただの続き番だけで呼ばれるのは寂しい事この上ない。
俺たちは自分の船に必ず名前を付ける。軍の船乗り達はそれでいいのだろうか。
「なるほど。その点は大丈夫ですよ。見間違いや、勘違いを防止するために、重要な特務艦には固有の名前を付ける事になっています。あなたが乗る船は、あなたの名前を付けて『マサシ』となる予定です。」
コクパタスがにこやかに笑いながら説明してくれる。
いやちょっと待て。駆逐艦「マサシ」だって?
その名前だと、艦種と艦名に微妙な違和感があるし、そもそも期待された割にろくに働けずに沈むような気がする。
「まだ変更できるかな? どちらかというと家族名の『キリタニ』の方がしっくりくるんだが。」
「そうですか? 大丈夫です。あなた方が乗り込んだ時点で変更する予定でしたので、まだ変更可能です。では『キリタニ』で登録しておきますね。」
そう言ってコクパタスは携帯端末を操作した。
駆逐艦『霧谷』。
ありそうで良いじゃないか。気に入った。
その時、俺たちの後ろからドカドカと沢山の硬いブーツの足音がブリーフィングルーム内に入ってくるのが聞こえた。
振り返ると、グレーの野戦服に身を包んだ陸戦隊が二十名程部屋に入ってくるところだった。
全員が機嫌の悪そうな顔をして、肩に担いだ荷物を床に叩き付けるように置いた。後ろから何番目かで部屋に入ってきた男が一人、荷物を置きそのままの勢いでこちらに近づいてくる。
ハフォン人特有の銀髪を短く刈り込み、青と言うよりほとんど黒に近いような濃紺の眼、スレンダーな体型の多いハフォン人にしては、肩幅と胸の厚みが目立った。
風格と威容から、多分この男がこの小隊の隊長なのだろうと見当がついた。
そして、このすこぶる機嫌の悪そうな二十名が、俺の操る駆逐艦に乗り込む陸戦隊なのだろう。
分からないでもない。
気が触れたとしか思えない突入計画に巻き込まれ、しかもそのパイロットが自国の人間ではない上に、民間人とくれば、それは機嫌も悪くなるだろう。
「俺たちが乗り込む艦のパイロットはお前か。」
そう言って隊長らしい男が大股にこちらに近づいてくるが、視線はブラソンを捉えている。
「俺だ。マサシという。よろしくな。」
その視線を遮るように半歩前に出る。
ブラソンを射殺す寸前だった殺人光線並みの視線がこちらを向く。
「てめえか。貨物船の運転手が何のつもりだ。てめえ、降下突入作戦やったことあんのか。」
「俺をなんだと思っているんだ。やった事ある訳がないだろう。民間のパイロットだぞ。」
火に油を注がれて、すぐ目の前まで来ている隊長の脳内温度がさらに1000ケルビン程上昇するのが見えた。そろそろメタルジェットを吹き出しそうだ。もちろん、標的は俺で。
「ふざけるなよ。命令でてめえの船に乗せられるのはこっちだ。突入どころか、到着前に撃ち落とされましたとか冗談じゃねえぞ。しゃしゃり出てくるんじゃねえ。貨物船の運転手なんかに務まるか。」
隊長は俺の目の前に仁王立ちになり、右の拳を裏拳で俺の胸に押しつけて、俺の顔から10cmくらいのところで大声でまくし立てた。なかなかの迫力だ。
ガキの頃、一番最初に乗り込んだ貨物船の船長に比べれば、迫力も貫禄も負けているが、な。
あの船長は、機嫌を損ねると下働きの俺などさらりと殺されそうで本気で怖かった。
「そう心配するな。ポッドの射出はシステムがタイミングを合わせるから失敗はない。駆逐艦を幅30kmの回廊に滑り込ませるなんざ、訳はない。大船に乗った気で居ればいい。駆逐艦だが。」
そう言って、隊長の方を右手でポンポンと叩く。乗ってくるかな?
隊長の左手が動いた。下から俺の右手を掴もうと突き上げてくる。関節技でもきめる気だろうか。
俺は右手を引いてそれをかわす。
右手が俺の襟に延びる。
左に身体を開いて右手をかわす。
手のひらを開いた左手が横殴りに飛んでくる。襟を狙っている。
半歩後退して避ける。
一瞬の間ができた。
隊長の顔が、まるで今サウナから出てきたばかりのように真っ赤に変色している。
「てめえ、チョロチョロと。」
右脚のローキックが来た。
フェイントだというのは分かっている。分かっていて、乗る。
左後ろに下がったところに、右のストレートが飛んでくる。
身体を沈めて避ける。
そのまま腰を落とし、右脚の外払いで隊長の右足を引っかける。
この程度で倒れるとは思っていない。
脚の位置をずらされ、重心を崩された隊長がたたらを踏む。
下から手を伸ばして、隊長の右腕を掴む。
バランスを崩した隊長に背を向け、そのまま背中で背負って投げ飛ばす。
無茶苦茶な形だったが、背負い投げもどきだ。上手くいって良かった。
昔、剣道を習っていた頃に隣でやっている柔道の連中とよく遊んでいた。相手が地球人だったら失敗していただろう。
俺はすぐに立ち上がって、隊長の次の行動に備える。
ミリとブラソンとコクパタス中隊長は、急な展開に呆然と突っ立っている。
隊長がのっそりと立ち上がり、こちらを向く。
隊長の脳内温度は、滞空している間に随分冷却されたようだ。真っ赤だった顔色が普通の色に戻っている。
「てめえ、やるじゃねえか。」
立ち上がった隊長がのしのしとこちらに歩いてくる。殺気は感じないのだが、威圧感がある。
「喧嘩の腕で船を飛ばす訳じゃねえだろうが、とりあえず信用してやる。ちゃんと突入させろよ。出番無しでポッドの中で蒸し焼きなんざ、絶対ご免だからな。」
そう言って隊長は俺の顔から20cm位のところで真正面から俺の眼を睨んでいる。
「俺の仕事をなんだと思ってるんだ。積み荷を送り届けてナンボの商売だ。積み荷は命の次に大事なんだよ。」
まぁ、ちょっとした事情で船ごと失くした事はあるがな。
隊長はニヤリと歯を剥きだして、右の拳で俺の胸を突いて歩いて行った。
「あんたの名前は?」
まだ積み荷の名称を聞いていなかった事を思い出した。
「ビルハヤート隊長。第3156陸戦小隊だ。」
そう言って二十名は足音を残して部屋を出て行った。
振り返ると、コクパタス中隊長が唖然とした顔でこちらを眺めていた。
「マサシさん、本当に従軍経験は無いのですか?」
「ああ、さっきの背負い投げか。地球の格闘技の一種だ。子供の頃に習った。地球にはいろんな種類の格闘技がある。」
「セオイナゲ? そんなに格闘技が? テラの子供達はみんな出来るのですか?」
「まあな。」
説明するのが面倒なので肯定しておく。これでまた地球人の誤解が一つ増えたような気がするが、今更構わんだろう。
「もうおわかりと思いますが、彼らが第3156陸戦小隊で、ベレエヘメミナ突入要員として駆逐艦キリタニに乗り込みます。隊長は先ほどのビルハヤート隊長。こっちに回されたのですね。」
最後の一言が気になるが?
「陸戦隊の問題児ね。情報軍まで名前が轟いている。上官反抗や命令不履行ギリギリの行為が目立つ連中よ。なまじ腕が立つだけに、艦隊本部も扱いに困っている。要するに、押しつけられたのね。」
俺の反応を見たらしいミリが冷ややかな声で論評を加える。
問題児か。
拳で分かりあえる系の脳筋野郎で良かった。その手の連中は扱い慣れている。船乗りに多い。
とりあえず問題なく働いてくれそうだ。連中には、ベレエヘメミナ突入後のブラソンの護衛と、ブラソンが確保したシステムメンテナンスルームの継続確保をして貰わなければならない。
「突入部隊である陸戦隊の彼らは当然重装甲スーツ(HAS)を装備しますが、戦闘に参加せずとも、万一の為ブラソンさんにも同じようにHASを着て戴きます。」
「HASを着たまま駆逐艦の操縦は出来るかな?」
説明を続けるコクパタスに尋ねる。
「HASの基本規格は船外活動服と同じですので可能です。マサシさんも着用なさいますか?」
「頼む。ミリもだ。」
ミリがこちらを見る。
「俺達も突入するぞ。ブラソン達を送り出した後、いつまでも駆逐艦で逃げ回っているのは骨だ。ベレエヘメミナの中に入った方が多分安全だ。」
ミリが軽く頷く。
俺が言いたい事を理解してくれた様だ。
「待ってください。射出準備前にポッドのハッチはロックされます。コクピットからの移乗は時間的に無理です。」
「そんなことは分かってる。大丈夫だ。心配ない。」
「大丈夫だ、って、どうするのですか? そもそも、敵性の戦闘機や砲撃をかわしながらポッドに移乗なんて・・・」
「船ごと突っ込めばいいだろ? シールドがあるんだ。ヤワなステーションの外壁なんてぶち破れる。」
「な・・・!」
コクパタスが口を開けたまま絶句している。
あるものを全部使い切るつもりでなければ勝てないぞ。
その後、しばらくして俺たちの乗る21865B型駆逐艦251328番艦がやって来て、俺たちが待機しているブリーフィングルームにほど近いピアに接岸した。
全員HASに着替えた俺たちは、コクパタスに見送られながらボーディングゲートをくぐった。
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